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窓の外を眺める。山があって川があって平地があって草原があって…要するに、何もない。平和な景色だ。
蒸気列車のお世辞にも愉快とは言えない揺れに揺さぶられながらぽけーとしていると、頬に固いものが当たり、後から声も飛んできた。
「おいこら、君の番だよジュン」
「ああ、スマン」
そういやチェスの最中だったか。てか、今ぶつけたの僕のクイーンじゃないか!我が王妃になにしてくれる!って、今まさにチェス盤から後引退なされてしまったのか。あらー
「待った無しだよ」
余裕綽々に微笑む同僚笹塚君。よほど僕が懸けた羽ペンが欲しいとみえる。しかし、
「はい、チェックメイト」
「ぬなっ!?」
見事引っかかりおったな。僕がそうやすやすと王妃様を手放すわけがあるまい。これでお前のライターはいただいたぜ。僕タバコ吸わないんだけどな。
「は~…やっぱジュンは強いなぁ~」
「ふふふ。これで前いた街の警備隊からは『板状の聖棋士』と呼ばれておったのだよ」
嘘だけど。実際は『板状のペテン師』だった。べつにチートしてるわけじゃないのに…なんとも遺憾なことである。
「それにしても…暇だな」
「まあ、列車警備なんてそんなもんだよ」
僕は再び窓を覗く。あ、羊がいた。

僕達が列車で走行しているのは、メーデン共和国の内陸部だ。巨大なアシラーユ大陸の肩からキノコが生えたみたいに伸びるアリベイ半島にこの国はある。 
山や海に囲まれたこの半島では、どこから侵略を受けるわけでもなく、たまたま力を持った家が周囲の土地を勝手に統治していた。だが、相互に交流が生まれれば当然家の優劣もつくわけで、『俺がこの半島を統治してくれる!』と意気込み輩もいたらしい。
その争いを未然に防いだのがこのメーデン共和国の名前の由来でもあるメーデン家だ。そんなに昔の話じゃない。十年かそこら前の事だ。
「なのに、僕達はこの国を脱出しようとしている、と」
「密出国だね」
亡命ともいうな。僕達がわざわざ列車を警備する理由がこれだ。別に僕達が亡命するわけではなく、この列車の先頭車両に乗っている三人を隣国、聖アンティーク教国に逃がすのだ。
何故かと言えば、
「…何でだっけ?」
「ジュン…朝の作戦会議聞いてた?」
「しっかり寝てた」
うおっ!今度は自分のキングを投げやがった!でも寝てたのにも一応理由がある。昨日の夜、つい昔の事を考えててしまい、姉の事も思い出してしまったからだ。こうなるとまず寝付けない。うなされるわけではないが、寝る気になれない。
「で、ジュンは今この列車に乗ってる人を知ってるよね?」
「ああ、オディール・メーデンだっけか。あと隊長と家政婦さん」
オディール・メーデン。言わずもがな、メーデン家の娘である。この国がメーデンの名をとる事からもわかる通り、メーデン家は強い力を持っていた。ただ、それは軍事的なモノではなく、人望や民の忠誠心といった形で。
しかし、それも昔の話だ。今やメーデン家はこのオディールを残すのみ。後は突然の強襲に合い、全員殺されてしまったという悲劇の一家。
「そのオディールをサイア家が狙っていて、でもそれを拒否しているのは?」
「あー、そうだったな」
サイア家と言うのはメーデン共和国にある家の名前で、メーデンに次ぐ規模の家であり、また共和国建設に最後まで反対した家でもある。
オディールはその後、民衆の支持を受けられる道具、及びその美貌からあちこちの家にもらわれては奪われを繰り返した。そして今は僕が働いている家にいるわけだが、この家も決して強いわけではなく、サイア家に狙われたらまず勝てないだろう。
「だから苦肉の策として自分達の国を捨てて、聖アンティーク教国に逃げようというわけ。わかった?」
「んー、でもメーデン共和国と聖アンティーク教国はいわゆる敵国だろ?良く向こうがよしとしたよな」
「確かに聖アンティーク教国は領地拡大に躍起になってる最中だけど、他の占領が忙しくてこの国は後回しになってるからね。メーデン共和国に軍事力は無いし、向こうでも人気のあるメーデン家の歌姫の娘なら欲しいと思うんじゃない?」
歌姫の娘、か。確かに、オディールの母親はそれは凄い人だった。らしい。
僕はまだ小さかったから覚えてないけど、姉ちゃんが酷く感化されて歌の練習をしだしたのは覚えてる。結果、僕はその音響兵器に苦しみ、近所の苦情を受け止めるハメになりましたとさ。
「サイア家に嫁ぐのが敵国に渡るより嫌ってのも…凄い話しだな」
よほど嫌なんだろうな。恨みでもあんのか?
「いや、サイア家には結構黒い噂があってね」
ほほう、興味深い。深層のご令嬢を使った妖しげな儀式でも用意しているのか。
「共和国制度に反対してるのは今もみたいでさ。だからオディールを手に入れて、一気にメーデン共和国を治めようとしているらしい」
「へえ」
「それに、大きな声じゃ言えないけど、メーデン家を襲ったのはサイア家の息がかかった人って噂もあるしね」
あー、なるほど。肉親を殺したかもしれない家に嫁ぐくらいなら、ってことか。確かにサイア家がメーデン共和国を統治してサイア帝国でも作ろうもんなら、聖アンティーク教国に喧嘩を売りかねないもんな。
アンティーク教国とはネレピー山脈で分断されてるから易々とは襲えないだろうけど、向こうは戦闘飛行機も開発してる。大義名分が出来ればこの国を落とすのは難しくないはずだ。
「こんな時代じゃ、どこも大変なわけだ」
溜め息ついでにぼやいてみる。いい感じに脱力してしまった。まだ国境まで時間があるし、警報がくるまで眠るとしますか。


警報がきた。主に、僕の膀胱の辺りから。
まさか警備中に酒なんか飲むわけにいかないからジュースをグビグビやったのがまずかったらしい。強い警告だ。これはヤヴァイ。
確かトイレは先頭車両近くに合ったはずなので膝から下を素早く動かすテクニックを用いて高速移動する。同僚の怪訝な視線をかいくぐり、無事任務を遂行した。
「ん?」
トイレから出ると先頭車両と次の車両の間に蠢く何かを発見する。はて、なんだろう。整備士が検索でもしているのか。
だがその整備士と目が合った時、僕の背中におぞけが走った。
(笑っ…!?)
ガコン。
何か連結されていたものが外れる音。そうか、だから、
「車両を切り離すつもりか!」
先頭車両にむけて猛ダッシュ。勢い良くジャンプし、離れきる前にどうにか飛び乗る事に成功する。が、
「チッ!落ちやがれ!」
「うおっ…!」
直ぐさまお隣に並んだ男と取っ組み合いになる。ていうか、横何にもないんですけど!軽くなった列車のスピードはかなりのもので、落ちたらきっと痛い。見るのも痛い事になる!ギャー。
何とか相手を引き剥がして落とそうとするもそれは両者とも同じで、互いに掴み合ったまま身動きがとれない。ああっ、右手がつりそう!これは…かなりピンチだ。誰か助けに…
と、そんな哀れな願いが通じたのか、車両のドアが勢いよい開いた。
「一体どうし…」
有るはずのものが無く、無いはずのものがある現状にしばし困惑される我が護衛隊の隊長殿。
「柏葉隊長!コイツを…!」
「ちぃ!」
それでも聡明な彼女は僕が声をかけると同時に動き出し、腰のドスを振り抜いた。
「ぐがっ…!」
すると相手はコンパクトサイズに分割され、轟々とひた走る列車の背景へと消えていった。ちなみに僕はかすり傷一つ付くことは無い。相変わらず凄い腕をお持ちだこの隊長は。
この柏葉隊長は僕の警備する家の者ではないけれど、オディールのお側付きとボディーガードを兼ね、またその腕っぷしから警備隊長を任されている。警備隊の訓練官も兼任しているので、そのある種冷徹の令が体に刻み込まれており。
そして、僕の直属の上司であるわけで。
「も、申し訳ありません隊長殿!その、これは…」
僕が必死に弁明に走るのは、普段無表情の彼女が苦虫を長靴いっぱい噛み砕いたような顔をしているからだ。今なら僕も斬られる予感がする。嫌な汗がだらだら流れてれてしまう。ピンチ再来。
だがそんな状況も『お嬢様!』という叫び声にかき消された。
「!?」
「くっ!」
僕と柏葉隊長がすぐさま身を翻して車両内部に入り「おっと動くな!」…静止を余儀なくされる。
中ではオディール嬢と女中姿の女性がそれぞれ頭にピストルを突き付けられ、後ろから抱き締める形で捕らえられていた。

「…みつ」
「うう、油断しました…」
「・・・」
女中(そうだ、名前はみつだった)に声をかける隊長と、しょんぼりと俯くみつさん。その横で現状を理解してないのか慣れているのか日頃の隊長以上の無表情で為すがままのお姫様。
(て言うかさ…)
なんで僕はこういうシーンに縁があるんだ。目の前の状況に集中しようとしても、眼球の奥で姉の姿が上映される。ああくっそ、いい加減夢で見飽きたんだよそれは。
姉の一件以来、僕は柄にもなく忠実に姉の言葉を守って色んな技術を鍛え、強くなってきた。銃の腕もまた、しかり。
(でも…)
今の僕なら抜き打ちでどちらかを撃つのは難しくない。列車の揺れが心配だが距離もそうないし、相手は人質と言いながら傷付ける事を許されないお荷物を抱えている。
でもそれは相手が一人ならいいが、今みたく2対2では意味をなさない。流石に隣の仲間を殺されたとなれば保身にどんな行為に及ぶかわかったもんじゃない。
だから考えろ…こういう場合はどうすれ「わかりました。降伏しましょう」そうそうまずは降伏し「ほぇ!?」
声が裏返りました。
「動かずに」
声も体も同様しまくりの僕を一瞥して、柏葉隊長は前を向く。
「受け取れ」
そして自分の唯一の武器であるドスをゆっくりと、天井ギリギリに放り投げた。
男2人はそれを見上げた。僕もそうだ。だから、次に何が起きたかまったく理解出来なかった。
「ごほぉあ!!」
みつさんを掴んでいた男が凄まじい悲鳴と共に吹き飛んだ。みつさんの体制から隙をついて攻撃に転じたのはわかるけれどもってアナタ実はムチャクチャ強かったりするのですか!?
「くそっ!」
オディールを掴んでいた男は銃を豹変した女中に向ける。あ、それは悪手だよ男さん。予想通りみつさんは素早く銃を持つ手を鷲掴みにしてしまう。で、
「はあ!」
いつの間にか目の前まで移動した柏葉隊長に空中抜刀斬りを決められ、二人目の男もあえなく沈んだ。
…何というコンビネーション。さすが、一部では“厄災”なんて不名誉な二つ名で呼ばれることもあるオディール嬢の付き人だ。きっと一度や二度じゃないんだろうなぁこういう事は。身勝手ながら同情せざるを得ない。
「ああ~、予想通りに…期待外れですねー」
最初に口を開いたのはみつさん。悪漢を一撃で粉砕した後とは思えない軽い口振りだ。ちなみに、あの二人(服装から機関士と判明。おいおいマジかよ)は彼女によって適切に処理されました。言い換えるとポイ捨て。
「慎重をきして乗組員はみなあの家の者から組織したハズ…となれば…」
「そうなんでしょうねー」
柏葉隊長が重々しく告げる。この方々は僕が所属していた家に裏切られた、と。もしくは、後から人員が懐柔されたか。どちらにせよ現実は変わらないわけで。
そろそろ僕も何か発言しようかと考えていると、柏葉隊長がそれに被せるように僕に言った。
「あなたは…どうしますか?」
「え?」
僕は正直戸惑った。彼女の声や目が、いつものそれとは別の…何というか、弱々しいというか、疲れてるというか…決して、普段の隊長殿の毅然としたものではなかったから。
「現状から察するに、私たちは裏切られたのでしょう。ですから私たちはこれから計画から離れた行動をとります。ですがあなたはあくまであの家の警備隊であり、もう私の部下ではありません。だから、これからどうするかはご自分で判断してください」
聞き慣れない言葉使いと口調に色々と感じるモノがある中、彼女言いたい事がようやくわかった。
「ただ、我々に付いてくる場合、それをあなたが所属する家の当主がどう判断されるかはわかりませんし、成功した場合も報酬が支払われるかもわかりません。そして我々は見返りを差し上げる事はできません。それを、良くお考えください」
そりゃあ余りに分の悪い事だ。まだ僕自身が裏切られたとは決まってないし、戻ればまた普段通りの仕事にありつけるかもしれない。例えクビになっていたとしても、働き口のあては無いこともない。
だが、この三人と逃げれば僕は仲良く亡命仲間として追われる身となるだろう。もしくは、オディールの誘拐犯か。有り得る線だな。
よし!別れは辛いがここは一つ心を鬼にして「一緒に行きます。行かせてください!」あれー?そんなこと言うのはどの口だー?
「え…?」
ほらほら、柏葉隊長…もとい柏葉さんも困惑してるじゃないか。僕だってしてるんだから当たり前か。どうしたんだ僕は?
「いいん…ですか?」
いえいえ、さっきのはナシ。訂正します。僕は「はい」こらぁー
「お金…払えませんよ?」
困ります。凄く困ります。だから「構いません」うそーん
「・・・」
僕が心と体の不一致に悩んでいると、少々放心気味の柏葉さんの横からみつさんがズバッと飛び出してきて僕に抱き付いた。ぐわっ!デジャブだ!
「やー!流石はジュン君だー!私もね、君はやるときはやる男だって思ってたんだよー!うはははは!」
ダウト。と、言いたい所を羽交い締めで拒否される。なる程大した腕力をお持ちだ。一度この人から焼いたクッキーを貰った事があったけど…だから豪快な味だったのか。関係ないな。
「それで…どうするんです?」
みつさんの鋼の二の腕から首を引き抜いて尋ねる。今はじゃれあっている場合ではない。この無人暴走機関車乗ったままでは何かとマズい気がする。
「あーそうねー、どうしようか巴ちゃん」
巴ちゃんは既に自分の荷物から地図を取り出して唸っていた。柏葉さんの名前は巴って言うのか。確かに今の彼女は柏葉隊長より巴ちゃんという印象を受ける。別に惚れたとかいうワケではなく。
「このまま進めばネレピー山脈の国境前で捕まる…今はこのあたり…出国ルートは他に…今はだから…」
まるで、余裕の無い家計簿をつけるが如く目の前の用紙と格闘する柏葉さん。その姿が痛々しく思えるのは僕の気のせいだろうか。ちらりとみつさんの顔を伺ってみる。
「ん?私に惚れると高くつくよー?」
結構です。
恐ろしく空気の読めてない発言に肩をすくめつつ、僕はその前に僅かに見せた、不治の病に侵された我が子を見るような眼差しを思い返していた。


「ではいきます」
「いつでもどうぞー」
「は…はひぃ!」
あれからすぐに柏葉さんがひねり出した提案は、もう少し進むと通る山の中へ一旦逃げ込み、最寄りの街へ向かうというもの。
詳しい出国計画は聞いていないが、この列車から脱出するのは賛成だ。いつ誘拐犯(と言うかは怪しいが)の増援がくるかわかったもんじゃない。
ただ、列車を止めてしまうとそこで降りたのがバレてしまうために、石炭を少量残積んだ走行中の列車からのダイブとなった。ここから次の駅までかなり距離があるため、途中で燃料が切れて止まってくれるだろう。
そうこうしているうちに山の上りに差し掛かり、列車のスピードが緩む。
躊躇いなく、まずはオディール嬢を背負った柏葉さんが飛び降りた。
「ふっ!」
足を斜面に滑らせながら勢いを殺し、膝と腰でバランスをとり、停止する。否の打ち所のないパーフェクトな着地だ。素晴らしい。
次に、荷物を背負ったみつさん。
「おとと…ととお!」
荷物の勢いに押され尻もちをつくも、足の踏ん張りが地面をえぐり体を止めた。怪我もなく、荷物も無事。及第点といえる着地だろう。
最後に残りの荷物を背負った僕。
「んがががががっ!?…うおがぐはがぎぎがはぁー!!」
踏ん張れたのは数秒で、後は石にぶつかり木に叩きつけられ転がり回り、大自然に翻弄される。言っておくが、いくら鍛えたとてこれが普通だ。前の二人がおかしいだけであって、僕は人間として忠実なアクションを行ったに過ぎない。
そんな哀れな僕の下にみつさんが駆け寄ってきてくれた。
「大丈夫ですかー?」
「大丈夫に…見えますか?」
「もちろん!ピンピンしてますから大丈夫のはずです。今すぐ起き上がれます。ほら」
ああそうですか。と、愚痴る間もなくみつさんに腕一本で持ち上げられた僕の体。骨とか折れてないといいけどなぁ…いてぇ。

ひとまず一度四人で合流し、移動を開始する。柏葉さんの予定では、現在地のメーデン共和国の中央やや北よりの山地から南東に向かって進み、街を目指す。たどり着いた街から更に南東の海沿いに位置する梅家に応援、及び船での出国要請を出すと言うものだ。
正直実現可能か微妙なもので、第一梅家が拒否すれば終わりだが、言い変えればそれだけ追い込まれていると言うこと。
山の中を荷物を三人、荷物を背負って数時間歩き続ければそんな事は嫌でも身に染みるわけで。うん、今からでも帰ろう。道わからないし嘘だけど。
「じゃあ今日はここで休みましょう」
柏葉さんがそう言ったのは日が暮れかけた夕方。夜間移動は危険と判断したか、オディール嬢の身を考えてか。ずっと柏葉さんが背負ってはいるが、見た目的に弱っている感が漂ってくる。初めて見た時もそうだったんだけどさ。
「う…ぐはー…」
当の僕はしっかりと疲れていた。荷物を下ろし、地面にどさりと腰を下ろす。一方の二人は柏葉さんはオディール嬢の着替えなりなんなりと言って再び抱えて近くの水辺へ向かったし、みつさんは笑顔で夕食の準備に取りかかっていた。
「…はぁ」
正直、今僕はかなり落ち込んでいるた
自分では多少は強くなったと思っていたのに。現に周りの同僚よりは腕も力も勝っていたのに。
今日はした事と言えば荷物持ち程度。むしろ助けられた感さえ拭えない。僕なんてこんなものかと、疲労と空腹に混じり弱音が頭をよぎる。だから、みつさんが差し出したカップのスープは、僕をかなり癒やしてくれた。
「悪いわねぇ、こんな事に巻き込んじゃって」
「いえ…自分で選びましたから」
不本意なところもありますが。
「それに…自分の力を計る良い機会ですし」
主に下方修正が見込まれますけど。
「あっはっは、ジュンジュンは頑張り屋さんだなぁー」
「はぁ…で、なんですかジュンジュンって」
「ん?あだ名よ?一緒に行動するんだからねぇ、よろしくジュンジュン!」
この人は僕を犬か何かと勘違いしてやいないだろうか。
「はぁ…では改めてて」
「うん、ジュンジュン!」
何故か握手を交わす二人。握ったみつさんの手は、見た目より遥かに固かった。
「あの…みつさん?」
「ん?なあに?」
だから、こんな言葉が出たらしい。
「僕が居るからといって…無理に元気出す必要はありませんよ?」
みつさんの顔が驚きに変わる。言った事を後悔しかけた時、また笑顔になった。ただそれは、ハツラツとしたものではなく、優しく慈しみに溢れたもので。
「ありがとう、ジュンジュン。でもね、こんな時は無理にでも元気出すしかないのよ」
みつさんが僕の横に座り、自分のスープを一口すすった。
「巴ちゃんも…今回は相当参ってるみたいだし…予想はしてたとはいえ、最後の希望みたいなもんだったのよ。この計画は」
僕の脳裏に切り離された車両を眺める柏葉さんの顔が浮かぶ。あの恨むような目は、果たしてだれに向けたものだったのか。
「御主人様がようやく平定なされた国を出ようなんて…どうしてこんな事になるのかなぁ…」
御主人様とは、ローゼン・メーデンのことか。メーデン家の絶頂期とも言える時代に使えた二人だったろうに。この国への愛着だって、生半可なものではないはずだ。
そう考えてから、僕は自分の発言を呪った。あんな事、絶対に言うべきではなかった。二人にしてみれば、愚痴や弱音など吐きたくても喉につっかえるほどにあるだろう。でも一度言い出したらその重みに耐えきれないから、みつさんは笑い、柏葉さんはクールでいたのに。
カップを持つ手に力が入る。悔しい。情けない。でもかける言葉が見つからず、なおさら自分に腹立が立つ。
だからみつさんが僕の手に被せるように自分の手を添え、僕に微笑みかけてきた時は何が何だかわからなかった。
「ジュンジュンは本当に優しいねぇ。でもね、私達はそんなにヤワじゃないのよ?それに、コレをジュンジュンが背負うのは筋が違うってもんでしょ。手伝ってくれるだけで感謝の気持ちでいっぱい。巴ちゃんも喜ぶわ」
「・・・」
ああ、僕もこんな風に強くなりたい。
それだけが、その時の僕の感情を満たしていた。 

その後は四人で簡単な夕食を済ませ(オディール嬢は柏葉さんとみつさんに食べさせてもらっていた。)、眠る事になった。気温もそこまで低くないので薄着でも風邪をひくことはないだろう。
「くしゅっ」
…はずなのだが、自分のくしゃみで目が覚めるとは…ああ、かけ布団蹴飛ばしてるし。ガキか僕は。
やれやれと周りを見回すと、柏葉さんがいないのに気付く。見張りだろか。なら、交代してあげたい。というかそろそろ役に立ちたい。僕の自尊心がそろそろ保たないんだよ実際うがー。
「あ、かし…」
少し歩くと彼女はすぐ見つかった。普通に声をかけようとしたのに躊躇ったのは、倒れた丸太に腰掛ける彼女がとても小さく見えたから。
「あ…申し訳ありません。起こしてしまいましたか?」
「ん…いえ、その」
彼女からのクールな罵倒に慣れているせいか、この他人行儀な口調がどうにも落ち着かない。よし、ここは一つ。
「あのですね」
「はい?」
首を傾げる柏葉さん。月明かりの下だからだろうか。その姿が儚げなのは。
「もう…上司と部下じゃないですし…同行人ですから、その…敬語なんて使わないでいいですよ?むしろその、タメ口でおけー…みたいな」
唐突に理解した。僕にナンパは向いてない。
でも僕の思いはなんとか伝わったようで、驚いた表情から笑顔へと変わってくれた。うわ!可愛い!?
「ふふっ…タメ口なんて…何年ぶりだろう…何か不思議な感じ」
「そ、そうですか?」
「何であなたは敬語なの?」
「あ!いえ!…じゃなくて、うん、ごめん」
正直僕、激しく緊張しております。その…日頃とのギャップに。し、心臓の音伝わってないよな?ええい!静まれ!静まらんか!
「でも驚いた…どうして私達に付いてきたか、聞いてもいい?」
「えっと…」
口が勝手に。なんて死んでも言えるか。
「昔、姉ちゃんを亡くしてから…その、出来るだけ人を助けたいと言うか…だから…」
おっと、動揺のあまり身の上話初めてしまったよ。親族を亡くした人なんて今の時代当たり前のようにいるってのに。何考えてんだかな僕は。
「そう…」
その横顔に魔がさした。ぶっすりと。そうとしか思えない。だから、
「…つらい?」
僕は、そんな事を、言ってしまっていた。

二度目の有り得ない失態を自覚した時、彼女は、膝を抱えて震えていた。
「私は…オディール様の唄が好きだった…私は歌うのは苦手だったけど…オディール様は誉めて下さって…巴の声が好きだからって…一緒に歌おうって…!」
決壊したダムの水は溢れ出す。その勢いを止める術が、どうして僕にあるというのか。
「オディール様とコリンヌ様が歌われる横にいる…それだけで幸せだった…他に何もいらなかったのに!それが全てだったのに!」
「あ…う…」
声が、出ない。
「守りたかった守れたはずだった守るべきだった守らなきゃいけなかった!それなのにそれなのにそれなのにそれなのに!私は夢の中でも幸せに浸って!自分の責務も果たせずに!自分の事しか考えてなかった!自分の事しか…!」
声が大きくなると共に、涙が溢れてくる。どれだけの間溜めていたのか。むせるように泣き出していた。
「感謝しても仕切れないのに…ぐっ…私は何一つ返して差し上げられない…ひっ…心を閉ざしてしまうときだって…あんなに近くに居たのに…うっ…何も…何も…!」
「・・・」
「今回の亡命だって…結局は私達がオディール様を勝手に使って欲しくないからで…政治の道具にして欲しくないだけ…父上が作られた国を去るなんてお嬢様が望まれるわけないのに…でも…私には…それしか…それしかぁ!…ううっ、ぐっ…ふっ…」
ダムの水も、全て流れれば無くなるわけで。柏葉さんは後は涙を出し尽くす行為を行うだけだ。どうか心だけは、崩さぬように。
そして願わくば、誰か僕を殺してくれ。
この、愚かな僕を。

どれほどたったろうか。辺りが静けさを取り戻し、僕が心の中で百回以上自分を呪い、柏葉さんが顔を上げた。
「…想定外でした」
第一声は、そんな言葉だった。
「やはりタメ口は駄目ですね。油断しました。はい、これでいきます。せっかくの提案でしたけど、お断りさせて頂くということでお願いします」
「…はい」
「ですが…」
彼女が僕の方に顔を向けたのがわかったが、僕は足元を見続けた。
「ありがとうございました」
「は?」
今日何度目かの声の裏返り。駄目だ、展開に頭がついていけない。
「そうですね、本当はいけないのでしょうが、何と言うか…スッキリしました。まったく、不謹慎にも程がありますね。お側付き失格です、私は」
「はあ…」
あの、台詞と、表情が一致していませんが…
「そうそう、タメ口は駄目でしたが、代わりに名前だけでも。私の事は巴で結構ですから」
いきなり唐突前フリなしのご提案。もう、何が何だか…
「はあ…では、巴さん」
まあ…せっかくなんで呼ばせていただきますが…
「はい、ジュンさん」
そう言って、柏葉…もとい巴さんは寝床に帰った。
「明日は早いですから、ジュンさんもお早めに」
「あ…ドモ…」
帰り際に振り向いての一言。あー、巴さんって笑うとすげー可愛いのなーってそうじゃなくてさじゃあどうなんだよと問い詰めたいのはやまやまで誰が答えるのかなど知ったことではないからにして。
混乱の極みにあった僕は、しばらくその場でぼーっとしていた。暑いんだから寒いんだか、よくわからない空気に佇みながら。

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