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朝。
───ジュン、今、何してるんだろう。
昼。
───ジュン、ご飯食べたかな。インスタントばかり食べてたら体、壊しちゃうよ。
夕方。
───ジュン、来てくれないかなぁ。

ここ最近、帰宅後や休日はずっとこの調子である。
初めのうちは認めたくない、と必死に否定していたのだが、
もう今更否定する理由も気力もなかった。酒の力に頼って、気を紛らすことも多々あった。
「ジュン・・・・」 

抱き枕を抱える腕の力が強くなる。涙が流れる。辛い。
ふと、カレンダーにが目に入った。
明後日が初デート記念日なのに気付いた。
カレンダーのメモ欄に書き込みをする。 

「思い出すですね。ジュン、ガチガチに固まってたです。
 それで、クラスメートに見付かって散々冷やかされて、怒る私をジュンがなだめて・・・・」 

顔がほころぶ。心が暖かくなる。同時に、やるせない気持ちも込み上げてくる。 

ピンポーン。 

「・・誰ですか?」
「僕だよ、翠星石。」
「・・蒼星石?」

「うわ・・これはひどい・・」 

部屋は、あちらこちらにゴミや学校の道具などが散乱していた。
几帳面な普段の翠星石からは考えられない。 

「相当、滅入ってるようだね。」
「・・・・」
「翠星石、僕は今から一時間ほど散歩してくる。その後、二人でどこか出掛けようか。」
「でも・・・・」
「いいから。一時間でここを綺麗に片付けて、身だしなみを整えて待っといてね。絶対だよ!」
「・・分かったです。」


一時間後、彼女が帰ってきた。 

「・・よし、合格!」
「当たりめぇですよ。」
「・・そのワンピース、似合ってる。可愛いよ。」
「あ、ありがとです。って、あんまり恥ずかしいこと言うんじゃねぇです。」
「ふふ。いいじゃないか、本当の事なんだから。じゃ、行こうか。」

「・・・・どこ行くんですか?」 

もうかれこれ二十分くらい歩き続けている。
海が見えてきた。
夕日が水平線に沈みかけている。 

「・・久しぶりに二人で飲もうかと思ってさ。あ、見えてきた。」
「あぁ、あそこですか。」 

見えてきたのは、一軒の小さなカクテルバー。 

前に二人で飲んだときに、翠星石が無理矢理連れ込んだのがここだった。
無論、翠星石は適当に目に入った店に入っただけである。 

「いらっしゃいませ。・・・・おや、これは可愛らしい二輪の花がやって来たものですね。」
カウンターに腰掛ける二人。
「ありがとう、マスター。・・一ヶ月ぶりくらいかな。」「え?そうなんですか?」
「はい。たまにいらっしゃってますよ。貴重な常連の一人ですよ。」
「呼んでくれれば良かったですのに。」
「一人で飲みたい時もあるんだよ、翠星石。」
「なにキザなこと言ってやがるですか。」
「べ、別にキザなつもりは・・ちょっと、マスターも笑わないで下さいよ。」
「ははは、すみません。では、ご注文は何にしますか?」
「じゃあ、いつもので。翠星石にも同じものを。」
「かしこまりました。」

シェイカーを振る音が聞こえる。
薄暗い部屋に柔らかい青のライトが映える。
三人だけの空間。
とても心地よかった。 

グラスにカクテルが注がれる。
濃厚な黄色に、上層に薄く白い層が広がる。 

「綺麗です・・・・」 

グラスを手に取り、そっと、グラスに口をつける。アルコールの芳香が鼻を刺激し、 

「この匂い─────」 

まず柑橘の爽やかな香り。その次に、フローラルの甘い香りがやって来て、
最後に淡いバニラの香りが鼻を満たす。 

「スノーボールをベースに、フローラル系のものを加え、
 アドヴォカートだけじゃバニラの香りが足りないと思い、
 仕上げにバニラビーンズを少々加えてみました。名前は─────」
「スイドリーム・・・・」 

涙が、頬を流れる。 

「よくご存じで。かの有名な香水の名を冠すなんて、
 畏れ多いとは思ったのですが、他に相応しい名が無かったものですから。」
「・・初めての・・プレゼント・・・」
二年前の彼女の誕生日、ジュンに初めて貰った誕生日プレゼントが、その香水だった。今でもケースごと大切に仕舞ってある。
彼女はミドルノートのフリージアの甘い香りがお気に入りで、
寝る二十分前に付けて就寝時に香りを楽しむのが日課だった。

嗚咽が止まらない。顔を手で押さえ、彼女は泣いた。 

「うっ・・・うっ・・・・ジュン・・・」 

蒼星石がそっと翠星石の肩を抱き、反対の手で背中を擦る。
マスターにそっとウインクして、マスターも返すようにウインクした。 

「・・行っておいで、翠星石。」
「・・・・えっ?」
「逢いたいんでしょ?だったら逢えば良いじゃないか。
 想いを、彼に思いっきりぶちまければいい。逢わないままなんて、淋しいよ。」
「蒼星石・・・・」
「大丈夫。お金は払っておくから。」 

顔を上げる。マスターもその通りだと言わんばかりに微笑んでいる。 

「・・・・分かったです。ありがとう・・・・」 

そう言って、翠星石はバーを後にした。

「・・・・ありがとうございました、白崎さん。」
「いえいえ、お構い無く。兎風情に常連さんの頼みごとを断る資格がどこにありましょうか。 
 しかし、貴女様も本当に運が良い。
 ちょうど、バニラビーンズを使ってみようかと、
 気まぐれで入荷して、今日届いたばかりなんですよ。」
「そうですか。それは貴方の気まぐれに感謝しないといけませんね。」
「ははは。・・しかし、大丈夫なのですか?
 片方の運命の糸車は廻り始めたようですが、もう片方は?」
「運命の赤い糸、と言えば分かりますかね。」
「成程。──貴女も面白いことを仰る。」
「自分の事を兎に形容する貴方には敵いませんよ。」互いに声をあげて笑う。
「あの二人なら、大丈夫だよ。きっと。」



波が、浜辺の方へ少しずつ押し寄せ始めた。 

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