※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

まだ見続ける悪夢。
甘い甘い悪夢。
戻せない過去。
セピアに染まった記憶の中、誰の顔も出てこない。

夢の終わり。意識は加速してゆく。未だ夜明けは見えずとも。





NE

第四話

「Entichers」





眩しすぎる光が照らしてきた。

これは何の比喩でもない。

何度目だろうか。この質問も。


「お前の名前は?」
「……」

イライラしているようで、相手のしている貧乏ゆすりが私にも不快感を与えてきた。
それに加え、どろりとした殺意が絡みついてくる。

「いい加減に何か言えッ!!」
「……」
それでも私は何も言わない。
何かを言ってしまえば、それが私を不利にさせてしまうかも、なんていう漠然とした不安からではなく、
ただ単に、声を発するのが億劫なだけだった。

犯行理由、他の事件との関連、それらが主な質問事項だった。
たまに全く関係の無いことも聞いてはきたが。

「ったく。どうして同じ日に二つも強盗事件が起こるかな・・・」
ぼそっと、二人いる刑事のうち、年上の尋問に参加していなかった方が、うっかりという風に漏らした。

「……。犯人は捕まったの?」

やっと重い口を開いた私に、その刑事は、
「ん?あぁ、捕まったよ。一人だけ。あとはお前とほとんど同じ状況だ」
「ちょっと!いいんですか?そんなこと言っちゃって!」
「別にかまわんだろ。このくらい。どうせすぐにマスコミが取り上げる。それに管轄外だ」

この不思議な一致に私は少しだけ驚かされた。
あくまでも少しだけなのだが。

「そっちの処分は?」
「さぁな、わからん。まだまだこれからだろ」
「多分お前と同じようなことになるだろ」

同じようなこと……。
私が禁固刑なら、向こうも禁固刑。
向こうが死刑なら、私も死刑ということか……。



まぁいい。……疲れた……。



ふと、絡みつく殺意が感じられなくなったのに気づいた。
顔をあげて前を見る。
そうだったのか。
あの殺気は静かにしていた方のだったか……。
正体のわからないものへの恐れ、それが相手の正体が分かったような気がしたからか……。

なぜ、今こんなに感覚が鋭くなっている?
私の意志とは関係なしに二人の表面上の感情が流れ込んで来る……。



頭が……、痛い……。



その、朦朧とした意識の中で、私は何をしゃべったのだろうか。
いつの間にか、人が変わり、何人目かの刑事が来た頃、硬い地面が目前に迫っているのが見えた。



目を覚ますと、硬いベットの上に横になっていた。
ゆっくりと体を起こす。
ここは?
外界との接触を断つためなのか、細く、重く光を放つ金属の棒があった。

少ししてから気づく。
ああ、ここは牢屋か。


あとは、いつ来るか分からない死の宣告を待つだけか……。



今、自分自身の人生について振り返ってみる。

何かいいことがあったわけではない。
大抵悪いことへ転がって行った。
私が何をしたでもない、こうするしかなかった。
最悪の選択をしたわけではない、残された選択肢に最高があったわけでもない。
最悪から二番目の選択をしただけだった。

気がつけば、大きな殺意を感じていた。
どこから?

私の中からだ。

さまざまな思い、今まで抱いたことのないほどの量の感情が体を駆け巡る。

だが、今はそれが心地よかった。

しかし……。


何も出来やしないというのに……。


そう思った途端、急激にそれがしぼんでゆくのを感じた。

そういえば、私が撃ったあの警官はどうなったのだろう?
多分死んだんだろうな。

あの時、人を殺したという感覚なんてなかった。
ただ、引き金を引いただけ。
今でも変わらない。ただ、それだけ。それだけのことだった。

どれほどの時がたったのだろう。コツコツと重く響く靴音が耳に入った。
これで最後か……。

「おはよう。起きたかい?留置場での目覚めはどう?」
目の前には、にこやかな笑みを浮かべた背の高い男が立っていた。

「まぁ、おはようって言っても、時間は教えられないんだけどね」
と、どうでもいいことを続ける。

私は、この男が怖かった。
この男には、何もない。
怒りも、悲しみも、喜びも。何も……。

何かを話しているが、聞いてなんかいない。
この男に警戒をしていると、
「ねぇ、取引しないかい?」
という言葉が流れ込んできた。

一歩、檻へと近付く。
「ここから出してあげる」

また一歩檻へと近付く。
「このまま、君は死ぬか」

もう一歩檻へと近付き、音を立てず、鉄棒に手をかけた。
「僕と来て、仕事を手に入れて生きるか」


私は、気がつくと、差しのべられた手を握っていた。


「僕の名前は白崎。よろしくね」
「……ウサギみたい」
思いついたままに口にする。
「じゃあ、ウサギが導くものと言えばアリスだ。君のことをアリスと呼ぶことにしよう」

こうして、私は名前を与えられ、今までの私自身のすべてを殺した。
それは13歳を迎えた年の冬。
生まれ変わった年の冬。



6年。私は育てられた。何として?
人殺しとしてだ。

おそらく、私に教育を施した人のほとんどは、私が何者なのか知らないだろう。

人体構造、乗り物の運転方法、銃器等の扱い方だけではなく、
簡単な医療技術、パソコンへの知識、一般教養、特殊な指示もたまにあるらしく、スキーやフリークライミング、インラインスケートなども叩き込まれた。
確かにきついものであった。だが、これだけが私を生かす。
また、人の感情を読み取る感覚もコントロールする術も自然と身につけていた。

“学費”は膨大なものになったであろう。
だがそれ以上の利益があるからか。ここまでするのは。
教えられるものによっては、ビデオ講習もあった。そのビデオを私以外の何人が見ているかは知らない。

どれだけの数の“私”みたいなものがいるかなんて。



そして、初めての実戦。気がつけば目の前に男が倒れていた。
床を赤く染め上げて。

切り裂かれた喉からは、こぽこぽと、空気の溢れ出る音がしていた。
ただ、“それ”を何の感情もなく見ている私。
その頭の中は、次の手順だけを考えていた。


何の抜かりもなく終えた初の仕事。
そのあとはどこかの喫茶店へ、白崎に呼び出された。
「仕事、うまくいったみたいだね」
その言葉のすぐあとに、仰々しいコーティングがされた小さな箱を渡された。
「……開けていいの?」
白崎は頷く。
正直、何なのか期待はしていた。
何かのプレゼントなのかもしれないって。
だが、その期待はあっけなく裏切られた。

中に入っていたのは、身分証明証。
与えられたのは、新しい名前、住所、誕生日、つまり、新しい自分自身だった。

「誕生日おめでとう。      。これからは、どこかに赴任してもらって仕事することになるよ。
 これからは、不定期だけど仕事が入ることになる。一応肩書としては、IT関連の中小企業勤務ということになる。
 仕事が入ってない日は基本的に自由だから。とにかく、いつでも連絡が取れるようにしてくれたならいいや。
 これが、引っ越してもらう先の住所ね」

と、1枚の小さな紙を渡された。
そこには、名前だけは知っている町の名前が書かれていた。
もちろん、私の生まれ育った所よりかはるかに遠い。

そしてこの時、どの名前を呼ばれたのかは覚えてない。
“アリス”かもしれないし、“雛苺”かもしれないし、本当の名前だったのかもしれないし、他の知らない誰かのだったのかもしれない。
ただ、確かに言えるのは、その名前は殺人者の名前ということだけだった。

白崎が、勘定を払い、席を立つ。
そして思い出したようにこう言った。
「あ、そうそう。そこでの上司は僕だからね」



時は廻り、3度目の同じ季節が彩られたころ、私はここへ来た。

前の街と、何も変わらない。そう思っていた。



「クシュン!」
この街での初めての仕事を終えたあと、私は公園にある屋根の下で途方に暮れていた。
「クシュン!」
もう一度くしゃみをする。止めたくても止められない。

はぁ。失敗した。いや、仕事のことではなく、そのあとのことでだ。

雨がザァザァ降り、服は濡れ、このままでは風邪を引いてしまいそうだ。
確かに、今日雨が降ることは知っていた。だから、傘もちゃんと持っていたはずだった。
なのに、なんで今手元にないのだろうか。答えは単純、間違えて“鞄”と一緒に捨ててしまったからだろう。
家まで近いのなら、走って帰る。だが、そうするには、あまりに遠すぎた。
財布もあることはあるが、近くにコンビニはないし、タクシーを呼ぶには、車の往来が少なすぎる。

どうしようか……。

ふと、誰かの気配が近づいてきたのを感じた。
戸惑っているようで、たまに止まったりしている。
それを感じながらも、私は気付かないふりをし続けた。
他人とはいえ、やはりこんな痴態を見られるのは恥ずかしかった。

そして、意を決したように、声をかけてきた。


「迷子か?」


へ?

頭の中をたくさんのハテナマークが飛び交う。
驚いて振り向き、その声の主の顔を見る。


「もしかして家出?」


更なる言葉が掛けられる。

あれ?この顔、どこかで・・・。誰かに似てる?
とぼけた言葉の中、私はそんなことを思っていた。



枯れ葉散り、冬の足跡が近づく日、一生忘れることのないであろう青年と出会ってしまった。





DUNE 第四話「Entichers」了

|