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○あらすじ
ジュンは巴との約束で図書館に向かう途中、真紅に会った。
アクシデントのために、真紅のスカートが裂けて、下着が丸見えの状態になってしまう。
仕方なく二人は、ひとまずジュンの家に向かうことになった。パンツ隠しながら。



第四幕



「ちょ、ちょっとジュン、あまり離れないで…見えてしまうわ」
「わ、わかってるよ…おい、もうちょっと早く歩けないのか?」
「私だってそうしたいのよ…でも、この態勢じゃこれが限界なのだわ」
「ぼやぼやしてたら、また誰かにあうかもしれないぞ…」

真紅のすぐ後ろに、ピタッとジュンがくっついている。
体だけでなく、鞄を使って見えないようにしながら、距離が離れないように真紅が後ろ手にジュンの服の裾を掴んでいる。
断続的に、真紅の柔らかな髪の感触が肌をくすぐり、甘い香が鼻孔にまとわりついて、
ジュンはまさに絶体絶命だった。その証拠に、少し腰が引けている。

「やばい…本当にやばい…これ以上ひっついてたら…本当に…」
「ジュン?何をぼそぼそと言っているの」
「な、なんでもない!き、気にするなよな…」
「いいけれど…ねぇ、離れないでと言ってるじゃない。状況が状況なんだし、恥ずかしがることないのよ?
 ほら…さっきから、一番大切なところが離れてるじゃない」
「む、無理だよ…」
「もう、今はそんなことを言ってる場合じゃないでしょう」

そう言うと、真紅はぎゅっとジュン引き寄せた。

「なななっ…!?」
「こうなったら、こうしていた方がよほど自然なのだわ」
「ででで、でも…こ、これは…」 

ジュンと真紅はぴったり密着して、はたからみれば恋人同士以外のなにものでもない。
少女の温もりは直に少年の過敏な神経に伝わって、神経の化学反応は彼の顔を真っ赤に染めた。
一方の彼女は、真っ赤なのは名前と服だけで、表情の方はというともうすっかり落ち着き払い、
周囲の様子に絶えず目を配りながら、緩やかに歩を進めていた。

「ここ、こんなところ、誰かに見られたらどうするんだよ!」
「見られたところで、どうということもないでしょう」
「そりゃそうかもしれないけど…それにしたって…」
「…さっきからうるさいわね。私じゃ不満なのかしら?」
「そ、そういうことを言ってるんじゃ…!」
「そうでしょう。つべこべいわず、この幸運を噛みしめていなさい」
「お前なぁ!」
「だって、そうじゃない。この私にこれだけ密接できるなんて、まずありえないことよ?
 さっきはちょっとひどいことを言ってしまったし、通り雨の後に得た虹、まぁ僥倖とでも思いなさい。
 それに、この方が周りからみても自然だし、歩きやすいもの」
「すっかり本調子だな!さっきまで母親を見失った赤ん坊みたいな顔してた癖に!
 こっちの気も知らないで…。それにさ、もしも、知り合いに見られたりしたら…」

真紅はジュンの方に向き直って、

「…そうね。知り合いに見られたら、少しまずいかもしれないわね」
「そうだろ?」
「でも、その可能性は低いわ、ジュン。姉妹たちは家にいるし、
 雛苺と金糸雀はみっちゃんさんの家にいて、巴は図書館にいるのだから、問題ないわ」
「うん…まぁ…そうだよな…」 

「ね、何も心配することはないのよ。ゆっくり歩いているから、
 あなたの家まではもう少し時間がかかりそうだけれど、この調子なら大丈夫よ」
「ああ。…それにしても、本当すぐに落ち着いたみたいだな」
「いつまでも取り乱していては、事態は悪化するばかりよ。当然だわ」
「…さすがだな。それじゃあ僕……も……」

ジュンの目が、ある一点を捉えた。真紅は訝しげにじっとジュンを見ると、目も表情も固まっている。

「きゃっ…ジュン、どうしたの?急に立ち止まったりして」
「いや、もしもさ、お前の姉妹に見られたら…」
「…またその話?今まさに、その心配はないって話をしたばかりなのに。
 心配性ね。あなたと二人でこんなに寄り添ってるのを見られたときのことを思えば、気持ちはわかるけれど」
「姉妹に見られたら、なにがまずいですか?」
「それは決まってるじゃない。あの子たちのことだから、私とジュンがこんなにぴったりとくっついて歩くのを、
 黙って見ているはずがないわ。特に翠星石に目撃されようものなら…ねぇ」
「翠星石に見られたら、どうなるのです?」
「あの子のことだから、これはどういうことなんだーとか、恥も外聞もなく大声で喚き散らすでしょうね。
 想像しただけで、うるさいったらありゃしないわ。ほんとあの子ときた…ら……」

真紅、硬直。
ジュン、蒼白。
翠星石、推参。




昼過ぎになると、図書館は午前中よりもだいぶ混み始めた。
巴は席から離れ、立ったままじっと携帯と睨めっこをしている。 

『ごめん、ちょっとアクシデントがあって、いけなくなったんだ。
 本当に悪い、この埋め合わせはいつかするから。また連絡するよ。』

腹は立たない。待つには待ったけれど、もともと部活帰りだったし、むしろ、どちらかといえば、ほっとした。
はぁと深い溜息をつくと、巴は片手で携帯をぱたと閉めた。
ちょっと前までやたら緊張していた自分が、バカみたいだった。
耳の奥まで響いていた心拍はすっかり息を潜めて、今はいつものように静かな鼓動が流れている。

しかし落ち着いてくると、今度はメールの内容が気になり始めた。
ジュンが図書館にこれなくなったのは、事故、アクシデントと表現されているように、
どうも外的なものが要因であるらしい。
いったいなにがあったのだろうか。
命に関わるような事故でないというのは確かなようだが、妙に気がかりだった。

巴はしばらく考え込むと、館外へ出た。
図書館の前の広場をふらふらと回った後、はたと立ち止まって、携帯電話を取り出したかと思うと、一つ大きく息を吸った。
「桜田くんに、電話をかけよう…」
それは彼女にとって思い切った決断であったが、やはり心配であったし、
この状況ならば、電話をかけてもあまり不自然ではないように思われた。
それに、本当ならば直接会って、二人だけで話をしていたはずなのだ。
これくらいは…そう、これくらいは…頭の中でぶつぶつと言い訳をしながら、巴は電話が繋がるのを待った。 

しかし、発信音はいつまでたっても切れる気配がなく、十数回コールをしたところで、巴は諦めて電話を切った。
メールで言われた通り、向こうからの連絡を待つべきなのだろう。
「でも…」
落ち着かない。
思えば、ジュンとはもう一週間以上も会っていない。
「小さい頃は、毎日一緒に遊んでたっけな…」
今は違う。もう幼稚園児じゃない。小学生じゃない。
夜一人でトイレにいけるし、サンタクロースがいないことも知ってるし、バスに乗れば大人と同じだけの料金がかかり、
少年の声は低くなって、少女の胸は膨らみ始めている。

「……」

広場には、子供たちの甲高い声が響いていた。今日は休日だった。
巴はそんな光景を眺めながら、再び携帯を取り出して、メールを打ち始めた。

返信は待たず、竹刀袋を背負うと、巴はまっすぐジュンの家に向かった。




奇妙な沈黙が、三人を取り巻いていた。
ジュンと真紅は寄り添ったまま、二人を睨み付けている翠星石の顔色を窺っている。

「…何を黙ってるですか?いったいこれはどういうことなのか、説明してほしいですねぇ…」

声は小さいが、そこには確かな怒気が含まれていることは明らかだった。
現に翠星石の肩は震えていて、拳は握り込められ、頬は右上がりにひきつっていた。 

「…あなた、家にいたんじゃなかったの?」

真紅はやっとそれだけ言うと、翠星石はじっと真紅の目を見据えて、

「買い物に行こうと思ったのですよ。…まぁ、真紅は冷蔵庫なんて見ないからわからないでしょうけど」
「そ、そうね…いつも台所仕事をしてくれる貴女には、とても感謝しているわ」
「それはどうもです」

逃げ出したい。
そんな衝動に駆られながら、ジュンはこの切れそうなほどに冷たい空気の中で固まっていた。

「…それで、他に言うことはないのですか?」
「……誤解、しないでちょうだいね」
「誤解、誤解とは、どのような内容でしょうか」
「それは、…ねぇ」

真紅が、ぎこちない笑みをジュンに向けた。
それが引き金だった。

「二人とも…不潔ですぅーーっ!!」

抑えに抑えていた活火山はついに爆発し、みるみる間に翠星石の顔は真っ赤になって、
今にも真紅につかみかからん勢いで捲し立てた。マシンガンのような凄まじい口撃が始まる。 

「不潔です!汚らわしいです!なんて不純な奴らです!付き合ってもいないのに、
 こんな真っ昼間から公道のど真ん中で何をべたべたといちゃついてるですかぁ!
 おまけにそんな見つめ合って…翠星石がいたことにも気づかないなんて!」
「ぼ、僕だってそんな、好きでやってるとか、そういうわけじゃ…」
「キィーッ、顔を赤らめて何をほざいてるですか、
 だいたいいつまでひっついてやがるです、さっさと離れるですぅ!」
「そ、それができないから苦労してるんじゃないか」
「できないって…なんでですか?」
「それは…おい、言って良いか?」
「いいわけないでしょう。なんとかごまかしなさい」
「この期に及んで何をひそひそと話してるんです!?」
「でも、このままだとまたろくでもないことになりそうだけど…」
「そこを上手く話すのよ。わかったわね?」
「また無責任な…」

「いい加減にこっち向けです!」
「ああ」
「ひゃあっ!?きゅ、急に振り向くなですぅ!」
「翠星石、いっとくけど、お前が思っているようなことじゃないぞ。
 ただ、こうせずにはいられないことがあってだな…」
「そうせずにはいられない?何がジュンをそうさせるのです?」
「…なぁ、やっぱり、事情話さないとわかってくれそうもないぞ…」
「役に立たないのね。ばらしたら承知しないわよ」
「自分で言ったらいいじゃないか」
「仕方ないわ、そうしましょう」 

「まーた人を目の前にして密談ですか…。翠星石を無視するなですぅ!」
「ごめんなさい、無視していたわけではないのよ」
「真紅?」
「これは私が頼んでやってもらっていることなの」
「…真紅が、頼んで…!?」
「そうよ。だからジュンを責めてはだめ。
 あなたはどうも、ジュンのことになると頭に血が上って、まったく見境がなくなるようだけど…。
 やましいことがないのは本当だから、私に免じて、ここは許してもらえないかしら」
「そうですか、そういうことですか…」
「ええ」

「これはつまり、真紅が無理矢理やらせているのですね!」
「ええ…えぇっ!?」
「真紅、そんなことして、恥ずかしくないのですか!ジュンも情けないです、真紅のいいなりに鼻の下伸ばして…」
「ちょ、ちょっと翠星石、どうしてそうなるのよ!」
「どうしてもこうしても、自分で言っておいて何をいまさらです!」
「ああもう、なんて言ったら納得するのかしら…ジュンも何か言ってやってちょうだい」
「……実際、当たらずとも遠からずではあるよな」
「「ジュンっ!?」」
「まぁでも、本当に何もやましいことはないんだよ。事情があるんだ、だから…」

「もう…もう聞きたくないです!二人のことはよぉくわかったです、ジュン、お前は結局、
 真紅みたいなやつに命令されるのが好きなんですね…見損なったですよ、この変態!」
「はぁ!?」
「落ち着きなさい、翠星石、冷静になって考えるのよ、冷せ……あら、そこに見えるのは…」 

「落ち着く…妹が自分の痴態を隠そうともしないで、それを黙ってみていられるほど、翠星石はできた姉じゃねぇです…」
「…自分の痴態を隠そうとしている結果、こうなってるんだけどな」
「またわけのわからないことを!翠星石は呆れてるのですよ、いいですか、決して嫉妬とかじゃあないですから、
 そこんとこは勘違いしないでほしいですが、二人が恥ずかしげもなく『ねこーーーー!!!?』へ?」
「猫だわ、猫がいるわ!」
「へ…へ?し、真紅?」

真紅が愕然として指さした先には、塀の上に一匹の猫がうとうととまどろんでいた。
日の光を毛にすべらせて、あくびを浮かべるその姿は、いかにも和やかな光景だったが、
生憎真紅は大の猫嫌いであり、アレルギーがあるわけでもないのにふつふつと発疹をみせ、我をなくして取り乱した。

「猫よ、猫よ!!」
「わわ、わかってるですよ、真紅」

真紅は自分の憎んでいるといっても過言ではない名詞を発しながら、
翠星石の肩を掴んでガタガタと揺らした。

「あわわわ…し、真紅、落ち着くですよ」
「あの悪魔を目の前にして落ち着けるというの!?翠星石、追っ払って!あいつを追っ払って!」
「そ、そんなことしたら可哀想ですよ…」
「可哀想!!?可哀想ですって!?あの猫が!悪魔に情けは無用よ、翠星石、いますぐあいつを私の目の前から消して!」
「いたたたた、わ、わかったですよ真紅、だ、だから落ち着けです…。…なんで翠星石が真紅をなだめてるですか…」
「はやく!!」
「はいはいですよ…ちょいと猫さん、あなたに恨みはないですが、この可哀想な妹のために…」

「さぁジュン、逃げるわよ、いますぐあの猫から離れるの!」
「え?でも、翠星石は…」 

真紅は呆けて見ていたジュンをひっぱると、「いいから早く!」と捲し立てて、
スカートのことなども忘れて、一目散に駆けだした。
そうなると、ジュンの方も追いかけないわけにはいかなくて、
翠星石をちらちらと振り返りながら走り出したが、どうやら翠星石に気づかれる心配はなさそうであった。
入れ替えに、向こうから人影が近づくのが見えた気がした。

「…ええ、ですから、まぁ、そういうわけなので、ここから少しどいてほしいのですが…。
 ……聞いてるのですか?あまり人間様をなめないほうがいいですよ?だから…
 ああ、お前もわからずやですねぇ!ちょっと向こうにいけばそれでいいのですよ!
 …なーんか小馬鹿にした目で翠星石を見てないですか?
 むぅ…やっぱり…なんとも腹正しいその態度、真紅そっくりですぅ…。翠星石の方が年上ですのに…。
 いいからそっちにいくですよ、さもないと…………フー!フー!シャギャー!!ニャー!!ニャー!!
 …ハァ、ハァ………猫一匹に何してるですか…。真紅、追い払ったで…すよ…」

翠星石が振り返った時、買い物袋をもった主婦が、憐憫の目を向けていた。
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