午前11時。
今日も風弱く、快晴。
外では太陽がギラギラと照りつけ、
内では料理の修業中の翠星石が、今日は野菜を炒めている。
猛特訓が始まってから3ヶ月半くらい──
料理する姿もだいぶ板についてきた。
そして僕はそのキッチンのすぐ隣のリビングのソファの上でぼーっとしている。
本当だと、今日は水銀燈たちと駅前まで買い物に行き、
昼食もそこで済ませる予定だった。
でも翠星石がど~しても家でやることがあると言って離脱。
それから翠星石は案の定、僕を留守番組に連れ込んだ。
翠『お前が1人で寂しい時はいつもそばに居てやってるです。
だ・か・ら、今度はお前の番です。分かったですね?』
ジ『へぇ~お前も結構寂しがりやなんだ~』
翠『んなこたねーです!』
ジ『じゃあみんなと行ってくる』
翠『それはダメです』
ジ『やっぱり、寂しいんだ』
翠『…ふん、お前と話してたら埒が明かないです』
ジ『ん?声が小さいぞ?』
翠『…ぁ…あの…家に居ろ!ですぅ…』
ジ『あ、じゃあ僕の家で待機しとくよ』
翠『ち、違うですぅ!』
──いやぁ、昨日は久々に優位な立場に立てたなぁ…w
滅多に無い事だから、思い存分味わわせていただきました。
ごめん、翠星石…
しかし、今この家には僕と翠星石だけしか居ないというわけではない。
相変わらず“某探偵番組”こと“くんくん探偵”のDVDを見ているコイツ。
コイツは水銀燈によって無理やり買い物に引っ張り出される感じだったのだが、
翠星石に摘み上げられる寸前の僕に飛び乗った格好で買い物組から離脱した。
そして今、コイツは何故か黙って僕の隣に座っている。
向こうのソファも空いてるのになぁ。
ジ「なぁ、真紅…」
紅「シッ!…今いいところなの。黙ってて──」
ジ「あ、悪い…」
でもさ…それこの前も見てた回のヤツだろ?
さすがは熱狂的なファンだけあるねぇ…
あ…僕もいよいよこの人形劇にハマりつつあるんだろうか…!
不覚!
──それにしても、座ってるだけってのも何かヒマだ。
夏休みの初っ端からこんな事では勿体無い…
真紅が観てるのは前にも観たことあるし…
面白いもんでもないのかなぁ。
何となく辺りを見回してると、リビングのドアの向こうが何となく明るい。
僕は立ち上がり、そのドアを開けた。
確かに、廊下の向こうの玄関の照明が点けっ放しだった。
電気を点けっ放しで出かけて行ったみたいだ。
水銀燈がいながら電気の消し忘れなんて珍しいなぁ…
だが、こんな事を言う僕もまたその常習犯でもあった。
ほんの数日前にも痛い事があったな──
~~~~~~~~~~
その日は平日だった。
僕がこの家に来たのは学校から帰ってすぐだったかな。
もちろん泊まる気でいた。
僕が高校に入り、ねーちゃんが大学に入学してからというもの、
その頻度は増すばかりだ。
玄関に迎えに来てくれたのは真紅だった。
こいつも中学校に入学したばかりだ。
真紅は相変わらず僕の事を
紅「下僕」
と呼ぶ。
大人になったら別の呼び方にしてくれないかなぁ…
まぁ、無理にとは言わない。うん。
その後蒼星石に学校の宿題の事で2階へ呼ばれたから、上がろうとしたら、
電気が点いてるのが目に入ったんだよなぁ。
トイレの。
それで僕はいつものクセで電気を消してしまったんだけど、
そしたら中から…
翠『ちょっと~誰です~?』
そうだ。翠星石の声がしたんだよ。
後でボコボコにされるかと思うと、冷や汗ダラダラだったよ…
ジ「ごめん、翠星石…」
まぁ、謝ったところで翠星石は許してくれたのが有り難かったな。
後でトイレから出てきてもう1回謝ったんだけど…
ジ「ほんとゴメン…」
翠「ま、ドジで間抜けなお前だからしゃーないですね」
ジ「な…なんだと??」
翠「翠星石はお前を10年間も見てきたんですよ?
ワザとじゃないってのぐらい分かってるです」
ジ「…翠星石」
翠「…ジュン──」
ジ「僕たちって幼馴染か老夫婦か、どっちなんだろな」
コツン!
ジ「す、脛ッ!」
翠「一生そこでもがき苦しんでろですッ!」
~~~~~
それでまぁ、その日は珍しく水銀燈が早くに帰って来て、
早速誘って水銀燈とゲームしてたら、
キッチンの方から妙な音がして集中できなかったんだよな。
それで誰もいないキッチンに入って音源を調べてたら…
…あったあった。
勝手に電子レンジが回ってる。
いや、回ってたのかな?…
とりあえず中に何も入ってないのに、ライトだけが点いてたから、
「取り消し」ボタンを押して消したんだよ。
──そしたら試合中に後ろから
翠「きゃーーーーーっ!!」
ってな悲鳴が聞こえてきて、僕は一瞬操作が出来なくなって…
実『おっと、ミスキック!これは痛い…』
銀「ほ~んと、シュートしてるのかクリアしてるのか判らないわぁ~w」
ジ「今のはホントの僕のプレーじゃないってば!…勘弁してよ翠星せ──」
翠「だ~~~れ~~~が予熱してる途中で消したんですかねぇ?」
ジ「ごめんなさい!」
僕は立ち上がって、その場で潔く謝った。
さっきまで翠星石が居なかったから余計びっくりしたのもあった。
あと、時間的には夕飯前だったから、
翠星石もメチャクチャ怒ってくるかと思った…
だけど翠星石は…我慢してくれた。
翠「…ん~…まぁしゃーないですよ…でもこれからは気をつけるですよ?」
ジ「うん。わかったよ…」
~~~~~
そんで、その日の風呂に入る前、
トイレを済ませて洗面所で手を洗ってたら、
横の風呂場の電気が点いてるんだよ。誰も居なさそうなのに──
風呂場からは何にも音が聞こえないもんだから余計に消したくなるんだよな。
で、消したんだ。
点けっ放しって見栄え悪いからなぁ。
そしたら中から凄い怒鳴り声が聞こえてきて…
翠「おい、ふざけるなです!後でぶっ飛ばすですよ!」
もうビビッたな…あれは…
そもそも同じ日に同じような事を3回やらかしてる身だし、
これは後で絶対何かされると思ったからな。
この時は心臓がバックバクいってたし、いやはや…
それからは…
ジ「ごめん、許して!」
って言って、もう今でも何でか分からないけど、
ビビリまくって、とにかく逃げる事を選択してしまった。
1階の和室の押入れに隠れて、ガタガタ震えながらも息を殺してじっと待った。
そしたら暫くして一発で僕の隠れてる場所を当てやがって、
スパァン!と襖が開くや否や、僕の襟首を掴んで押入れから引きずり出して…
翠「…」
ジ「いや、わざとじゃない!…でも…ごめん」
翠「そうじゃなくて…電気点け直さずに逃げたですねぇ?」
──あ、そうだった。
逃げるのに必死すぎて気づかなかった…
そういや、お前、真っ暗な場所に独りで居るのが苦手…なんだったっけ?
いや、この件に関しては、それとはまた別の問題もあるよな…
…と気づいたのも時既に遅し。
翠「もう許さねぇです!」
そうやって、バスタオルを一枚巻いただけの翠星石に
リビングにまで引っ張り出されて、ビンタ何発食らったんだろう…
…忘れた。
とりあえず、それで落ち込んでると蒼星石になぐさめられて──
~~~~~
その日は1階の和室に普通に隔離された。溜め息も何度ついたことか…
そうさ、僕は1人寂しく泊まるのさ…ってな感じで。
あぁ、これだったら自分の家で寝るのと変わらないじゃないか!
じゃあ帰ろう…
と、布団を畳んで荷物まとめて玄関から出て行こうとしたら、
途中のリビングで階段から下りて来た水銀燈に捕まって──
銀「ね、面白くないんでしょ?」
ジ「…」
銀「だって折角私の帰りが早かったのに、
のりの都合がつかなくてこっちで泊まれないって言われたもの…
まぁ、仕方ないことなんだけど──」
ジ「僕も翠星石に隔離されてる身でさ…」
銀「その話は蒼星石から聞いたわぁ。今日のことなんて、別に気にしなくていいの」
ジ「水銀燈…」
銀「──ほら、お互い嫌な事は忘れて、一晩一緒に過ごさなぁい?」
ジ「あ、うん。それいいね!」
とにかく、お互い語り合って寝たかっただけなんだけど、
これを言った瞬間、僕は水銀燈に抱きつかれてしまって…
突然の事で何が何だか分からなかったけど、
今思い出すと恥ずかしい…
銀「ジュンくん、だ~いすき♪」ムギューッ…
謎の抱擁が始まった。
こういう時の水銀燈は手加減を知らない──
まずこの水銀燈、ラクロス部だけあって腕の力の強さが半端無い。
(足も速いし、持久力もあって…もはや僕から見れば怪物だ…)
そんな水銀燈に思いっきり抱き締められるとどうなるか──
ジ「痛い痛い!あばら折れるよ水銀と……ぉ……」
もう色んな意味で涙が出そうだった。
しっかし、今日はツイてないと思ったら、さすがは水銀燈。
一番上の姉貴だけはあるわ…
~~~~~
まぁとにかく、こんな事があったから、僕は立ち直って、
翌日の朝一番に翠星石にもう一度謝ることが出来たんだよなぁ。
ジ「昨日は確認不足ばっかりでごめん…」
翠「…んもう昨日の事なんて忘れろです。ほら、トースト何枚食べますか?」
翠星石の機嫌が元に戻ってるのにびっくり。
あれ?っと思って蒼星石の方を見ると、こっち見て隠しつつピースしてる…!
──蒼星石、ほんと感謝に尽きるよ…
~~~~~~~~~~
──と、ひと通り思い出したところで、
僕は玄関を開けて外を確認し、誰もいないことを確認してから照明を消した。
あんまりむやみやたらに消すのも問題なんだよな…
あぁいう事があったから気をつけないと…。
僕は悩みながらリビングに戻り、元の場所にドスッと腰を下ろす。
真紅が真剣な面持ちでくんくんに見入ってる横で、僕は溜め息をついた。
翠「ジュン…?」
ふと、翠星石が背後のキッチンから声を掛けてきた。
僕は振り返る。
翠「今日は…ありがとです…」
ジ「あ、おぅ」
やけにしおらしい翠星石。
エプロンを着けながら、でもやはり視線は手元の料理の方向に向いている。
翠「早いですが、そろそろ昼飯にしますか?2人とも──」
僕と真紅はそれに頷いた。
3人だけの食事。
普段と違って思いっきり静かなこのダイニングで、
翠星石の手料理をゆっくりと噛み締めながら味わった──
紅「んー…まぁ悪くはないわね」
ジ「お前はいっつも辛口だよな…w」
翠「いいんです。いずれ真紅ですら心から美味しいと言いたくなるような
究極の料理を作ってやるです!」
紅「望むところだわ」
メラメラメラメラ…
ジ「お前ら…熱いぜ…」