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フラヒヤ山脈、中腹東部。
フルフルは、つい昨晩やって来た侵入者を撃退した、その場所に立っていた。
このエリアには、彼以外に生きている動物は存在しない。
全身に刻まれた刺し傷の一番奥には、未だにしくしくとした痛みが残るが、今のところ命に関わるものではない。
この傷も、今まで負ったものと同じで、放っておけばその内に回復するだろう。
さて、さきほどこの西部も見回ってきたし、そろそろもう一度巣穴に戻り、回復の眠りを迎える事としようか――。
彼がそう考えた刹那。
正午を過ぎても晴れることのない曇り空の下、フルフルはその目のない首を持ち上げた。
くんかくんか、とその首に辺りの空気を取り込む。
彼だけではなく、彼の多くのいとこ達もまた忌み嫌う、不愉快な存在の匂い。
その匂いを持つ生き物……すなわち人間の存在を感じ取ったフルフルは、その場で器用に蛙じみた巨大な脚を捻る。
もう一度、匂いを嗅ぐ。
匂いの元は、4つ。
2つは昨晩とっちめてやったはずの奴の匂い。
もう2つは、嗅いだことのない新しい匂い。
フルフルは不気味な唸り声を苛立たしげに上げながら、頭部に付いた耳孔に意識を集中させた。
瞬間、彼から一番近くにいた人間のいる辺りから、迫力のある金属音が鳴る。
「まずはこいつを食らえッ!!」
フルフルの感じ取った匂いの元……すなわちジュンは、構えた『ショットボウガン・白』のトリガーを指の腹で叩いた。
火薬の炸裂音が、この雪山にこだまする。
それも、三発分。
トリガーを一度落としただけで、三発もの弾丸が放たれたのだ。
フルフルは、直ちに前方から無数の風の吼え声を聞き取る羽目になる。
高速で飛来する無数の破片が、雨のように降り注ぎ全身を切り裂く。
フルフルは、体中をナイフで滅多切りにされるような痛みで、たまらずに呻いた。
「今だ! 全員配置につけ!!」
ジュンは後方にも聞こえるよう叫びながら、『散弾』三発分の斉射による強烈な反動を全身で受け止める。
彼の足元では、『カラの実』製の三つの空薬莢が、黒焦げになったまま未だに白煙を上げていた。
ジュンがたった今用いたこの猛射撃は、ガンナーの間では「速射」と呼び習わされている。
銃身自体の耐久性などの問題から、ヘビィボウガンに比べればどうしても火力が劣る、ライトボウガン。
しかし、ライトボウガンにもヘビィボウガン並みの火力を持たせる手法は、決して皆無ではない。
その手法の一つが、例えばジュンの『ショットボウガン・白』などに組み込まれた、速射機能である。
本来ならば複数発分の量がある弾頭・弾薬を連結し、一回分の撃発でそれらが連鎖的に発射されるよう、
弾丸及びライトボウガン本体をカスタマイズすることで可能となる、この驚異的手数を誇る射撃方法は、
特にけれん味の利いた言い回しを愛するガンナーから、まれに「バースト射撃」などとも呼ばれ親しまれている。
無論、あらゆるライトボウガンにこの速射が可能なわけでもなく、
また現状の武器設計理論はまだまだ不完全で、
ライトボウガン本体と発射される弾薬の相性がよほど良くなければ、この速射機能は実装できない。
よほど高性能のものでもなければ、実質上一丁のライトボウガンで速射できる弾は、一種類が限度と言えよう。
それ以外にも、速射による強烈な反動はガンナーの機動を制限し、火薬の量も制限され一発一発の弾丸の威力は落ちる、
などの欠点は目立つが、それでも通常の2倍から3倍……場合によっては、通常の5倍もの弾数が携行可能となり、
それを高い集束率でもって一気に叩き込める速射機能は、愛用するガンナーも決して少なくはない。
また、特に『散弾』の速射は、チームに一つ新しい戦略をもたらしてくれる。
すなわち、猛烈な手数の攻撃を見舞うことで、速射を行ったガンナーにモンスターの注意を集中させる、
という囮作戦を可能とするのだ。
(さて……どう出てくる、フルフル!?)
ジュンは眼鏡の下の瞳を、さながら刃のように鋭くすがめさせて、フルフルの出方を伺う。
フルフルの白い首が、怒りの唸りと共に持ち上がった。
フルフルは当面の目標をジュンに定めたらしく、その蛇かミミズのような白い首をジュンの方に向ける。
(よし……ここまでは狙い通りだ!)
フルフルの影が、ジュンの居る場所に向かい飛びかかる。
その隙を縫い、ジュンの背後から3人の少女の姿が散った。
「時間を稼いでくれてありがとう、ジュン君!」
蒼星石はその肩を、左膝を砕かれた翠星石の左半身に貸し、傍らの丘へと歩を進める。
「今度こそあのセクハラ飛竜、丸焼きにしてやるですぅ!」
翠星石は、飛竜の巣に運び込まれた木の枝で左膝を強固に固定し、今なおここに立っている。
「……ジュン……どうしても『角笛』を吹かなければ……ダメなの?」
顔面を恐怖と悪寒で蒼白にさせ、ついでに言えば涙目になりかけている真紅は、か細く呻いた。
その目前の地面にフルフルがボディプレスを見舞い、真紅は思わず甲高い悲鳴を上げる羽目になる。
「当たり前だ! ついでに狩りの最中に水銀燈とか言う奴が乱入してこないか……!」
フルフルの巻き起こした雪煙を切り裂いて、中から飛び出してきたのはジュン。
側転してフルフルの攻撃を回避したジュンに、負傷の痕は一切見られない。
「……辺りを警戒するのもお前の役割だっ!」
フルフルはすかさず転身。
蒼星石にしてやったのと同じように、振り向きざまに首を鞭のようにしならせ伸ばしながら、ジュンを噛み裂く。
「嫌ァッ! 汚らわしいわ!!」
「っと!! ……愚痴をこぼす暇があるならお前もさっさと『ハイドラバイト』を抜け! 真紅!!」
もちろん、フルフルの首を伸ばしながらの噛みつきも、ジュンは難なく回避。
真紅がこの奇怪な攻撃を見て恐怖の悲鳴を上げるが、ジュンは攻撃をかわしざま、真紅に一喝する。
真紅は視界の端でのみフルフルを捉え、可能な限りフルフルを直視しないようにして腰に手を伸ばすが、
先ほどジュンを脅しにかかった時とは違い、今にも手から『ハイドラバイト』が零れ落ちそうで実に頼りない。
(くそ! これじゃあ時間を稼ぐのも一苦労だ!)
どうせフルフルを相手にする時、真紅は最初から役に立たない戦力として勘定していたからいいものの、
実際にこんな体たらくを見せ付けられては、悪態の一つもつきたくなる。
幸いにもフルフルの注意はまだ己に向いていることを確認したジュンは、悪態をつきながらもリロードは忘れない。
今のところ、自分以外にフルフルに接近戦を挑んでいる仲間は居ないが、じきにそうなることを想定して、
『散弾』を排莢し使用弾丸を『通常弾』にチェンジ。
味方がモンスターと接近戦を始めたなら、敵味方を無差別に巻き込む『散弾』はもう使えないためである。
『バトルシリーズ』の弾薬ホルダーが可能とする高速装填を行うジュンに、フルフルはもう一度振り向いた。
その喉をゴロゴロと鳴らしながら、目無しの首を高くもたげる。
フルフルの口内に白い光が発生し、同時に空気が焼ける異臭も漂い始めた。
「!!」
ジュンは『通常弾』のリロードを終えた瞬間、もう一度側転を余儀なくされる。
ジュンが側転を終えて、おそらくは半呼吸分ほどの時間を置いてから、フルフルは口内の白い光を雪面に叩き付けた。
フルフルの口元から迸る三筋の光が、扇状に雪面に広がる。
軌道上にあった雪を削り取り、たちまち刺激臭を含む蒸気が立ち上った。
フルフルはこのように、体内で発生させた電気を全身に帯びさせるのみならず、
それを吐息……すなわちブレスとして放射することも可能なのである。
王立学術院によると、フルフルのこのブレスは何らかの物質……おそらくはフルフル自身の唾液……を、
「芯」に用いることで、このようにある程度指向性と方向性を持たせているのではないか、
という仮説も立っているというこの攻撃は、しかし原理など分からなくとも、かわせさえすれば問題はない。
ジュンは体を投げ出し、側転。ギリギリで雪面を走る電撃に、全身を引き裂かれることを免れる。
側転の体勢から立ち上がりざま、抜き撃ちで『ショットボウガン・白』の銃口から弾丸を吐き出させる。
一射。二射。三射。
首。右翼。胴体右側。
フルフルの体表に、血の花が咲く。
そこで、フルフルが再びジュンの方に振り向いた。
今度はフルフルがその首を振り上げた瞬間に、移動を開始するジュン。側転せずとも、余裕の回避を見せる。
だが、雪面を蹴っての回避を行ったジュンの視界の端に写ったものは――。
「真紅! 電撃が行ったぞ!!」
瞠目するジュンは、可能な限り短いフレーズで相棒の真紅にその危機を知らせた。
うっかり位置取りを誤った真紅に、流れ弾の電撃のブレスが襲い掛かる!
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」
この電撃のブレスは、たとえ真紅の右手に盾があろうと防げはしない。
雪面を走る電撃には実体がなく、電撃を盾で遮断したとしても、そのエネルギーは盾を伝わりハンターの体を焼き払う。
しかも悪いことに、真紅の装備する『イーオスシリーズ』は、翠星石の『ゲネポスシリーズ』と正反対で、
電撃に対する防御力は極めて低い。
最悪の場合、一撃受けただけで真紅を待ち構えるのはショック死という結末!
ジュンは思わず、その凄惨な光景を想像して目を反らしそうになったが、幸いにもそこまで真紅は不運ではなかった。
逃げ惑う真紅はある一歩を踏み損ね……
「あぶっ!」
そのまま、雪原に倒れ込んだ。
倒れ込んだ場所が、偶然にもフルフルの放った三筋の電撃の、その中間地点だった。
フルフルの電撃は、誰も傷付けることなく雪の中に消えた。
「おいおい……」
ジュンは真紅の余りに情けない助かり方に一瞬脱力しかけるが、今はモンスターとの戦いの最中。
そんな悠長な真似をやってる暇など、もちろんこれっぽっちもない。
「フルフルなんて最低なのだわ!!」
涙声で吐き捨てて逃げ惑う真紅。
それを見て、ジュンは余り長時間粘るのは得策でないことを再認識し、焦(じ)れながら丘の上に声を届ける。
「翠星石! 早く狙撃ポジションに着け!」
ジュンが声を叩き付けた先は、昨夜翠星石がフルフルを狙撃するために陣取った、あの小高い丘。
そこで蒼の鎧の剣士と、碧の鎧のガンナーはまごまごしながら、準備を必死に続ける。
「言われるまでもねえですぅ! あと5秒だけ粘りやがれですぅ!!」
翠星石は、もちろん自らの脚が折れていることを言い訳になど出さずに、思い切り良く啖呵を切り返す。
今更そんな言い訳をするくらいなら、彼女は最初からこの場に居ることはなかっただろう。
「さあ翠星石、早くこのまま腹ばいになって……!!」
「もちろ……あいてててて! 蒼星石! もう少し力の加減をするですぅ!!」
「あ……ごめん!」
ジュンを威勢のよい啖呵で一旦黙らせた翠星石は、雪面に腹ばいになろうと体勢を整えつつも、
その助けに入った妹に上半身を引きずられる形になり、呻いた。
もちろん左膝の訴える痛みもさることながら、どちらかと言えば蒼星石に体を引きずられて、
上半身が無理な体勢を取らされた事に、その痛みの原因はある。
「ったく、『鬼人薬』の効きが良過ぎるのも困り者ですぅ」
翠星石は愚痴りつつも、予め畳まれた銃身を伸ばし発射態勢を整えた『インジェクションガン』を、
雪面の上にどっかと載せた。
「ごめん……。『鬼人薬』を飲むなんて初めてだから、まだ力の加減が上手く出来なくて……」
「まあ、言い訳は後でいいですぅ。
もうここから先、翠星石は1人で大丈夫ですから、蒼星石はあのチビを助けに行くですぅ!」
翠星石はぶっきらぼうに蒼星石に言うが、それで今更気を悪くしたりするような蒼星石ではない。
蒼星石は一つだけ頷き、即座に踵を返して丘から降り立つ。
着地した次の瞬間には、矢のようにその身を走らせる蒼星石。
雪原に穿ち抜かれる『ランポスグリーヴ』の足跡は、昨晩のものより数段深くなっている。
雪原を蹴りつけるその力は、自身の脚のものとはにわかに信じ難い。
(これが……『鬼人薬』の力!!)
ジュンが先ほど洞穴内で渡してくれた『増強剤』と『怪力の種』……
それらを調合し出来上がった『鬼人薬』を飲んでからというものの、全身がそこはかとなくむず痒い。
それもそのはず。
今蒼星石の柔肌の下では、増強された筋力が爆発の場所を求めて暴れ回っているのだ。
『鬼人薬』は、それを飲んだ人間の筋力を増強させ、また精神の集中力も同時に高める作用を持つ。
調合には若干の手間もかかり、またある程度以上の財力と実績を持つハンターなら、代替手段はいくらでもあるがゆえ、
そこまで多用はされない薬だが、それでもこの薬効には疑いの余地はない。
たちまちのうちに視界の中で大きくなってゆく、フルフルを睨みつける蒼星石。
「助太刀するよ、ジュン君!!」
イャンクックを初めて狩ったその夜、姉と共に初めて味わった酒の味に感じ入るような、
少しばかり背徳感の混じった高揚感。
今の蒼星石が享受するこの感覚は、それが一番近いだろうか。
蒼星石は、フラヒヤ山脈の冷気を肺いっぱいに吸い込む。
フルフルとの間合いは、すでに双剣の間合いにまで詰められていた。
蒼星石の肺の中で、フラヒヤ山脈の冷気はまるで火山を思わせる灼熱の吐息に生まれ変わり、
そして蒼星石の雄叫びと共に生み出される。
「でやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
蒼星石はフルフルの胴体に、『ツインダガー改』の二つの切っ先をねじり込んだ。
そのまま、一気に傷口をこじ開けるようにして、斬り払う。
『ツインダガー改』の、大人の腕ほどの長さを持つ刀身が三分の一程度うずまり、
続けて傷口に食らい付いた白刃が、フルフルのブヨブヨの体皮とその下の強靭な筋肉を引き裂く。
フルフルの返り血が、雪面に斑に散った。
(凄い……これなら!!)
昨晩はせいぜい、フルフルの皮までしか届かなかった攻撃は、今やその下の筋肉にまで届いた。
これならば、筋肉すらも切り裂き、更にその下の骨や内臓にまで刃を届けることは、あながち夢でもない!
蒼星石はこの斬り払いを斬り上げにつなげて、更に肉を引き裂く感覚を楽しみたい衝動に襲われないでもないが、
斬り払いを当てたのみで側転。一撃離脱を試みる。
フルフルがその場に伏せり、放電体勢をとる事が見えたためである。
側転で地面に倒れ込んだ体を、全身のバネを用いて立ち上がらせながら、
蒼星石は青白く輝くフルフルを挟み、反対側に位置するジュンに声を届ける。
「ジュン君! 今がリロードのチャンスだ!!」
「言われずとも分かってる!!」
ジュンは腰を守る『バトルコート』の弾薬ホルダーに収められた、一発の弾丸を抜き出した。
その弾丸は『通常弾』と同じく灰色の弾頭を持つものの、先端の形状は『貫通弾』と同じく鋭利な針状になっている。
しかし『貫通弾』にしてもその弾頭は余りにも太く大きく、とても飛竜の体を貫通できるような代物ではないだろう。
『貫通弾』は硬く尖った弾頭に、弾丸の全エネルギーを一点集中させることで、
強靭な飛竜の甲殻すらも突き破るが、このジュンの取り出した弾丸ではそれほどの貫通力は期待できまい。
だが、ジュンはこの弾丸を選択することに一切のためらいはない。
むしろ、この弾丸を……『徹甲榴弾』を選び取ることは、ジュンが最初から組み立てていた作戦の一つ。
そしてジュンのみならず、翠星石の得物にも、今頃同じく『徹甲榴弾』が込められているはずである。
翠星石が腹ばいになったまま陣取った、小高い丘の上からその声が届く。
「準備オーケーですぅ! あとはフルフルをこっちに向かせやがれですぅ!!」
ある種の凶暴さすら伺わせる笑みを浮かべながら、翠星石は右手親指を一つ立て、
即座に『インジェクションガン』のスコープを右目で覗き込んだ。
倍率可変式に改造された翠星石は、左手でスコープ本体をねじのように回し、狙撃にちょうど良い倍率に調整。
そのスコープの中の視界の端に収まったジュンは、振り向いて一つ確認の指示を出す。
「翠星石! お前の射撃を合図に始めるぞ! この作戦……遊び弾は一発もないって思え!」
(分かりきったことをいちいちグダグダ言うなですぅ、チビメガネ!)
翠星石はそう言い返したくはあったが、心の中で叫ぶに留める。
すでに自身の体は、狙撃のための体勢を整えているのだ。
無駄口を叩いた拍子にその体勢が崩れたり、集中を乱してしまったりしては元も子もない。
『インジェクションガン』の銃把を押し当てる右肩。
『インジェクションガン』のトリガーにかかる右手。
『インジェクションガン』の銃身を支持する左手。
『インジェクションガン』の銃口は、雪面で支える。
翠星石は、いかに精密な狙撃を身上とするガンナーですら滅多にとる事はない、腹ばいになりながらの狙撃体勢で、
スコープを睨みつける。
無論この状態ならば、飛竜の攻撃をかわしながら慌てて射撃をするのに比べれば、遥かに命中精度は上がる。
だがハンター達がこのような狙撃体勢を滅多にとらない理由は、至極簡単。
現在の設計水準では、桁外れの生命力を持つモンスターを、
一撃で射殺出来るほどの大威力の弾丸を放てるボウガンを、製作することは出来ないためである。
この腹ばいのまま射撃を決めるという体勢は、隙だらけであることは言うまでもあるまい。
最初の一射でモンスターを仕止め切れなければ、モンスターに存在を気付かれたガンナーは、極めて危険な状態に陥る。
だからと言って、モンスターがそう簡単には接近できないほどの、超遠距離から狙撃するなど論外。
超遠距離を飛び、減速してしまった弾丸では、そもそもモンスターの甲殻を貫くなど、出来はしない。
現在ではガンナーも、剣士に比べれば若干広い間合いを取り、中距離程度から立ち回る……
言わば間合いを広く取って白兵戦を挑む、という戦法が主体となったのは、ボウガンの設計上の限界と、
モンスターの持つ強靭な生命力……これらが相克し合った結果と言えよう。
だが、「主体となる戦法」とは、「常に有効な戦法」と同じであるとは限らない。
左膝を砕かれ、機動性を失った今の翠星石を戦力として組み込むなら、こんな定石を外した戦法も必要となるのだ。
フルフルの全身から青白い光が拭い去られ、その白い巨体が持ち上げられた。
フルフルの動きに気付いたジュンと蒼星石は、即座に翠星石から見て手前側に移動。
その頭部が、翠星石に狙いやすい位置に来るように誘導を行ったのだと、気付けぬ翠星石ではない。
フルフルがこのまま振り向けば、どの辺りにあの気色の悪い頭部が来るか、翠星石は計算。
この計算は、フルフルの動きを見切る観察力と、翠星石自身のガンナーとしての勘のみが勝負となる。
翠星石はスコープである一点を捉えた瞬間、ヘビィボウガンの銃身を固定。
このポイントにフルフルの頭部は来ると、翠星石は予測。
(さあ……こっちを向きやがれですぅ、セクハラ飛竜!!)
翠星石は胸中叫び、その呼吸すらも止め、全神経をスコープに集中させる。
ジュンと蒼星石が何か話しているようだが、
そもそも耳がその内容を受け付けることを忘れているかのように、気にならない。
フルフルはやがて、体をその場で反時計回りに振り向かせ――
(……ドンピシャですぅ!)
フルフルの頭が来ると予測した地点と、寸分の狂いなし!
今やスコープの真ん中に、フルフルの頭部は収まっている。
ありがたいことに、周囲は微風。この距離ならば、風による着弾地点のブレは問題になるまい。
(さあ……その汚ねえドタマを……!)
翠星石は、刹那。
ためらうことなく、引き金を落とす。
『インジェクションガン』の弦が、薬室内で『徹甲榴弾』の雷管を叩く手応えが伝わった。
(……吹っ飛ばしてやるですぅ!!)
『インジェクションガン』は、熱気と共に『徹甲榴弾』を吐き出す。
その反動が全身を駆け抜け、左膝に沁みるような痛みが走るが、翠星石は奥歯を噛み締めて耐える。
翠星石がその手応えを存分に味わう間もなく、『インジェクションガン』から放たれた『徹甲榴弾』は、
フルフルの頭部に深々と突き刺さった。
一瞬の間をおいて、まばゆい閃光が白銀の世界を一気に舐め上げる。
壮絶な爆発音が、フルフルの頭部から迸った。
巻き起こった爆風が、フルフルの視界を赤一色に染め上げ、同時にその聴覚を強打する。
「……やった!」
蒼星石が『ツインダガー改』を握り締めたまま、爆炎の中に霞むフルフルの頭部を見て、快哉の声。
これぞ、『徹甲榴弾』の真価。
『徹甲榴弾』の、『貫通弾』以上に太いその弾丸内部には、炸薬が満載されている。
着弾の衝撃で『徹甲榴弾』内の炸薬は点火され、僅かの時間差をおいて、それが爆発を起こす。
『徹甲榴弾』の弾頭が針のように鋭く尖っているのは、『貫通弾』のように飛竜の甲殻を貫くため、
というよりは、『徹甲榴弾』を飛竜の体表面にしっかり保持し、
零距離爆破を確実に見舞うための設計、ということが出来よう。
そしてこの『徹甲榴弾』の射撃は、今の一撃で終わりではない。
「まだまだぁっ!!」
続けて、『ショットボウガン・白』を構えたジュンが、爆煙を吹き上げるフルフルの頭部をロックオン。
煤けて黒味を帯びるフルフルの白皮に、容赦のない第二射をねじ込む。
側頭部に槍で突かれるような衝撃を受けたフルフルは、たまらずにたたらを踏み、蛇のような頭部が力なく振られる。
言うまでもなく、その側頭部に突き刺さっているのは、炸薬を満載した『徹甲榴弾』の弾頭。
閃光。
轟音。
フルフルの皮の一部とおぼしき、焼け爛れた肉片が飛び散り、ジュンの頬にへばりつく。
ジュンはその不快感など感じていないかのごとく、再度『徹甲榴弾』をリロード。
『バトルコート』から弾薬を抜き出し、薬室に叩き込んだところで、即座に回避行動に移る。
怒りの声を上げたフルフルが、頭部を爆砕される苦痛をこらえながら、再び電撃のブレスを叩き込む。
しかも今度地面を走る雷撃は三本ではなく――
「五本!?」
蒼星石は驚愕の声を上げる。
今回の電撃ブレスの拡散範囲は、雷撃を三本放つ時のそれとは比べ物にならない。
フルフルの真横まで移動しなければ、おそらく完全な回避は期待できないだろう。
運良くフルフルの真横に転がり込むのが間に合った蒼星石は、
あと靴一足分でも前に出ていたら、この電撃に全身を焼かれていたであろうと思い、鳥肌が立った。
「気を付けろ蒼星石! フルフルの口の中で激しい放電があったら、これが来る!」
『徹甲榴弾』の爆風のせいで頭部が見辛くなって、その予兆を見落としたか、とジュンは内心反省する。
蒼星石はそのジュンの内省を汲み取ってくれたのか、しかしジュンに対して罵りの声を上げることはなく、
事前に打ち合わせた作戦通り、動くことを忘れてはいない。
フルフルの脇を突くようにして斬り払い、フルフルの翼を一撃斬りつけて側転。
フルフルの注意が翠星石に向かないように、一撃離脱戦法でフルフルの注意を自らに向けることに、余念がない。
「第二射目、用意できたですぅ!」
翠星石は丘の上から叫び、もう一度『インジェクションガン』のスコープを睨みつける。
「だったらさっさとぶっ放せ! フルフルが電撃ブレスを撃った直後の隙はっ……!」
ジュンは翠星石に怒鳴り返し、第二射目の『徹甲榴弾』をその内に蓄えた『ショットボウガン・白』を掲げる。
「『徹甲榴弾』をブチ込んで下さいと言わんばかりのっ……!!」
ジュンはスコープを覗き込み、『ショットボウガン・白』の射角を微調整。
電撃ブレスを放った直後のフルフルの頭部は、微細な痙攣を起こすも、ほとんど硬直したも同然。
そしてモンスターの動きが止まった瞬間……それがガンナーにとっては何を意味するか、もはや言うには及ぶまい。
これほど近距離からなら、ジュンの腕前をもってすれば、たとえ頭部を狙っても外すことは、ない。
「絶好のチャンスだぁっ!!!」
ジュンの『ショットボウガン・白』が。
(当たりやがれですぅ!!!)
翠星石の『インジェクションガン』が。
砲火を吹く。
二重の轟音を伴い、同時に『徹甲榴弾』を吐き出した。
雪の舞う中に吐き出された『徹甲榴弾』が、灼熱の烈風をまといながら、フルフルの頭部を強襲する。
蒼星石は、『徹甲榴弾』のまとう熱風で、雪の一粒一粒が蒸発して虚空に帰するその様子まで、
つぶさに観察できるかのような錯覚に襲われる。
フルフルが電撃ブレスの反動から立ち直り、その首をもたげた。
厳密には、もたげようとした、とでも言うべきか。
その動きがあと一瞬でも早ければ、『徹甲榴弾』は頭部を直撃することはなかっただろう。
ジュンと翠星石が、あと一瞬でもトリガーを引くのを先延ばしにしていれば、この同時射撃は無効となっていただろう。
現実には、フルフルの頭部に、二発の弾頭が見事に食い込んでいた。
2人のガンナーによる、十字砲火(クロスファイア)が炸裂。
「こいつで……!!」
「ブッ飛びやがれですぅ!!」
ジュンと翠星石の叫び声に応えたのは、フルフルの頭部を爆心とした、赤橙色の閃光だった。
巻き起こる、二つの爆炎。
フルフルの頭部は、二つの爆風により押し潰されるような形で、その頭部を霞ませる。
焼け爛れた肉片が、周囲に雨のように飛び散る。
蒼星石は、フルフルの叫び声の質が突如として変わったことに気付いた。
「……フルフルが……!!」
蒼星石は、フルフルが突然千鳥足でのステップをその場で踏む羽目になったのに気付く。
爆炎の下から現れる、すすけて醜く肉が剥げ落ちたフルフルの頭部。
その様子も明らかに先ほどと違い、獣としての激しい闘争本能はもはや感じられない。
その理由を蒼星石が合点したのは、それから一呼吸をおいてのことだった。
(なるほど……ジュン君の言ってた『隙を作る』って意味は、これだったんだ!)
蒼星石はハンターとしての経験から、今のフルフルの異状を自らに説明する。
ハンター達の間では、今では狩りに際して様々な常識が共有されている。
その一つに「初めて出会ったモンスターや、急所が分からないモンスターは、とりあえず頭部を狙って攻撃しろ」、
というものがある。
いかなモンスターも、自然の脅威を実体化させたような恐るべき強大さを持つとは言え、所詮は人間と同じ生き物。
人間と同じく、ほぼ例外なくモンスターの頭部には、生命活動を支えるための脳が存在する。
もちろん脳は強固な甲殻や強靭な筋肉に包まれていると言えど、ひとたびそこまで攻撃が届いてしまえば、
さしものモンスターですらひとたまりもなく命を失う。
すなわち脳の収まった頭部は、大抵のモンスターにとっては急所の一つなのだ。
仮にモンスターの脳に直接攻撃を加えることが出来なくとも、外部から衝撃を……それも強烈なものを何発も受ければ、
最終的にはそれが脳震盪に繋がる。
ジュンと翠星石が行った作戦は、まさにそれなのだ。
このように頭部に強烈な衝撃を伴う攻撃を集中させ、モンスターを脳震盪に持ち込み怯んだところを一気に畳み掛ける、
という戦法は、本来ならば雛苺のようなハンマー使い達が好んで使う戦法であるが、
ボウガン使いにも決して不可能な戦法ではない。
ハンターズギルドの熱心な弾薬改良の結果、最近になって作られるようになった『徹甲榴弾』は、
爆音の音量も大きく、火薬の炸裂による閃光をよりまばゆく、更に爆発による衝撃も強力なものになっている。
大音量の爆音と強烈な閃光、そして脳を揺さぶる衝撃……これらの直撃を零距離で連続して頭部に受ければ、
さすがのモンスターですら意識が朦朧とならずにはいられない。
今頭部をふらふらと虚空にさまよわせているフルフルを見れば、それが良く分かるだろう。
蒼星石は、思考しながらもジュンに渡された二本目の薬である、『強走薬』の瓶を手に取ることを忘れない。
フルフルがこうなった時点で即座に『強走薬』を飲み、「あれ」を使う。事前に打ち合わせた、作戦の通りに。
「蒼星石ぃ! 今ですぅ!!」
『強走薬』が、蒼星石の喉から腹に落ちた。
翠星石の声援を受けつつ『強走薬』を飲み干した蒼星石は、その握力で空になった瓶を握り潰し、破砕する。
砕け散った瓶が雪面に散るも、太陽の光の届かぬこのフラヒヤ山脈では、破片が陽光で煌く事はなかった。
こふう、と蒼星石は濃密な吐息を吐き、一旦は背のホルダーに収めた『ツインダガー改』を、再度抜き放つ。
ぎり、と噛み締めた奥歯に、頬の内側の肉が一部巻き込まれ、口内が鉄臭くなるのを感じる。
蒼星石は全身にみなぎる未知の力に、わずかな恐怖とそれを凌駕する高揚感を覚え、双刀を震わせた。
「蒼星石! とどめはお前が刺せ!!」
「任せて……おいてっ!!」
気合の大音声。
蒼星石は、その頭上に『ツインダガー改』の刀身を持ち上げ、互いを打ち合わせる。
甲高い快音が、双剣から放たれた。
その音を合図として、己の心の最深部に眠っているべきはずの野獣が、眠りから醒め――。
「おおおおおおおおおっ!!!」
そしてその野獣はたちまちに純粋な『力』に生まれ変わり、蒼星石の全身に伝播する。
この感覚を、双剣を使うことのない人間に説明するなら、それが一番近いだろうか。
全身の筋肉が、発火炎上しそうなほどに熱い。
今すぐに雄叫ぶ力を炸裂させなければ、そのまま体が燃え尽きて灰になってしまうのではないか、と思えるほどに。
蒼星石は、先ほどに倍加するほどの神速の踏み込みでもって、一気に脳震盪を起こすフルフルの首下に滑り込む。
意識が朦朧となった今のフルフルは、おそらく蒼星石のその動きに気付くことは出来まい。
仮に出来ていたとしても、もはやどうすることも出来ないだろう。
蒼星石という名の爆弾は、すでに発火してしまっていたのだから。
「あああああああぁぁぁぁあああああああ――――ッ!!!」
蒼星石の両腕に握られた『ツインダガー改』が、次の瞬間残像のみを留め消え去った。
更にもう一瞬をおいて、フルフルの首元で鮮血の爆風が巻き起こった。
鋼の暴風はフルフルの皮膚はおろか、その下の筋肉にまで軽々と達し、食らい付く。
ジュンと翠星石は、まるでフルフルの皮膚と肉が、ひとりでに削げ落ちていくかのような錯覚に陥る。
すでに蒼星石が振るう『ツインダガー改』は、並みの動体視力ではその実体を捉えることは出来ない。
せいぜい捉えられて、蒼星石の周りに吹き荒れる、赤い風の軌跡が限度であろうか。
言うまでもなく、この赤い風の正体は霧状に散ったフルフルの血。
蒼星石が二つの得物を交互に振りかざし、フルフルの血肉を抉り取るたびにその赤みは強くなってゆく。
雛苺のハンマーを竜巻、トモエの太刀を落雷に例えるなら、蒼星石のこの連撃はさながら嵐。
それも蒼星石の周囲の狭い空間に、吹き荒れる全ての風を凝縮したかのような、驚異的な密度を持つ嵐。
「でぁぁぁぁぁぁぁりゃぁああああああっ!!!」
蒼星石はこの連撃の止めとして、『ツインダガー改』の双刃を大上段に掲げた。
それを、大地すらも叩き割らんばかりの勢いで、全力で叩き落す。
哀れな獲物を噛み裂く肉食獣の牙のように、『ツインダガー改』はフルフルの首を猛襲。
その成分の全てが血と肉で出来た凄絶な爆風が、蒼星石の顔面に斑の血化粧を施した。
フルフルの首下の半分は、すでにブヨブヨの皮が剥げ落ち、その下の赤桃色の筋肉の筋が露となる。
その筋肉の一部分からはすでに骨すらも覗け、蒼星石のこの連撃のダメージを残酷なまでに克明に語っている。
翠星石はその様を見ながら、歓喜の声を上げた。
「ざまーみろですぅ! ズルムケになりやがっていい気味ですぅ!!」
ジュンは油断なく『ショットボウガン・白』に次弾を装填し、追い討ちの用意を整えながら蒼星石に声を上げる。
「蒼星石! もう一撃いけるぞっ!!」
「はあああああぁぁぁぁああああっ!!!」
蒼星石は、削げ落ちたフルフルの肉塊もろとも地面に深々とめり込んだ『ツインダガー改』を、力任せに引き上げる。
次の瞬間、『ツインダガー改』は再び蒼星石の手の中で鋼の嵐と化した。
荒れ狂う鮮血の暴風に、やがて白色が混じり出すのもまた、時間の問題に過ぎない。
フルフルはその体内の『アルビノエキス』を、血液と共に撒き散らしながら、恐怖に震えた。
彼の首下で鬼神のごとく暴れ狂う、1人の少女におののいた。
狂獣と化した蒼星石が繰り出すこの技こそ、双剣使いの最終奥義、「乱舞」。
真紅やローゼンの操る片手剣に加え、盾の代わりに更に追加でもう一振りの刃を持つことで、
双剣は片手剣の二倍以上の手数を稼ぐことが出来るのは知っての通りであるが、
その二倍以上の手数を稼ぐための切り札こそ、これである。
双剣はその刀身に、必ずとある仕掛けを組み込まれた状態で、完成品としてハンターに渡されることとなる。
これにより双剣使いは二刀を打ち合わせることで、特殊な波長の音波を自らに聞かせることが出来る。
双剣使いはその音波を至近距離から聞くことで、自らに強烈な自己暗示をかけ、
肉体が肉体自身にかけた本能的なリミッターを、強引に解除。
このリミッターの解除を、双剣使いらは「鬼人化」と呼ぶ。
そして「鬼人化」により、肉体の限界を超えた筋力と瞬発力を得た状態で、始めて可能となるのが「乱舞」。
蒼星石がたった今『ツインダガー改』から繰り出した、嵐のごとき十連続の斬撃である。
顔面にフルフルの返り血を浴び、生々しい血化粧を受けた蒼星石の顔面には、
北国の伝説に伝わる、かの狂戦士を思わせる表情がへばりついていた。
すなわち圧倒的な暴力でもっていかなる敵をも粉砕する、怒り狂う獣の形相が。
再度、「乱舞」のフィナーレを告げる、大上段からの全力の振り下ろし。
すでに蒼星石の上げる叫び声は気合の叫び声というより、理性を無くした獣の咆哮に近かった。
フルフルの首元から、何か固い物を力任せに砕く、寒気のするような音が響く。
同時に、血の噴水が吹き上がった。
蒼星石が見舞った振り下ろしは皮と筋肉を貫通し骨までを抉り、そしてフルフルの首に通った動脈を切断したのだと、
その場にいた誰もが気付く。
これだけ徹底的に切り刻まれれば、フルフルは自らが瀕死の重傷を負ったことに、気付かぬはずもない。
『徹甲榴弾』で揺さぶられた意識が、嫌でも戻ってこようというもの。
フルフルは不気味な悲鳴を上げながら、その場で翼を振り上げる。
逃げねば。
このままここにいたなら、殺される。
そう察したであろうフルフルは、ズタズタにされた首の激痛を、
命を奪われるかも知れないという恐怖でもって強引に抑え、その翼を一気に振り下ろした。
「うわっぷ!?」
ジュンはフルフルの巻き起こした強風にあおられ、その体をたまらず腕と『ショットボウガン・白』の銃身で庇う。
ジュンの視界は舞い散った地吹雪で白一色に染まり、一瞬ばかり遮られる事となるが、
その地吹雪のカーテンの向こう側からは、相も変わらず何か重いものが空を切り裂きまくる音と、
そして獣の咆哮が絶えることはなかった。
空中から、赤い氷がぽろぽろとこぼれてくる。
それはフルフルの動脈から噴出し、宙を舞いながらフラヒヤ山脈の冷気で凍りつき、
地面に落ちてきたフルフルの鮮血だと、視界を取り戻したジュンは直ちに認識する。
ジュンは顔面に降りかかり、『ホットドリンク』で高められた体温で融解した雪を、
『バトルガード』の手の平の部分で拭ったなら、反射的に『ショットボウガン・白』を掲げた。
雪原に落ちる影を見て、今フルフルがどこにいるかを確かめるジュン。
そして、結局はもう毒づく以外、やれることはないと気付き、腹立たしげに吐き捨てる。
「くそっ! 止めを刺し損ねたか!!」
ジュンは血の結晶をボロボロとこぼす、曇り空にかかった白い点を睨みつけ、顔を歪めた。
翠星石も空中に舞ったフルフルを追撃せんとしたのか、
『インジェクションガン』の銃声も幾度か雪風の背景音楽に混じり込む。
しかし、フルフルがボウガンの有効射程から離脱し、高度を取って離脱するのは、2人の射撃よりも早かった。
フルフルはそのまま、空中で進路をフラヒヤ山脈の南西に取る。
そのままフルフルの姿が雪雲の彼方に消え、翼のはばたきが雪風の向こうに没するまで、さほど時間はかからなかった。
フルフルは、この中腹東部から完全に離脱したのだ。
後に残る、寒風の奏でるメロディが、やけに耳に痛かった。
ジュンはフルフルの姿が見えなくなったのを確認し、その肩に『ショットボウガン・白』を収める。
右の脇下から背に抜けたジュンのライトボウガンは、そのまま背のホルダーにくわえ込まれ、しっかりと保持される。
ジュンの耳に、次に届いたのは苦しげな吐息だった。
ジュンの背後の雪面に広がる、人一人くらい軽く納まってしまいそうなほどに大きく開いた、雪上の血華。
その中心部に膝からくず折れていたのは、緊張の糸が切れ、『ツインダガー改』を地面に取り落とした、
1人の双剣使いの姿だった。
「蒼星石! 大丈夫か!?」
ジュンは凍りついた赤い雪を踏み越え、肩のみならず全身で息をする蒼星石に駆け寄る。
「蒼星石ぃ! しっかりするですぅ!!」
小高い丘の方から聞こえた翠星石の声は、すでに悲鳴に近いものがある。
『ランポスヘルム』の下からこぼれる、赤みを帯びた茶色の髪は、氷結したフルフルの血をくまなく浴び、
あったはずのつやは失われ、ぼそぼその塊のようになっている。
その下に隠された蒼星石の顔は、まるで先ほどまで血の風呂にでも全身浸かっていたかのように、
肌色の箇所がいくばくも残っていない。
そして先ほどまで、狂気のレベルにまで高まっていた怒気を、烈火と燃やしていたそのオッドアイには――。
「……うん、大丈夫」
まるで殺人鬼か何かを思わせる、血染めの顔には不似合いすぎるほどの、穏やかな笑み。
蒼星石は、何かを成し遂げた人間のみが浮かべうる、満ち足りた表情でジュンに応じる。
「立てるのか……? ちゃんと『強走薬』は効いてる……よな?」
「もちろんだよ、ジュン君!」
蒼星石は『ツインダガー改』を拾い直し、立ち上がりながらそれを背のホルダーに戻す。
蒼星石が先ほど見舞った激しい斬撃ゆえに、『ツインダガー改』の刀身はあちこち刃こぼれを起こし、
脂混じりのフルフルの血液すらもへばりついて、すでに刃物というよりは、鈍器に近いものがある。
この雪山の寒気の中でも流動性を保つ、ギトギトの液体が切っ先から垂れるのも構わず、蒼星石は走り出した。
言うまでもなく、丘の上に腹ばいのまま陣取った、実姉たる翠星石の元へ。
蒼星石はその丘の上に一気に駆け上がり、翠星石の首っ玉を思い切り抱き締める。
「やったよ、姉さん!」
笑顔を咲かせる蒼星石。
それに反比例するかのように、翠星石の首から上はたちまちに血の気を失いながら赤くなるという、
実に芸術的な色彩を見せる。
「や……やっだのは分がるがらぐびをじめるなでずぅ……!」
「あ……ごめん!」
蒼星石は、慌ててその両手を引っ込めた。
支えをいきなり失った翠星石は、雪面にその顔が墜落しそうになるが、
ギリギリのところで制止に成功。苦しげな咳を漏らす。
「ゲホ……! 『鬼人薬』と『強走薬』が一度に効いてる時の首絞めは、マジで殺人的威力ですぅ……!」
「そう言えば……それをうっかり忘れてたよ、翠星石」
蒼星石は、実に恥ずかしそうに苦笑しながら、いまだ血まみれの頬を掻いて間を持たせる。
翠星石はそんな蒼星石を見て、けれども先に出てきたのは、心配そうな物言い。
「でも、鬼人化の反動は大丈夫なんですかぁ?」
「うん、全然平気。鬼人化を解いた直後はちょっとキツかったけど、もう疲れはほとんど感じないよ。
何なら、もう一回くらい鬼人化してみても……」
「それはもういいですぅ!」
珍しいことに、妹の発言に慌てふためく翠星石。
再び折り畳まれた『インジェクションガン』を、背に戻そうとする翠星石に手を貸しながら、
滅多に見られない姉の狼狽ぶりに、蒼星石は小さく笑い声を上げる。
そんな翠星石に向かって、雪を踏む音と共に近付いたのはジュンだった。
「どうやら、『強走薬』の効果は抜群だったみたいだな。凄い暴れぶりで、正直ボクもビックリした」
ジュンは翠星石が腹ばいのまま留まる丘のふもとで、丘の上に駆け上がった蒼星石を眺める。
「……しかしまあ、全身スゴい事になったな……。ほんと、一仕事終えた後の殺人鬼みたいだ」
「そんな縁起でもねえ事を言うなですぅ、このチビメガネ!」
翠星石は先ほど蒼星石から食らった首絞めが解けたかと思いきや、またも頬を紅潮させてジュンの発言をとがめる。
だが、ジュンのその台詞も無理はなかろう。
今の蒼星石のまとう『ランポスシリーズ』の鎧は、すでに『ランポスの鱗』の抜けるような青みが、
ほとんど完璧に失われてしまっている。
代わって彼女の鎧を彩るのは、おびただしい量のフルフルの返り血。
バケツに満たされた鮮血を誰かにぶちまけられたとしても、こうまでひどく血まみれになることはあるまい。
蒼星石の鎧の裾からは、いまだにギトギトの赤い液体が糸を引き、雪面にぽたぽたと垂れて新たな花を咲かせている。
これが全てフルフルの返り血だから良かったものの、もしこれが蒼星石自身の血液だったなら、
失血死などという生温いものではなく、すでに蒼星石の体からは一滴残さず血が抜けていることになっていただろう。
鎧の金属部分と接触している血はすでに凍結しており、剥がすのはそう難しくはないが、
村に帰ったならすぐに鎧を洗い流さねば、確実に悪くなるだろう。
蒼星石の前半身の惨状とは裏腹に、ほとんどフルフルの血を受けていない後ろ半身。
そのコントラストを見せ付けられることとなった翠星石は、突如として胸が締め付けられるような感覚に襲われ、
切なげに目を細めた。
「でも……本当に蒼星石が元の蒼星石で良かったですぅ。
正直、鬼人化して乱舞している時の蒼星石は、本当に怒り狂ったモンスターみたいだったですぅ……。
もしこのまま、蒼星石が正気を取り戻さなかったらどうしようって、途中で本気で心配になったですぅ」
「それは僕も同じだよ、翠星石」
蒼星石は言いながら、翠星石の脇の下に肩を入れる。
鎧を着用したまま肩を貸せば、もちろん翠星石は相当な苦痛を覚える羽目になっただろうが、
実際のところは共に鎧を着用しているため、金属が互いを打ち鳴らす音が響くだけで済む。
蒼星石は翠星石を立たせ、鎧にへばり付いたフルフルの肉片のシャーベットを引き剥がしつつ、
姉の赤と緑の瞳を覗き込む。
「これで鬼人化を使うのは二度目だけど、僕も僕自身の中にあんな凄まじい凶暴さが宿っているなんて、怖くなるよ。
自分でも信じたくないけど……僕はフルフルを『ツインダガー改』でズタズタに引き裂く時、凄く爽快だった。
もっと言うと、フルフルを切り刻むのが楽しくてしょうがなかったんだ。
あんな風に暴力を振るうのを楽しいって感じる自分が……正直恐ろしいよ」
「蒼星石……」
翠星石の言葉には、蒼星石と同じ感情が宿っている。
すなわち、紛れもないあの鬼人化という、強大過ぎる力への恐怖という感情が。
「それは、蒼星石がまだ鬼人化をきちんと制御できていないからだろ?」
そんな双子に助け舟を出したのは、丘の下から声をかけるジュン。
「ボクは双剣を使ったことがないから、確かなことは言えない。
けど村の教官の話だと、ハンターが双剣の達人になれるかどうかの鍵は、やっぱりこの鬼人化の制御にあるみたいだぞ」
『バトルガード』の弾薬ホルダーが邪魔するも、ジュンは器用に腕を組みながら、丘の上を見上げる。
「どんな双剣使いだって、最初はこの鬼人化で理性を失いかけるらしい。
で、蒼星石は鬼人化を使うのはこれで二度目なんだろ? 理性を失いかけるのは別におかしいことじゃないさ。
ボクだってそうだけど、蒼星石だってまだまだハンターとしては半人前なんだ。
これを機にもっと鬼人化に慣れて、鬼人化状態でも理性を失わないようになれればいい」
蒼星石にアドバイスを行うジュンは、ライトボウガンの訓練の合間に、村の教官から聞かされた話を思い出していた。
双剣使いの死因の中で、最も多いのは鬼人化が解けた際のモンスターからの逆襲だという。
鬼人化状態になった双剣使いは極度の興奮状態に陥り、肉体の限界を把握することを、往々にして忘れがちになる。
鬼人化によって得た筋力と瞬発力は徐々に弱っていくのではなく、限界に達した瞬間突如として切れるという性質も、
双剣使いが限界を適切に把握する難易度を上げている。
無論鬼人化は、正真正銘の狂戦士になることではない。
肉体が限界に達する前に鬼人化を解除することも出来るし、そうすればモンスターからの反撃に備えることも出来る。
それを忘れ限界まで鬼人化を続けて、鬼人化が切れて疲労困憊の状況で、気付いたらモンスターの正面に立っている。
これがどれほど危険なことか、ハンターならば想像できないものはまずいないだろう。
絶大な攻撃力と引き換えに、使用者に大きな危険をもたらす鬼人化……
蒼星石がこれを敬遠し続けてきた理由も、決して分からなくはないだろう。
翠星石に肩を貸した蒼星石は、姉の左膝に負担がかからないよう気をつけながら、2人仲良く丘の上から降りる。
ジュンはそこで、先ほど洞穴南西部から調達しておいた、適当な長さの杖を翠星石に渡した。
「さあ、さっきの巣に戻るぞ。フルフルはおそらくあそこに戻って、今頃眠ろうとしているはず。
飛竜が眠っている時の再生能力、もちろん分かっているよな?」
「もちろんですぅ。
あのセクハラ飛竜が傷を治しやがる前に、きっちり息の根を止めてやるですぅ!」
翠星石は蒼星石に貸していない右手で、フルフルの首を締め上げるような動作を伴いながら叫んだ。
飛竜の持つ再生能力は、率直に言って人間の比ではない。
さすがに切り落とされた尻尾が生えてきたりはしないものの、開いた傷口からの出血は睡眠をとればたちまち止まるし、
時間と寿命が許す限り、爪や牙はへし折られても何度でも生え変わる。
失われた血も他の獲物を捕食すればすぐに取り戻しことが出来るし、よって飛竜を瀕死に追い込んだとしても、
巣に戻っての休眠を許せば、たちまち元気を取り戻してしまう。
それを許す気がないならば、ハンターに許される対策はただ一つ。
休息の時間を与えぬ、執拗かつ迅速な攻撃である。
ジュンに渡された杖を即席の松葉杖としながら、翠星石は自分たちがもと来た洞穴への入り口を、しかと睨む。
翠星石は左膝を骨折している重症患者とは思えない、威勢のいい叫び声で一同を鼓舞する。
「さあ、あいつの巣にソッコーで突げ……!」
「ちょっと待って、翠星石!」
だが蒼星石が、その鼓舞の声を最後までいわせてくれる事はなかった。
走り出そうとしたジュンと翠星石は、振り向いて蒼星石の顔を見る。
血みどろになった蒼星石の顔も、見慣れればそれほどショッキングでもない……
などと考える2人に、蒼星石は苦笑いしながら、おそるおそるといった様子で2人にたずねる。
「あ……あのさあ……。2人とも、誰か忘れてない?」
こんな空気を読まない発言を許してください、と言わんばかりの蒼星石に、
ジュンと翠星石は怪訝そうに眉を吊り上げる。
「誰かって……」
翠星石は、蒼星石の発言の真意を汲み取れずに困惑したが……
「……あ!」
立場上、ここまで言われればジュンは気付かないわけにはいかない。
蒼星石は、右手を静かに持ち上げた。
続いて、『ランポスアーム』に守られたその五本の指をゆっくりと折る。
小指、薬指、中指、親指。
最後に残った人差し指を、そっとその先に向ける。
今までこの中腹東部エリアの、北部に屹立する濃青色の氷塊に包まれた、その崖の下――。
うずまる赤い鎧は、未だにがくがくと震え続けていた。
「フルフルは嫌フルフルは嫌フルフルは嫌……!」
まるで気でも触れたかのようにそう呟き続け、右手の中ではせっかく持ってきたのに使うことのなかった『角笛』が、
申し訳なさそうに彼女の手の中でわだかまっている。
すでに半泣きを余裕で通り越して、四分の三泣きか八分の七泣きにくらいにまで追い詰められている、
この『イーオスシリーズ』を着用した片手剣使いの名は、今更くどくどと紹介するまでもない。
ジュンは鼻梁から、危うく眼鏡をずり落としかけそうになりながら脱力した。
翠星石の頭から、『ゲネポスキャップ』が滑り落ちかけたのは気のせいだろうか。
蒼星石はただ、ひどく申し訳なさそうな表情で苦笑いを維持する以外、何も出来ずにいた。
(そういや、真紅のことを途中からきれいさっぱり忘れてたや……)
ジュンは、フルフルと戦う時ろくに役に立たなかった真紅を見て、
己の作戦参謀としての能力が、依然として未熟であることをしみじみ噛み締めながら、真紅を迎えにいくことになる。
真紅の得物の『ハイドラバイト』に目があれば、今頃持ち主の不甲斐なさでさめざめと泣いていることだろう。
雪山の日暮れは、まだまだ遠かった。

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