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なぜだろう。体が軽い。ひどく気分がいい。
あんなに恐ろしげに見えた化物も。
あんなに気色悪かったゾンビのひき肉も。
今の私の目にはなんてことない背景のようにしか映らない。
「ジュン、すぐ片付けてあげる」
固い石の感触を踏みしめ、濡れた大理石の床を蹴る。
私の体はまるで羽毛のようにふわりと、けれど弾丸のように力強く突き進んでゆく。
化物に刻一刻と迫る私の体。私の視界を閉めてゆく化物の体躯。
私は拳を握り締め・・・全力で、全身全霊で、化物を叩く。
「!?」
私の拳が振るわれた先に、あの猫はいなかった。
刹那。もしくはそれより更に短い時間。本当に「あ」と言う前に消えてしまった化猫。
勢い余って、壁へと頭から突っ込んでしまう。
「うっ・・・猫は・・・」
化猫の姿を探す私。
その巨体は、私のはるか後方に。ジュンの、死に掛けの体の前に。
「や、やめて!」
猫は右前脚の爪を立て、ジュンへと突きつける。
そして、迷いなく。それをジュンへと振り下ろした。

世界は私から何もかも奪うつもりなの?
最愛のお父様を奪い。
友達になってくれるかもしれなかった人を殺し。
お父様の遺してくれた屋敷さえも砕きつくす。
今の私には何が残っているの?

「心配するなよ」

ガギン。
金属と金属がこすれ合い、削れ合う音。
ジュンが、ジュンが、ジュンが。

「少なくとも、僕は簡単には、死なない」

銃を盾にして、爪を防いでいた。
「ジュ、ジュン!」
喜びの涙で、視界が濡れる。でも、だめだ。このままでは。
彼の命がまだ繋げていることを喜んでいる暇はない!
私は未だに必死に彼に爪をつき立てようとしている猫へと駆け寄る。
そしてもう一度拳を振り上げ、今度こそちゃんと狙いをつける。そして、殴る!
・・・お決まりというべきか、再びバランスを崩し、壁へと激突する私。
再び、猫は私の前から姿を消していた。
「水銀燈」
ジュンがすっころんだ私の名を、細々とした声で呼ぶ。
心臓の音は整っているように聞こえたが、彼の息は荒い。
「あいつの動きを。なんとしても止めろ。あいつ、見た目の割りに力とかは大した事ない。
 多分これさえ当てられれば、ふっとばせる。もう一度言うぞ、あいつの動きを止めろ」
そういって彼が手渡したものは、本で読んだ事のある、こぶし大の丸いもの。
彼が私に握らせたもの、それは手榴弾だった。
「ど、どうやってあんな素早い奴の動き止めろっていうのよぉ」
「それは自分で考えてくれ。何だか僕は頭がぼーっとする」
怪我人をかばいつつ、格上(?)の相手とやり合う。
おまけに私が今までまともに戦った事のある一番強い相手と言えば、せいぜいゴキブリかネズミくらいである。
絵に描いたような絶望的状況。

―――あなたの翼は、なんのために生えてるのかしら?

え?
突然心に響く声。私に似た声。ただし、絶対的に違うのはそれが柔らかく、優しげなものであること。

―――そんなに立派で、綺麗な天使の羽根が生えてるのにね。勿体無いわ。

私は周りを見回すが、そこにあるのは血塗りの壁と床と、倒れたジュン。
ばらばらに吹き飛ばされた肉塊と、憎らしいデブ化猫のみ。
どこにも、女性らしき影なんて見えない。

―――私が使い方、教えてあげる。

大人の女性のような、落ち着いた優しい声。少女のような、無邪気な声。
貴女は、一体、誰?

―――ふふ、知ってるくせに。

まるで子供をあやす様な口調。心底嬉しそうな声色。
・・・っぐ。
唐突に背中が抉られるような痛みが走る。また、あの激痛が帰ってきた。
内側から背中を削られるような。腹の中で毒虫がのた打ち回るような。
「う・・・あ・・・っぐ」
今度は痛みで霞む視界。そこには、汚らしい化猫が私を睨みつけていた。
まるでようやく『敵』として認識したかのように。

―――翼はね、飛ぶために使うものなのよ。空気を蹴散らし、風を巻き起こし、気流に乗り。
   自分のとんでゆく方向にある邪魔者をぜんぶぜんぶ、なかったことにするためのものなのよ。

めり、めりめり、めりめりめりめり
見えないけれど、分かる。
この激痛は、私の翼が目覚めはじめていることを、私に教えてくれる。
ぬめった紅い粘液に囚われた私の翼が、ゆっくりと広がってゆく。

―――さぁ、羽ばたきなさい。水銀燈。

猫が、私へと突撃してくる。
はるか遠くにいたように見えた猫が、今ではもう私の目の前に。
敵ながら天晴れと言わざるを得ない超高速。
爪をたて、腕を振りかざし、私へとそれを振り下ろさんとする。
だけれど、私はもう何も怖くはなかった。
さっきまでの私には見えなかった、猫の移動するさま。
それが今でははっきり、くっきり、そしてまるでスローモーション再生のように見えたのだから。
「吹き飛びなさぁい!」
私は羽ばたいた。
目の前の邪魔者を蹴散らし、吹き飛ばし、無かったことにするため。

風が、部屋を駆け抜けた。
突風、爆風、暴風。風の度合いを表す単語は多けれども、私はこれをなんと形容すればいい?
その翼のはばたきが起こした風は、目の前の猫をはるか遠くへと吹き飛ばし、
屋敷の壁に大穴を穿ち、森の木々をなぎ倒し、大地を削り荒らしていた。
そしてエントランスホールに舞い散る、夜の闇のような、静かで、穏やかな黒の羽根。
「これが、私の力・・・」
背中の翼に触れようと、手を伸ばすが、既にそこには何もなかった。
空を見上げる。
天窓から洩れる陽光で、舞い落ちる漆黒の羽根が、きらきらと輝いた。
あの声が誰のものだったか、そんなことはわからないけれど。
あの声が私たちを助けてくれた。それは揺るがない真実。
「ジュン、終わった、わよぉ」
私は自分自身が疲労していたことに気付く。
ふらふらと、ジュンの傍に歩み寄る。そして彼と同じように紅へと堕ちてゆく。
彼は小さな声で、囁く。
「あーあ、折角顔綺麗に拭いてやったのに。まーた真っ赤にしちまって」
そう言って、血で濡れた手で、私の白い肌を撫ぜる。
血で真っ赤になりながらも、笑いあう私たち。
「ジュン、傷は?」
「手持ちの傷薬と痛み止め塗って、そのあと自分で縫合したよ。それよりもな」
ジュンがゆっくりと、胸の傷をかばうようにして立ち上がる。
とたんに薄暗くなる視界。私に巨大な影が降り注ぐ。
彼のその手には、短刀。
暗がりの世界で、それだけがぎらぎらと輝いた。
「ちゃんと、くたばってるか確認しないと、駄目だろ」
そういい、短刀を振りかざすジュン。
目標は・・・・・・私!?

ざくり。びたびたびたびたびた。
肉に刃が突き刺さる音が聞こえる。血が飛び散る音が聞こえる。
この音は、何? この血は?
ジュンが突き刺した短刀の切っ先。そこには右前脚と顔面の半分を失ったあの下品な化猫。
今にも私を切り裂こうとするところだった。
彼のナイフは、その猫の右の首に突き刺さっていた。猫の肌の下の肉や骨が血に照らされ、光る。
「~~~~!」
猫は驚いたように、ジュンのことをただただ、見つめていた。
「往生際の、悪い!」
私を睨み、そして次にジュンの事を憎憎しげににらみつける、猫。
きっとこの化猫も、ジュンに同じ事を言いたいんじゃないのか。なんとなくそう思った。
彼はそのまま、猫の首の下に滑り込むようにしてナイフの位置をずらし、肉を切り裂く。

ざくり。ざくざくりぐしゃざくりさくざくざく
べきん。どしゅりざくぐちゃぐちぐちゃぐち
ぎゃあああ、ぶしゃりどくどろどろざくりぐしゃ、
ぎぃあああ、べりんぐちゅざくぐちゅざく
ぎょおお、ぐちゃべろんどしゃぐちゃぐちゃぐちゃ

肉を裂く音。骨を断つ音。血管を、神経を切る音。そして化猫の悲鳴。
ジュンが腕に力を込めるたびに、彼の胸から吹き出す血。
化猫の首からとめどなくあふれる紅。
凄絶なることこの上ない、凄まじいオーケストラだった。
そして、ぐるんと黒目が回転し、白目を向き、ゆっくりと紅の沼へと倒れこむ化猫。
指揮棒『ナイフ』をゆっくりと下ろす指揮者『ジュン』
床を揺らす振動、鈍い音が、倒れこむ奏者の体が、演奏の終了を告げた。
大喝采・・・の代わりに私の嘔吐。
「水銀燈、詰めが、甘いぞ。怪我人にこんな無茶させるなよ・・・っと」
彼はふらふらと覚束ない足取りで私の傍へと寄る。
「とりあえずさ、ここ出て病院行こう。難しいことはその後考えよう。で、できれば僕に肩かしてくれ」
「はいはい、分かったわよぉ」
ゆっくりと、ぬるま湯のような紅の沼から抜け出す。
日はもう天高く昇っている。陽光が天高くより私たちへと降り注ぐ。
私に肩を抱えられているのは、私の命を何度となく救ってくれた青年。
その姿は、髪から顔から肩から胸から腹から足から腕まで全てがべっとりと血で彩られていたけれど
私はなぜか、彼のその姿を、心底、美しいと思った。
「ん、どした。水銀燈」
「な、なんでもないわよ」
私たちが進む先。そこは太陽に照らされ、輝く町。
もうすこし、この人と歩いてもいいかな、と思った。

Chapter1「紅ノ中ノ少女」完
Chapter2、第六夜ヘ続ク

 


不定期蛇足な補足コーナー『血液フェチとナンパ好き疑惑』

銀「私は別にフェチなんじゃなくて体質的に必要ってだけよぉ。勘違いしないで頂戴」
ジ「僕も別にナンパが好きなんじゃなくて、可愛い女の子に声をかけたくなっちゃう体質ってだけだ。
  というかこの世の男なんてみんなどうせそんなもんだろう」
銀「・・・ガチだったの?」
ジ「嘘だ。そんな睨むな」
銀「ということで『第1章、完』って感じ?」
ジ「そんなとこだろう。Chapter2は『脱獄編』、3は『黎明編』、
  『ダイヤ○ンドは○けない編』から『ア○バスタ編』、『キメ○アント編』、『宇宙編』、『未来編』
  『ぶらり一人旅編』、『グルメ編』と続きます! どうぞお楽しみに!」
銀「・・・どこから嘘?」
ジ「全部嘘です。ごめんなさい」

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