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「はぁ…はぁ…」
朝の通学路で、僕の荒い息遣いだけが聞こえる。
「…はぁ…はぁ…はぁ…」
え?朝から何してるんだって?
ふふふ…そんな事、みなまで聞かないでくれよ。
誰だって、一度は経験したり…やったこと無くったって、憧れたりはしただろ?
これがまた、実際にやってみると、なかなかに気分が良いもんなんだぜ?
自転車通学をね!
遅刻ギリギリな時間帯なお陰で、通りには人っ子一人いない。
(ヒャーハー!!全開フルスロットルだぜ!!…行ける…行けるぜ!光の向こう側へ!!)
僕は力の限りでペダルを漕ぐ。
誰だって、自転車に乗ってるときは、こんなテンションになるだろ?僕だってそうだ。
(クックック…音速の貴公子とは…それは僕の事だ!!)
そのままMAXスピードで僕は走り…
『ドシャァァ!!』
曲がり角から突然出てきた、誰かと思いっきりぶつかってしまった!
ジーザス!!何て事だ!!
地面に倒れている女の子に、自転車を降りて慌てて近づく。
(…あれ…この子…僕と同じ高校の制服だ……それにしても、綺麗な足だな…フヒヒ…)
「大丈夫ですか!?お嬢さん!?」
僕は極めて紳士的な態度を心掛けながら、ハンカチーフ片手に、女の子に駆け寄る。
(フヒ…フヒヒ…いやぁ、これはフラグ立ったんじゃね?これ何てエロゲ?)
見れば見るほど、その子は美人で…
透き通るような白い肌!スタイル抜群!足も細くて綺麗!髪なんか綺麗な銀色で………え?…銀色?
げぇ!!水銀燈!!
ああ、自己紹介が遅れたね。
僕は桜田ジュン。
朝から絶世の美女にマウントポジションでボコボコにされてる…可哀想な高校生です。
「……命が有るだけ、幸せと思いなさぁい…」
そう言い水銀燈が、僕の白いハンカチで手に付いた返り血を拭う。
「ふ…ふぁい……」
ボコボコに腫れあがった顔面で、僕はすかさず返事をする。
だってこれ以上殴られたら、NGワードにグロ注意って入れなきゃいけないからね!
僕の返事に満足したのか、水銀燈は僕に、赤いハンカチを投げ返してくれた。
…あれ?このハンカチ、白色じゃなかったっけ?…はは…あははは…
「さて……ここで出会ったのも、何かの縁ねぇ……」
一息ついた水銀燈が、妖しい笑みを浮かべて僕の自転車を見つめる。
これはアレか!?『二人乗りで送ってきなさぁい』ってヤツか!?
そして僕の背中に水銀燈がしがみついて……胸が!胸が背中に押し当てられるという流れか!!
「ウへ…ウヘヘヘヘ……」
だらしなく口を半開きにして、淡いピンク色の妄想に囚われている僕。
それをを無視しながら、水銀燈は僕の自転車にまたがり…
「この自転車、貰うわぁ」
そう言うと、颯爽と去っていった。
「………」
暫く僕は、あまりの事態に呆然とし…
そして、愛機『JUM号マークⅡ』(自転車の名前)が二度と戻ってこない予感に…少し泣いた。
~~~~~
結局、学校に遅刻したのは僕だけで…
先生に注意され、すごすごと席に着く時に、ニヤニヤする水銀燈と目が合った。
僕の真後ろの席の水銀燈は、授業中でもお構い無しに、僕の椅子を蹴ってくる。
その度に僕は律儀に振り返り…水銀燈に睨まれ、先生に怒られる。
おちょくられてるみたいで悔しいけど、少しドキドキす……いや、何でもない。
そんなこんなで授業は進み、水銀燈ときちんとと会話ができたのは、昼休みになってからだった。
蹴ったり殴ったりは、問題じゃない。
カツアゲされた事も、水に流そう。
だけど…
『JUM号マークⅡ』だけは、何とかして取り戻したい。
僕の、男のプライドを賭けた、一世一代の大勝負が始まる…。
~~~~~
「なあ、水銀燈…僕の自転車だけど…」
昼食も終わり、僕はそう水銀燈に切り出してみた。
「あぁ…アレねぇ…おかげで遅刻せずにすんだわぁ」
目を細めながら、優雅にそう言ってのける。
遅刻せずに、って…
(不良なんだったら不良らしく、胸張って遅刻しろよ…)
その、服の上からでも分かる、形の良い胸を張りながらね!フヒヒ!
僕は、一体どうやって返してくれと切り出せば、彼女の機嫌を損ねずいられるだろうかと考え…
……突然、水銀燈に殴られた。
「……誰が不良ですってぇ…?」
口元を少し痙攣させながら、凄みの効いた笑顔で言ってくる。
…いけね。言葉に出ちゃってたみたい。
「言いな!さいよぉ!誰が!不良ですってぇ!?」
謝ろうにも…水銀燈に何度も膝蹴りを入れられて、言葉が出ない。
やがて、僕は地面に突っ伏し…
そんな僕を見下ろしながら、水銀燈が再び口を開いた。
「あんな野蛮な連中と、一緒にしないでもらえるぅ?」
はい、そうですね。
口より先に手が出る貴方を不良だなんて呼んだら、最近の不良さん達に失礼ですね。
とにかく僕は、地面に倒れたまま謝り続け…
半ば諦めてはいたが、当初の目的である自転車の事をお願いしてみる。
「……ところで…僕の自転車だけど…」
そして…水銀燈の口から出た言葉は……良くも悪くも、僕の予想を遥かに超えていた。
「いいわぁ…返すわよ。……だってアレ、壊れちゃったんですものぉ…」
~~~~~
駐輪所まで移動すると…なるほど、水銀燈の言うとおり、自転車の前輪はガクガクになっていた。
(まさかお前、自転車にも乗れないのか!?)
僕驚いて振り返る僕を尻目に…
水銀燈は肩をすくめ、呆れたように言う。
「…今朝の事故で、壊れてたみたいねぇ。おかげで、乗るのが大変だったわぁ…」
なるほど。
確かに、かなり速度出してたからね。
でも、何で君は怪我一つしてないの?
そんな疑問も、これから暫くの間修理に出さなくてはいけなくなった『JUM号マークⅡ』を前に、
僕の頭から儚く消え去っていく…。
(さようなら…光の向こうの世界……僕はもう…翼をもがれた天使(エンジェル)さ……)
そして…そんなうなだれる僕に気を使ったのか…またしても水銀燈が意外な言葉を告げてきた。
「……どきなさぁい。修理してあげるわぁ」
そう言い、僕を片手で押しのける。
(案外、優しい所があるのか…?)
僕のそんな思いを他所に、水銀燈は―――
ガクガクになった前輪を、ガンガン蹴り始めた!
「やめて!そんな乱暴な事はしないで!」
僕は自転車を蹴る水銀燈にしがみ付き、懇願する。
だが彼女は僕を軽々と払いのけ――
「…こういうのは、叩けば直ると相場が決まってるものよぉ…」
口の端を持ち上げながら、さらに激しく蹴り付ける。
「やめて!お願い!そんなに激しくしたら…壊れちゃう!」
水銀燈は妖しい笑みを浮かべて、これまでとは比べ物にならない勢いで自転車を蹴り―――
「ら…らめぇぇぇえええ!!」
僕の叫びと同時に『ボキン』と鈍い音がして―――
自転車の前輪が、綺麗な放物線を描いて、宙を舞った―――
―※―※―※―※―
『らめぇぇぇええ!!』
叫び声が学園内に響く中…
一つの教室から、駐輪場を見下ろす二つの影が有った……
「……あれが、学園一の問題児、水銀燈と…彼女に虐げられてる生徒、桜田ジュンだよ…」
「…なるほど……たしかに、報告以上に危険なヤツですぅ…」
「……そうだね…ここはやっぱり…僕達が何とかするべきじゃあないのかな…?」
「ですぅ。……生徒の快適な学園生活の為にも……私達生徒会が、今こそ動く時ですよ!」
風が吹き、カーテンを揺らす。
風が止んだ時……教室から見えていた二つの影は、すでに消えていた……
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最終更新:2008年06月22日 12:25