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「先生が子供の頃は…」
物理の講師が世間話を始めた。この他愛もない話が僕は案外好きだったりする。
「神様を信じるかどうかは、宇宙の話をするぐらい盛り上がったんだが…」
神様という単語が出たとき、クラスメート何人かの嘲笑めいたクスクスという声が聞こえた。
「まぁ、今の時代そんな議論自体が、天動説を現代に伝えに来た紀元前の天文学者ぐらいに無駄なんだがな」
クラスの一部が笑っていた。今日の話はややウケぐらいだなと、くだらないことを考えながらも、神様という何の根拠も無い存在を信じていた時代を想像する。滑稽としか言い様がなく、少し笑った。隣の席の水銀燈が、
「今のハナシが面白かったのぉ?」
と、ややウンザリした表情で聞いてきた。
「いや、ハナシ自体はつまらなかったけど、神様を信じてた頃の人の行動を想像したらついね。」
「まぁ、今の時代じゃ想像できないわよねぇ」
そう、今の時代では想像するだけで滑稽で、過去の宗教などは愚かな史実として語られている。
なぜなら、数学・化学・生物・物理・機械工学などさまざまな分野の学問が師走をかけるように発展したため、例えば…と言って、いい例えが思いうかば無いのだが、そう、小さなものから大きなものまで動かす力は現代の学問の賜物であり、決してヤン○ーディーゼル、ましてや、神様などとぬかす輩などほとんどいなくなった。

信仰者がほとんどいなくなるまでには、多少の時間がかかったそうだが、それも担任の梅岡が例えるなら「小1の時転校したクラスメートの名前を忘れるぐらいの時間」がかかったらしい。実に分かり易いたとえだ。

とはいっても、いまだに信仰者はいて肩身のせまい思いをしているか、少しばかり狂信めいた感じになってるかどうかの二つに分かれる。

僕はどうかって?僕は信じてなんかいない、僕が信じているのはPEACH-PIT先生の連載再開と、騒がしい友人たちとの絆ぐらいかな………ハァ。

では、この長ったらしい前フリを終えるとどうなるか。皆さんは容易に想像できるだろう、僕は不幸で頼み上手な神様のために、右往左往する滑稽な日々が始まるのだ。

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