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太陽がジリジリと校舎を照りつける。

梅雨の終わりと共に訪れた夏の始まり。
憎たらしい位に近い太陽が、容赦なく猛暑の予感を伝えてきた。

ゆらゆらと蜃気楼のように揺れる景色の中…
新聞部の部室からはいつもと同じように、翠星石の声が響き渡っていた。

「たった一月しかない夏休み…毎日がエブリデイな日々をいかに有意義に過ごすか!!
 それは私たち生徒にとって何より大切な問題ですぅ!! 」

「確かに、毎日はエブリデイだね 」
「…?? 何言ってるですか? 」
蒼星石が小さな声でツッコミを入れるも、翠星石はそれにすら気が付かない。

「うぅ…み…水… 」
真紅がうなされながら机に突っ伏している。
「ふふ…ふふふ…… 」
水銀燈が虚ろな目で虚空を見つめ、微笑んでいる。

部屋の中に広がった熱気は…
確実に彼女達の脳を蝕んでいた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ~ この町大好き! vol.7 ~ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 

「て…てめぇらシャキッとしやがれですぅ! 」
部員達のあまりの不甲斐なさに、翠星石がついに叫んだ。
そして散々叫んだ後…やっぱり彼女も、だらしなく机の上に広がった。

「あ…暑いですぅ… 」
少女の呟きが、教室の中に虚しく響く。

「蒼星石あなた…随分と涼しい顔してるけど…何か秘密でもあるの? 」
真紅がいつもと何も変わらない落ち着いた表情の蒼星石に尋ねてみる。
「いや…我慢してるだけだよ 」
少しはにかんだ笑みでそう答える蒼星石。

この答えが不味かった。

それは如何なる神の悪戯か、悪魔の所業か…

蒼星石の言葉を聞いたある人物の耳が、ピクリと動いた。
その人物は…嬉々とした表情でガバッ!と体を起こし、叫ぶ。

「そうです!こんな日は絶好の『我慢大会』日和ですよ! 」
今日も、頭のネジがぶっ飛んでる翠星石だった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「とりあえず…言われた通り、布団を借りてきたのだわ 」
真紅がそう言い、宿直室から持ってきた毛布を人数分、机の上に置く。
 
「…気は進まなかったけど…とりあえず、ストーブも持ってきたよ 」
蒼星石がそう言い、部室の隅に置かれた電気ストーブを指し示す。

「……食堂で、熱々の鍋焼きうどん、買ってきたわぁ 」
食堂のオバチャンにビックリされたけど。そう小さく付け足す水銀燈。

「コタツの準備も出来たですよ!! 」
実に楽しそうな表情で、すでにコタツに入っている翠星石。
そんな物、どこから持ってきたんだ。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


全員コタツに入り、背中からすっぽりと毛布をかぶる。

第一回、新聞部員対抗・我慢大会の幕開けだった。

「思ってたより、余裕ねぇ? 」
「なーに言ってるですか!まだ始まったばかりですよ 」
「そうだね…長期戦になるだろうから…これは油断できないよ 」

「それはどうかしらね 」
真紅がそう、声を上げる。いや、多分真紅だ。布団に包まれてよく見えないけど、間違いない。

「…どういう意味だい? 」
蒼星石が真紅に視線を向ける。

 
すると真紅は…皆から背中を向け、少しゴソゴソすると……

「…さあ。お茶の時間にしましょうか 」
そう言い、人数分のカップをコタツの上に置いた。

(まさか…! )
(こいつ…いきなりやりやがったですぅ! )
水銀燈と翠星石が一瞬、顔色を変える。

「…ふふふ…勘の良いあなた達は感づいたようね… 」
屈託の無い笑みに邪悪な思惑を隠し、真紅が全員に熱々の紅茶を淹れる。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


熱気やら湿気やら、何だかよく分からない負けん気やらで、部室の空気は蜃気楼のように歪み始めた。

「…さあ、紅茶が出来たわよ。…95度以上で淹れた、とっても美味しい紅茶なのだわ 」
貼り付けたような笑顔で、真紅は全員の前に紅茶の入ったカップを置く。

徐々に上がる室温と相まって…さながらそれは、毒のようにしか見えなかった。

4人が…紅茶を淹れた当の真紅でさえも、どこか嫌そうに紅茶へ手を伸ばす。
体が、胃の中からポカポカと温められる感覚に…全員の怒りのボルテージは最高潮だ。
 

「うぅ…段々、暑くなってきたですねぇ… 」
「あらぁ?なら、もうリタイヤしたらどうかしらぁ? 」
「そうね。例えリタイヤしても、誰もあなたを責めないのだわ 」
「だ…誰がリタイヤなんてするですか!私はまだ行けるですよ!! 」

不毛な会話が展開される。

「す…翠星石はまだ、持てる力の半分も出してないですよ! 」
「…私は10パーセントも出してないわよぉ? 」
「私なんて、ピンチになると絆の力でパワーアップするのだわ 」

暑さのせいで、頭がクラクラなりながらも、何かよく分からない会話を続ける。

と……

「へえ……それなら…ちょっと温度を上げてみようか 」
額に汗を浮かべながら、蒼星石がそう呟いた。

(そ…それは止めるですぅ!! )
(そうよ!あなたまでダメージを喰らうのよ!)
翠星石と真紅が、目を見開く。

「ふふ…内緒にしてたけど…ストーブの温度、『中』なんだよ……それを…一気に最大まで上げるね 」
汗をかきながらも、表情だけは涼しげに蒼星石はそう言った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 
先ほどとは比べ物にならない熱風が、そう広くない部室の中に広がる。
今なら瓦の1枚や2枚、軽々と割れますよ。みたいな、闘気が部屋の中に充満する。

全員、徐々に無口になってきた。

「…そろそろリタイアしたらぁ? 」
「…嫌よ。このゲームを制するのは…私なのだわ 」
「これはダイエット…ダイエットの一環ですぅ…耐えるですよ…翠星石… 」
「これは…自分自身との闘いなんだ……だから…負けられないんだ… 」

双子は仲良く、自己暗示の世界に入っていた。

「…よく冷えたジュースが、購買部に売ってたわね 」
「それに、アイスティーも売ってるですよ 」
「…例えば…今、外に出て…冷たいアイスを食べるとか……皆、想像してみてよ? 」

我慢大会が、心理戦の様相を帯び始めてきた時……

「あらぁ…あなた達、お腹が空いてるのぉ…? 」
水銀燈が、小バカにしたような猫なで声を上げた。

(しまった! )
(すっかり…忘れてたのだわ! )
蒼星石と真紅が顔色を変える。

「ふふふ…… 」
妖しげな笑みを浮かべながら水銀燈がパチン!と指を鳴らすと……
熱々の鍋焼きうどんを持った食堂のオバチャンが部室の中に入ってきた…。

 
◆ ◇ ◆ ◇ ◆


一瞬の扉の開閉。
それにより、ほんの少しではあったが、部室内の温度が下がり……

だが、目の前に置かれた煮えたぎる鍋を前にそれは…文字通り、焼け石に水だった。


「さぁて…楽しいディナータイムよぉ…? 」
水銀燈が滝のように汗を流しながら、それでも楽しそうに告げる。

「………いただきますですぅ… 」
翠星石の言葉をきっかけに、絶望的なディナーが始まる。

舌が、喉が、胃が、全身が、グツグツに煮えたうどんの威力に悲鳴を上げる。

そして……

その言葉無き悲鳴は…彼女の最終防衛ラインをぶち壊した。


「ふふふ……ふっふっふ…… 」
翠星石が俯きながら、小さな笑い声を上げる。

(まさか翠星石!! )
(そんな……何てこと…ああ…何ってこと…! )
(元から少しイカレてたけど…本当におかしくなっちゃったのぉ!? )
全員の視線が翠星石へ向けられる。
 
 
そして、翠星石はさらに大きく笑い出すと――― 突然、叫んだ!

「今こそ!怒れるオロチの神の降臨ですぅ!! 」
そう言い机の上にタタタン!と小さな8つの瓶を並べる!

「七味唐辛子ですぅ!!ノルマは一人2本ですよ!! 」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


まるでシャワーを頭から浴びたみたいに、全員、汗で濡れている。
かぶった毛布には、乾いた汗で塩の結晶が浮かび始めている。

それでも…この酷熱の部室から、鍋焼きうどんから、七味唐辛子から、逃げようとはしなかった。

普段の活動時間を大幅に過ぎ…太陽は徐々に地平線に沈み始めている。

本来なら帰宅の時間だが、それすらも彼女達の闘いを止める理由にはならなかった。


「…暗くなってきたですよ…そろそろ電気つけるですぅ 」
「そうだね… 」
翠星石の言葉に蒼星石がそう答え、照明のスイッチへと手を伸ばす―――


彼女達の誰一人として、その事を忘れていた。
目の前の『暑さ』という敵を前に、脳の働きが鈍っていた事に気が付かなかった。
 

そう―――
『何故、部室の照明が切ってあったのか』

蒼星石が電気のスイッチをパチンと入れる。
すると、天井に付けられた蛍光灯が光り――もせず、部室のあちこちからパチン!と音がした。


彼女達は忘れていた。
電気を使い過ぎたら、ブレーカーが落ちる事を。


こうして第一回・我慢大会は…散々頑張って、勝者無しという悲惨な結果に終わった。

無駄な努力に終わった事を知った彼女達は…その場にバタリと倒れた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


後日…

彼女達が使用した、汗の染み込んだ毛布は…小さく切り刻まれ、末端価格数千円で取引されたとか……


最も、その事は男子生徒一丸となった必死な隠ぺい工作により、彼女達の耳に入る事はなかった。




    
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