「槐さん」
表情が弛緩し、安心し切った少年が私に寄りかかっている。
何故だろう。
我が愛娘──薔薇水晶についている悪い虫である、
この少年を。桜田ジュン君を拒絶できないのは。
「…何だい」
「僕は槐さんのこと、大好きですよ?」
──ああ、この子は本当に変な子だ。
その眼鏡の奥、閉じられた双眸から伸びるまつ毛は長く、まるで──
って。今一瞬思考が変なところへ往ってしまった。
──今、私が何をしたとして、この子はそれを回避することはできない。
そんな間合い。状況。
この子は、それ程までに私を信頼しているのだろう。
何故だかとても、背中の辺りがこそばゆい。
「そんなこと言っても、君に薔薇水晶は──…」
私がそんな、心にも…いや、ないと言えば嘘になるが、
悪態をついてしまったのは、ひょっとすると、
照れ隠しだったのかもしれない。
しかし、いつのまにか彼が眠ってしまったことに気付いた私は、
そんな自分の在り方がとてもちっぽけに思え、
軽く。本当に軽く、内省した。
「起こすのは私としても少し忍びないからだ。
ソファーに運んでやるのは、別に君を認めたわけじゃないからな」
呟く。独り言を。私は。
抱きかかえると、
ジュン君の体は想像していたよりずっと軽く、華奢だった。
薔薇水晶の幼い頃を思い出し、自然と微笑んでしまう。
──ふと、壁の時計に目が行く。
時針は丁度真下を指しており、そろそろ薔薇水晶が帰宅する時間だ。
今夜は。今夜限りは、三人で食卓を囲むことにしよう。