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20時31分。対策班指令室。

「みつ警部!ローゼンメイデンと見られる女性が一般客を盾に船首デッキに!」
「ええ…よく見えてるわよ…」
なにしろあの二人がいるデッキは場所はこの指令室から一望できる。ライフルを構えたまま硬直する隊員も、武装した盗賊も、その腕の中で泣き叫ぶ男も。
「くっ…一般客は巻き込まないんじゃなかったの…!?」
今までは事故や、やむを得ない場合以外そうであった。
なら今がその『やむを得ない場合』?確かに突入まであと数分だけど…でも、こんな事をしたところで何になると言うのだろう。ましてここは船の上。逃げるための交渉のカードにする気…?
しばらく女怪盗を凝視していると、小型メガホンをもっている事に気付いた。すると、おもむろに口もとに持っていき…
『私は怪盗乙女ローゼンメイデン!確かにローザ・ミスティカはいただいたのだわ!』
「な!?」
女怪盗が小さな小袋をかかげる。まさか、アレがローザ・ミスティカだとでも言うの!? でもまだ金庫は開いてないハズ…それとも今金庫にいるのは囮…?
冷静に状況を把握しようとしたみつ警部を更なる衝撃が襲う。
『では、さらばなのだわ!警視庁の方々!』
『あ…うわあああああああ!?』
ダダダダ、バッ!
「はあぁ!?」
女怪盗は男を抱え甲板を走り、手摺りを乗り越えると漆黒海へと飛び込んでいった。

「け、警部!?」
咄嗟に白崎巡査がこちらを向く。
慌ててはいけない。緊急事態だからこそ、冷静な判断が求められるのだから。事実と予測、そして優先事項を考えれば…
「…突入中止!サポート班を除く全てのスタッフは大至急ボートへ!人質救出を再優先よ!」
一気に甲板が騒がしくなった。散らばっていた警官達がボートのある格納庫に走る。
「中止…で、ありますか…」
「白崎巡査、私はまだ怪盗乙女の確保を諦めたワケじゃないわ」
「え?ですが…」
「そこの君、緊急回線で海上保安庁に高速船とヘリの要請をして」
「了解です!…ですが、要請の理由は何と?」
「『強盗が民間人をつれボートで逃走の可能性あり。不審な小型船を発見次第捕縛されたし』…ま、こんなトコね」
聞き終えたスタッフは指令室を小走りで出ていった。
「みつ警部、これは…?」
「あれが本物であれ偽物であれ、奴らの逃走経路は海上…なら、人質救出を優先しながら海上に捜査網を張って足止めをするの。それで応援が来るまで押さえられればまず大丈夫よ。もし突破されたってどこまでも追い掛けて引っ捕らえてやるわ…!」
さらに海上ならかなりハデな作戦もとれる。それは相手にも言える事だが、物量で勝っているこちらの方が有利なハズだ。
「白崎巡査。ここは任せたわ。私は海上指揮に向かうから」
「はっ、お気をつけて。幸運を祈ってます」
「ふふ、ありがと」
指令室にこやかな笑顔を残し、みつ警部は現場へと乗り込んでいった。



20時40分。コンテナ指令室。

「ふぅ…やってくれたわねぇ、あの二人は」
まったく、始め見た時は心臓が止まるかと思ったが、無線を通して『ちょっと!変なトコ触らないでちょうだい!』『仕方ないだろ…!?』なんて会話が小声で聞こえた辺りで概ねの察しはついた。
一般人を使うのは流儀に反する気もしたが…今の彼は“Jボーイ”だ。大方、真紅に丸め込まれでもしたのだろうが、助かった事に代わりはない。結果オーライとしよう。
「でも時間がない事にはかわらないかしら。今の装備じゃコースト・ガード(海上保安庁)から逃げ切るのは不可能よ」
そう、先程盗聴した緊急回線から要請の事実を知った。さらにこちらが発見され、抵抗に及んだ場合は自衛隊も出てくるかもしれない。
「でも今は蒼星石も解除にあたってるわ。恐らくもうすぐ…」
言い終わる前に、ようやく心から待ち望んだ連絡が入った。
『ローズ2へ!やったですぅ!開けられたですよ!今ローズ6が“ベリーベル”で回収してるです!』
「…よし!ローズ1より全ユニットへ。回収成功。今より脱出プランC-1へ移行!各自速やかに所定の位置へ!」
「ピチカート、脱出プログラム起動よ。ただしM6は中止して、GPRを3分始動。終わったら貴方も移動するかしら」
『オーライ、GPRスタンバイ』
今となっては効果は薄いが、金糸雀が脱出補助用のプログラムを指示した。
「じゃあ私は先に行ってるから、貴方も急ぎなさいよ」
「了解かしら。すぐ合流できるわ」
金糸雀は機材の整理と回収を急ぎ、水銀燈は隠しボートへと走った。


「やれやれ、随分待たされましたわね…」
まさかここまで手こずるとは予想外だったので、ライフルの残弾が心細くなってしまっていた。実際、報告があと5分遅ければ危ないところだった。
だが、あの女侍も人の子ではあるらしく、戦闘初期よりいくらか動きのキレが無くなっているように見える。…まぁ、それでもこのオーディールの射撃に対応出来るのだから、やはり化け物に違いないか。
「さて…」
撤収指示が来たのはいいが、あの女侍が追い掛けて来ては意味がない。まさか使うとは思ってなかった装備をオーディールに装着し、期を見計らう。事を急いては大きなミスを呼ぶ。逃げる時だからこそ、慎重にならなければ。
そして、二人がデッキ中央辺りにきたところで素早く身を起こし突撃。
二人がこちらに気付くと同時に、銃を向けて叫ぶ。
「6時!」
妹にはそれだけで意図は伝わる。後方へ薔薇水晶が飛びのいた瞬間に、その場に散弾砲にバレル交換したオーディールをフルオートで叩き込んだ。
流石にこの女侍でも無数に放たれる散弾を全て弾くのは不可能なハズだ。予測通り、後方へジャンプして回避した。
(そこに…!)
バシュッ!ボフン!
オーディールに外付けされている煙幕弾を打ち込み、
ダダダダダダダダ!!
念のために持ってきたサブマシンガンを自分も移動しながらこれまたフルオート射撃する。
およそ一人相手に使用する火力ではないが、あの化け物相手なら調度よいというものだ。…むしろ、これでは足りずに今にでも煙幕の中から飛び出して来るような気さえするのが恐ろしい。
だが、どうやら足止めくらいにはなったようだ。死なせてしまう危険もあったが、まず大丈夫だろう。この位で死ぬようならハナからこれらの火器を使う必要など無いのだから。

「で、大丈夫ですか?ばらしーちゃん」
「うん…とりあえずは」
怪我をさせないよう援護射撃はしたつもりだったが、やはりあの女侍に直接対した妹が心配だった。
「でも、あの人相手に一人で堪えるなんて…やっぱり蒼星石は凄い」
「それは彼女はうちのエースですしね。…でも、私達二人ががりで手傷一つ満足に与えられないとは…」
「…私達も、もっと強くならないと。あの人とはまた会いそうな気がするから…」
妹も私と同じ予感がしていたようだ。どうやら、この事はもはや決定事項らしい。
「ですわね。でも今は脱出に専念しましょう。まずは早めにボートに辿り着かなくては」
「うん…そうだね」
まだあの女侍が追ってくる可能性が無いワケでもない。二人は急いで目的地に走った。


「ばらしー!きらきー!こっちなのー!」
格納倉庫に着くと既に他のメンバーは隠しボートに乗り込んでいた。いや-
「あら?真紅はどうなさいましたの?」
「あとJボーイとかいう…」
無線から何やら真紅と真紅が目を付けたという男が何かしらの策を講じたのは判っていたが、その後の事は知らなかった。
「あの二人なら今は海の中よぉ。まぁ、この船かららアレが持ち出されてるからとりあえずは心配ないでしょ」
「それより今は海上の包囲網の突破が先決かしら。きらきー、体力はまだ残ってるかしら?」
「勿論ですわ!作戦前にたっぷり補給しましたから」
「結構。じゃあ操船は真紅が居ないから蒼星石お願いねぇ。連戦後で大変だとは思うけど…ほらアナタ、最近お尻のお肉気にしてたじゃなぁい。良いダイエットになるわよぉ」
「そうですよ我が愛すべき妹!そのモチモチのお尻パワーを見せ付けてやるですぅ!」
「ファイトなのー!」
「根性を見せる時ですわ!」
「…ガッツだぜ」
「…うん、頑張るけど…一言多いよそこの二人…」
怪盗とはいえ乙女は乙女。顔が引きつり、体はプルプル震えていた。そしてお尻もプルプ(ry
「じゃ、とっととおさらばして真紅とあの男の骨を拾いに行くわよぉ!」
「不吉な事言わないでよ、もう。…それじゃあ行くよ?皆しっかりつかまっててて…ね!」
ガチャン!ドルルルル…バーーン!!



20時48分。ランニングデッキ。

「ふぅ…」
デッキの隅、船の最後尾の段差の影から巴は身を起こした。
どうやら上手く逃げられてしまったらしい。もっとも、こちらの集中力も限りが見え始めていたので助かったといえばそうなのだが。
しかし、あの両刀使いといい、今の二人といい…結構な上玉だった。これだけ力を出せたのは久々な気がする。これほどの剣の使い手がまだ居るなんて…世界は広いことを改めて認識。
「・・・あ」
ここにきてようやく思い出す。そういえば、自分の役目は何だった…?
深く考えるまでもない。金庫の防衛だ。が、自分はこうしてその金庫を離れ、たっぷり足止めを喰らい、一人デッキに残されている。
「はぁ…」
またやってしまった。先生からいつも言われてるのに。私の集中力はたいしたモノだが、周りが見えなくなるのが欠点だと。思えば、あの両刀使いを追って保管室を出てしまったのが間違いだった。あのまま中の二人を討ち取ればそれでよかったのに…

バーーン!!
自分の失態に沈んでいると、すぐ近くで大きな音がした。
デッキの手摺りから海を覗くと、一隻のボートが船の腹部から飛び出して行くのが見えた。あの人達の船だ。
ザァアアアアア…
「・・・!」
船尾を迂回する瞬間、ほんの一瞬ではあったけれど、さっきの二人と目があった。
剣士は無表情にこちらを見つめ、狙撃手の方は…少し、笑ってたかな。なんとなく『またお会い致しましょう』って言ってるように見えた。
そこで、自分も顔が緩んでいるのに気付く。
まったく、満足に指令も果たせなかったと言うのに不謹慎なことだ。でも…出来ることなら、もう一度手合わせしたいと思うのは、止めようがなかった。
ボートは真っ直ぐ警備船の群れへと向かって行く。あれを振り切るのは大変だろうな…などと考えながら、巴は刀を鞘に収め、指令室へと戻ることにした。 


バアアアア…
七人を乗せたボートは海上を疾走する。それは並の小型船舶には出せないスピードではあったが…
『そこのボート!直ちに停止しなさい!』
既に包囲網は完成している。正面、側面、そして背後から警備船が接近して来る。その一つの船に乗っていた女性が続けて叫ぶ。
『これが最後の警告よ!止まりなさい!さもなくば、実力行使に移るわ!』
それを聞いて、水銀燈が挑戦的な笑みを浮かべた。
「ふん、上等よぉ。止まれって言われて誰が止まるもんですか!」
互いの指揮官の戦意が伝わったのだろう、海上が一気にざわめき始めた。
「金糸雀!ピチカートの軌跡予測は出来てる!?」
「今終わったかしら!蒼星石、手元の画面にデータを送ったわ!」
「了解!確認したよ!」
金糸雀のピチカートは戦況解析までやってのける。
「雪華綺晶!蒼星石が舵を切って四秒後にマーク2、続けてマーク4にソレを喰らわせるかしら!」
「了解ですわ!」
雪華綺晶が先程のライフルとは比べモノにならない口径のバズーカ砲を構えた。
同時に向こうもライフルを構え始める。恐らくは麻酔弾の類、あるいはエンジンへの狙撃か。
「いくよ皆!しっかり掴まってて!」

バアアアアア…
チュイン!ババ!チュン!!バリッ!
相手のライフル弾とこちらのデイザーが海の上を飛び交う。蒼星石が相手に狙わせないよう船を動かしつつ、他のメンバーが狙撃隊を沈黙さていく。
そして、金糸雀の合図でこちらの船が曲がると同時に、周りの船も合わせて舵を切ってきた。その、まだ進路変更を仕切れていない船に向けて、
バシュッ~~!!ガチャン!
雪華綺晶の持つ大砲から放たれて装置が船の腹部に張り付いた。
ブルン!ブルン、ブルルルル…
『!?どうしたの!?』
『わ、わかりません!急にエンジンが…』
『どうした二十一号!?そのままでは本船とぶつかるぞ!?』
『エンジントラブルです!至急回避してください!!』 
騒然となる警備隊を見つつ、金糸雀が嬉しそうに叫ぶ。
「あっはっは!見たかしら、カナが『妨害ちゃん』と『デイザー』を融合して作りあげた遠距離投射型電磁妨害…」
「きらきー!装填終わったの!」
「では、次弾いきますわ!」
バシュッ~~!!
直ぐさま標的目掛け発射。命中。
「ふふっ…先程の女侍に比べれば、まるで鈍重なブタさんですわね!」
「あ、えと、遠距離投射型…」
「蒼星石!取り舵いっぱい!」
相手の船の配置はかなり統制されたものだった。それゆえ、こちらのモーションに対しての動きが読みやすく、相手の進路を妨害する位置で船を停止させてやれば包囲網に穴を開ける事ができる。
だが、今やこちらのバリケードと化した船の横を通過しようとしたところで…
『くっ…!いいわ、見てなさい!!』
『け、警部!?』
『このまま逃がしてたまるもんですか!!はあああああ…』
狭い船を目一杯使っての助走の後、
『ほりゃああああああ!!!』
みつは跳んだ。いや、飛んだ。月夜を背に、悪しき強盗団に引導を渡すために。
が-
『…ああああ、あ?』
いかんせん、距離が有りすぎた。
ボッチャ~ン。ぶくぶくぶく…

ブォオオオオ…
「だから遠距…」
「さっきからうっせぇですよカナチビ!…っていうか、今何か飛んで来なかったですか?」
「気のせいでしょお?ほら、ぐずぐずしてるヒマ無いのよ。金糸雀は二人の補足、他は回収準備!」
「ぐすっ…了解かしらぁ」
まだ追跡を振り切れるか微妙ではあったが、なにやら遠くで『警部!大丈夫ですか!?』『マズイ、警部は泳げないんだ!』『誰か、浮輪を用意しろ!』だのと叫んでいる。何かあったかは知らないが、これなら大丈夫そうだ。
その後数分走ると、ピチカートの特殊レーダーが目標を捕らえた。
「見つけたかしら!きらきー、映像を転送するから確認するかしら!」
「…ええ、ちゃんと見えましたわ…!」
そう言って、妙なゴーグルを付けた雪華綺晶が海上に発射口を向けた。だが、目を凝らしてもその辺りには何も見えないのだが…
ボシュン!ヒュルルルル、キュポン!
船に取り付けられた発射台から吸盤状の弾がチェーン付きで放たれ、海の上の“空間”に張り付いた。
「お見事!回収完了ですぅ!」
すると、金糸雀がパソコンを見ながら叫んだ。
「マズいかしら!コースト・ガードの散策レーダーがそこまで来てるわ!このままだと補足されちゃうかしら!」
「これは真紅達の引き上げは後ねぇ…。蒼星石!全速力で逃げ切るわよぉ!」
この船自体も金糸雀の改造が施されかなりのスピードが出るようになっている上、ピチカートの探索妨害の援護もあり、九人全員を積んだ船は執拗な追跡を振り切り、漆黒の闇夜へと消えていった。



04時50分。対策班指令室。

ず~~ん。
今の指令室はまさにそんな効果音が見事に似合うような雰囲気であった(巴だけはどこか満ち足りたような顔で座っていたが)。
特に、みつ警部の落胆の様子は酷かった。どのくらい酷いかと言うと、
「…あ、あの、警部?本庁から…報告書の催促が来てますが…」
「…はっ…あは…あ…んふふ…」
「・・・」
もしもこれがアニメであったなら、体は真っ白に煤け、周りには黒々としたトーンが落とされていることだろう。
だがそれは、他の隊員にも言える事であった。
みつ警部を引き上げ、海上保安庁からターゲットの補足に失敗したとの連絡が入り落胆すると同時に、パーティーを終えた客船から大クレームが押し寄せてきたのだ。
通路を塞ぐ奇妙なベットに、辺り一面に弾痕と硝煙の臭い。一番酷いのはランニングデッキで、やれ床がえぐれてるわ、やれテーブルや椅子やその他の設備はメタメタに破壊されているわ。揚句の果てには水晶なんぞが突き刺さっている。
それら全てに苦し紛れの言い訳をして(有り得ない説明も多々あったが、『クリスマスですから!』で押し通した)、修繕にあたり、謝罪に回るハメになったのだ。
ただでさえ自分達の失敗に落ち込んでいるのに、乗客に必死で頭を下げなければならないのは(乗客は警察が乗っている事は知らせていないため)相当にこたえた。
それらをどうにか片付け、ふらふらになりながらも集合したのが現在の状況である。一人一人の落ち込む様は相乗効果を生み、その一室だけこの世の終焉を思わせる程であった(それでも巴は一人気ままに茶などすすっている)。

白崎巡査が解散して休む事を提案しようかと悩んでいた時、みつ警部が突然勢いよく立ち上がった。
「巡査!巴ちゃん!一緒に来て!」
「え…?わわっ!」
答える余裕もなく二人はみつに船首のデッキへと引きずられていった。
デッキに着くと、ちょうど夜が明けるところであった。それはなんとも美しい光景で、病んだ心にじんわり染み入った。
「あーーー!!!負けよ!今回は私達の完敗だわ!!だけど覚えときなさい!!いつか必ずあんた達を取っ捕まえてやるんだからぁあーーー!!!!」
腹の底からの絶叫。迷惑なんてなんのその。力の限り叫んでやった。泣きべそかきながら、身を震わせながら。
それは不様な負け犬の遠吠え。しかし同時に、不屈を刻む、明日への誓い。
「…はい、警部。私でよければ、どこまでもお供致しましょう」
「・・・」コクリ
みつは二人の反応に満足げに頷いた。
「よっしゃ!じゃあ帰ったら早速皆で反省会!らぷらすで徹夜で会議を開くわよ!イエーイ!」
先程の落胆ぶりが嘘のようなハイテンションで、みつは本部へと帰っていった。きっと部屋に入るなり、しょげている部下の尻でも蹴飛ばす事だろう。
ただ酒が飲みたいだけでは…?と勘ぐる白崎巡査。
美味しい芋焼酎が入ってるといいな…と期待する巴。
それぞれの誓いは自分の胸に、思いは輝く夜明けの海に。
そんな人達を載せて、ブロッサム・ダ・ノリス号はゆっくりと、されど力強く進んでいくのだった。



同時刻。とある岸辺のビーチ。

手元に光るカケラを見つめながら蒼星石が呟いた。
「今回は結構大変だっけど…これでお父様のローザ・ミスティカも四個目だね」
「はぁ~、まだ半分なのぉ?毎度のストレスに不規則な生活…あ~、お肌が荒れちゃうわぁ~」
船の停泊作業は他人に任せ、手鏡を覗きながら水銀燈が呟いた。
「まったく…怪盗を家業としてる者がいちいちそんな事気にしてどうするの?」
「あら真紅ぅ、私達は『ローゼンメイデン』よぉ?その名に恥じぬ美貌を保つのは義務なのよぉ?」
やれやれ、という風に真紅は首を振った。
「でも、アナタもそんな事言ってられなくなったでしょうにぃ」
「どういう意味かしら」
「んふふ♪」
水銀燈は楽しそうに、今は毛布でぐるぐる巻きになってガクガク震えている哀れな男に目を向けた。


船が安全海域まで抜けると、水銀燈が真紅達の引き上げを指示した。
「真紅、E.C.Sを解除してかしら」
金糸雀が呼びかけると、吸盤の先に直径1メートルほどの半球状の物体が現れた。
真紅はジュンと船首に向かう前に、ボートからこの『擬態クラゲ君8.1』を持ち出していたのだ。
これは様々な機能が備わった一人用のモータースクリューのようなモノで、ある程度の距離なら姿を消しながら海上を移動出来るのである。(ちなみに、ピチカートの特殊レーダーと雪華綺晶が付けていたゴーグルには対E.C.S機能が搭載されている)
チェーンを引っ張り船に近づけると、真紅とジュンが姿を見せた。が、何故かジュンの方は裸状態。 ご丁寧に下着まで付けていない。
「…ねぇ真紅ぅ?いくら好みだからって、逃走中に海の中でヤるのはどうかと思うわぁ」
「バカな事言わないで頂戴!服が水を含んで上手く進めなかったから脱がしただけなのだわ!下着はズボンに引っ掛かって仕方なかったの!!」
「ふ~ん。水の中で抱き合い絡み合いながら服を脱がすなんて…あらやだ、ちょっと興奮してきちゃったぁ」
「水銀燈!!アナタはいつもいつも…」
「…ねぇ、彼を早く引き上げた方がいいんじゃない?死にかけてるよ?」
12月の水温はかなり低い。真紅の防護服は保温も兼ねているので問題は無いが、ジュンは裸だ。凍える海に何時間も浸っていれば、凍死へ至るのはそう遅い話しではない。
蒼星石の忠告をうけ、二人は仕方なしに口論を中断し、ジュンを引き上げ体を拭いて毛布を巻き付ける。
むろん素っ裸なのだから大事なトコまでまる見えだが、長らく冷水に浸かっていたせいで無惨に縮小していのであまり羞恥心が湧かずにすんだ。
「まぁ…これが真紅がいてこましたという男性ですか」
「可哀相…凄く小さい…確かにこれじゃ出来ないね…」
ジュンを見るのは初めてなので、興味しんしんに寄ってくる雪華綺晶と薔薇水晶。
そして真紅はこの二人とも口論を始めねばならず、さらに余計な体力を消耗するハメになった。 


「…で、結局ここまで連れて来ちまったですけど、ソイツはどうするです?まぁ、真紅の策に一役買ったですから、手当くらいしてやらんこともねーですけど」
翠星石の言葉に真紅が反応する。
「あら、あの策はジュンが言い出したモノよ?」
これには皆驚いた。てっきり真紅がデイザーでも突き付けて無理矢理協力させたものと思っていたのに。
「私が無線を聞きながら頭を抱えていたら、『なあ、僕を使えばなんとか出来るんじゃないか?』って。そんな事して貴方はいいの?って聞いたら、『もう今更だろ。それに、協力する契約は“この仕事が終わるまで”だったしな』と言ってきたのだわ」
「…じゃあ、今回は彼に助けられたってことかしら?」
まさか、天下の怪盗団がそこらの一般人に救われるとは。
「ふ~ん、見た目はヒヨッ子のくせに…。でもこれじゃ、“Jボーイ”じゃなくて“ローズJ”って呼ばないと失礼かもねぇ」
水銀燈の発言に他のメンバーが勝手に騒ぎ始める。
「凄いの!ローゼンメイデン初の男性なのよ!」
「まぁ、そんなに使えるなら翠星石の子分にしてやらん事もないですけど…」
「ようやく人体実験の被験者が手に入ったかしら~」
「体に林檎でも付ければ良い的になりますわね」
「ストレス解消に最適…」
蒼星石だけは『いや、彼の意見も聞かないと…』と呟いたが、誰も聞いてはいなかった。

あれやこれやと囃し立てるメンバーを制して、真紅はハッキリと宣言した。
「皆何を言っているの?この男は私が見つけたのだから、当然私の下僕にするのだわ」
そして今度は、ジュンを見ながら優しく呟く。
「ジュンなら多分…いいえ、きっと素晴らしい紅茶を淹れてくれるのだわ」
「ふぅ…なんともお熱いことでぇ。でも、なんでそんな事がわかるのよぉ?」
「ふふっ。さあ、何故かしらね。私にもよくわからないけれど…そうね、あえて言うなら、この真紅が下僕に選んであげたのだもの。そうに決まっているのだわ」
まるで昔からの運命の人に出会えたかのような、朗らかで、幸せそうな微笑みを浮かべる真紅に口を挟む者はいなかった。
ローザ・ミスティカの輝きと、真紅の無垢な笑顔、そしてそれらに負けないくらいきらびやかな光を放つ夜明けの海に照らされて、戦いを終えた乙女(エンジェル)達は羽を休めるのだった。 

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