懐かしき思い出
前回の水銀燈のお話から数日たったある日。またもや僕の家の小さな来訪者があらわれる。これはその時のお話。
「窓からの来訪者」
水銀燈の一件から少し経った今日この頃。やはり今更になって何も言わずに帰ったことを後悔する僕。
「いつまでも抱えていても仕方ない。気分直しに窓を開けるか…。」
窓を開けると涼しい風が入ってきた。クーラーも無いこの家を閉め切りにしていたのが馬鹿のようだ。
「でもまだ暑いな。冷蔵庫からジュースでも取ってくるか…。」
手で顔を扇ぎながら一階におり冷蔵庫からジュースを取る。
そんな僕の耳に二階からすごい音が聞こえてきた。何かが何かと激しくぶつかった音。
この家は古く珍しいものがおいてある。故に泥棒が入ることもしばしばある。
今回は窓を開けっ放しにしていたためその類かと恐る恐る自分の部屋を確かめる。すると…
「…い、痛いかしら。あんなもの追い掛けるんじゃなかったかしら…」
そこには黄色服を着た水銀燈よりも一つ下くらいの女の子が自分の広いおでこを擦りながら呟いていた。
「あの~どちら様かな?」
「えっ?そ、そっちこそどちら様かしら?」
「僕は桜田ジュンだ。この家の人間。それでそっちの名前は?…これは厳しく言えば住居不法侵入だけど…」
「カナの名前は金糸雀かしら。……じゅうぎょふへいしんちゅうって何かしら?」
意味をわかるとは期待してなかったけどここまでとは思わなかった…。
「あ~それはいいそれはいい。それで金糸雀は何でここにいるんだ?」
「え~っとカナは自分の家の屋根で寝転んでたかしら。そしたらポカポカしてていつの間にか寝ちゃったのかしら。」
この糞暑いなか屋根の上で寝るとは…なかなか出来ない芸当だ。
「そしたらカナの上に黒い猫が乗ったのかしら。始めは許してたけどあんまりにもしつこかったから追い払ったのかしら。」
「それで?」
「それでも何度か乗ってきた猫にカナは怒ったかしら。それで屋根伝いに猫を追い掛けていたら屋根から滑り落ちてこの家に入っちゃった…と言うわけかしら~。」
勇気があるというか無謀というか。屋根伝いに逃げる猫を捕まえるなんて…。
「つまりは事故なんだな。じゃあ玄関開けてやるから家に帰ってくれよ。」
「言われなくても分かってるかしら。」
一階におり玄関の扉を開けると金糸雀は飛び出していってしまった。
「なんだったんだ?黒い猫って…まさかな。」
玄関から再び二階にあがろうとした僕の耳に呼び鈴の連打が襲い掛かる。
「はいはいはい。どなた?」
「金糸雀かしら~。その…か、帰り道がわからないかしら。」
それもそうだ。屋根伝いに来たのなら道が分かるはずがない。またもや迷子の世話か…。
「まったく…とりあえず入れよ。」
「お邪魔しま~すかしら。」
もう十分お邪魔してるよ…。例によって昼時か…。こいつの分も何か作るか。
「金糸雀?何か食べたいものはあるか?どうせ腹減ってるんだろ?」
「そう言えばみっちゃんの卵焼き食べるの忘れてたかしら…。甘い卵焼きが食べたいかしら。」
みっちゃんと言うのが誰かは知らないが甘い卵焼きとは難しい注文だ。
「とりあえず出来たぞ。」
なんとか作ってみたものの砂糖が卵焼きにこびり付きとても表現しにくい形になっていた。
「……ギリギリ30点ってところかしら。」
「おまえ人の家で飯食っといて点数付けるなよ。」
30点って正直ショックだ。子供は正直というし…。
「…ごめんなさいかしら…そうかしら。お礼にカナが得意なバイオリンを聞かせてあげるかしら。」
帰るのはいいのか?帰るのは…。それを置いとくにしてもバイオリンか…。
「バイオリン持ってるのか?」
「あっ。も、持ってないかしら…。」
「はは。ちょっと待ってろよ。」
顔を赤くしながら下を向く金糸雀の頭を撫でながら僕はそう言った。たしか物置にバイオリンがあったはず…
「お披露目かしら。よ~く聞くかしらジュン。滅多に聞けない音楽かしら。」
金糸雀はバイオリンを持ってくると飛び跳ねるほど喜び。すぐに引く準備をした。
金糸雀のバイオリンの音は小学生にしてはうまいな。っと思うくらいのものだった。別に下手と言っているわけではないが…
「う~んギリギリ30点だな。」
「そんなことないかしら。そんなに言うならジュンがやってみるかしら。」
先程のお返しも兼ねて30点と言うが金糸雀はそれが癪だったのか。むくれながらバイオリンを僕に渡してくる。
「久しぶりにやるからな。あんまり期待するなよ。」
失敗した時の言い訳みたいなことを言ってしまったがそんなことは気にしない。今はバイオリンを引くことに集中することにする。
本当に久しぶりにやったが自分でもまあまあの出来かなっという感じで演奏は終了した。
「見かけによらずすごいかしら。」
「昔少しやっただけだけど。そう言われるとうれしいよ。」
金糸雀は目をキラキラさせながら拍手をしてくれた。
うんうん子供は素直だ。
「それより金糸雀?どうやって帰るんだ?」
「うっ。それは思い出したくなかったかしら。」
何を言うか。帰ってもらわないとこっちが困るよ。
「とりあえずもう少しここにいるかしら。」
「ポジティブなのはいいけど少しは考えてくれよ。あと物は壊すなよ。」
そう金糸雀に忠告して僕はそれまで忘れていた自分のご飯を作りはじめた。
始めのうちはドタバタドタバタと走り回る音やバイオリンを引く音なんかが背中越しに聞こえていたがいつの間にか家のなかは静かになっていた。
別段気にすることもなく昼食を食べリビングへと向かうと横になって眠る金糸雀の姿を見つける。
「そう言えば寝てる時に猫がどうとか言ってたな。」
僕は可愛い寝音を立てながら眠る金糸雀にそっと布団を掛ける。
「さてどうやってこの子を家に帰すか考えるか…。」
う~んしかしどうするべきか…。家なんて金糸雀に聞かなければ分からないわけだし。でも金糸雀みたいな小さい子が住所を覚えているわけもないし。
「困ったな。…猫でも探してみるか?」
何を考えているんだ僕は…猫が家を教えてくれるわけが……
「えっ!?」
そこで僕の動きは停止した。僕の隣を黒猫が横切っているからだ。黒猫は金糸雀の上に当然のように乗り眠りだした。
金糸雀はどこか苦しそうになり少しすると眠りから覚め起き上がる。
「ま~たお前かしら。今度こそ捕まえてやるかしら~~。」
金糸雀は目を擦りどんな状況か確認するとすぐさま黒猫を追い始めた。
その時金糸雀のポケットから何かが落ちる。
「んっ?これは………携帯…」
落ちたのは携帯だ。僕は黒猫を追い掛ける金糸雀を見ながら頭を抱えた。
「携帯あるならすぐ帰れるじゃないか…。」
「…携帯のことすっかり忘れてたかしら。…それにしてもおでこがヒリヒリするかしら。」
結局黒猫は捕まらず逆に金糸雀の方が転けておでこを打つ。という結果になったがそんなことはどうでもいい。今は携帯のことだ。
「かけていいか金糸雀?」
「あっカナがかけるかしら。」
たしかにそのほうが都合がいい。僕は携帯を金糸雀に返した。
携帯を受け取った金糸雀どこかに電話し始める。
今この空間は電話の音だけが響いている。
「みっちゃんかしら?」
それも一時のこと電話の相手はすぐに出たらしく話し始める金糸雀。
「…だから屋根から落っこちてジュンの家に………」
説明が悪いな。それじゃあ相手は訳が分からないはずだ。
「えっ?ジュンにかわるのかしら?……ジュン。はいかしら。」
えっ?いきなり僕に振るのか?なんかいやな予感。
「もしもしお電話かわりました。桜田ジュンですが…」
「なに!?家のカナを誘拐したの。早くカナを返しなさい。うちにお金はないわよ。でもカナのためなら…」
はいはい予想通りの展開ですよ。人の話は最後まで聞いてほしいもんだ。
「あの~すいません。誘拐とかじゃないんですよ。家に帰れないというのでそちらの住所を聞きたいんですが…」
「なに?住所を聞いて押し掛けてくるつもり?ダメよ絶対教えないわよ。」
はぁ。このテンション…あいつを思い出すよ。仕方ないこっちの住所を教えるか。
「本当にすいません。カナの面倒見てもらった人を誘拐犯みたいにしてしまって…」
「状況的にはそう考えることもありますよ。気にしないでください。」
あれから数時間後。金糸雀の保護者が僕の家に来てくれた。
「それじゃあ私はもう帰りますので。本当にありがとうございました。」
「当然のことをしたまでですよ。」
正直このやりとりはあんまり好きじゃない。堅苦しすぎて肩がこる。
「バイバイジュン、また来るかしら~。」
手を振りながら玄関を出る金糸雀。最後にまた来るだなんて言って帰っちゃった。
「まあいいか。……そういえば窓開けっ放し…ジュース置きっぱなしだったな。」
二階にのぼる僕の耳に微かに猫の鳴き声が聞こえた。
…………
現在はあれから六年経ったわけだが…
「まだまだ70点くらいかしら。」
「それはまた手厳しいな。」
去りぎわの言葉どおり金糸雀はたまにこの家に来るようになった。
「今度はカナのバイオリンを披露かしら。」
来るときは決まって甘い卵焼きを食べバイオリンを引いていた。まだまだ僕の卵焼きに満点はもらえそうにない。そして今日もまた僕の家には金糸雀の引くバイオリンの音が響き渡っている。