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運悪く私は交通事故というものに遭遇してしまったらしかった。

車の大きなブレーキ音と目の前が真っ白になる感覚を経て…
気付けば私は空にいたのだ。

眼下には少しへこんだ車と野次馬の人だかり、
そしてその中心にはピクリとも動かない私がいる。

実感はまだ湧いてこない。
倒れた私はまるで眠るようで、
抱き起こす彼がまるで物語の王子様で、
きっと彼のキスで簡単に目を覚ましてしまうのではないか、と
そんなことを考えてしまうような実感なき光景を見下ろしている。


ふいに私の顔を水のつぶてが打った。
雨だろうかと上を見上げてみたが、空は青いままだ。
「絶好のデート日和なのだわ」
朝一番にカーテンを開いて口から飛び出した言葉を思い出す。
あぁそういえば今日はデートなのだった。

待ち合わせ場所に向かって、
ジュンをその視界にとらえて、
駆け出したその瞬間
私は車に轢かれてしまったのだった。 

ゆっくりと地を目指す。
にぎやかとはまた違うざわめきが耳に入ってくる。

けれど地に降り立った時には、
そんな他人事めいたざわめきなど耳には届かなくなる。
届くのは愛しいあの人の声。
何度も何度も呼びかけてくれる。
私の名前を何度も、何度も。

――真紅!――
――真紅!――
――真紅!――

あぁ私はここにいるよと、返事ができないのがとても悔しい。
あんなに涙に濡れて、
あんなにぐちゃぐちゃに顔をゆがめて、
必死に私を呼び続けてくれているのに。

また私の顔に水滴の感触を感じる。
雨などではない、今度はちゃんとわかる。
ジュンの優しい涙が流れ落ちて、
抱えられた私の顔に当たるのが見えているから。

そうして私は初めて実感するのだ。
死を、旅立ちを…お別れを 

途端に溢れ出す涙。
思わずジュンに駆け寄って縋り付く。
ジュンは私の名前を叫び続ける。
私は同じようにジュンの名を唱え続けた。

「ジュン…ジュン…ジュン」

涙は溢れるばかり、

「私死にたくないのだわ…」

わがままな私の最後の願いだ…

「もっとジュンと生きていたい」

そんな私の願いを掻き消すようなけたたましいサイレンの音。
まず掻き消されたのはジュンの声。
そして私の声。
最後にサイレンの音さえ聞こえなくなって、
私は闇に落ちていった。 




光がまぶたを刺激する。
なんだか長い夢から覚めるかのように、
私はゆっくりと目を開いた。

そこは真っ白な病室。
どこかくすんだような色の無い世界。 

身体を動かそうとして激痛が走る。
それでもなんとか顔を横に向けて周囲を見渡してみる。

瞬間、世界が色を取り戻した。
私の手を握ったまま寝息をたてるジュンがそこにはあった。
泣き腫らしたようなまぶたが痛々しく、それ以上に愛しい。

私は生きている。
微かにジュンの手を握りかえしてみる。
全然力は入らなかったが、彼は気付き目を開いてくれた。

「真紅…おまえ」

こんなによく泣く男の子だっただろうか。
ジュンは身を乗り出して私の眼前でまたまた涙をこぼしている。

「しょうのないコ…なのだわ…」

そんな言葉を搾り出すと視界がぼやけた。
あぁ私もまた泣いてしまっている。

だけど、この涙はさっきまでとは違う……

水のつぶてが頬を打つ。
ジュンの涙が私にやわらかく降り続ける。

「あったかい…」

その涙にはたしかなぬくもりがあったのだから。
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