翠星石の『ホントは作った怖い話』
――例えば、こんな状況を思い浮かべてみるです。
仲の良い友達と出かけた、愉しいドライブ。
その帰り道で、ほんの一本、道を間違えて、山道に迷い込んでしまったです。
日が暮れて、うら寂しい山道は、どんどん狭くなっていくです。
でも、方向転換しようにも、一本道なので出来ないです。
直進しか出来ない一本道。
やがて、ぽっかりと口を開いたトンネルに差し掛かるです。
そのトンネルが……曰く付きのトンネルだったとしたら――
これは、そんな不思議な体験をした姉妹の物語ですぅ。
ちなみに、語り口調が稲〇〇二に似てるのは、気のせいです。
その日、翠星石は妹の運転する車で、ドライブを愉しんでいた。
免許を取ったばかりだが、危なっかしいところは全くない。
ちょっと観光地で遊んだ後、明るい内に、帰途に就いたのだった。
朝、早起きしてお昼のサンドウィッチを作った事もあってか、
アシストシートの翠星石は、ついウトウトと居眠りを始めてしまった。
そんな姉を気遣って、蒼星石もカーステレオの音量を下げる。
このまま、何事もなく、帰り着ける筈だった。
がくん!
不意に車が揺れて、翠星石は眠りの世界から呼び戻された。
車窓の外は、暗い。もう日が暮れてしまったらしい。
翠「蒼星石、ここは何処です?」
問い掛ける翠星石に、蒼星石は申し訳なさそうに呟いた。
蒼「ごめん、姉さん。道を一本、間違えちゃったらしい」
間違えた……で済まされても困る。
翠星石は、ヘッドライトに照らし出される周囲の景色を真っ直ぐに見詰めて、
妹をせっついた。
翠「気味が悪いです。早く、引き返すです」
蒼「そうしたいのは山々なんだけどね。ここ、一本道なんだよ」
確かに、右側は山の斜面。左は、谷間。
木々の枝に遮られて下は見えないが、かなり落差がありそうだった。
蒼「その内、方向転回できる場所があるだろうから、心配しないで」
翠「うぅ……解ったです」
普通、こういった山道には、故障車を停める待避所が設けられているものだ。
けれど、更に進んだが、待避所は無かった。
街灯の一つもない、真っ暗な山道。
やがて、ヘッドライトの光芒に、古びたトンネルが浮かび上がってきた。
トンネル内は、やはりライトが設置されていないのか、真っ暗だ。
翠「蒼星石ぃ、あそこを通るですか?」
蒼「仕方ないよ、さっさと通り抜けちゃおう」
二人を乗せた車は、トンネル内に滑り込んだ。
その途端、それまで全く以上の無かったエンジンが、ぷすん……と、停止してしまった。
翠「なっ、なななな……なに悪ふざけしてるですかっ!」
蒼「ボクのせいじゃないよ……変だなぁ」
翠「何してるですっ! 早く、出発するですっ!」
ガソリンは、まだ半分以上も入っている。ガス欠ではない。
蒼星石は、何度もキーを回してみたが、セルは始動しなかった。
ヘッドライトは点いているので、バッテリーが上がった訳でもない。
ふと、ギアを見ると『D』のままだった。
蒼「あ、ごめん。これじゃセルが回る筈ないや」
翠「もう! なにやってるです。脅かすなですっ!」
言って、蒼星石はギアを『P』にして、キーを回す。
セルは一発で始動した。
翠星石が、ホッと息を吐くのが聞こえて、蒼星石は思わず吹き出した。
本当に、怖がりなんだからなぁ。
さて、早く抜けてしまおう。
そう思った矢先、今度は屋根が、どぉんと鳴った。
これには、流石に蒼星石もビクリと肩を震わせた。
翠「なな、なんです、今の音は」
蒼「落石かなぁ? 古いトンネルだからね。そういう事も、あるかも」
外に出て確かめようとする蒼星石を、翠星石は必死の形相で引き留めた。
翠「行くなですっ! どうしても確かめたいなら、トンネルを出てからにするですっ」
蒼「解ったよ。早く抜けてしまおう」
蒼星石は静かにアクセルを踏み、ゆっくりと車を走らせ始めた。
ごとん! ごん! ごん!
途中で、また屋根が鳴った。今度は、誰かが叩いているように、何度も、何度も。
翠「うっひぇえぇ! な、なんです! なんなんですぅ!」
蒼「わ、解らないって。ボクに聞かないでよっ!」
蒼星石が、ぐいとアクセルを踏む。エンジンが、トンネルの中で唸りを上げた。
ぐんぐんとスピードが増し、トンネルの出口が見えてきた。
蒼「あっ! 出口だよ、姉さん!」
翠「早くっ! 早く出るですっ。早く早く早くっ!」
すっかりパニック状態の翠星石に急かされ、蒼星石は床に着くまでアクセルペダルを踏んだ。
びゅんっ!
車は、やっとトンネルを抜けた。
だが、今度は前方に、ライトに浮かび上がるコンクリートの壁が見えた。
右曲がりの急カーブ。壁の先は奈落の闇が広がっている。
このスピードでは、とても曲がりきれない。
翠「バカバカバカバカ! 停まるですぅっ!」
慌てる翠星石に対して、蒼星石は異様なほど穏やかに、こう告げた。
蒼「ごめん――ダメなんだ」
翠「なぜですっ!」
蒼「だって…………ボクの両脚を、誰かが掴んでて、動かせないんだから」
ウソっ!
運転席を見た翠星石は、妹の足元にまとわりつく白い腕を眼にして、絶叫した。
翠「ひいぃいぃいぃっ! イヤですうぅっ!」
翠星石は咄嗟に、サイドブレーキを握り締め、思いっ切り引き上げた。
ききききぃ――――っ!
山間部に、四つのタイヤが立てる悲鳴が木霊した。
懸命に、姿勢を立て直そうとハンドルを操作する蒼星石。
車体が横滑りして、助手席側がコンクリートの壁に急接近していく。
翠「い、イヤあぁぁぁぁ――――!!」
突然、肩を叩かれ、翠星石はビクン! と飛び上がった。
蒼「どうしたの、姉さん。そんなにビクビクしちゃって」
翠「えっと……いま、名前変換ホラー小説を読んでたですぅ」
蒼星石がパソコンのディスプレイを見ると、グロいイラストが貼り付けられた黒い画面に、
白いテキストが躍っていた。
翠「これ、凄く怖ぇですぅ」
蒼「しょうがないなぁ、姉さんは。こう言うの苦手なクセに、見たがるんだから」
翠「うぅ…………今夜は眠れねぇです」
蒼星石はポリポリと頭を掻き、苦笑した。
蒼「ホンっトに、しょうがないな。でも、自業自得だからね。一緒には寝てあげないよ」
翠「そ、そんなっ! 待つですぅ!」
そんな蒼星石の後を負って、翠星石は部屋を飛び出した。
~終わるです~