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真紅がリビングに入ると、姉妹たちはみんな朝ご飯を食べ終わった様子で、何人かはもう既に学校へ行ってしまったようでした。
今真紅以外にその部屋にいるのは、翠星石、蒼星石の二人だけで、蒼星石は部屋に散らばった本や新聞を片づけており、
翠星石はソファーに座って、あくびをしながらテレビの星座占いを見ていました。
真紅が部屋に入ったのに気づくと、蒼星石は心配そうに言いました。

「おはよう。どうしたのさ、君が寝坊だなんて、らしくないじゃないか」
「ごめんなさい、寝坊していたわけではなかったのよ」
「そういえば、何か騒がしかったね。何をしてたんだい?」
「……ちょっとね。それより、今から朝ご飯を食べている暇はないみたいだから、申し訳ないけれど、このまま学校へ行かせてもらうわ」
「仕方ないね。明日からはこんなことがないように頼むよ」

まったく日常的なやりとりでしたが、真紅は内心でうずうずとしていました。
少し胸が出たくらいではいまいち体のラインがはっきりせず、
いつもなら感謝するべきこの制服も、いまはもどかしさばかりを感じさせました。

翠星石のそばを通ると、「おはようですぅ~、こんな時間に来るなんて真紅にしちゃ珍しいですねぇ?」と間延びした調子で声をかけられましたが、
翠星石の目は相変わらずテレビの方に釘付けでした。
「また占い?そういうの好きね」
「真紅は嫌いですか?」
「嫌いってこともないけど、テレビの占いはちょっとあてにしないわね。番組によって言ってることが全然違うし」
「そうですよ、だから一番いいやつを信じるのですぅ。ちなみに真紅、今日は恋愛運マックスみたいですよ?」
「あら、そう」 

あんなことをいった手前、顔には出せませんでしたが、真紅は心がぴょんと跳ねるのを感じました。
魔法があるなら、占いだって案外バカにしたものでもないかもしれません。

キィと扉の開く音がしました。誰かがリビングに入ったようです。
「あら、真紅じゃなぁい、こんな時間にお寝坊さんねぇ、バストアップには十分な睡眠を、ってところかしらぁ」
その甘ったるい猫撫で声の持ち主は、言うまでもなく水銀燈です。
真紅は振り返ると、いつにない笑顔でそれに答えました。

「おはよう、水銀燈。今日はいい天気ね、清々しいわ」
「なぁにそれ……熱でもあるのぉ?」
普段なら憎まれ口の一つでも返す真紅がやけに大人しいので、水銀燈は拍子抜けして頭をかきました。
が、すぐにいつもの調子に戻ると、にやりとして、
「……ま、いいけどねぇ。急がないと、遅刻しちゃうんじゃなぁい?
 あ、真紅は走れるから平気ね。私なんてもう、走ったら胸が重くて重くて……いいわよねぇ、真紅は、身軽で。羨ましいわぁ」
「ちょっと、やめなよ」

またか、という様子で蒼星石が止めに入ります。
ここで真紅がぎりと水銀燈を睨み付けながら雑言を浴びせ、悪態の応酬をするのがいつものことでした。
けれど、真紅は水銀燈の言うことなど意にも介さない様子で、
「確かに、胸が大きくてもそれはそれで不便かもしれないわね」
としれっと言ってのけたものですから、水銀燈は蒼星石と顔を見合わせると、訝しげに真紅を指さしながら小首を傾げました。 

「じゃあ、そろそろ行ってくるわ。あなたたちもなるべくはやく出ることね」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよぉ、なんだか今日は、ずいぶんとご機嫌じゃない、何かあったのぉ?」
水銀燈の問いに、真紅は何も言わず肩を竦めました。
そのとき、水銀燈は違和感を感じて、見慣れたはずの真紅の体を凝視しました。
真紅の来ている制服は、前に述べたように体のラインの出づらいものでしたが、なにしろ姉妹で毎日見ている体です、
水銀燈はなにがおかしいのかすぐに気づき、ぷっと吹き出しました。

「なぁに真紅、あなたってば、もしかして胸パッドでも使ってるわけぇ?」
水銀燈はけらけらとお腹を抱えて笑い出しました。
蒼星石も、「えっ」という顔をして真紅の胸に視線をあて、
テレビの電源を消そうとリモコンを探していた翠星石も、なにごとかと寄ってきました。
ところが、真紅は全然表情を崩さずに、「そんなわけないでしょう」と一言漏らしただけでした。
普段ならば顔を真っ赤にして激昂しているはずが、それどころか余裕すら感じさせる態度に、三人は驚きました。

「あのねぇ、誤魔化したってだめよ、私にはちゃあんとわかってるんだから」
逆に小馬鹿にされているような状況に水銀燈はカッとなって、真紅に掴みよると、
リボンをほどいてファスナーを上げ、そのまま制服をはだけさせました。
その間真紅はまったく抵抗しないどころか、むしろ待っていたとさえ思わせるような不敵な笑みを浮かべていました。
そうして、果たして水銀燈の眼前に、人並みに膨らんだ二つの乳房が姿を見せたのです。 

「う、嘘でしょおーっ!?」
水銀燈の叫び声に、翠星石と蒼星石が胸元を見ると、二人も思わず「嘘ぉっ!?」と声をあげてしまいました。
「こ、こんなことって…ありえないわぁ!天変地異の前触れよぉ!」
「ちょっとねぇ、水銀燈、それ、どういう意味かしら?」
「わ、私も信じられねぇです……いったいいつのまにこんなに?翠星石くらいあるですよ……」
「私の毎日の努力に、神様が応えてくれたのよ」
「……そ、そうだね、真紅、頑張ってたもんね」
「それにしたって、ちょっと前までは……さ、さてはあれね、シリコンねぇ!」
「あのね、私はまだ高校生よ?だいたいあなたたちに隠れて、そんなことができるわけないでしょう」
「ですよねぇ……そうすると、本当に……」
「…私、夢を見ているのかしらぁ…」

三人とも、信じられないという顔をしていましたが、目の前に存在している以上現実と認めざるをえません。
真紅は唖然としている三人を見て、得意に思いました。こんな気分は、生まれて初めてでした。



真紅の胸が大きくなったという噂は、たちまちにして広まりました。
みんなは真実を確かめようと、それとなく真紅の胸のあたりに注意を向け、
確かに大きくなっているのを見て、一時は胸パッドによるものではないかと囁かれましたが、
その後着替えを見た女子の証言などから、どうも本当らしいということがわかりました。 

反応は、想像以上に素晴らしいものでした。
日頃の真紅の並ならぬ努力に薄々気づいていた女子たちは、友人の奇跡を素直に祝福しました。
男子たちの見る目も変わりました。
青年期始めの少年たちの価値観は、まったく単純なものだったのです。
もっとも、一部の男子は絶望を味わったということですが、それはここで語るべきことではないでしょう。

とはいえ、好奇の視線に晒されていること自体には真紅もあまりいい気持ちはしなかったようですが、
そんなものをすべて払拭させるくらいに真紅を喜ばせたのは、想い人であるジュンの反応でした。
水銀燈よろしく、さりげなくジュンの背中に胸を当てたとき、想定外の柔らかな感触に、
ジュンは「うわぁっ!?」と叫ぶと、まるで茹で上がったように頬を染めて振り向きました。
たったそれだけのことが、この少女にはこれ以上ない至福だったのです。
私の胸で、ジュンの顔が真っ赤になった!

もはや真紅にはなにも劣等感を感じることがありません。
もう着替えの度にこそこそと隠れてきまずい思いをすることもないのです。
優秀でスポーツもでき、スレンダーな割に出るところは出てスタイルが良い、
彼女は幸福のままに日々を過ごしました。



ところが、彼女の生活に、ある変化が訪れました。
真紅の胸も珍しいことではなくなって、日常の中にすっかり溶け込み、
その頃から、真紅は自分の生活に奇妙な居心地の悪さを感じ始めました。 

まず、初めの間は言祝いでくれた友人たちの視線が、次第に冷たくなってきたように思えました。
今までにも、容姿端麗で成績優秀な真紅に妬ましい目を向けていた人たちはいたのですが、
それがより厳しくなって、また、普通に接していた人たちまでもが、そのような目で真紅を見始めたのです。

真紅のいないところでは、公然と彼女の陰口がたたかれるようになりました。
教室に入ると、集まっていた女子たちが真紅の姿を見て、慌てて目を逸らしたり散らばったり、などということもありました。
ある者などは、彼女の前を通るたびに、胸のあたりを一瞥し「ふっ」とバカにしたように笑いさえしました。
実際には、そんなことはなかったのかもしれません。
だって、真紅の胸は至って普通の胸で、バカにするようなところなどどこにもありはしなかったのですから。
けれど、真紅にはそう見えたのです。気のせいだと思おうとしても、無理でした。

また、なにかにつけてなれなれしく話しかけてくる男子が増えました。
胸の大きさ自体は人並みでしたが、スレンダーなだけあってそれは通常よりも大きく見え、年頃の男子にとっては非常に魅力的でした。
元より真紅は美人であり、気にかけていた男子は相当数いたことも付け加えておきましょう。
真紅はその高貴さ、気高さ故に近寄りがたい雰囲気があったのですが、
卑俗な噂の対象となったことで、それが幾分の親しみを彼らに与えることになったのです。

もっとも、真紅はそういった輩は大嫌いでしたから、話しかけられてもまともに取り合うことはまずありませんでした。
結果、無碍にされた男子には恨まれ、また、その様子が一部の女子にはやはり面白くないらしく、
それは前述した嫉妬と連動して、ますます真紅に対する態度を厳しくさせていきました。

ジュンも真紅の胸にはすっかり慣れてしまったのか、もう抱きついても真っ赤になったりはしません。
慌てはするのですが、それは胸が大きくなる以前の反応そのままだったのです。
水銀燈に抱きつかれたら、いつだって大慌てのくせに! 

こうなってくると、真紅はいったい自分が何のために何を望んでいたのか、さっぱりわからなくなってしまいました。
真紅を冷やかす声は、なくなるどころかむしろ大きくなり、
そのうえジュンは相変わらずの様子なのに、有象無象の下品な男ばかりが寄ってきます。

こんなはずではなかったと、真紅は思い悩みました。
あれほどまでに憎らしかったあの小さな胸に、いまはひどく懐かしさすら覚えるのでした。
あの頃の方がマシだったのではないか?
貧乳とバカにされることはあっても、そこには同情と憐憫がありました。
プライドの高い真紅には我慢のならないことでしたが、
それらは学業や器量のよさにより羨望を受けることで、相殺させることができていました。

しかし、それは真紅の周りの人間にとっても同じことだったのです。
才色兼備な彼女がもつたった一つのコンプレックス、それが周囲の人間に愛らしい印象を与えていたのでした。
だからこそ、多くの者がねたみそねみに駆られることなく、彼女を正当に評価することができました。
けれど、彼女はそれを克服してしまった。それは理屈のうえでは祝福すべきことに違いありません。
実際、最初は皆が祝ってくれたのです。それが、だんだんと見慣れて興奮もおさまっていくにつれ、
周囲の人たちは「なんだか面白くない」という身勝手な思いを抱き始めるようになりました。

真紅はそのことに気付けず、友人たちの変貌ぶりに憔悴することしかできませんでした。
もっとも、たとえ気付けたしても、いったい彼女に何ができたというのでしょう?
あのウサギ男はひょっとして悪魔の使者だったのかもしれないと、真紅は思うようになりました。

そして、なによりも彼女を狼狽させたことは、姉妹である翠星石との間にすら距離感を感じるようになったことです。
真紅は彼女と、日常会話の中でたびたび真紅と小さな衝突を繰り返すようになりました。
今までもちょっとしたいざかいは時々あったことですが、なんでもないことでもいちいち口論をするようになっていたのです。 

今でも水銀燈だけは、相変わらず真紅のことをからかいます。
たとえば、台所で料理をしている真紅をみたときのことです。
「あらぁ、真紅ったらほんと料理がへたくそねぇ、小学校の家庭科で習わなかったのぉ?
 ジュンにこんなの食べさせられないわぁ…やっぱり私が彼にご飯を作ってあげないと、うふふ」
水銀燈にしてみると、真紅のことをからかうことそのものが大切なのであって、胸が大きかろうが小さかろうがどうでもよく、
からかいのために他の材料を見つけるのは、軽口の才児たる彼女には造作もないことでした。
真紅はそれに毅然と反論します。
「誰だって初めはうまくできないわ。…ジュンなんてどうでもいいけれど、いまに見ていなさい、きっと美味しいご飯をつくってみせるんだから!
 料理どうこう言う前に、あなたは自分の生活を改めたら?あなたみたいな不健康な生活を送る女は、ジュンだって嫌に決まってるわ」
もとはといえば、あのような願望を抱いた原因の一つは彼女だったのですが、
皮肉なことに、この一連の言い合いが、いまや数少ない彼女を支える力になっていました。

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