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「……眠いのだわ」
昼食後の授業は魔の時間である。
ほどよい満腹感と、 ポカポカと暖かい陽気。春先の柔らかい陽射しがグラウンドの桜の木を照らしているのを見ていると、 なんだか何もかもがバカらしくなりそうだ。そしてトドメは、 お経のような数学教師の問題解説。
これだけの条件下で睡魔が襲って来ないほうがおかしい。現に、 同じクラスの翠星石は顔を伏せて静かな寝息を立てているし、 あの真面目な蒼星石でさえ、 眠たそうに目を擦っているのだ。
そして水銀燈に関しては言わずもがな。なんとも気持ち良さそうな顔をして、 スヤスヤと眠っている。一発くらい殴ってやりたい気分だが、 そんなことをすれば薔薇水晶あたりが黙っていないだろう。
と言うか、 こんな事を考えるのも面倒くさくなってきた。眠い、 眠すぎる。
そうだ、 この授業のノートはジュンに写させてもらえばいい。そうすれば安眠を貪れる。
そう思い、 隣の席であるジュンのほうを見てみると―― 

――寝ている。どうみても寝ている。
ご丁寧にメガネまで外し、 腕を枕替わりにして、 こちらを向いて寝ている。
「ああ、 メガネ外すと女の子みたいな顔なのね」とか、 「睫毛長いのね」とか思ったのも束の間、 フツフツとなにか黒いものが沸いてくるのを感じた。
――これは一発くらい殴ってやらねばいけない、 主人として。決して自分がゆっくり寝たいからだとか、 なんかムカつくからだとかではない。そう、 これは教育だ。
グッと拳に力を込め、 狙いをジュンの後頭部に定める。そして、 勢いをつけながら振り降ろした時だった。 

「……し……ん…く…」
後頭部まであと5cmのところで、 ピタリと拳が止まる。
とても小さな声だったが、 今確かに私の名前を呼んだのが聞こえた。
パッとジュンの顔を見てみたが、 目は閉じているし、 呼吸にも乱れはない。
しかし、 あの声はまぎれもなくジュンのものであった。だとすれば……寝言?
「しん…く……すき……で…」
――ドクン!
一瞬、 心臓が飛び跳ねた。瞬時に顔が赤くなるのが分かる。
ま、 まさか、 ジュンが私の事を?ま、 まだ私には覚悟が……い、 いや、 そもそもジュンはただの下僕で……で、 でもどうしてもと言うなら考えてあげなくも……。
胸の鼓動は最高潮に高まり、 身体の熱は上がり続ける一方。思考回路はショート寸前だし、 このまま教室から逃げ出してしまいたい。
ああ、 私はどうすれば……

「真紅……すき焼きでも…紅茶……かよ……」 

「……」
……急激に空気が冷めていくのを感じる。それと同時に、 変に盛り上がってしまった自分を恥ずかしく思う。殴る気すら失せ、 溜め息を一つ吐く事しかできなかった。
もちろん眠気など忘却の彼方へ飛んで行ってしまったため、 本当にどうしようもない。
授業を聞いているのも嫌なので、 なんとなく隣の寝顔を見る事にする。
後でとびっきり美味しい紅茶を煎れさせなければ――。
そう思いながら、 私はただただ彼の優しそうな寝顔をずっと眺めていたのだった。

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