薔薇水晶は夢を見る。
孤独になった自分の過去を…
孤独から救ってくれた仲間との出会いを…
仲間に囲まれながら、夢を見る……
6.左目で見る夢
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薄汚い町の、薄汚い酒場の、薄汚いテーブル。
私がそこに座ってると、薄汚い男が隣に座った。
男が無言で紙切れを一枚、私に渡す。
私はそれを受け取ると…
なにも注文せず、酒場を後にした。
通りに出て、人目につかない場所に移動する。
薄汚い紙を、スッと開く。
3人が運んでる物品の強奪。
成功報酬で$1000。
「……」
ケチな仕事。その上、どう見ても暗殺の仕事ではない。
この程度しか今は頼める事が無い、という事か…。
ため息をつくも…他人の命より、今日の糧。
当面の糊口をしのぐ為…引き受ける事にした。
いつからこんな風に…感情が死んでしまったのだろう…
いつから…私の見える世界から色が失われたのだろう…
そんな事をぼんやり考える。
やはり…何の感慨も湧いてこない。
つまり、どうでも良い事。そういう事。
…
周囲の地図を広げ、考える。
普通に考えたら、荒野を迂回してくるだろう。
それを狙って網を張るにも、範囲が広すぎる。
なら、どうするべきか…。
自分なら、どのルートを通るか…。
暫く考え、町の裏にある地域に視線を落とす。
地形が悪すぎて、馬での走行は危険な場所。
遮蔽物が少ない上、馬も無いと来ては、賊に出会ったら逃げる事すらままならない。
普通に考えて、物品の輸送路として、こんな所は通るわけがない。
…
だから、ここには誰も網を張らない。
だから、ここには狙撃手も居ない。
…確かに狙撃には不利な地形だけど…
…けど…だからこそ、並の賊程度なら蹴散らす自信が有る者なら…
『狙撃だけ』を警戒する相手ならここを通る可能性がある。
一か八か…私は自分の予想を信じて、町の裏手に回っていった。
…
炎天下、太陽が容赦なく照りつける中、何時間も待ち続ける。
辛うじて身体を隠せるかどうかという岩陰に身を潜め、周囲を警戒し続ける。
汗が出ようと、虫が寄ってこようと、銃を構えたまま、身じろぎもしない。
自分で予想した目標の進路。
それをひたすらに信じて、何時間も待ち続ける。
すると…
人影が見えた。
(…来た!…三人組…!)
太陽を背に歩いてきてるせいで、発見が遅れてしまったが…
それでも、狙撃には十分な距離だ。
スコープ越しに相手を探る。
依頼にあった人物像と一致している。
どうやら…読みは当たったようだ。
殺さないように荷を奪うのは、殺して奪うのよりずっと難しい。
全員殺すにしても、確実に…より成功の確率を上げる為に、殺す順番を決める。
(…長髪の女は…身のこなしから察するに…そんなに強くない…。
すると…先ず仕留めるべきは…)
そう思い、スコープを短髪に向ける。
瞬間、スコープ越しに、短髪の女と目が合う。
(見つかった!?)
そして短髪は引き金に指をかけるより早く、スコープから消える。
(!!…まずい…)
急いでスコープから目を離し、全体を確認する。
隻眼のせいで、こういう場合はいちいちスコープから目を離す必要があるのがもどかしい。
短髪がこっちに向かって走り…
茶色と銀髪が岩陰を目指して走っている。
(目標の物は…二人のどっちか…)
物品に逃げられたら、そもそもの作戦は失敗だ。
迫ってくる短髪より、目標の品を確保する為に、狙いを定める。
視界に銀髪の女が映し出される。
そして引き金を…
引けなかった。
私の目は、完全に銀髪の女を捉えたまま…
しかし、体は髪の毛一本分も動かす事ができなかった。
(とても…綺麗…)
これまでに無い、圧倒的な感動が思考を支配した。
弱い電流が体に流れたような感覚が全身に駆け巡った。
鮮やかな銀色の髪が…醒めるような赤い瞳が…モノクロだった筈の私の視界に飛び込んでくる…。
いつの間にか聞こえる自分の鼓動に、数年ぶりに自分が生きている事を自覚する。
地面を蹴る足。
しなやかに伸びる手。
風に揺れる、銀色の髪。
その一つ一つが、頭の中に甘美に揺れる。
永遠とも思える時間…そうして見とれていた。
永遠に、そうして見とれていたいと思った。
(もっと…よく見たい…)
そう思い、目をスコープから外した瞬間 ――
地面を蹴る音が近くでした。
(…しまった…!)
その音で夢から醒め、急いで身を起こそうとしたが…
私の首を挟むように、口を開けた鋏が地面に突き刺さった。
…
短髪が何か合図をしたのか、残りの二人も私の所にやってきた。
銃は取り上げられ、首筋には鋏が突きつけられている。
地面にチョコンと正座させられる。
もう、絶体絶命。
そして…
銀髪の女性が私の前に屈みこむ。
「あなた…一人なのぉ?」
形のいい唇で、そう聞いてくる。
「……うん…」
正直に答える。
「ふぅん…」
銀髪をかき分けながら、興味なさげに呟く。
サラサラと、髪の一本一本が風に揺れるのが見える。
とってもピンチなのに、何故か、とっても楽しい気分になってる自分に気が付く。
そして…私は、一世一代の大勝負に出る事を決意する。
こんな時には、何って言うんだっけ?
一生懸命、頭をフル回転。
思いついた言葉を、反芻する。
よし、これだ。ここ一番はやっぱり、この言葉しか無い。
「……へい彼女…お茶でもしない…?」
精一杯の素敵スマイルを銀髪の女性に向けて、そう言う。
キまった…!完璧に…!もう、100点満点だと自分を褒めたくなる。
とってもドキドキする。
この人は、何って答えてくれるだろう?
胸を高鳴らせながら、返事を待つ…
~~~~~~
「薔薇水晶…交代の時間よぉ。起きなさぁい」
水銀燈の声で、薔薇水晶は目を覚ました。
「うなされたり、笑ったり…夢でもみてたのぉ?」
水銀燈の何気ない問いかけに、薔薇水晶は目を擦りながら嬉しそうに答える。
「すごい…銀ちゃん…私のことよく分かってる…」
水銀燈の腕に薔薇水晶がしがみ付き、楽しそうにニヤニヤする。
が…
「ちょっとぉ…疲れてるんだから、休ませなさいよぉ…」
水銀燈は、そんな薔薇水晶を軽く一蹴した。
「ぅぐ…ごめん…」
薔薇水晶が、オズオズと手を引っ込める。
そんなしょんぼりした薔薇水晶を察してか、水銀燈が優しく声をかける。
「心配しないでぇ。あなたの事、嫌いななったわけじゃあないからぁ」
薔薇水晶の顔が、パッと明るくなる。
「やった…銀ちゃんからの…愛の告白…!」
その反応に水銀燈は…少し引き攣った笑いしながら煙草を咥えただけだった。
―※―※―※―※―
…その日の夕方頃まで時間は遡る…
小さな町の、小さな酒場に、3人の女が入ってきた。
コートを着た金髪の女。油断無く隻眼を光らす女。…あと…子供?
先客達は、少し珍しそうにその姿を眺めたが…
すぐに興味を失い、自分の世界へと帰っていった。
カウンターに3人が並ぶ。
「紅茶を淹れて頂戴」
「この店で一番大きいステーキを」
「すぱげちー!」
店の主人はギロリと3人を睨んだが…
金髪がコートの中から銃をチラッと覗かせると、そそくさと視線をそらした。
…
出された物を口にしながら、金髪が言う。
「雪華綺晶…あなた毎度の事ながら…その細い体で、よく食べるわね」
隻眼の女―雪華綺晶は、微笑んで答える。
「ええ…。力持ちなのはいいんですが、すぐにお腹がすいてしまって…
燃費が悪くて、自分でも困ってしまいますわ…」
「アンマァ!カハァ!ケハァ!」
「そんなに食べると、ご家族も大変だったでしょうに…」
「ほんと…妹の食が細くって心配で…」
少しズレた返事をし、懐かしそうに右目の薔薇飾りを撫でる。
雪華綺晶の目に一瞬、寂しげな影がかかるのを見て、金髪の女は気遣わしげに尋ねた。
「妹を残してきた事…本当に良かったの…?」
「あの子を巻き込みたくなかったですし…。後悔はありませんわ…」
雪華綺晶は寂しそうに微笑みながら…それでも隻眼に力強い意思を光らせた。
― after story ―
「スー…スー」
金糸雀が静かに寝息を立てる。
「…むにゃ…むにゃ……はぅあ!?」
突然、翠星石がブルリと身体を震わせた。
「どうしたのかしら?風邪でもひいたかしら?」
その様子に気付き、金糸雀も目をゴシゴシしながらムクリと起き上がった。
「ち…違うです…もっと恐ろしい…何か…『こいつら二人、完全に空気だな』みたいな予感がしたですぅ…」
「そ…それは切ないかしら~!?」
「こうなったらチビカナ!何か作戦の一つでも立てるです!」
「いくらカナが策士とは言え、急には浮かばないかしら…」
「だったらせめて、怪我でもして私に治療させやがれです!」
「流石に、危険なのは嫌かしら…」
「大丈夫ですぅ!チビカナは『死亡フラグ』を立ててないから、死ぬ事は無いです!だから…!」
「それでも、痛いのは嫌かしら!」
そう言い、金糸雀は自分の寝袋を持ち上げた。
「ここ居たら、寝てる間に何されるか分かったもんじゃないかしら!
カナは離れた所で一人で寝るかしら!! …ハッ!?」
「かしらぁぁぁーーー!!」
夜空に金糸雀の叫びが響き渡った。