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○あらすじ
図書館に向かう途中、ジュンは自転車に乗った真紅と会った。真紅は後輪にスカートを巻き込んで転んでしまう。
真紅は怪我をした自分を送るよう頼むが、巴との約束があるからとジュンはそれを断る。
その後、不機嫌に帰る真紅の後ろ姿を見て、スカートが裂けて下着が見えていることに気づき、慌てて呼び止めた。 



第三幕

ジュンの声があまり大きかったので、真紅はびくっとして振り返った。

「ちょっと…いったいなんなの?大きな声で喚かないでちょうだい」
「いや、なんていうかさ、その…」
ジュンは真紅のもとにかけよると、頭をかきながら、言うべき言葉が見つからず目を泳がせていた。
無意識の内に、視線はついつい下の方へいってしまう。

「私に構ってないで、はやく図書館に行った方がいいんじゃないかしら?巴が待っているのでしょう」
「それはそうなんだけどさ…」
「なら、はやく行くに越したことはないわ。いまさら私と話すこともないのだから」
「そうしたいけれど…」
「まだ、私に言いたいことでもあるの?」
「ないってことはないよ」
「それなら、さっさと言ってちょうだい。無駄な時間を取らせないで」

「くそ、言ってしまいたい!そうだ、いっそのことここでスパッと真実を告げた方が、お互いのためになるんじゃないか?
 いや、でも…言えるもんか。だって、なんて切り出したらいい?ちぇっ、自分で気づいてくれたらな…」
「何をブツブツと言っているの?」
「…なんでもないよ。…真紅、いまから、ちょっと家に来てほしいんだ」
「…どういう心境の変化なのか、説明してもらいたいわね」
「わけは後で話すから…ここからなら、そんなに時間はかからないし」
「いったいどうして、突然そんなことをする気になったのかしら?」

真紅が冷めた目でジュンを見据える。
しかし、いつもならば心を射抜くその鋭い眼光も、この状況では滑稽さばかりを浮き立たせていた。
今も、時に吹く勢いのある風が、二又に真紅のスカートを靡かせているのだ。
ジュンの注意は真紅の目よりも、もっぱらその不可思議な現象に向けられていた。 

「今ここで、僕の口からはちょっと言えない…」
「あら、それは何故?やましいことがないなら、言えるはずよ」
「違う、そういうことじゃないんだ。真紅、とにかく、僕の家に来てくれ…そうしたら、きっとわかるから」
「巴との約束はどうするの?」
「…ちょっと来てくれたら、それでいいんだよ。姉ちゃんもいるし…」
「…わけがわからないわ。何を言いたいのか、はっきりしてくれる?」
「…できれば、自分で気づいてほしいんだけど…」
「なにに?…本当に、さっきから下ばかり見て…話すときは人の顔を見て話なさい」
「気になって仕方ないんだ」
「こんなところで、何が気になるというの。本当にはっきりしない人ね。
 あなたには、自分が今どれだけ情けないか、自覚してほしいわ」
「僕がそのセリフを言えたらな!」

「ふざけないで。情けないのはあなたよ、ジュン。
 私のことを突然大声で呼び止めたかと思うと、視線も定まらずに目をうろちょろとさせて、
 急に家に来いだとか、わけのわからないことばかり。この状況を人が見たら、どう思うかしら?」

ジュンは、相変わらず不自然に分かれているスカートに目を向けながら、
「…不審に思うだろうな」
「そうね、第三者に見られたら、不審者に思われても仕方ないかもしれないのよ」
「不審者…うん、不審者だ。僕が偶然こんなのを見かけたら、思わず目を見張ってしまうね」
「…別に、目を見張るということはないと思うけど。
 もしも周りに人がいたら、あなたも自分がとても恥ずかしいことをしているって気づけるかしら」
「本当に、自分の姿っていうのは、なかなか自分では気づけないんだよな…」
「ええ、その通りよ。そこまでわかっているなら、遅れないうちに図書館でもどこでも行きなさい」
「それができたら、どんなにか楽かと思うよ」 

「…あなたはまだ、自分がどんな状況にあるのかわかってないのね」
「いや、よくわかってる」
「いいえ、わかってないわ。いい?私はいまさらあなたの家になんて行くつもりはないの。
 どうして急にそんなことを思い立ったのかわからないけれど、
 誘われる気のないレディーを必死になって誘っても、徒労に終わるだけよ。滑稽な姿だわ」
「滑稽な姿なのはわかってるよ。わかりすぎるほどに」
「ああ、ならどうして、いつまでもここで無駄な努力を重ねようとしているの?
 こんなところであなたと言い争っても仕方ないのよ」
「まったくその通りだと思うよ」
「周りに人がいないからいいようなものの…」
「うん、僕もそう思う」
「こんな話をしてるところを人に見られたら、変な噂がたってしまうわ」
「変かどうかはともかくとして、噂は立つかもな」
「…ジュン、わかっていたけれど、あなたって素直じゃないわね」
「そうかもしれない…今、僕がもっと素直になれたら、って痛感してるよ」

真紅は少しだけ笑うと、ジュンの頬に手を添えて、静かに言った。
「ねぇジュン、あなたなりに気を使ってのことなのかもしれないけれど、
 別に私は怒ってはいないのよ?もちろん、巴とのことを言わなかったことは面白くないわ。
 でも、それだけよ。何も無理に、私のご機嫌をとろうなんて、考えなくていいの」
「…何の話だ?」
「本当に、素直じゃないのだわ」

真紅はふっと息をついて、ジュンに背を向けた。
再び、魅惑のトライアングルがジュンの視界に入る。
それはジュンにとって甚だ魅力的なものではあったが、彼の理性が必死に視線を逸らさせていた。
そうしてできるだけ見ないようにしようとしたとき、前方から近づいてくる一組の老夫婦に気づいたのだ。
あと数回も呼吸を繰り返せば、三人はすれ違ってしまうだろうという距離だった。 

「し、真紅、待てよ!」
慌ててジュンは真紅に近づいた。
「…いい加減しつこいわよ。まだ何かいいたいことが…きゃあっ!?」
真紅が振り向こうとするのを、彼女の細い両手首を後ろからぐっとつかむことにより、
ジュンはすんでのところで引き留めることができた。
が、しかし、それと同時に真紅が手押ししていた自転車は再びバタンと大きな音をたてて転倒し、
その様子はどう見ても普通ではないので、もうすぐ隣まで来ていた老夫婦は、
互いの表情と、この若い二人の突飛な行動を見比べあんぐりとしていた。

「ちょっとジュン、何のつもり!?離しなさい、見られているじゃないの」

真紅が顔だけ後ろに振り向かせて、キッとジュンを睨む。

「お前のためなんだ」
「このセクハラが私のため?いったいなにを言っているの?いい加減にしないと、大声を出すわよ!」
「…もし、お二人さん、何をして…」
「あ…なんでもありません、すみません、どうぞお気遣いなく。
 ……ジュン、本当に早く離しなさい、これ以上はしゃれにならないわ」
「いや、でもさ…」
「でも、なんだというのかしら」
「お二人さん、本当に…」
「あ、なんでもないです、はい、どうぞお先に。…ジュン、人の話を聞きなさい!」
「なんでもないと言われても…」
「本当になんでもないです。僕たちのことはお気になさらずに。…真紅、僕の話も聞いてくれ!」
「しかし…」
「平気ですから、はい、すみません。…ちょっと、本当に恥ずかしいじゃない、離して!」 

真紅は老夫婦とジュンを相手に、二十一面相のようにくるくると表情と声色を変え、
前を向いたり後ろを向いたり、ひっきりなしに繰り返していた。
老夫婦はこの奇妙な二人組を訝しげに見つめながら、
その横を通り過ぎると、途中で何度か振り返りながら、何事かを小声でぼそぼそと耳打ちしていた。

老夫婦の姿が完全に見えなくなると、ジュンはふぅと溜息をついて、真紅の腕を放した。

「ふぅ……悪かったよ…。とにかく、これにはわけがあるんだ。…ああ、やましい気持ちじゃない。
 当たり前だろ?…なぁ、おい、信じないのか?ああ、ちょっと、何か言えよ!」

真紅は無言で、目を釣り上げたままジュンを見据えると、ぷいとそっぽを向いて、
自転車を起こすと、早足でその場を去ろうとしていた。
ああ、怒っている。もちろん、れいによって、この事態を引き起こした元凶たる、あの白い下着が丸見えの状態で! 

「真紅、待ってくれ!」
「うるさいわね、私は忙しいの」
「僕の話を聞いてほしいんだよ」
「壁にでも話してなさい」
「頼むよ、このままじゃ困ったことに…」
「そうね、しつこい男につきまとわれて、困るったらないわ」
「真紅、いじわるしないでくれ」
「いじわるなのはどっちかしら」
「ひどいことをしたと謝るよ。だから、僕の話を最後まで聞いてくれ」
「いまさら何を聞けっていうのかしらね」
「僕の頼みだよ」
「それなら私の頼みも聞いてくれる?いますぐ、私の目の届かないところに消えてくれないかしら」
「クソ!いい加減にしろよ、その横柄な態度、いつか後悔するぞ!?」
「後悔するのはどっちかしら」
「……ごめん、謝る。つい感情的になってしまったけど…。ほんの少しの間だけでいいんだ、話を…」
「これ以上あなたと話すことなんてないわ」
「真紅…」

ああ、埒があかない!こうなったら、多少荒っぽくても実力行使に移った方が良いと、
「真紅、僕がいいたいのはな…」
そう言いながらジュンが真紅のスカートに手をかけようとしたとき、ヒュンと空をきる音がしたかと思えば、
パシッという小気味よい衝撃で、ジュンは自分の手首が掴まれてるのを知った。少し痛い。

「真紅?」
「また、私の腕をつかもうとしたのかしら」
顔をあげると、真紅が冷めた目でジュンを見下ろしていた。
手をかけようとした瞬間に振り向いて、ジュンの手首を逆に捉えたらしい。 

「…見事なお手前で」
「誤魔化さないでほしいわね」
「今から説明しようと思っていたんだけれど…腕をつかもうとしたんじゃない」
「…そういえば、ずいぶんと前屈みになっているわね。腕よりももっと下の方を狙ったような…」
「ああ、その通りだよ」
「下の方…」

そういって、真紅は視線を落とすと、はっと片方の手で口を押さえた。

「ようやくわかってく『お尻ね!?』…は?」

すっとんきょうな声に、ジュンは呆けた顔で真紅を見た。

「…お尻?」
「じゅ…ジュン…あなたは今…まさか…私の…お、お尻を…」
「え…や、ちょっと待て、なにか勘違いしてないか」
「へ、変態なのだわ!ここ、この痴漢!スケベ!」
「ちち、痴漢!?断じて違う!何を言い出すんだよ、僕が狙ったのはお尻じゃないっ!」
「ではなんだというのっ!?」
「スカートだよ!」
「スカート?」
「そう、スカートだ」
「スカートを…どうするつもりだったの?」
「え…それは、まぁ…掴んで…」
「…めくるつもり!?」 
「するか!だいたい今そんなことしてもまったく意味がないんだよ!」
「何を言ってるのかわけがわからないわ…まったくこんなときに…なんてエッチなの…本当に人間の雄は(ry」
「クソ、そこまでいうか…!こっちはお前のために…ああ、もういい!どうにでもなれっ!
 元々別に僕の知ったこっちゃないんだ、好きにするんだな!」
「ちょっと、どうしてあなたが怒るの?怒りたいのはこっちだっていうのに…こんなことをしておいて…!
 非常識だわ、ふしだらだわ、不愉快よ……いったい、スカートをどうするつもりだっ………え?」

刹那、真紅の殺気だった表情が一変して、一気に血の気がひいたのをジュンは読み取った。
スカートの後ろにあてた手は、異常な手触りを彼女に伝え、
その驚きはジュンを掴んでいた片方の手も離させた。
そのまま両手で事の真相を確かめようともぞもぞと動かしたが、
それは異常事態であることが真実だと真紅に確信させただけだった。

「う…そ…」
真紅は遠く一点を見つめながら、呆然と呟いた。

「ようやく気づいたのか…。でもな、ふん、僕には関係ないんだからな。せいぜい頑張れよ」
ジュンは冷たく言い放って、肩を竦めた。

すると、今度は真紅が慌てる番だった。離れようとするジュンの服の裾を掴んで、
さっきとはうってかわった調子で懇願した。 

「ジュン、待って!」
「うるさいな、僕は忙しいんだよ」
「私の話を聞いてちょうだい」
「壁にでも話すんだね」
「お願い、困っているの」
「僕も困ってるよ、しつこい女につきまとわれててさ」
「ジュン、いじわるしないで」
「いじわるなのはどっちだか」
「ひどいことを言ったと謝るわ。だからお願い、私の話を聞いて」
「いまさら何を聞けっていうんだ?」
「私の今生の頼みを聞いてほしいの」
「それなら僕の頼みも聞いてくれるだろうね。僕は、人の話を聞かないようなやつとは関わりたくないんだよ」
「ああ、なんてこと…。そんな不遜な態度をとってると、きっと後悔するわよ…」
「後悔するのはどっちだろうな」
「…ごめんなさい、私が悪いのよね。ねぇ、ほんの少しでいいの、話を…」
「これ以上お前と話すことなんてないね」
「ジュン…」
「僕の話を無視し続けたお前が悪いんだ。自分の身の振りはこうやってかえってくるんだよ。じゃあな」
「…そんなことを言わないで…お願い……」

それが真紅らしからぬか細い声だったので、ジュンはおずおず首を振り向かせると、真紅はもうほとんど泣きそうだった。

「し、真紅…?」
「ジュン…あなたは、私が町中のみんなに下着を見られればいいと思っているのね…。
 そして、水銀燈や翠星石、姉妹たちみんなの物笑いになればいいと思っているのね…」
「ば、ばか…なにもそこまで…」
「そうね…私が悪いんですもの…あなたはずっと私に警告してくれていたのに、
 ちっとも話を聞こうとしなかった私が悪いんだわ…」
「お、おい…」 
「でも…このまま一人でなんて帰れないわ…ねぇ…ジュン、本当に行ってしまうの…?」

潤んだ瞳が、ジュンの目を今度こそ射抜いた。
ジュンはたじたじになって、

「わ、わかったよ…は、はっきり言えなかった僕も悪いんだ。ごめん…。
 こんなことになるなら、最初からちゃんと言うべきだったんだな。
 だから…泣くんじゃないぞ。なんとか、僕が隠しながらいくからさ…
 ここから僕の家なら、そんなに時間はかからないと思うし…な」
「ジュン…ありがとう…でも、約束は…口論してる内に、時間が随分たってしまったわ…」
「……ま、勉強はいつでもできるしな…こうなったら、最後まで付き合うよ」
「ジュン…」

最初からこれだけしおらかだったらなぁ…。
そう思いながら、ジュンは真紅のすぐ後ろについて、ふぅと溜息をついた。
鞄と自分の体で、真紅の背後を周囲からの死角にする。
真紅の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩いていく。

「……よくよく考えてみたら、この態勢で歩くのも、けっこう恥ずかしいのだわ…」
「仕方ないだろ…。自転車はそこに置きっぱなしにするしかないけど、いいよな」
「ええ、それはまぁ…後で取りにきたらいいんだもの。でも…」
「…考えるな。平日の真っ昼間にこんなちっちゃな道路歩いてるやつなんて、あんまりいないから…多分…」
「…そうよね…」

本当に、誰にも会わなければいいんだけれど!
それが儚いな願いであったことを、二人は間もなく知るのである。
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