『ゆうだちの日』
雨の日に園芸部の仕事はない。
って言うのは嘘。
雨が降っててもやることは勿論たくさんある。
部長は誰よりも園芸に熱心だけれど、自分の胸に咲いた花にも時々養分をやりたいらしい。
「雨の日は暇ですよねぇ、ちょっと出かけてくるですよ」
なんて、みえみえな嘘。部員のみんなもよくわかってるから、「そうですよ部長。後は私たちがやっておきますから」
そんなことを言って、部長を送り出してしまう。
こうやって、僕の姉さんは、またジュン君のところにいそいそと出かけてった。
けれど、僕は?
「副部長も行ってきてらしてください」
「…うん、そうするよ」
みんな善意の圧力に負けて、僕も部室から押し出される。
とりあえず、廊下を歩く。
『蒼星石と翠星石だけはいつだって一緒ですよ』
昔の誓いをいちいち覚えているのは僕だけなのかな。姉さんのそばに立ち続けて、時には背中にかばって、でも姉さんは肝心のところでは僕なんか置いて走り出してしまう。
いつからだろう。心には棘があるって考え始めたのは。
その棘は内向き。何かあるたびに、引っかけずにはいられない。けれど、棘を失くすことなんてできない。だって棘は、僕自身から生えているんだから。
たぶん、姉の水銀燈のおかげだろう。
常に燈かりに照らされた、暢気な小鳥さん。
この子の世界はぜんぜん揺らがなかったらしい。揺れっぱなしの自分がなんだか恥ずかしく思えた。
「うらやましいな」
つぶやいた声は口の中で消えた。
一つ棘を吐き出して、また一つ棘が増える。
中庭に出ると、あたりには陽炎が立ち上っていた。
僕は園芸部のみんなが手入れをしている向日葵の花壇に向かって歩き始める。
ちらりと振り返ると、金糸雀はまだ僕を見送ってくれていた。
どの姉妹も、僕は大嫌いで、大好きだ。
だから、僕は祈る。このバランスが悪い方向に転がりませんように。どうか姉妹を嫌いなだけの自分になりませんように。
心の棘が、どうか自分以外を傷つけませんように。
「蒼星石―!もうみんな始めてるですよー!」
一番大嫌いで、大好きな姉さんの呼ぶ声が聞こえる。
「すぐ行くよ」
僕は気軽に答える。
陽炎のせいで、ゆらゆら視界は揺れている。でも、雨は上がった。
だから、僕はもういつも通り。
ここにいるのは、いつだって弱音なんか吐かず、姉さんを支え続ける男の子みたいな子。冷静な園芸部の副部長、蒼星石。
うん、僕は大丈夫。…だよ?
最終更新:2007年09月04日 23:57