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『ゆうだちの日』

雨の日に園芸部の仕事はない。
って言うのは嘘。
雨が降っててもやることは勿論たくさんある。
部長は誰よりも園芸に熱心だけれど、自分の胸に咲いた花にも時々養分をやりたいらしい。
「雨の日は暇ですよねぇ、ちょっと出かけてくるですよ」
なんて、みえみえな嘘。部員のみんなもよくわかってるから、「そうですよ部長。後は私たちがやっておきますから」
そんなことを言って、部長を送り出してしまう。
こうやって、僕の姉さんは、またジュン君のところにいそいそと出かけてった。

けれど、僕は?
「副部長も行ってきてらしてください」
「…うん、そうするよ」
みんな善意の圧力に負けて、僕も部室から押し出される。
とりあえず、廊下を歩く。
『蒼星石と翠星石だけはいつだって一緒ですよ』
昔の誓いをいちいち覚えているのは僕だけなのかな。姉さんのそばに立ち続けて、時には背中にかばって、でも姉さんは肝心のところでは僕なんか置いて走り出してしまう。

いつからだろう。心には棘があるって考え始めたのは。
その棘は内向き。何かあるたびに、引っかけずにはいられない。けれど、棘を失くすことなんてできない。だって棘は、僕自身から生えているんだから。 
雨はささやかなもので、日は照り続けている。きらきらとした糸が空から垂れているみたいだ。
雨の匂いが、鼻をつく。
また、行ってみようかな。僕はぼんやり思った。

「蒼星石かしらー!!」
部室の扉を開けると、賑やかな声が出迎えてくれた。
「おじゃまするよ」
驚きと歓迎以外のなにも混じっていない事がよくわかる声、だから僕は気軽に答えることができた。
だぶだぶの制服を着て、髪の毛を縦ロールなんて手間のかかる髪形にしている、僕の異母妹。姉さんの嫌がる考え方だと、次女になる。
金糸雀は合わせた机に何かを広げていた。僕が近づくと、紫色の眼帯をしている初等部の女の子が逃げるようにして席を譲ってくれた。この部室で何度か会っているんだけれど、あの子とはまだ話したことがない。随分と引っ込み思案らしい。

机の上に広がっていたのは…
「なんだい、これ?」
「シシカバブとドルネケバブかしら。蒼星石も食べる?」
金糸雀が何気なしに聞いてきた。こんなものどこから手に入れてくるんだろう?
「食べ比べかい?」
「そうそう、シシカバブのほうがピリッと辛い食べ物みたい」
「それはただのソースの違いじゃないかな」
金糸雀がきょとんとした目でこっちを見てくる。
「…その発想はなかったかしら」
こういう事を素でできるんだから、ある意味大した子だと思う。

金糸雀と僕の出会いは少し複雑だ。金糸雀にはとても単純に見えているだろうけれど。
僕と金糸雀は姉妹で、全員合わせると六人姉妹になる。

けれど、その事実は数日前まで伏せられていた。たとえば金糸雀はその日まで、自分の姉妹は水銀燈だけだと思っていたみたいだ。
僕と姉さんは他に姉妹がいる事を知っていた。そう遠くない日に全員で話し合いの場所が持たれることも。

だから、僕は金糸雀に近づいた。正直、隙が多くて何も知らないから、最初に近づく姉妹としては丁度いいかなって思っただけだ。
でも金糸雀にとって僕は出会った日から友達だったらしい。
ある日偶然を装ってこの部室を訪れた僕を、何のためらいもなく金糸雀は歓迎してくれた。

歩兵を囮に使い、騎士が切り込む。僕の手勢はやすやすと金糸雀の陣地を蹂躙した。
「っわ、ちょ、え、え?カナの女王が」
「はい、王手詰み」
「…うぅー、負けは素直に受け止めるかしら」
「それもお姉さんの教え?」
「そうよ。『負けは認めて7倍返し』かしら」
水銀燈、妹からは想像できないくらい怖い性格だ。
「それなら僕から500連勝しないと」
「あきらめないもん」
上目遣いでふくれる金糸雀を見て、僕は思わず笑ってしまった。
金糸雀はチェスが弱すぎる。今のところ、彼女との一局に20分とかかったことがない。
頭が悪いんじゃないけれど、ついつい慌ててしまうらしい。
そのくせ、金糸雀は僕とほぼ同じテンポで手を返してくる。
カチ、カチ、カチ、心地よい象牙のぶつかる音。
おかげで、二人で楽器を鳴らしているみたいだ。
楽器で思い出した。
「そういえば、金糸雀、君は今度コンクールに出るらしいね。音楽の先生が言ってたよ」
カチ、カチ
「先生はこの部活の顧問だからねじ込まれたかしら」
カチ
「それは災難だね」
「コンクールなんて面倒なだけよ」
カチ
「競いあうのは嫌いかい?」
「勝負は好きかしら」
カチ
金糸雀の眉根が寄った。見てて飽きないな、この子は。
「でも、ヴァイオリンはそーいうのじゃないかしら」
「あぁ。おねえちゃんのため?」
「うーん、そんな偉そうな『してあげる』ものじゃないかしら…ただ、なにか、うーん」
カチ、カチ
考え込んでいるのか、ただでさえ拙ない打ち筋が、さらに穴だらけになる。
カチ
「でも、その気持ちはわかるよ。僕もコンクールに薔薇を出品するのが面倒なんだ。花は競わずに咲き誇ればいいのにさ」
カチ、カチ
リズムに乗せられてか、口が滑った。
「でも、そんなの無理さ」
カチ
「色々な所で枝を張り合って、どこかでぶつからずに入られないんだよね。そんな時は、やっぱりどちらかが折れるまでぶつけ合うのか…誰かが切って、捨ててしまわないと」
「そんなの嫌じゃないのかしら?」
「嫌でもやらなきゃ」
「そうなのかしら」
カチカチカチ
僕らは、同時にため息をついた。
「どうせ、地方予選敗退かしらー」
金糸雀は机つっぷした。だらーん、とかそんな音が似合いそうだ。
本人は真面目に嘆いているんだろうけれど、天性のものなのか、愛嬌と陽気さがどうしても付きまとった仕草になる。
僕も真似して机に突っ伏する。金糸雀の陽気さにまぎれさせて、僕はそっと心の棘を吐き出す。
「どうせ、育てたのは姉さんで、僕は切っただけなんだよー」
こんなこと言うのは、誰に対しても初めてだった。
なんで花を連名で出品するんだろう。姉さんは。あれは姉さんの作品なのに…。
気づいたら、雨は止んでいた。

中庭まで金糸雀は見送ってくれるらしかった。
廊下を二人で歩く。中途半端な時間だからか、辺りには誰もいない。
「なんだか、もっとぎこちなくなるかと思ったけれど、そうでもないね」
今日の金糸雀があまりにもいつも通りだったから、なんとなく僕は聞いた。いや、これもつじつま合わせの嘘。本当はずっと聞いてみたくて仕方なかった。
なんで、急に姉妹が増えて、それでもいつも通り笑っていられるのか。

「カナはカナで、蒼星石は蒼星石かしら」
金糸雀はやっぱり、いつも通りの調子で言った。
「君は気にならないの、急に姉妹が増えて?」
「色々考えたけれど、お昼寝して、一息ついたら、カナの大切な人もカナを大切に思ってくれる人も減ってないなぁって。
それならゆっくり考えればいいのかしら」
「急ぐ必要はない、か」
正直意外だった。
この慌て屋がそんな結論に達するなんて、ね。

たぶん、姉の水銀燈のおかげだろう。
常に燈かりに照らされた、暢気な小鳥さん。
この子の世界はぜんぜん揺らがなかったらしい。揺れっぱなしの自分がなんだか恥ずかしく思えた。
「うらやましいな」
つぶやいた声は口の中で消えた。
一つ棘を吐き出して、また一つ棘が増える。

中庭に出ると、あたりには陽炎が立ち上っていた。
僕は園芸部のみんなが手入れをしている向日葵の花壇に向かって歩き始める。

ちらりと振り返ると、金糸雀はまだ僕を見送ってくれていた。
どの姉妹も、僕は大嫌いで、大好きだ。

だから、僕は祈る。このバランスが悪い方向に転がりませんように。どうか姉妹を嫌いなだけの自分になりませんように。
心の棘が、どうか自分以外を傷つけませんように。

「蒼星石―!もうみんな始めてるですよー!」
一番大嫌いで、大好きな姉さんの呼ぶ声が聞こえる。
「すぐ行くよ」
僕は気軽に答える。
陽炎のせいで、ゆらゆら視界は揺れている。でも、雨は上がった。
だから、僕はもういつも通り。
ここにいるのは、いつだって弱音なんか吐かず、姉さんを支え続ける男の子みたいな子。冷静な園芸部の副部長、蒼星石。



うん、僕は大丈夫。…だよ?
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