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『Dolls' House 第一話 さくらいろのさかみちのうえ』

 …。
 立たなければ…。
 立って、闘わなければ…。
 でも動けない。体が自由に動かない、まるで…まるで、そう、『人形のように』。
 ああ、何故。どうして私は動けない?
 …何故、立たなければならないのだろうか。
(…私が、なるためによ)
 何になるため?
(……スに…)
 その言葉には聞き覚えがある。
 だけど思い出せない。ああ、何だったろうか?大切な、大切な言葉。私の、…私達の宿命の言葉。何故思い出せないの…?
「いい、今は忘れていなさい…真紅」
 この声…誰?誰なの?
「分からなくてもいいのだよ」
 いいえ、だめ。私は…真紅は、ずっと貴方に会いたかった。そんな気がするの。今は貴方が誰だか分からないのだけれど。
「また何時か会える。だから、焦らなくてもいい。今はお休み、私の『夢の中』で」
 ああ、だめ。まだいかないで、行っちゃ嫌よ。私は、私は…!
「駄々を捏ねてはいけないよ。それでも私の娘かい?さあ、君の姉妹が呼んでいるよ」
 姉妹…?本当。私、「そろそろ起きなくちゃ」。
「いい子だ、真紅…」
 もしかして、貴方は…

 お父様?



「…くー、真紅ー!んもうっ、起きなきゃめーっ、なの!しぃんくー!」
「んん…」
 とっくの前に目覚まし時計は止まってしまっている。しかし本来なら起きている筈の持ち主、張本人がまだぐっすりと寝ているので、これは…寝ぼけて止めてしまったのだろう。
 中々起きない布団の中の彼女に、膨れっ面の少女、雛苺はとうとう爆発した。
「真紅のばかばかー!悪いお姉ちゃんには雛苺の”てっつい”なの!」
 そして雛苺はもったりと膨れ上がった布団に馬乗りになり、その頭と思われるところをグーで連打した。
「ていていていていていていていていていてーい!!」
「…ぃ、いった、痛い痛い、止めなさい雛苺!私はもう起きたわよ!」
 遂に”てっつい”に耐えられなくなった中身は、寝ぼけ眼を引きつらせて布団からはい出した。上に乗っていた雛苺はバランスを崩してベッドから転げ落ちる。
「いたた…おはよう真紅。やーっと起きたのね。いつも真紅は起きるのが早いのに、ちょっと変なの」
「ええ、おはよう……そうね、私としたことが。ごめんなさいね雛苺。今すぐ支度するから」
「分かったの!早くするのよ真紅!だって今日は」
「分かってるわ。貴方と雪華綺晶と薔薇水晶の入学式だものね」
 その言葉を聞いて、雛苺は満面の笑みでくるりと一回転する。
「そうなの!」
待ってるのー、と部屋からパタパタと出て行く雛苺。その後ろ姿をやっぱりまだ起ききらない目で眺め、少し首を傾げた。
「今の夢は…?」
 …。
 答えは出ない。思い出そうとすればする程朧に記憶が解けてゆく。
 何故あんな夢を見たのか。
「…あ、」
 気付いたら時間が冗談じゃないくらい進んでいた。
 真紅は光の速さで身支度して一階へ向かう。



「赤薔薇のお姉様、今日はお寝坊さんですね…まだ降りてこない」
「………珍しい…」
 さて、雪華綺晶と薔薇水晶は、真新しい制服を身に纏い食卓の近くをうろうろしていた。
「朝っぱらからうろちょろすんなですぅ!埃がたって翠星石のスコーンが台無しですぅ!」
 それに苛立って毛を逆立てる翠星石に、ちょっと疲労気味に蒼星石は、
「ま、まぁ…さっき雛苺が起こしに行ったし、ちょっと落ち着きなよ」
「…そうですぅ、こんなことでキーキー言ってる翠星石じゃないのですぅ」
 年上ぶった横顔を決め込む翠星石だが、食卓に添えている右手の人差し指はカツカツと音を立て続けている。
 うろうろうろうろ、かつかつかつかつ、辺りは落ち着きの足りない浮き立った空間となった。
「…五月蝿いわね、貴方達。少しは落ち着きなさいな」
 語尾に私のように、と続きそうな口調で真紅が言った。紅茶を一啜り。
 …。
「……っていつの間に下りてきてたですか真紅!」
「ヒナはとっくに気付いてたのよー」
 雛苺は翠星石のスコーンをもっ、と頬張って不満そうに漏らした。早く入学式に行きたくて焦れているようだ。
「それはいいけど、入学初日から遅刻ってのもどうかと思うよ?…急ごう」
 蒼星石が指差した先、かかっている鳩時計。
 …時間はけっこう残酷だった。

 ばたばたと走る音が聞こえて、玄関のドアがせわしなく開く。中から、七人の姉妹達がドワッと溢れるように出て来る。一様に、同じ胸元に薔薇の勲章が施された制服を着込んでいる───私立有栖学園の生徒の象徴である。
「一年生、準備はいいかしら?」
 さっきはちょっと地味で目立てなかった有栖学園三年生金糸雀は、今日の主役こと新入生を振り返り、ビシッと決める。
「ええ、勿論ですわ」と雪華綺晶が微笑み、
「………完璧」と薔薇水晶が頷き、
「花丸なのー、かにみそー!」と雛苺が飛び跳ねる。
 さあいくよ、と蒼星石が促し、姉妹ご一行は少しだけ早足に歩みだす。
 乗り遅れた金糸雀は後ろの方で「だぁかぁらぁー、カナリアかしらー!!」と半べそで地団駄を踏んでいた。

「あれえ…今日は静かなのねぇ」
 ちょっと遅れて玄関の扉を開ける水銀燈は、おもむろに郵便受けの新聞を取った。彼女は姉妹の中でただ一人の大学生だから、彼女の妹達──先程の高校生軍団である──とは少しだけ生活リズムが異なる。
「んー…あ、そっか今日入学式ねぇ」
 一つあくびを残し、また扉が閉まった。
 それにしてもこの水銀燈、緊張感がなさ過ぎである。



 入学式は、大概在校生にとっても新入生にとっても退屈で仕方ないものである。居眠りとはいかないものの、とろんとした目つきをする生徒は両手どころか、茶碗に盛りつけた米粒の数でも余るくらいではないだろうか。
「(うー…校長先生の話、長いの…早く終わってしまえなの)」
 他ならぬ新入生に校長先生は話しているのだが。何にせよ、雛苺はそんな事には構わず入学式のあとの部活動紹介を船を漕ぎながら待っていた。
 ……いつの間にか本当に眠ってしまっていたらしい。雛苺が気付いたときにはもう部活動紹介の直前だった。
「!ば、ばらしー、まだ部活動紹介は始まってないの?ヒナ、寝過ごしたりしてない?」
 丁度隣の席に座っていた薔薇水晶に、雛苺は焦って問いかけた。薔薇水晶はギギギィ、と音のしそうなくらいぎこちなく首を回し、かっくんと頷いた。「………おーるらいと」
 その動きに雛苺は恐怖を感じたが、ふとある事に思い当たって笑った。「ばらしー、もしかして緊張してるの?」
「……そんなこと…ない」
「バレバレなのよー、お姉ちゃんには分かるんだから!もっと肩の力を抜くの~」
 ばらしーは末っ娘だものね!と言われて薔薇水晶は不機嫌そうに僅かに頬を膨らませた。そう、薔薇水晶は八人姉妹の中の───『八女』なのだった。
「…雛苺、紹介…はじまった…見ましょう?」
 最年少扱いされるのが気に入らない薔薇水晶はおもむろに前を指差した。確かに雛苺お待ちかねの部活動紹介が始まっていて、雛苺はそれを見ようとは思うが、二つ前の妹に話題を巧みにすり替えられるのは少しだけ悔しかった。「うゆぅ……」
「雛苺、調理同好会…あるよ」
「え、ほんと?」
 ”調理同好会→料理をする→甘いものを作るに違いない→うにゅーだぁぁぁぁ”という思考を一瞬で済ませ、尚かつそれを薔薇水晶とのからみと一緒に天秤にかけた雛苺は、調理部の方が優先と見てぱっと前を見た。
素直なのは大切である。

「……はい、以上、女子テニス部でしたー。有難うございました…」
 と、ここまでの説明は至って平坦で、入学直前までに抱いていた部活動青春妄想はぶわーっと拡散されてしまうのが常だ。
 女子は女子で「スポーツ部のマネージャーになってあんな事やそんな事で以下略」なんていうドリームとか、男子は男子で「スポーツ部に入ったらマネージャーの一人と仲良くなっちゃったりして以下略」とかいうやや不埒な妄想とか、個々に抱いていたのである。
 青春いいじゃないか。でも現実は魔法以上にユカイではないのだ。「それネタが違うの~」雛苺、ちょっと静かにしてておくれ。
 さて、そんなこんなで「部」紹介が終わり、「同好会」紹介に移るかと思われたその時だった。
「次は同好会紹介です。照明さーん…おねがい、します」
 司会をしていた生徒副会長が、何故か躊躇いがちにそういって、瞬間───体育館の照明が全て消えた。
 あちこちから控えめな悲鳴が上がった。その間にも次々と体育館の窓が黒カーテンで遮られていく。秒数を数える間もなく、この学校の全ての人間が格納されている巨大な空間は闇一色になった。
何処からか荘厳なパイプオルガンの音色が響いてきた。重厚、……威圧的。
「水銀党員、整れええぇぇぇぇつっ!」
『総ては銀様が為に!』
 一人のゲキが飛び、薄ぼんやりとした不気味な灯りがぼぉうと燈り、一列に並んだ謎の三角マスク集団が照らし出される。
「おい、何だ何だあれ…」
「何コレ!?なんかのテロ?」
「……聞いた事あるぞ…」
 一人の男子生徒がゴクリと生唾を飲み下しながら言った。混乱状態のただ中の新入生たちは首を傾げた。
「知ってるのか?」「知ってるの?」
「あれはたしか、有栖学園で有名だったある生徒を祀り上げる───」
『我々は一昨年卒業なさったお方を崇拝奉る者の集団である!』
 そこで、ぱっとステージの壁に一枚の写真が投影された。
「ばらしー、あれ見るの!」
「あれ、は………」
 誇り高き白銀の髪。鋭利な眼差し、紅い瞳。超越した……不適な笑み。
 どうみても水銀燈です。本当にありがとうございました。
「あれはどういう事なんですの?どうしてここに黒薔薇のお姉様の写真が……」
 混乱に乗じて他クラスのところからやってきた雪華綺晶が、首を傾げながら次々と展開される水銀燈の画像──何故か全て絶好のアングル、タイミングで撮影されている。水銀燈の魅力が最大限濃縮還元された出来だ──を指差した。
『その名も…水銀燈!我々は敬意を持って彼女を銀様と御呼びしている!』
「やっぱり……銀姉だ」
 薔薇水晶が理解不能といった風情で水銀党員と名乗る彼等を見つめた。
 ざわ…ざわ…と写真にノックアウトされた男子や多少の女子が騒ぎ始める。「なあ、あの人…先輩?超美人じゃないか?」
 しかしそうなるのも仕方がない、彼女はスーパーモデル級の美貌とスタイルを持っているのだから。勿論、見た目に関しては姉妹達も例外ではないのだが。
「銀様に好意を持った者は是非参加してくれ!我々は同志を何時でも受け入れよう!ただし、兼部は不可だ、注意してくれ。以上を以て、水銀党の紹介とする」
 その一言を最後に、パイプオルガンの音色はフェードアウトしていき、一斉にカーテンが引かれてゆく。よく見ると、それをしていたのも三角マスクの水銀党員だった。
「…………水銀燈…高校で何してたの……なの」
「……流石…銀姉………」
「やはり黒薔薇のお姉様はひと味違うのですわ……あ、」
 席を大幅に移動してきていた雪華綺晶は周りの視線に気付いて気まずそうに元の位置に戻っていった。
「……はい、水銀党の紹介でした、ありがとうございました。つぎは…」
平然と次の紹介に入る副委員長。この高校ではこの光景も早々珍しいものではないようだ。恐るべし有栖学園。あと、恐るべし水銀燈。

「調理同好会の紹介ですが、今日は全員が食中毒による腹痛で欠席です。ので、私が代わって簡単な説明をさせて頂きます。……調理同好会は、主に日本料理を作っています。
 しかし、実状は食物許容範囲実験会という方が正しいのではないかと思われるくらいデンジャーな物質を作り出す同好会です。私も過去一度程試食させられた事があり、あの時の味は全く、
 …………え?何ですか生徒会長?……あ、はい、すいません。兎に角、調理同好会に入るときはそこそこの覚悟を決めてからにした方がいいでしょう」
 心なしか黒いオーラを放ちつつ副委員長が言った後には、どうにもならない妙な沈黙が生徒達を迎えるばかりであった。



「しかし、吃驚ですわ……色んな意味で」
 新入生だけ午前上がりで早かったので、雛苺、雪華綺晶、薔薇水晶は三人並んで学校からの桜の舞う坂道を下っていた。
「黒薔薇のお姉様にも勿論驚きましたが……なにより、調理同好会が」
 雪華綺晶は思い出しを笑いして口元を押さえた。それを見て雛苺がむぅっとむくれる。
「笑っちゃ駄目なの!ヒナは、ヒナは…楽しみにしてたんだからぁ」
 その目元にほんの少しだけ涙がにじむ。そりゃ、楽しみにしていた調理同好会イコール甘味の桃源郷が悪魔の味覚研究室だと知れれば、精神的ショックも相当なものだろう。
「泣かないで下さいませ、苺薔薇のお姉様。なにも部活動が学園生活の全てではないですわ。クラスだってきっと楽しいでしょうし、それに、ないのなら作ってしまうという手も」
 うんうんと首を縦に振り肯定する薔薇水晶。
 そこで俯いていた雛苺がぱっと顔を上げて叫んだ。
「そうなの…そうなの!その手があったのね!作っちゃえばカンペキ花丸さんなのよ!」
 ナイスアイディアなのよきらきー!と跳ね回る雛苺。取り敢えず元気が出てよかったね、と雪華綺晶と薔薇水晶は顔を見合わせた。
これがちょっとした突拍子もない騒ぎの元になるとも知らず。

 家に着くと、水銀燈が今で猫のように寝そべりテレビを見ていた。
「あら、お帰りなさぁい、一年生。初めての登校はどうだった?」
「楽しかったのー!」
「……上々…」
「ええ、これからの学園生活が楽しみですわ……ところで黒薔薇のお姉様、今日の部活動紹介で妙なものがあったのですが」
 水銀燈の顔が一瞬凍った。
「あの…水銀党って、何ですの?」
あ、ああ、あれね…と水銀燈が取り繕うような笑みを浮かべた。
「私の若気の至りよぉ。殆ど不可抗力だったんだけどね?奴等、今どんな?」
「……結構……やんちゃしてた……部活動紹介一回ジャックしてた」
 親指を立てつつ薔薇水晶は言った。いったい何がグーなのだろうか。それを聞いた瞬間、水銀燈の声とオーラが凍る。絶対零度発動。
「そぉう……私がいない間にそんな事するなんて、教育不足だったようね…私の、従順な持ち駒達」

「…………」

「あっ」
 水銀燈は焦って凍るような笑顔を引きはがし、いつものカッコいいお姉ちゃんフェイスを作った。
「今のは気にしないでねぇ。ところで、今日の夕飯は何になるのかしらぁ」
「それは翠星石にしか分からないの」
「そ、そうねぇ!何になるのかたのしみねぇウフフフフフフフフフ」
 そして気まずそうに横歩きで去っていった。携帯を物凄い握力で握りしめつつ。

(……はい、こちら水銀党有栖学園本部)
(その声、党員代表ね?)
(そうですが、どちら様で…)
(主の玉声を忘れるなんてとんだ根性ねぇ?)
(もしや……銀様!?うわぁっ、すみませんごめんなさい命に替えて償いますお許しください総統閣下)
(ふふっ、いい子いい子。やっぱり持ち駒はそれくらい従順じゃあなきゃ。…で、今日私の妹に聞いた所によると、アンタら結構目立っちゃってるみたいじゃないの…
 悪目立ちはするんじゃぁないってきつぅく言ってやらなかったかしらぁ?)
(!!申し訳ありません、銀様が卒業してしまっている今、よりあなた様ををより全校にアピールしたいと思い)
(黙りなさぁい。私はもうアンタらの先輩じゃあないの。せいぜいアンタらのところに残った写真でも拝んで満足してなさぁい。余計な事はするんじゃないの。わかったかしらぁ?)
(はい、銀様の思し召すままに……!!)
 この会話があった事は、水銀燈と水銀党員しか知らない。…知らないったら知らない。

 さて、夕方になりみんなが帰ってくれば姉妹全員で夕飯の支度だ。もっとも、家事万能のスーパー翠ちゃんですぅ!と言って引かない翠星石が主導権を握ってはいるが。
 今日のメニューはフランス語っぽいなんたらかんたらとかいう料理である。作るのは上手いくせに名前をしっかり覚えないのは翠星石の困ったところである。
「………さっ、みんな!有り難く翠星石の『………』を味わうですぅ!」
「翠星石、その『………』のところが物凄ーく気になっちゃうの」
「気にしない方が人生楽しく過ごせるですよ?ちび苺」
「ええ、わたくしとしましても美味しければ万事OKですわ」
 雪華綺晶は目の前にうずたかく盛られた料理を見てうっとりと目を細めている。その高さ約50センチ。他の姉妹と比べる余地もないくらい破格の量である。
 しかしこのくらいが彼女にとって適量かそれ以下だから胃の構造が知れない。「わたくしの構造は解析不能ですわ」…冗談に聞こえないから怖い。
「今年はかなりエキサイトしていたね、党員さん達」
「カナもそう思ったかしら~、まさかあんな事になるとは予想外だったかしら…」
 困ったように笑う蒼星石に金糸雀が相槌をうつ。思い出したように足下においていたらしいバカでかい包みを持ち上げた。
「水銀燈、党員さんからこんな捧げ物がきてたかしら。何か知らないけど『銀様に!申し訳ありませんでしたと!お伝えください!』とかって泣きながらカナを拝んでたかしら」
 水銀燈が受け取って開けてみると、なかには………他の姉妹が確認する前に彼女がガサッと包み紙で隠してしまった。
「(今ちょっとヤクルトが見えた気がしましたわ)…何でしたの?黒薔薇のお姉様」
「気にしないで。全く、何があったのかしらね☆」
「まあ、これから党員もちょっとは大人しくなるでしょうね」
 真紅がいつも通り紅茶の注がれたカップを傾けて言う。彼女は今の話から大体のところを察した様だった。

「ところで、君らは何部に入る事にしたの?」
蒼星石がふと雛苺と雪華綺晶と薔薇水晶に話題をふった。
「…私は……入らないで…………いい。入りたいの、……無い」
 薔薇水晶が僅かに首を傾げながら答えた。
「わたくしは何でもいいですわ。でもやっぱり全く知らないところに入るのもあれですから、苺薔薇のお姉様に合わせようと思っていますわ」
「………きらきー」
 何に入るか、以前の問題になってしまっている雛苺は、暫く静かになって手元のほぼ空になった皿を見つめた後、バッと顔を上げて高らかに宣言した。
「ヒナ、やっぱり同好会つくるの!」
「……あ、本当に、作るの」
 薔薇水晶がちょっと驚き気味で雛苺を見た。これには蒼星石も驚いたらしく、心配そうに訊き返した。
「一年生なのに、作って大丈夫かい?タチ悪い先輩に目を付けられたりしたら…」
「蒼星石、そんな心配は御無用ですぅ。何たってうちには水銀党総統閣下の水銀燈様々がいらっしゃるんですからねー、ですぅ」
 人差し指を立てて妙な得意顔の翠星石に、水銀燈はただただ困ったように「まぁ、私が牽制する手もあるしぃ」と曖昧に返していた。
「うんっ、よおし!ヒナがもらったー、なの!」
 確たる安全保険が手に入った雛苺は(勿論その事の本当の恐ろしさに気付いて等いやしないが)、益々勢いづいて片手のグーを突き出した。



 次の日から授業──といっても殆ど学級活動だが──が始まり、それから一週間が部活動を決める仮入部期間となる。ある意味では、新しい同好会を立ち上げる期間ともいえる。
 そんな日の放課後の教務室で。
 雛苺が担任の教師と揉めていた。

「……んもうっ、先生ったら分からず屋なのー!メンバーは絶対集まるから大丈夫なのー!」
「そんな言ったってね雛苺君、こんな部活が何年も持つと思うかい?」
 担任の教師は疲れたげにピラリと一枚の紙を雛苺に示す。それは雛苺が書いた同好会立ち上げの申請書で、そこに記されていた同好会名は、

─────うにゅー同好会。

「大体、これで何の活動をするっていうんだ?」
「うゅ、それは…うにゅ…じゃなくて、苺大福を研究したり……」
「苺大福特化だったら許可は出来ないなぁ。もっと、色んなデザートとか和菓子とかにしてみるとか」
「じゃあそうするの!」
「でもな、そう言ったけど同好会費とかも食料関係だと厳しいからなぁ…」
 ぅぅぅ、と雛苺がちょっと涙を浮かべたその時だった。
 がらっと教務室のドアが開く。差し込んでくる夕日の逆光が目に痛い。それを背景に威風堂々とたたずむのは、他ならぬ彼女のすぐ下の妹、雪華綺晶だった。
「………わたくしのお姉様を泣かせるのは、たとえ成績を握っている先生でも容赦致しませんわよ?」
『………』
 逆光の効果も相まって、その時の雪華綺晶はかの有名な絵仏師良秀の不動明王より恐ろしく見えたという。
「わかりました…………」

さっきまで渋っていた担任の教師は、急に意欲的になって話を進めている。
「はい、部室の方はどうしましょうか、先生方」
「一つ部室棟に空きがあります。確かあそこは日本文化同好会の部室でしたが、もはや幽霊部となっているので差し支えないでしょう」
「大丈夫ですね。会費の方は、」
「基本的に余ってしまう各部費、同好会費から貰うという形で」
「はいはいはい、文芸部余ります」
「卓球部も余りがちです」
「分かりました、それは後々決める事にしましょう。顧問の先生は…」
「私がやりましょう!丁度手も余ってますし、第一新しい同好会を起こそうという意欲の強さに僕は感動しま」
「はい分かりました。梅岡先生でいいですね」
「意義なしです」
「……」
「では(急場しのぎでしたが…ボソリ)これでうにゅー同好会の運営方針暫定しました」
やや蒼くなって決定した先生は、回転式椅子をぐるっと回して振り返った。
「………これでいいかい、雪華綺晶君」
 差し出された決定内容をまとめた紙をざっと眺めて、雪華綺晶は勝者のように微笑んだ。
「文句ないですわ。ありがとうございます、先生。顧問の梅岡先生も、宜しくお願い致します」
 ああ!勿論さ!と暑苦しく叫んだ梅岡を無視して、雪華綺晶は雛苺を引っ張って教務室を去っていった。



 夕日が途切れ途切れに照らし出す教室への廊下を歩きながら、雛苺は嘆息した。
「……凄かったのー。きらきーって、本気になると凄いのね。ちょっと水銀燈を思い出しちゃったの」
「そうですか?……伊達に毎日あれだけの量を食べてませんからね」
 不適に笑う雪華綺晶。カッコいいが、言っている理論は正直さっぱり理解できない。
「何はともあれ、なんとかうにゅー同好会が出来たの!きらきーのおかげなの!……ありがとっ」
 雛苺はぎゅっと雪華綺晶の手を握って、
「えぇ、いいんですわ。お姉様のためですもの」
 雪華綺晶がもっと強く握り返した。

「怖かった……あの子、怖かった………」
「お疲れ様です、先生…今日、飲みにいきません?奢ります」
「あ、ああ…頼むよ」



「………で、ほんとぉに作っちゃったのぉ!?しかも」
「名前………うにゅー同好会…………」
 概要を記した例の紙を見て、水銀燈と薔薇水晶は思いっきり吹いた。
「よく許可が下りたわねぇ…」
「ええ、ちょろいもんでしたわ」
「……?」
 何がちょろかったのかは聞かないふりにした水銀燈だった。
「…………ちょっと、まって………!」
 いきなり薔薇水晶が大声を上げた。
「なぁに?」
「……これ……ワタシも……入ってる!?」
 指差す先には、
『同好会員
会長:雛苺
副会長:雪華綺晶
会員:薔薇水晶』
とはっきり記してあった。どうみても入会済みです、本当に以下略。
「ごめんなさいね、ばらしーちゃん。どうしても頭数が足りなくて……あ、でも幽霊会員で大丈夫よ?」
「それなら、いい………」
 それをきいて幾分か落ち着いた様子の薔薇水晶。よっぽど帰宅部でいたい事情でもあるらしい。

 こうして、雛苺率いるうにゅー同好会が有栖学園に名を馳せるようになったのだった。
 後に雛苺のファンになった男子達が何人か入会を申し込んでくるのだが、それはまた別の話。

「ヒナ、この学校に入れてよかったの!」
「わたくしもですわ」

 とにかく、二人が笑顔ならそれで万事解決なのである。

つづく

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