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《#a22041×#000b00》

こつこつこつ、こつこつこつ…。
放課後になって、人の気配が薄れた廊下を、私は一人で歩いている。
理由は、今日が期限の提出書類が集まらず、担任に持っていくまでに時間がかかってしまったから。
自分が望んでなった訳ではない学級委員だが、それでも割り振られた役割である以上、
仕事は全うしなければならない。
学園に入って以来の悪友―けして親友と呼べる間柄ではない。呼んでやらない―水銀燈には、
『真面目過ぎるわよぉ』とからかわれるが、性分だから仕方がないと思う。
…そもそも、今回の件は半分以上が彼女の責任なのだし。
記述内容が『進路』という堅いテーマの為、彼女がなかなか提出しないだろうと言う事は
容易に想像できた。
案の定、水銀燈はめでたく最後の提出者となられたのだが。 

見たいテレビ番組があるから、と急かす私を尻目に、彼女のペンは遅々として進まなかった。
いや、正確に言うならば、彼女自身が進ませなかった。
『貴女は何て書いたのぉ?』『まぁだあの人形劇見てるのねぇ』エトセトラエトセトラ。
急いでいる私の反応を、まるで楽しむ様に彼女は戯言を繰り返す。
普段は努めて冷静さを失わない様にしている私だが、今日は流石に苛立ちを募らせてしまった。
最初は呆れた様子で記述を促していたのだが、次第に声が冷たくなっていったのを自覚している。
彼女も私の苛立ちに気づいたのだろう。
『そんな事で怒らなくてもいいじゃない』と、拗ねた子供の様に用紙に殴り書きをして、
ぱっと私に突き付けてきた。
……子供という点では、私も彼女を笑えない。
そういう彼女の対応に、同じ様な態度で返してしまった―
ひったくる様に用紙を奪い、そのまま別れの挨拶もせずに教室を出てきてしまったのだから。
ドアを閉める直前にちらりと見えた彼女の顔は、寂しげなものだった様な気がする。
雨の日に置き去りにされた、子猫――そんな可愛いモノでもないが。 

そう思うと……いつも、水銀燈は別れ際、何とも言えない表情をしている。
寂しそうな、切なそうな…そんな、曖昧なネガティブな表情。
別れる直前までは、憎まれ口やからかいの言葉を私に投げかけ、不敵に笑んでいると言うのに。
…そろそろ腐れ縁とも言える間柄だと言うのに、私は彼女の事を余り理解できていない様だ。
何故、数秒前までは笑っていたのに、そんな顔をするんだろう。
どうして、私との別れ際にだけ、笑顔でいてくれないんだろう。
―落ちる夕闇に、ふと感傷的な考えをしてしまう。
小さくため息をつき、そんな自分に苦笑いが浮かぶ。
それでも―「わからないものは、わからないのだわ…」 

「――何がわからないのかしら?」「―かしらー?」
「え………?」 

ひょこりと。
曲がり角から、クラスメイトの金糸雀と薔薇水晶が出てきた。
出てきた、という言葉は不適切かもしれない。
彼女達は、別に隠れていた訳でもなく、気配を消していた訳でもないだろうから。
単に私の注意力が散漫だったのだろう。 
「…何か悩み事?」 
言葉を返さない私に、金糸雀が心配そうに小首を傾げて聞いてくる。
彼女の横にいる薔薇水晶も、言葉こそ発していないが、彼女と同じ様に首を曲げ、此方を見る。
―賑やかな金糸雀と口数の少ない薔薇水晶。
対照的な彼女達だが、いつも一緒にいるイメージがある。
ひょっとしたら、私と水銀燈も、他の人からはそう見えているのかもしれない。

ともかく―「ん…ごめんなさい、固まってしまっていたわね。
少し、考え事をしていて…」 
じっと見つめてくる三つの瞳―薔薇水晶は紫薔薇のモノクルをつけている為―に苦笑交じりに謝罪する。
だが、それでも心配の色が消えない彼女達。
どう説明したものか考えつつ、私は矢継ぎ早に言葉を付け足す。 
「大した事じゃない…そう、大した事じゃないのよ。
どうして、水銀燈は私にだけ意地悪なのかしら…って」 
捉え方によっては深刻になりそうな言葉を選んでしまったが、そこは表現でカバー。
お手上げのポーズをとり、私はおどけた表情をする。
彼女達もさらりと受け流してくれる…と思ったのだが。 

金糸雀は大きな瞳をぱちくりさせて。
薔薇水晶は半眼になり、呆れた笑い顔をしている。
「まさか…とは思っていたけれど。気付いてないのね…」
「……水銀燈は小学生、………でも、真紅も園児…」
とりあえず、この上なく失礼な事をぽつりと呟いた薔薇水晶に、絶対零度の視線を叩きこむ。
私の眼に気づいた彼女は、さっと金糸雀の後ろに逃げるが…。
身長差が10cm程もあるので、まるで隠れていない。
私の怒りが視線ほどでもない事を理解しているのだろう。
その割には密着し過ぎている気もするが…、今、第一の疑問なのは其処ではない。
「金糸雀、気付いていないって…どういう事?」
薔薇水晶と違い、真面目に答えてくれそうな金糸雀に話を振る。
しかし、思惑は外れた様で。
当の彼女は、何と返答すれば良いものか考えあぐねているみたいだ。
口元に拳を当て、思案している所を見ると、真面目に考えてくれているのは伝わってくるのだが…。
「………じれったい。だから――」
金糸雀の代りに、むっとした態度で言葉を放とうとする薔薇水晶。
その理由はわからないが、答えはストレートに貰えそうだ。
彼女は言葉足らずな事が多いが、そこから推測するのはそう難しくはない。 

「―――むぐうぐ」
………と、安易に考えていた罰でも言うのだろうか。
薔薇水晶の続く言葉は小さな手のひらによって止められた。
「……金糸雀?どうして……?」
彼女の表情を見れば、意地悪でそういう行為をしている訳ではない…と言う事はわかる。
わかるのだが、このままでは求める答えが得られそうにない。
疑問を投げかける私に、彼女はゆっくりと口を開き、諭す様に、言う。
「―こう言う事は、自分で気付く方がいいかしら。
ヒントは、……多分、何時でも貴女の周りにあるわ」
にこ、と自然な笑みで言葉を締めくくる。
容姿はクラスでも雛苺に次いで幼い彼女だが、何故だか、その笑みは可愛いと言うより、
美しいものであった。
―少なくとも、向けられた私はそう感じた。 

「周りって…例えば、是と――」
「………ヒント終わり。行こ、金糸雀」
私は、私の両手を塞いでいる提出書類を彼女達に向けたのだが。
先程から、何故だかお冠の薔薇水晶に遮られた。
そして、彼女にしては珍しく、ぐいぐいと金糸雀の手を引っ張って、私が来た道―
教室の方に進む。
金糸雀は、そんな薔薇水晶に苦笑し、置き去りにされた私に小さく手を振る。
その様子をぽかんと見送る私。
―茫然としている私を気遣ったのだろうか…角を回る時に、薔薇水晶がちらりと此方を見て、
別れの挨拶と共に『ヒント』を残してくれた。
「―……ばらしーからも、ちょっとだけ。
真紅はギャルゲーの主人公、水銀燈はツンデレ。………ざっつらいと」
「薔薇水晶、まんまじゃないかしら!……まぁ、本人がわかっていない様だからいいけど」 

いや、よくない。
ギャルゲー……というものは何となくわかる。恐らく、コンピューターゲームの一種。
『ゲー』はゲームの略称だろう、…だとしたら『ギャル』は?
言葉どおりの意味なら、若い女性を指している―繋げると、『若い女性のゲームの主人公』。
………訳がわからない。
『つんでれ』に至っては、何所の国の言語かすらもわからない。
金糸雀は、薔薇水晶のヒントが正解に近い様に言っていたが、私にとってはないないづくしだ。 

再び、職員室に向かって歩を進める。
薔薇水晶のヒントは横に置き、金糸雀のヒントを考える。
『何時でも』『周りに』……だとすれば、今手に持っている書類も其処に繋がるのだろうか。
―最後に提出された、筆圧で若干よれている、裏返された用紙をじっと見る。
私の悩みの遠因、今日のいざこざの直接の原因―水銀燈の進路希望が書かれた紙。
さて、……どうするべきか。
歩く速度を変えず、私は今直面している選択肢の解答を探す。
見るか、見ないか―職員室はもう、そう遠くはない。 

―こつこつこつ、こつこつこつ…。 

こつこつこつ、こつこつこつ…。
担任に書類を渡し終え、私は一階、玄関に歩いていく。
歩みを止めないまま、ちらりと窓の外を見てみると、既に空は暗くなり始めていた。
先程まで部活動で残っていた僅かな他の生徒たちも、帰り支度をしているのだろう、
校庭には誰もいない………筈だった。
――まず、自分の目を疑う。
さっと目をこすり、もう一度確認して見るが、其処には先程と同じ光景。
遠目だからと言って、間違える筈はない。
校庭―正確には、校門前―にぽつんと影を落としている人物がいる。
―――――銀色の長い髪を、木枯らしに微かに靡かせ、一人で立つ…水銀燈。
何をしているんだ、あの娘は!
驚愕の後に私を支配した感情は、戸惑い。
誰かを待っているんだろうか―ならば、校舎で待ち合わせすればいい。
何も、肌寒さすら感じるこんな時間に外で立っている必要はないではないか。
戸惑いは理由のわからない焦りに変わる。
私は肩にかけていた鞄が揺れない様に小脇に抱え、校門へと走る。
思考しようとする頭を無視し、ただただ早く速く、水銀燈の元へ行く為に。 

「な、なに、こんな、ところで、ぼけっと…してるのよ…―水銀燈っ」
恐らく、体育の時間に計測した時よりも速いスピードで、私は水銀燈の元に着いた。
ただ、その動きには無理があり過ぎた様で。
彼女の眼前に立てはしたのだが、膝に両手を置きぜぇぜぇと情けない姿を晒す結果となってしまった。
彼女は何か言っている気がするが、呼吸を整えるので一杯で、よく聞き取れない。
短い息継ぎではどうにもならないようなので、私は目を瞑り大きく深呼吸をする。
―ふぅぅぅ、と息を吐き終え、漸く水銀燈に視線を向ける……と。
眼前に突き付けられる彼女の代名詞。そして、投げかけられる言葉。 

「――乳酸菌、摂ってるぅ?」 

――人とは不思議なものだ。
あれだけよくわからない感情に振り回されていた私だったが、彼女の一言で、自分を取り戻す。
肩の力が自然と抜け、怒りや戸惑いも、とりあえず小さくなる。
代りに浮かんでくるのは、いつも彼女に向けている呆れた視線。
「先に私の質問に答えなさい。―何故、こんな所で突っ立っているの?」
じっと真正面に水銀燈を見据える。
是が、質問をすぐにはぐらかしたり誤魔化したりする彼女に、真面目に答えさせる方法。
私の剣幕に怒りを感じ取ったのだろうか―彼女は少し後退さる。
すると、今まで気が付かなかった彼女の持ち物の変化が見えた。
いつもの、私とは対照的に薄っぺらい学校指定の鞄。
それと、もう一つ――近くのコンビニの袋。
近くとは言え、他の所と比較しての話だ。
距離的には歩いて15分程もかかる、そこそこ遠い場所。
昼食は一緒に学食で食べたのだから…彼女は、私が職員室に行っている間に、其処までの往復を
こなしたと言うのだろうか。
「ふ、ん…。カリカリしているようだったから、買ってきてあげたのよぉ。感謝しなさい」
私の視線が後ろ手に持っているコンビニ袋に注がれているのに気づいたようだ。
ぷいっとそっぽを向き、彼女は言葉と共にコンビニ袋を突き出してくる。
………ふむ、なるほど。
とりあえず、お互いの怒りは薄れているのだろう。
私は自分の予想に、少しだけ安堵する―その理由はわからなかったが。 

「別に頼んでないわ。でもまぁ、折角だし、頂こうかしら」
何時も通りの憎まれ口を叩きつつ、彼女の持つ袋から10本パックになっている飲料のビニールを
破り、そのうちの1本を取り出す。
昔ながらの小さな容器に入っているその液体は、からからになっている私の喉にするすると
入っていき……恐らく、数分後に更なる渇きを齎すのだろう。
是はそういうものだ―私だけなのかもしれないが。
飲み干し終え、唇を軽く指で拭い、水銀燈を見ると―彼女は先程と同じポーズをしていた。
「えーと……どうして固まってるの?」
「……鈍いわねぇ。袋ごと持っていきなさいよぉ」
――何がどう鈍いのかわからないが。
それよりも、彼女が10本全てを私に渡すつもりだった事に驚きが走る。
そう言えば…出会った頃、彼女が冗談交じりに言っていた言葉を思い出す。
『私が謝る時は、乳酸菌1本でごめんなさい、2本でとってもごめんなさいって思ってねぇ』
当時は何とふざけた謝罪方法だと思ったけれど。
彼女の中毒とも思える乳酸ジャンキーっぷりを知るようになってからは、妙に納得できる。
そして、今。
10本もの乳酸菌飲料―10もの、『ごめんなさい』。
「ぷ、く、あはは……っ」
言葉とは裏腹な彼女の本位に、呆れた笑いを噴き出してしまう。
なんとも可愛らしいではないか。
噴き出した私に、「何よぉ…」と頬を膨らませる水銀燈だが、その表情もやはり可愛らしく。
私は涙を浮かべるほどに、笑ってしまった。 

笑い収まるまで数十秒―ずっと憮然としていた水銀燈だったが、此方に向きなおり、
おずおずと口を開こうとする。
いつもざっくばらんな彼女だけに、その仕草は新鮮だった。
言葉を告げられない彼女に、少しだけ手助けをする私―じっと、彼女の瞳に此方の瞳を合わせる。
「だから、えーと………もう、怒ってなぁい……?」 

口元が緩むのがわかる。
お腹の底から衝動―いや、笑動が湧き上がる。
ぐっと奥歯を噛み、笑みを殺す私。
此処で耐えなければ、また水銀燈はむくれてしまうだろう―あぁ、だが。
「ぅ……やっぱり、まだ怒ってるのぉ……?」
言葉を発せず俯く私の顔を、水銀燈はおずおずと覗き込む。
彼女は、私が怒りによりそうしていると思っているのだろう。
それは理解できるのだが―――あぁ、もう駄目だ。
「く、あは、あはははははは……っ」
両の手を腹部に当て、声を出して吹き出す。
笑いとか笑みとか微笑…そんな可愛いモノじゃない―大笑いだ。
はしたない姿なのは容易に想像できるのだが、止められない。
「な、何よ、何よぉ!私は真剣に聞いているのにぃ!」
彼女は、予想通り両の拳を握り、むくれてしまった。
そう、彼女は彼女なりに真剣なのだ―私は何とか理性で笑いを押し殺し、引き攣る頬を自然体に戻す。
「――ん。ごめんなさい―もう怒りなんて何所かにいってしまったわ」
「ふん……真面目な顔してるつもりでしょうけど、眼が笑ったままよぉ」
微かに涙目になっている彼女だが。
どうやら、此方の本心もきちんと伝わったようだ。
「―まぁ……怒ってないなら良いけどぉ………」
ぽつりと呟かれた彼女の言葉に、私は微笑みで返そうとする――が。 

「真紅、水銀燈!…まだ帰ってなかったのかしら」
「………修羅場乱場?」
聞こえてくる賑やかな声とよくわからない不遜な言葉。
首を少し回し、後ろを振り返ると予想通りの二人―金糸雀と薔薇水晶。
驚いている彼女達だが、それは私も同じ事だ。
「先生と少し話していたから遅くなって…」
「空が綺麗だったから見上げてたのよぉ」
真実を伝える私、さらっと嘘をつける水銀燈―やはり、私達も彼女達の様に対照的なようだ。
答えを返された彼女達は校舎から此方に歩いてくる。
此方に…というよりは、帰る為に歩を進めているのだろう。
「所で、貴女達は――?」
「――とりあえず、何時も通りに戻って何より。じゃ、See you again」
……珍しく長文を投げかけてくる薔薇水晶。
ひょっとしたら、言葉を遮られたんだろうか……?
金糸雀も困ったような顔で薔薇水晶に追随する―「じゃあ、二人とも。また明日かしら」
呆気に取られる水銀燈。
だが、私はつい十数分前に同じ様な体験をしているので、何時もと変わらぬ自然な対応で
彼女達に別れの挨拶を告げる―「ええ、また明日。金糸雀、薔薇水晶」
気付けば、定められた下校時間を大幅にオーバーしてしまっている。
空の暗さも本格的に黒になってきた。
一時的なモノとは言え、仲互いも解消できたのだし、私達も二人に続こう。
そう隣にいる水銀燈に話しかけようとした時。
彼女が俯いている事に、初めて気付いた。
何時から?―金糸雀の言葉に返答していたのだから、その後。
だとすれば…彼女達と別れてから?―………どうして?
驚き、声をかけれない私を尻目に、彼女は肩を震わせる。
それはどういう時に起こる事だろう―笑む時、怒る時…悲しい時?

「………な………よぉ………」
どう反応すればいいか考える私だが、先に言葉を発したのは水銀燈だった。
言葉と言うよりは……嗚咽に近い気がする。
よくは聞き取れていないが、それは短文の繰り返しの様に――!? 

「なによなによなによなによなによなによ……何よぉ!
何でなのよぉっ」 

感情の爆発―その言葉が適しているだろう。
子どもの様に、水銀燈は疑問を投げかけてくる。
肩を震わせ、目には大粒の水滴を浮かべ―そう、是は慟哭。
客観的な分析をする私の頭。
では、主観的には?―――簡単だ、何が「何で」なんだろう。
傍から見れば、私達二人はどう映るんだろう。
そんなどうでもいい事を考えるが…まずは、この状況をどうにかしないと。
………私も、初めて見る彼女のこんな姿に、混乱している様だ。
「水銀燈、とりあえず落ち着いて。―その、…訳を教えて…?」
泣いている……とは付けれずに、私は先程の彼女の様に、彼女を覗き込み質問する。
その言葉が届いたのどうか…彼女は嘆きの声を続ける。
―新しい情報を付け加えて。
「金糸雀にも薔薇水晶にもぉ!
翠星石や蒼星石、雛苺、雪華綺晶にも見せるのにぃ!」
……余計に混乱してしまうものだったが。
彼女の他の、特に仲の良いクラスメイトを列挙されたが、てんで疑問は解決されない。
うろたえる私に、一人でヒートアップする水銀燈。
周りに人がいなくて良かったと、打算的な自分が頭の中で苦笑する。
言葉を整理しよう―そう、思った時。
彼女は、「何で」の目的語を叫ぶ。それは、私の求めていた答え。 

「何で他の娘には見せるのに、私には微笑んでくれないのよぉっ……ぐす…うぅ…」 

…………………………・・・・・・え?
「ちょっと待って、水銀燈。
私、貴女と話している時も笑っていると思うけど?」
「うぐ、ひぅ…呆れたり、苦笑いとかばっかりじゃないのよぉ…。
可愛らしくて柔らかくて、奇麗で愛らしい微笑みはしてくれないじゃなぁい…ひく…」
自分の顔が、一気に紅潮するのがわかる。
彼女は自分が何を言っているか、理解しているんだろうか。
叫び終えた彼女は、次に、両手を目に当て泣きじゃくる。
………どうしたものか。
「あのね、水銀燈。―確かに、貴女に対して微笑む事は少な―あぁもぉ、泣かないで!
でも、今までに一回もなかったって事は…さっきだって―」
「見てないし知らないわよぉっ。
出会った頃から………誰よりも、一緒にいるのにぃ―」
駄々っ子は嘆きを止めない。
止めないが、―彼女の言葉を『遮る方法』は思いついた。
そして、彼女の続く言葉が…何となく、予想できた。
その予想―自惚れと言うよりは……心の何所かの、希望。 

「―――ずっと、ずっと……貴女が好きなのにぃ……っ」 

「―――水銀燈。わかったから、落ち着いて頂戴」
そっと、私は両手を彼女に向って伸ばす。
泣きじゃくっている彼女に私の表情や動作は見えないだろうが、腕が向けられた事は
気配で察したのだろう。
いやいやと出鱈目に両手を振り回す。
今日、彼女に向って何度目だろうか―苦笑いが自然と浮かんでしまう。
―是では、本当に私がいじめっ子ではないか。
「うぅ、ぐす、落ち着いてらんないわよぉ!
殴るんなら殴りなさいよ、貧相な胸…じゃない、腕で殴られたって痛くないわぁ!」 
………イジメル。
―とまでは言わないが、優しく止めようと思っていたものを少し乱暴にしてみよう。
経験は0、知識もそれほどないが、同年代の皆がしているそうだし。
じたばたと振り回されている彼女の腕をかいくぐり、伸ばした自身の両腕で肩をそっと掴む。
そのまま、つま先立ちになり―「え、え?―しん………む…ん……-!?」
―彼女の口を遮る。私自身の口で。
目を瞑る前に見えた、水銀燈の驚愕の表情。少しだけ見えた、何かを期待する顔。
仏心が出ないではないが、一度乱暴にする…と決めたのだから、実行しなくては。
確か、そう―甘く噛む…のだ。この状態から。
かぷかぷかぷかぷかぷ…かぷ………。
「って、いきなり唇を噛んでどうするのよぉ!」
ぐいっと私の腕と平行に彼女の腕が伸び、私の肩を掴み少し遠ざける。
甘噛みでよかった―強く噛んでいれば、彼女の感触のよい唇を傷つけてしまっただろうから。
「ゃ、そ、そうじゃなくて、今のは…その…!………真紅ぅ……?」
自分が何をされたのか、漸く実感したのだろう。
水銀燈は唇に手をあてがい、顔を真っ赤にしている。
―もっとも、顔の色は、彼女の事を言えないだろうが。
「行為通りの意味だけど?―それと、私のこんな顔は、……貴女しか知らないわ」
驚きと恥ずかしさと―それ以外の感情も巻き込んで涙を流す彼女を見据えて、出来るだけ、
私は普段通りに微笑む―つもりだったが。
どういう訳か、笑みが震える。視界が霞む。―彼女の涙が、感染したんだろう。 

「―――私も、貴女が好きよ――――水銀燈」 

名前を呼ぶ前に。
私は彼女に強く抱きしめられた……彼女の貧相ではない胸に圧迫されて、少し苦しい。
泣きじゃくり、そのままの姿勢で私の名を呼び続ける水銀燈。
だけど、その涙は先程までのものとは違う―と思う。
そうよね―――水銀燈…。 

―――どれ位経っただろう。
水銀燈が落ち着くまで、私は彼女の背をとんとんと軽く撫で続けた。
とりあえず、この時間に人が一切此処を通らなかった事を感謝する。
「―ん……もう、大丈夫よぉ。……その、ありがとう……真紅」
愛らしい照れ笑いを浮かべる水銀燈。
彼女のその類の笑みは何度か見た事があるはずだが…。
自分の感情に気付くだけで、こんなにも表情は違って見えるものなのか。
何とも惜しい事をしてきたようだ。
「ええ。―ともかく、帰りましょう。………そうだ」
「むぅ……あんまり態度が変わってなぁい。――ん、なぁに?」
ぶつぶつと文句を言う水銀燈に、もう一つ聞いておきたい事があったのを思い出した。
私の悩みの遠因、今日のいざこざの直接の原因…だったもの。
悪友を親友以上のモノに変える遠因、今日の口付けの原因となったもの。
「貴女、進路のアンケートに何て書いたの?」
―私は結局、金糸雀達と別れた後、それを見ないまま提出した。
プライバシーと言う事もあるが…どちらかと言うと、アンフェアな気がしたからだ。
だが、本人から直接聞ければ問題はないだろう。
「ぅ……言わないと駄目ぇ……?」
「駄目」
彼女の申し入れをすっぱりと却下し、言葉を待つ。
幾時か悩んでいた彼女だが、頬を掻きながら、答えを教えてくれる。
――そして、私はその代わりに、今日二回目の…人生で二回目の口付けを、彼女に捧げた― 

「『真紅と同じ学校』よぉ」 

――――――――――――――――《#a22041×#000b00》end 

《世界は色で出来ている》《#a22041×#000b00》 After episode
(もしくは、―百合な保守を致すのだわ―) 

「しぃんくぅ!ごろごろごろごろ…」
「……えーと。昨日の今日で、いきなりそういう態度はどうかと思うのだけれど…」
「人に見られてたら恥ずかしいけど、二人だけなんだからいいじゃなぁい」
「そういうもの?―まぁ、嫌ではないけれど」 

「んじゃ、朝のHRを始めるわよっ」
「……(教室では普段どおりね。皆にはばれていない様だし…)」
「……(当たり前でしょぉ。幾ら私でも、周りに囃したてられるのは恥ずかしいわよぉ)」
「と、その前に。―そこでいちゃついている片割れ、具体的に言うと銀ちゃん」
「へ!?な、なぁに、みっちゃん先生……?」
「正式な進路希望に、『真紅と同じ学校』なんて通る訳がないでしょうが!」
「∑(・□・)―せ、先生、何もこんな所で―!?」
「∑(//////)―そ、そうよぉ、せめて、オブラートに包んで…!」
「昼休みまでに書きなおしてくる事っ。―それじゃあ、HRを始めるわね」
「と、今日の日直はお前ぇですよ、蒼星石」
「わとと、―起立、礼、着席…と」
「雛お姉様、起きて下さいまし」
「むにゃ……もう、うにゅー食べられないのぉ…」
「………………え?あれ?」
「………………よくわからないけどぉ…するー……?」 

「……気付いていなかったのは」
「―――本人達だけなのかしら」

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