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鳥の囀りに違いがある事を、私はようやく知りました。
一人の時、つがいの時、家族でいる時、みんなでいる時。
晴れた日、雨上がり。季節や気温。どの時でも、彼等は同じ唄を歌う事はないのです。
当然と言えば当然でしょうか。私も歌う時によって、自分の声の違いを知っていたのですから。だと言うのに、それを彼等の声にも有ることに気付けないなんて…己の未熟さに溜め息が出てしまいます。
「ふぅ…」
「ピピ」
一羽の小鳥が目の前の小枝に止まります。キョロキョロとこちらを伺う素振り。その瞳に意味を見い出すことは出来ないけれど、
「ありがとう。小鳥さん」
「ピ」
大抵の方は彼等が私の唄に付いてくると表現しますが、なんて傲慢な事でしょう。これからは、良きデュエットのパートナーで有りたいものです。

「ああ、オディールお嬢様。こちらにいられましたか」
一人の女中が扉を開け、日差しに照らされたこのテラスへ入って来ます。あら、
「どうしましたか、みつ。それに、コリンヌまで」
すると、コリンヌはその白い頬を膨らませます。まあ、そんな仕草、どこで覚えてきたのですか?はしたない。
「お唄の練習に付き合っていただけるとおっしゃったのはお姉様ですのに」
あらあら、はしたないのは姉譲りでしたか。そうでした。昨日の夜、ベッドの中で約束したのでしたね。私ったら、妹の約束も忘れてお茶など楽しんでいたなんて。
「仕方ありませんお嬢様。こんなにも良い天気の日ですから。うつつを抜かすのも致し方ないでしょう」
「んま」
巴まで来てくれたのは良しとしましょう。ですが、うつつを抜かすとは随分な言葉ではありませんか。
「も、申し訳御座いません…!」
「ふふっ」
巴をからかう事で私の機嫌も治りました。こういう姉なので、ああいう妹なのでしょう。少しばかり反省をしなくてはいけません。
「そうだわコリンヌ。今日はここで唄の練習をしましょう」
「え、でも…」
妹が渋るのも仕方ないでしょう。妹の声はボリュームに乏しいところがあるので、室内でないと満足に響かないのを自覚しているのです。ですが、
「コリンヌ?お母様のお言葉を思い出すのです」
父と共にこのメーデン共和国を平定した、歌姫の言葉を。
「確かに室内ならば声は響くでしょう。ですが、周りは壁ではありませんか。それがどうでしょう?ここには花も、鳥も、みつや巴だっています。澄んだ青空から神が見守るこの時、この場所の他に、歌うのに適した場所があるでしょうか」
まるで幸せを絵にしたようなこの空間に、まさる場所などあるでしょうか。
それでも不安げな妹の目。頭の良い子です。確かに、伴奏も壁の反響も期待出来ないこの場所は、歌手として見るならば決して好条件ではありません。
ですが、私個人。この、オディール・メーデンにとっては何よりも代え難い場所なのです。そんな場所にいられる時の唄が、どうして良き唄とならないでしょうか。
私は歌います。決して、母に追い付けるものではありません。ですが、ここには…
ピピ…チュン…
ああ、あなた達もお入りなさい。あら、私としたことが。…いいえ、共に歌って頂けませんか?
私の、私達の声が風に乗って空へと舞い上がります。風にのった花びらと、その香りに混ぜられて。
さあ、コリンヌ。あなたもどうぞ。ご覧なさい。あそこでお父様とお母様も見ておられます。
巴とみつもいかがですか?あら巴、どうしてそんなにも頑なに首を振るの?私はあなたの声が大好きだと言うのに。

ああ…例え今私に天国へ行けると神がおっしゃられても、私はそれを断るでしょう。これ以上の幸せがあったとしたら、それは誰か別の方に差し上げてください。

私は、この世界がいいのです。永遠などない事を知っているのに、それを望んでしまうような一時。

私は、生まれてきて良かった。幸福でした。幸せでした。いつまでも、いつまでも笑顔でいられると、そう信じていました。

あの夜、までは。


爆発音から始まった滅びの唄。
発砲音と、叫び声と、血と、硝煙が奏でる終焉の調べ。

父は死にました。慈愛と正義に満ちた頭を撃たれて。

母も死にました。その天の恵みと評された喉を裂かれて。

妹はさらわれました。

私だけが逃げました。巴とみつに連れられて。

それからの事は、良く覚えてないのです。それもそうでしょう。私に関わる事など何一つ起きなかったのですから。
政治、権力、闘争。
そんなモノの前に、小娘の意志が何になりましょう。
私は私ではなく、オディール・メーデンとして生きる事になりました。我が父、ローゼン・メーデンの娘として機能するモノとして。

たくさんの人に必要とされました。力と金の為に。

たくさんの人に優しくされました。そのおこぼれに預かるために。

ですから私はオディール・メーデンであればよく、私である必要はないのです。さらわれた妹の死が伝えられた時、とうとう私は私を止めました。
私の体はオディール・メーデンに渡します。皆さんどうぞお使いください。役に立つ事を願ってます。

さて、私はどうしましょうか。することもないので眠りましょうか。本でもあれば良いのですが。
…唄?いいえ、私は歌いません。ここには共に歌う相手も、聴かせる人もいないのですから。それに…

カゴに閉じ込めた鳥は、あの鳥達のように歌う事はないのです。 


        ∴


別に、正義のヒーローになりたかったわけじゃない。
ただ、学校で虐められた経験があったから、『悪い事』にある種の嫌悪感を抱いてたんじゃないかと思う。
かと言って悪を打ち倒す戦士を目指すわけでもなく、僕、桜田ジュンは姉と生きていた。
親はどっか行った。姉ちゃんは帰って来ると言い張るが、どうだか。まあしぶとく生きてるのかもしれない。はっきり言って、どうでもいい。
僕の家は決して裕福ではなかったけれど、親は旅に出て子二人で暮らせるくらいには余裕があった。特に、冬場路頭を迷う人達を見た後に姉ちゃんが作った夕飯のシチューを見た時には、自分はまあ恵まれてるのかなとは思った。
姉ちゃんもは常々うざいと思っていたけど、一人っ子が鉄くずを集めて生きているのを見れば、子供ながらに考えることがあるわけで。
ただ、そんな事を考えていたら、休みの日に友達とちょっとした仕事をして貰ったお金で、姉ちゃんに花を買うという愚行をしてしまった。
何故これが愚行かと言えば、花を渡した瞬間に姉上殿は奇声を上げ、僕に飛びつき、肋骨が粉砕するかと思うくらいに僕の当時の細い体を締め上げ、頬を摩擦熱で引火させる気かと疑ったほど擦り付けた後、その赤くなった頬に強烈な接吻を食らわしたからだ。
その時僕は体と心に深いトラウマを持つと同時に、二度と花なんぞ買ってくるものかと魂に念じた。
…結果としては、その願いは神様に通じたわけだ。もう姉はいないのだから、花を買う事もあるまい。

わりと金持ちで、子供二人暮らし。そんな場所に、飢えた強盗が目を付けないわけもなく。
夜中に物音を聞きつけ、僕が父のマスケット銃をもって姉の部屋に行くと、姉がナイフを首に突きつけられていた。
(強盗だ!)
僕は銃を構える。さあ少年ジュン。日頃の鬱憤を目の前の悪に放て。忌み嫌う、悪の根源に。
『小僧、銃を捨ててこっちに来い!早くしねぇと…』
早くしないと、どうなるか。
少年ジュンの中のちっぽけな正義が壊れた瞬間だ。あの時の僕は、やっぱり正義のヒーローになりたかったんだろう。
そうそう、僕は正直者ではない。寧ろ嘘つきの部類に入る。だけどそれは僕だけの責任ではなく、正直がバカを見る世界と、正直が悲劇を生む姉のせいだ。とか言ってみる。間違ってはないだろう。
『銃を捨てれば、二人とも見逃してやる!』
そんな僕だから、この言葉が嘘なのはすぐに解った。意外にもあのバカ正直な姉ですら解ったらしく、必死に首を振る。 首に赤い筋が付いた。
『早くしろぉ!』
姉の首に新しい赤い筋ができる。僕はとっさに構えた。
強盗は姉の後ろにいる。姉の顔の横に出ている奴の頭を撃てれば、それでハッピーエンドだ。なんて簡単な事だろう。

撃てれば。
撃った事もない銃で。
精度の悪い古ぼけたマスケット銃で。

それでも狙う程、僕は自信家ではなく、またそんな力もなかった。そして、
『撃ちなさい!ジュン!!』

個人的に、あの銃は姉が撃ったと考えている。普段からは想像出来ない姉の声に、僕は反射的に引き金を引いた。
強盗は即死。見事心臓を射抜いた。魔弾の射手もビックリだ。
さて、姉が撃たれた後少しの間生きてたのは、どう考えるべきだろう?
僕に最後の言葉をくれるための猶予か。はたまた自分の命を粗末にした罪への苦痛の対価か。
なんにしても、姉は僕に一言言い残して逝った。
『強く、なってね…』
悪を打ち倒した僕に向かって強くなれとは。一体姉は何を考えているんだと訝しんだのはもちろん嘘で。
あの時僕は泣いていたから、そんな言葉も出るのだろう。僕は泣くのに忙しくて、何も言う暇もなく姉は死んだ。つまり、僕が殺した。
あの頃に比べて僕は強くなったんだろうか。ただがむしゃらに色々鍛えて学んでいたらどっかの家の警護隊に呼ばれたこの僕は。
そんな事を、同僚のペットである鳥に聞いてみる。カゴの中の鳥は、じっとこちらを見たまま動かない。反応なし。相変わらずである。

…しかしコイツも、外の鳥みたく鳴けばいいのにな。

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