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馬から崩れ落ちた男は…既に助かりそうも無い程の怪我を負っていた。
風が吹けば消えてしまいそうな、弱々しい命の灯火。
それでも、翠星石がなけなしの薬を使い治療し…
男は辛うじて意識を取り戻した。


    4.小高い丘の木の下で


男は個人で行商をしてると言った。
男は山本と名乗った。

少ない護衛を雇い、行商の旅の途中…盗賊に襲われ、怪我を負いながらも、何とか一人、逃げてきた。
本当なら、故郷に錦を飾るつもりであったが、この傷ではそれも叶わないだろう。
せめて、最期に故郷の村を見たい。

山本はそう語った。

話を聞けば、その村はちょうど現在位置と町の中間ほどに位置しており…
水銀燈達は条件を聞く事にした。

「そうだな…お金はほとんど落としてしまったから…
大したものは無いけど、僕のリュックから一つずつ、好きな物を持っていくといい。
それと村に着いたら、取って置きの儲け話を教える…っていう事で…どうかな…?」

山本はそう言い、一枚の紙切れをヒラヒラさせた。 

荒野で道に迷った水銀燈達にとって、悪くない…いや、助かる為の好条件である。

瀕死の行商人からその荷を奪う。弱肉強食の荒野では、決して珍しい事ではない。
ましてや、誰も見てない荒野の真ん中。咎める人間など、いる訳がない。
それでも、そうしないのは…
彼女達の小さな、そして、彼女達たらしめるプライドでもあった。

水銀燈は二つ返事で承諾し、馬車の準備を進める。

山本は、そう長く持たないだろう。
依頼を成功させる為にも、出発は早ければ早い方が良い。
幸い、彼の商品のお陰で一応の補給もできた。

山本を馬車の荷台に移し…西日が影を長く引き摺る中、馬車がゆっくり進みだした。

水銀燈と薔薇水晶が馬で周囲を警戒し、蒼星石が馬車の手綱を握る。
翠星石は馬車の中で山本に応急処置を続け、金糸雀がそれを手伝う。

馬車がガタゴトと揺れ、太陽は地平線に沈んでいった…。

―※―※―※―※―

陽も完全に沈み、月明かりが荒れ果てた大地を照らす。
遠くで野犬の遠吠えが聞こえ、星が落ちてきそうな程よく見える。

翠星石が、焚き火を囲みキャンプをしている水銀燈達に近づいてきた。

「…傷は塞いだですが…いかんせん、血を流しすぎですぅ…。
輸血が出来る大きな町はこの近くに無いですぅ…。…もう……」
己の無力さを噛み締めるように翠星石がそう言う。

静寂の中、パチパチと焚き火の燃える音だけが聞こえる。
誰も…水銀燈も蒼星石も、薔薇水晶も金糸雀も、言うべき言葉を見失っていた。

「なぜだろう…夜になると…無性に語りたくなるね…」

静寂は、馬車の中から発せられた小さな声で破られた。
今にも消え入りそうな声だったが…遮るものの無い世界で、だからこそ、はっきりと聞き取れた。

体に障ると分かっていても、誰も、翠星石ですら、山本の言葉を止めない。

残り少ない、彼自身の命。
彼自身、それに気付いており…その上で語りだす言葉。

誰にも、それを止める資格が無い事を、彼女達は理解していた。

「僕が生まれたのは…小さな村だった…。何のとりえも無い、小さな村…。
だけど、近くの丘の上にある桜の木がとても素敵でね…。
僕はその木の下で、何度も同じ女性にプロポーズしたんだ…。
何回も断られて、それでも何回も自分の気持ちを打ち明けて…。はは…バカみたいだろ…?」

パチパチと火が弾ける音だけが、それに答える。

「彼女の弟は、それは腕の良い『技術屋(マエストロ)』で…。だけど、社交性に問題があってね…。
彼女は弟が作った物を売る手伝いしてたんだ…。
『今は彼の手助けをしたい。プロポーズは受けられない』いつもそう言われて断られたものさ…
だから僕は…彼女と、彼女の弟の力に少しでもなろうと思って…
立派な行商人になろう、って旅に出たんだ…」

「…その女性、今は…?」
小声で蒼星石が聞き返す。

「…分からない。
行商先でも、故郷の噂は避けてたから…。
だって…そんなの聞いたら…全て放り出して…帰りたく…なっちゃう…だ…ろ…?」

最期にそう言い…山本は静かに寝息をたてた。

いつの間にか小さくなった焚き火に、木の枝を放り込む。

「明日は太陽が昇る前に出発しよう。
僕は昼に休んでおいたから、皆は仮眠でもとりなよ」
蒼星石が見張り役を買って出る。
水銀燈達は、その場で体を伸ばし横になった。

「故郷に残してきた人、か…」
仲間の寝息を聞きながら、蒼星石は今にも落ちてきそうな星空を見た。
「おじいさん、元気かな…」

―※―※―※―※―

太陽が昇りきる前の、まだ涼しい時間帯。

少しでも距離を稼ぐべく、馬車が朝もやの中を失踪する。

手には山本から貰った古い地図と、方位磁石。

そして…
太陽がすっかり上がり、真上まで届き…再び西に傾き始めた頃…

小高い丘の上に立つ、一本の枯れた桜の巨木が見えてきた。

「ああ…それが…僕の言ってた木だよ……随分…懐かしいなぁ…」
山本がそう声を上げる。
もう、体を起こす力も無いようだったが…それでもその声は、喜びに満ちていた。

「急いだ方がいいね…」
山本の様子を見て、蒼星石は馬車の速度を速める。

そして…一行は丘の上に辿り着き…村を見下ろした。

「そんな…!」
翠星石が口に手を当て、呟く。

丘から見下ろした村は…まるで最近戦争でも起こったかのように、焼け落ちていた…。


水銀燈の目つきが途端に鋭くなり、指だけで全員に指示を出す。

村の惨状を山本に知らせない意図もあるが…
こういったゴーストタウンは、極めてたちの悪い、町に入る事すら叶わないような
無法者の根城になっていることが多い。
わざわざ大声を上げて目立つようなマネは避けるべき事だ。

翠星石と金糸雀が馬車に残り、水銀燈と蒼星石が静かに丘を駆け下りる。
薔薇水晶が巨木の陰でライフルを構える。

―※―※―※―※―

水銀燈と蒼星石は物陰に身を潜めながら、村に潜入し…

―様子を探って、10分後にここで合流―
無言でそう指示を出し、別々の方向に散った。



焼け落ちた家屋がほとんどだが…比較的、破壊されてない家の窓を覗く。
(…根城にするならここだけど…誰もいないわねぇ…)
家の中には、日常を唐突に破壊された跡だけが、静かに残っていた…。

どの家にも…誰もいなかった。

ある家では、テーブルの上に皿やコップが準備されたまま…
ある家では、鏡台の上に化粧品が並べられたまま…
またある家では、破壊された壁から吹き込む風が、無人の揺り篭をそっと揺らした…
銃弾と炎にさらされなければ、平和であったであろう日常が…日常の名残がそこにあった。

しかし…それだけの状態にも関わらず…死体は一つも見つからなかった。
村の惨状からして、存在すべきものが、そこには全く無かった…。

だが…村外れまで来た時、その理由がはっきりした。

村外れに並ぶ、幾つもの、同じ時期に作られたであろう墓標…。

誰かが…少なくとも、この村には誰もいない。でも、誰かが村人達を埋葬した。
そして、その誰かは…村に残った遺品には指一本ふれなかった事は、村の様子から予想がつく…。

「一体、誰がしたんだろうね…」
いつの間にか蒼星石が横に立っていた。

―― 誰が村を襲ったのか…一切の略奪もせずに…?
―― 誰が彼らを埋葬したのか…何の見返りも求めずに…?

「そっちはどぉ?何か見つけたぁ?」
「…ううん…多分…そっちと同じ…」

墓標の上を吹く数多の風が、音も無く村の上空に舞い上がった…。

―※―※―※―※―

盗賊に小さな村が焼き落とされる。
納得出来ない点も多いが…それでも、こんな時代では珍しい事では無い。

ただ…

(…何て伝えればいいのかしらねぇ…)

馬車に戻りながら、水銀燈は悩んでいた。

今の…死を目前にした山本にとって、故郷は唯一の生きる希望。
それが永遠に失われた事をいかに伝えるか…

結局、結論の出ないまま、馬車に辿り着いた。

荷台の幌の中で休んでる山本を無言で見つめる。
彼にかける第一声が思いつかない。

しかし…そんな考えを他所に、山本がゆっくり口を開いた。

「…どうだい…良い村だろ…?何も無いけど…のどかで…牧歌的で…はは…つまりは田舎さ…」

山本は目を瞑ったまま、呟くような声で言う。
水銀燈は何も返さない。返す言葉が見当たらない。

「…はは…ごめん…。…実は、結構前から…目がかすんで…何も…見えないんだ……」

見えない方が良い…。
その言葉を水銀燈は胸に留める。

「…なんだか…故郷に帰ったと思うと…緊張…するな…。
悪いけど……煙草……一本…貰え…ない…かな…… 」

水銀燈は煙草を取り出し咥え、火をつけて山本に渡す…。

だが…彼が手を伸ばしてそれを受け取る事は…永遠に無かった…。



―※―※―※―※―


荒野の端に一本の桜の木が立つ小高い丘がある。

そこには土を盛られただけの簡素な墓と…ボロボロになったリュックが一つ。


まるで近くの村を見守るように立つ桜の木が、風に吹かれてそっと揺れた…。
 
 
 
 
 
 

― after story ―


馬車の荷台で休みながら、水銀燈は一枚の紙切れを眺めていた。

そこれは手書きと思わしき地図と…

――ここに戦争前に作られた施設の跡地がある。
 この場所は僕と、僕が情報を売った三人組。それと君たちしか知らない。
 きっと何かお宝があるはず。君たちの成功を祈ってるよ  山本 ――

震える手で精一杯書いたであろうメッセージが書いてあった。

「見ず知らずの私達に義理立てしちゃって…ほんと、おばかさぁん…」

そう呟き、ポケットに紙切れを入れる。
そして煙草を取り出し、火をつけた。

沈む太陽と、高く昇る煙を―― 暫く眺めていた…。

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