紅「また怒らせたの?」
1階に下りようとして、待ち受けていたのは真紅だった。
通せんぼするかのごとく仁王立ちしている。
そしてその横には雛苺。
雛「仲良くするの!」
紅「まったく…学習能力の無い子ね!」
ジ「…」
年下からの説教。
相手にすると面倒くさそうなので僕は無視を決め込んだ。
紅「…早く謝りに戻りなさい」
ジ「…」
紅「ジュン!」
ジ「…」
上手く真紅の壁をすり抜け、玄関のドアを開けて外へ出た。
一旦家に帰って財布取りに帰らないとな…
──と、急に左腕が後ろに引っ張られた。
振り向くと真紅が僕を睨みつけながら立っていた。
紅「そんなに怒らせたいの?…私を──」
僕の腕から手を話し、何故かヒステリック気味に言う。
何か良く分からないが、少しイラッときた。
ジ「…いいだろ別に!」
パチン!
ジ「…」
紅「…」
唐突に真紅の右手が僕の顔を襲った。
ジ「…何でお前が怒るんだよ?…関係ないだろ?」
紅「あなたのその態度が気に入らないわ!毎回毎回!」
真紅は玄関のドアをバタンと閉じた。
ジ「何だよ翠星石にしろ真紅にしろ…」
~~~~~
再び家に戻り、ふぅーっとため息をつく。
真紅にビンタされた意味が分からない。
ちょっと経ってから翠星石に謝りに行こうかと思ったけど、
謝る気が失せた。
ジ「もう完全に引き篭もりになってやろうかな…」
でも、そんな事したって苦しむのはおそらく僕だ…
こんな事してもABCどもはきっとほくそ笑むだけだろう。
悔しい…。
ひたすらに悔しい。
──じゃあ、どうすればいい?
ジ「…」
どうすれば…
ジ「…」
──そういや、ねーちゃんも水銀燈も、よく引き篭もりにならないな。
部活で酷い目に遭ってるみたいだが、それでも学校へ行く。
むしろ闘志を燃やしてるようにも見えなくはない。
少なくとも、僕みたいに逃げたりはしない…。
ジ「…行ってみるか」
──あ、でも…
ジ「…やっぱやめよ」
今まで忘れかけてたかもしれない。
そうだ。僕は逃げる事に必死だった。
逃げたいんだからしょうがない。
…そして、こうやって外に出ようとしてる今でも、その考えは正しいと思う。
水銀燈は特殊なんだとも思う。
ジ「…あ、う~ん…やっぱり翠星石にあんな事行って出てきたのは痛いなぁ…」
部屋から外をそーっと窺う。
ひとまず、人の気配はなさそうだ…
……。
~~~~~
…気がつけば、すでに外に出ていた。
それも、人目につかぬための変装をせずに──
この僕に一体どういう力が働いてるのか不思議だった。
信じられない。
僕はどうして外に出たんだろう…。
流れのままに歩いている僕。
そして、どれだけ歩いても周りには誰も居ない。
不気味なくらいに周りに人が居ない状況が続く──
じきに、ねーちゃんと水銀燈の高校の横に着いた。
ハンドボール部と陸上部の向こうでラクロス部が練習中だった。
よく見えないが、試合をしているような雰囲気だけは分かった。
まぁねーちゃんや水銀燈がまた翠星石の家とかで今日の話をするだろう。多分。
──で、何か調子に乗って駅まで来てしまった。
まぁ高校からそこそこに近いからなぁ。
ここまで45分。結構歩いたな。
息も上がってきている。
疲れたから…ベンチに座るかな。
~~~~~
しばらくぼーっとしてて、
そろそろいいかなと腰を上げ、駅の券売機の前まで歩く。
急に人通りが増え出した。
ぞくっとせずにはいられない。
それでも、ここまで来れた事に少し勇気づけられた。
まだ耐えられそう…。
もしかして、このまま行けるんじゃないか?
それに、人ごみもそのうち慣れるだろう…
翠星石にあれだけ言って出て来たんだしな…
──券売機の上の運賃表を見上げる。
こうやって切符を買うのも久々だなぁ。
街へ出るのに…290円か。
手前の駅からでも歩けるから210円で済ますか…。
自動改札を抜け、ホームへ上がり、電車を待つ。
今はゴールデンウィークの午前10時くらい。
なのに、2列にならんで電車を待つ客の多さときたら…
やはり少し腰が引ける。
…どうしようか…。
せっかく切符を買ったんだけど、
隣の駅まで行って終わりにしようか…。
──どんどん増える客。
僕は恐ろしく大量の冷や汗をかき始めた。
嫌だ嫌だ…
ちくしょう…
あぁ…どっか人の少ないところはないものか…。
誰「…ジュン?」
ふと、誰かの声が聞こえたような気がした。
僕は声のした方を向いて、声の主を探した。
ジ「は…?」
…物凄く見覚えのある顔がそこにあった。
翠星石だった。
…ガシッ!
ジ「…!」
僕は翠星石に右腕をつかまれた。
翠「ちょっとこっち来いです」
些か睨みつけるようにして言う翠星石。
そのままホームの端まで引っ張られ、ようやく解放された。
ジ「…何だよ…まさかさっきのをずっと見てたのかよ」
翠「ずっとではないですけど、やっぱりお前が1人で出歩くのは無理…」
ジ「無理じゃないよ」
翠「震えてたくせに!」
ジ「話はそれだけかよ。じゃあな」
とりあえず今日は1人で何か前に進みたいんだ。
進める気がするんだ。
ここまで来れた今日なら何か出来るかもしれない。
今日出来なかったら今後もずっと無理だろう…
何か良い流れが僕に来ている気がして──
僕は翠星石に背を向けようとした。
──その時、翠星石の右手が僕の左頬を襲った。
パシーン!!
…僕はよろめいた。
翠「どーしても1人で行くってなら…意地でも連れて帰るです!」
もはや翠星石も敵だと思った。
ジ「じゃあ僕は翠星石から逃げるだけだ」
ガシッ…
翠「そうはさせるかです」
僕の右手を翠星石の右手がガッチリ握る。
必死に抵抗する僕をそれ以上の力で押さえつける──
ジ「放せ…放せったら」
翠「イヤです!」
ギュウウウウウ…
ジ「痛い痛い!!…何なんだよその握力…」
その力はますます強くなる。
僕の知らない翠星石がそこにいた。
翠「ふっふっふ…水銀燈を姉にもつ翠星石をナメてもらっては困るです」
ジ「だったら少しぐらい手加減しろ!」
情けなかった。
こんな事であっさりと翠星石に負けることが。
もう、男として終わった気がした。
…しかもこんなホームの上で…。
悔しいし、恥ずかしい──
翠「さ、行きたければ翠星石を…」
ジ「…」
翠「…」
翠星石に力で捻じ伏せられるのが、
今日ばかりはイヤに悔しくて、僕は──
ジ「…乗り越えろ!か。よし任せろ」
──泣きたくなった。
もう何でもいいや。
翠「はぁ?」
ジ「──しかしお前強いなぁ。なっかなか解けないや…」
翠「…」
…泣きたくなった。
その握り締められた手に。
ジ「よいしょっ…ホントほどけないな…」
…泣きたくなった。
無言で睨みつけてくる翠星石に。
翠「…」
ジ「くそっ…」
……。
翠「──お前を…連れて行くです」
いよいよ翠星石の低く震えた声が上がった。
ジ「あ?」
その冷たさと威圧感から、翠星石が怒ったことを確信した。
何でお前が怒るんだよ──
翠「乗るですよ──」
ジ「…」
電車が入ってきた。
こんなホームの端まで電車が来るのか…。
どうやら快速のようだ。
…車内はどうも空いているようだった。
異常なまでに空いていた。
ジ「あ、これなら座れる…」
唐突に、手を握ってる奴のテンションがいきなりハイになりやがった。
翠「おぉ!ちょうどそこの2人席が空いてるです♪さっさと乗るですよ♪」
ジ「あれ?何か急に…」
思わず突っ込もうとしてしまう。
さっきまで怒ってたんじゃなかったのかよw
気のせいだったのか…?
翠「つべこべ言わずに、ほらほらぁ…」
ま、こんな翠星石となら、行かないと損だろうなぁ…
1人で行くのはまた今度でいいか。
ジ「てかお前いつまで僕の手を握ってんだよ」
翠「お前がホームと電車の隙間から落ちないようにするためです♪」
ジ「誰が落ちるか!w」
こいつとの会話は正直言うと楽しい。
翠「お前のことだから何が起こるか判らんですからね~
…ずっと前から変わらんです」
ジ「お前こそ、昔っから寂しがりやのくせに…
だからこうやって繋いでんだろ?…幼稚園じゃあるまいし」
──と、翠星石は僕と手を繋いだまま、背中を向けて急におとなしくなった。
そして静かに僕に言った。
翠「──他にも理由があるですよ?」
その一言で、翠星石の部屋での件を思い出した──
ジ「あっ…あの時は悪かった」
──ごめん。
翠「…そんな事どーでもいいです」
しかし、ずっと僕の顔を見つめてくる翠星石。
ジ「…」
翠「…」
──やっとその意味に気づいた。
ジ「……分かったよ。逃げないから──」