戦災復興支援駐在軍について
市民の皆様のご協力をお願いします。

暴動が終結し、はや3ヶ月、今この国には5ヶ国の軍隊が治安維持、復興支援のため駐在しています。
しかし、報道規制が敷かれている今、何が事実か、
どんな事件が起こっているのか、我々の元には一切情報が入ってきません。
ただ、あなた方の周りにはどのような噂が飛び交っていますか?
駐在軍人による窃盗、暴行、殺人。様々な事件についての噂があります。
今、混乱した一部の人々が、自警団を組織し、外国人を排除しようとする方向へと動いております。
ここで、皆様にもう一度考え直していただきたい。
何が事実か、その事件は果たして本当に起こったのか、もう一度考え直していただきたいのです。
彼らは、私たちのために、身を粉にして働いています。
このような事を書き、売国奴と、我々を罵る方もいらっしゃいましょう。
その覚悟もあります。
それでも、申しあげなくてはならないことが、あります。
何が正しいのか、何が間違いか、もう一度、よく考え直していただきたい。


(某市、市議会から、市民への通達書より)


DIABOROS 第七話 「Future」 




目を覚ますと、そこは知らない天井だった。体を起こし、周りを見渡す。
…保健室だろうか。だが、知っている学校のものではない。
そして、僕はそこから廊下へと出る。明るい。朝か?
一体どこだろうか。そう思い窓の外を見るが、案の定、見たことのない景色が広がっていた。
山が近いな。もしかすると、森に囲まれたような土地なのかも知れない。
…この窓ガラス、特殊なやつだな。見た目は普通でも、外に光が漏れないタイプだ。

それにしても、人がどこにもいないな。外へ出るのは誰かを見付けてからのほうがよさそうだ。

そうして、校舎を歩き回っていると、どこかから、聴き覚えのある音楽が流れてきた。
今は3階。となると、4階からか。
…誰だろう?ピアノを弾いているのは。
辺りが静かなせいか、ある程度遠く離れてみても、おそらく音は聴こえるだろう。
そして、階段を登りきり、4階へ着いた。そして、音楽室とのプレートが書かれたドアの前へ来た。
どうやら、ここから聴こえるようだ。
恐る恐る扉を開け、中へと入る。こちら側からは、ピアノが邪魔で、弾いている人間が見えない。 

奥へと移動し、その人物を目にする。
二人いた。両方とも女性なようだ。一人、弾いている方は、白を基調とした服装で右目に眼帯をした4、5つ年上の女性。
もう一人、目をつむり、聴き入っている方は淡い紫色を基調とし、反対の左目に眼帯をした女性、いや同い年ぐらいの少女だった。

二人は恐らく僕に気付いているだろうが、構わず、演奏を続けていた。
僕もそれに倣うことにした。
この曲は…、「Merry Christmas Mr.lawrence」だったよな、確か。
何回か聴いたことがある。
彼女の弾いているこの曲には、どことなく悲しみが込もっているように感じた。
思っているうちに、曲が終わりを迎えた。
聴いていた少女と、僕は拍手をした。
あまり音楽については分からないが、これは拍手に値すると思えてた。
「桜田ジュン様、でしたよね?」と弾いていた方が言った。
「え、えぇ。そうですけど…」正直、面食らった。
何故、初対面の人が僕を知っているのだろうか?
…。あぁ、そうか。彼女が僕を連れて来たのか。
「雪華綺晶と申しますわ。そして、この娘は、私の妹で薔薇水晶です」 


「…よろしく」と、小さな声で、薔薇水晶は言った。
ピアノを弾いていた方が雪華綺晶、聴いていた方が薔薇水晶と言うらしい。
…それにしても、姉妹とはいえ、双子のように似ているな。
「ここで話すのも何ですので、応接室へ行きましょうか。付いて来て下さいまし」と、音楽室を出ていった。
薔薇水晶は、彼女の影のように、後ろを一定の距離をもって付いて行った。

階段を下り、別の校舎一階の応接室へと着いた。
そこのソファーへと雪華綺晶は座り、薔薇水晶は従者のようにその斜め後ろに立った。
「どうぞ、お座り下さい、ジュン様。それにばらしーちゃんも座りましょうよ」
「いい…。私は立ってる…」
僕は対面するかたちに座ることにした。

「先に言っておきましょう。私がテロリストのリーダーです」

驚きなんてなかった。彼女の纏うオーラは、普通の人のそれとは違っていたのだ。
芸能人とかが纏うものとも、また別種だった。
僕の表情が変わらないのを見て、
「あら、驚かれないんですね?」
「薄々感づいてましたからね」 


どうしてだろう。彼女から何の驚異も感じない。テロリスト、殺人者のはずなのに。
彼女の纏う空気は、透明、いや、純粋なのか?
違う。
これは、そう、

…虚無。

「では、言い方を変えます。私が憎くはないのですか?親の仇。国を壊した敵として」
「…本当は、憎しみを感じるんだろうけれど…、僕は何も思わない。
というよりも、ついさっき思い出したばかりだからかな、頭がぼうっとするんだ。フラッシュバックしてもよさそうだけど」
本当に何も感じない。
「…。彼女の報告通りの人物ですね。貴方は。彼女は何をしたいのでしょうか…」
…?何の話だ?
丁度その時、薔薇水晶の携帯が鳴った。
「もしもし…。はい。…分かった。彼…?起きたよ…。…うん。応接室…」
「3人とも着いたようですね。タイミングがいいですわ」

「…。ここは一体?」
先に言うべき質問を今さらになってぶつける。
「ここは、愛知県の廃校ですわ。ここからなら“壁”もそう遠くはないですね。
一応、西側の拠点の一つですよ」
「何で僕はここに?」
「ふふ。それは全員揃ってからにしましょう」
「全員?」 
「今に分かりますわ」

誰かの足音。それも、何重かに重なっている。

扉が開き、彼女に会釈をして入ってきたのはどれも知った顔だった。

「運転、お疲れ様ですわ、白崎」
「いえいえ。この辺は自動にできますからね。あまり苦労はないですよ」
「それでもお疲れ様です。結菱さんの方はどうです?人心の掌握は十分ですか?」
「あぁ、問題はない。最終段階まで進められる状態だ」
「そうですか。あと、確認ですが、東の方は?」
「そっちも構わない。二葉がうまくやっている」
「分かりました。では、そろそろ実行しましょうか。となると、オディール。あなたの役割もそろそろですよ」
「いいですよ。ほとんど書き上がっています。あとは、全てが始まるだけです」
「それならいいです。あとはゆっくり見ていて下さい」

そう、この3人だった。つい最近会ったばかりの。
僕には、この3人の顔が、会った時よりも、生き生きとしているように見えた。

改めて、会話をする。
「オディールさん、白崎さん、結菱さん。どういうことですか、これは」
困惑し、少し早口になっているのが自分でも分かった。裏切られた気もした。 

だが、詰まりそうになる言葉でも聞かなくてはならないこては多々あった。
「お前等は何なんだ!」丁寧に話していた口調が崩れてしまった。
「というと?」白崎さんが答える。
「なんでテロリストと一緒にいるんですか!」
「仲間だからだよ」と簡単に返ってきた。
「じ、じゃあ、あなた達は何が目的なんですか!」
「我々の目的は、新世界の樹立だ」今度は結菱さんが答えた。
「そうじゃなくて!僕をここに連れてきた理由を!」
「まぁ、落ち着きなさい。それに、そのことをはなしてしまうのは、些かつまらないだろう?」
「つまるつまらないの問題じゃない!」
して僕は全ての元凶へと目を向けた。
だが彼女は
「ごめんなさい。そのことだけは私も知らないのですわ。この4人が考えたことですもの。
それと、さっきまでの冷静な貴方はどこへ行ってしまわれたのです?
信じていた人に裏切られてショックというのは分かりますが、落ち着いた方が、何事も良い結果に繋がりますよ」

意外だった。彼女に知らないことなどあったなんて。
何もかも、知っていそうな印象を受けていたから。
それに、図星だったのだ。 

だが、そのおかげで、無理矢理自分を落ち着かせることができた。
ゆっくりと、気になることを聞き出して行く。

「まず、オディールさん。あなたが前に言っていた友人とは彼女のことですか?」
「そうですよ。やっぱりあなたたちを会わせて正解な気がします」
「?どういうことです?」
「いえ、今のは気にしないで下さい。こっちの話です」
「いや、教えて下さい。ここに連れてきた理由と関係あるんでしょう?」
「…。あなた、案外鋭いですね。だけど今はまだ教えられません。
時期が来たら教えます」
「それって、いつのことですか?」
「さぁ?少なくとも、全てが終わってからですね」

その後は、どう言おうが、のれんに腕押し、ぬかに釘。
何も教えてくれなかった。

そして、様々な質問をぶつけているとき、突然、雪華綺晶が手をパンと叩き、
「時間も時間ですので、そろそろ朝ごはんを食べましょう」と言った。
とても、楽しそうな顔で。テロリストのリーダーとはとても思えない、純粋で、無邪気な表情だった。

その言葉に、僕以外の全員が同調し、僕は不満の声をあげるものの、結局流されることとなってしまった。 


それから30分後、オディールと白崎さんが作った料理を食べることとなった。
なんでこんなに時間がかかったかって?それは量のせいだ。

目の前には、朝食とは思えないほどの量がずらっと並んでいる。
それを、上品かつ、とてつもないスピードで平らげている女性が一人。
雪華綺晶だ。なんてまぁ、幸せそうな顔だろう。

ちなみに今は、二人が料理を作っていた家庭科室室の隣の教室で、机を合わせて食事をしている。
小学校や中学校の給食で経験はないだろうか?
班を作って、といえやつである。僕は昔からそれが大嫌いだった。
一緒になる友人がいないとかではなく、人と合わせて、ということがだ。
しかし、この時は、嫌悪感と安心感という相反する2つの感覚を8:2ぐらいの割合で味わっていた。
もしかしたら、あの頃の未来には、こんな自分は立っていなかったのかもしれない、
という思いを持ち、元凶を憎もうと思ったが、あの無邪気な表情を見ると、そんな感情など、消え去ってしまった。
そして、同時に考える。どうして、こんな純粋な彼女が壁を作らせるようなしたのだろうか、と。

そして、豪華な朝の“給食”が終わり、改めて質問をぶつける。
さっき、ふと思い浮かんだ疑問“なぜテロ行為などしようと思ったのか?”
それをぶつけてみようとしたが、思い止まった。
正直に言おう。怖かったのだ。
もしかすると、彼女はテロリストなどではなく、ただの一般人ではないか?
なんていう淡い幻想を打ち砕かれたくなかったのかもしれない。
いや、恐らくそれもあるだろう。
しかし、それ以上に、底知れぬ深い闇に引き込まれるような予感がしたねだ。
それに触れただけで、もう二度と、戻って来れなくなるような気が。
慌てて、別の質問を探し出す。
「え、えっと…。そうだ。大体どれくらいの戦力を持ってるんだ?ここは」
「さぁ?私自身も把握しきれておりませんわ」
「自分のことなのに?」
「えぇ、自分のことなのに。というよりも、元々あった宗教に私は入り込み、方向性を少しずつ変えていったものですから」
「…宗教っていっても、普通、こんなことは出来ないよな?」
「たった一つの宗教なら、ですわね。
世界中の大小様々な宗教に新教祖として、私はいますもの。
ここまでバラバラですと、誰がテロリストなのかなんて、分からないものですわ。
ほとんどが一般人ですけど、中には軍の高官もいますからね。
ポイントさえ押さえてしまえば、案外うまくいくものですわ。」
と、彼女はさも簡単なことのように言った。いたずらっぽい笑顔とともに。

汚れを知らない少女のような無邪気さ、全てを知っている悪魔のような恐ろしさを兼ね備えた不思議な女性だった。

僕は、彼女が怖かった。
そして同時に、オディールの言うとおりね、不思議な共通性を感じているのだった。



DIABOROS 第七話 「Future」了

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最終更新:2008年02月03日 23:29