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《不文律》


新鮮で冷たい空気が美味しい、晴れた朝。
食卓に並ぶのはトースト、サラダ、ヨーグルトに温めた牛乳。
ボクはもぐもぐと、姉はぱくぱくと平らげていく。
微かな咀嚼音だけが聞こえるこの場で、ボクは考える――さて、どうやって切り出していこうか。

「………?どうかしたですか、蒼星石?」
「え、あ、いや………ちょっとね」
「お前ぇがパン屑くっつけてまで、考え事とは珍しいですねぇ」
「ん…………ありがと」

テーブルの向こう側から身を乗り出し、ボクの口端を指でなぞる姉。
………姉はボクを補い、ボクは姉を補完する。
ボク達はいつもそうしてきた―そうしてきている。
お互いに口に出した事はないけど、いや、口にした事がないからこそ、不文律なんだろう。

「あむあむ………うぁぁ、口の中に麦と草の味わいがぁぁ………!」
「そりゃまぁ、どっちかずつじゃないと味が混ざっちゃうよ。はい、牛乳」
「んくんく、ぷはぁっ!――って、今度は膜が!膜が翠星石の口を支配するですぅ!」
「ヤだよねぇ、アレ。――ちょっと、動かないでね」

先程のお返しとばかりに、姉の唇を指で拭う――流石に、それを口に入れる事はしないけど。
指を布巾で軽く拭い、口直しにトーストを齧っている姉をじっと見る。
騒がしく、けたたましく、意地っ張りで、我儘な。
愛らしく、可愛らしく、寂しがり屋で、泣き虫な。

「………なに、人の顔見てにやけてるですか」
「微笑んでるつもりなんだけどね。―翠星石は可愛いなぁって」
「………可笑しなものでも入ってるですか、お前ぇの飯には」
「じゃあ、君のにも入ってるんだね。作って並べたの、ボクだし」

あぁ言えばこう言う…と呆れ顔の姉に、お互いさまでしょ、と返すボク。
いつもの朝食の風景、いつものけんけんはっしなやりとり。
言葉なんて考えなくてもスラスラ出てくる。
だけど――今から姉に伝える言葉は、どうやって導き出そうか。

「――だぁから!ご飯の時間にそういう仏頂面は止めるですよ!」
「考え事してるだけだから、気にしないで」
「………ったく。大体、双子なんですから、お前ぇが考えてる事くらいわかってるってもんですよ」
「へぇ、そうなの?それは意外だね」

気抜けした相槌を返し、再び思考に入り込む。
姉が何事か文句をまくし立てているが、とりあえず放置。
――ストレートに言った方がいいのかな、それとも変化球にした方が…?――
頭を抱えたくなるが、姉のワザとらしい咳払いに、ボクは視線をあちらに向けざるを得なくなった。

「――大方、悩んでも考えても、どーしよーもない事に無駄な時間を使ってるに決まってますぅ」
「………外れてないけど、随分な言い草だね。じゃあ、具体的には?」
「ふふん、偶には仕返しですぅ。そうですねぇ――――具体的には――
――お前ぇが誰を好きで、私が誰を好きか…で、どうですか」

………姉の言葉に、眼を丸くする。
彼女の『具体的』な答えは、正にボクが考えていたソレだったから。
だとすれば………姉は、更にその先の考えも分かっているんだろうか。
驚愕するボクをよそに、彼女は何でもない事の様に、事もなげに告げる。

「言っておきますが。――認めてしまった以上は、一歩も引く気はありませんからね」
「………………何を認めたか、言ってほしいんだけど」
「言わせるなですよ。――是ばっかりは、二人で半分こって訳にもいきませんし、ね。蒼星石」
「ふふ、わけちゃったら『チビのチビ』になっちゃうもんね。―本気でお相手するよ、翠星石」

お互いの名で言葉を締めくくり、ボク達は確認し合う。
ボクの考えの先は、ボクの想い―姉が認めた事は、彼女の想い。
今まで、ボク達は何でも半分に分けてきた。
だけど、今、僕達が抱える想いは、想いの先は、半分にできない。だから、確認し合う―お互いの恋敵を。

姉は笑みを浮かべる――愛らしく、可愛らしく、不敵な。
ソレは恐らく、想いの制限を解除した笑み、――彼女本来の笑み。
ゾクリとする――勝てるか、この人に。――翠星石に。
想いを『何でもない事の様に』認め、遠慮を排除した彼女は、とても素敵な女性に見えた。―――だけど。

ボクは笑みを浮かべる――漂漂として、凛々しく、不敵な。
だけど――ボクとて、手をこまねいて見ているだけにはしない。
彼女にはない、ボクにだけある魅力が、ある筈だ。
――それを教えてくれた『彼』に、姉に遠慮なくぶつけていこう。

ボクと姉は同時に噴き出す。姉はお腹に手を当て、ボクは口に拳をあてがい。
お互いの笑い声を耳にしながら、ボクは思う。
姉は是から、今よりももっと素敵な女性になっていくだろう。
――そして、恐らくは、ボクも。恋敵になろうとも、ボク達の不文律は崩れないのだから。

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