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存在の話。今回は+αで次元の話。

存在とはすなわち認識である。
例えば人は、空を見たから空を空と認め、空の存在を認めるのであって、空だと思って見たから空が存在するのではない。
また、存在は虚ろである。“あるもの”が存在ならば、認識で存在が左右される存在は虚ろで、幻のごとく消えるものである。
故に、幻想は怪奇と共に語られ、そして現実を時に凌駕し、夢が現に摩り替わる。

しかしながら、存在はそんな次元の話ではない。
人間が語る存在の話など、所詮は認識の話である。本来、存在とは、もっと高次元で語られてもいいものなのである。
人は、三次元で生きている。それはつまり、上下、左右、前後に自由に動くことが出来るということである。
また同時に、人は二次元と四次元を知覚、正確には推測することが出来る。
二次元は、面。
それは頭の中でのみ、存在が出来る。しかし、一次元の点になると、人は認識できない。それは、点を面としか想像できないから。
四次元は、時間を付け足す。
この話をすると、何故か人間だって時の中を生きているという人が居るが、それは間違いである。
どういうことかといえば、人間は時を自由に行き来できない。四次元の住人であるならば、時も行き来することが出来なければいけないのである。

さて。ここで、最初の話に戻る。存在は、次元の違う話だと。つまり、つまり、それは。存在とは、本来あるべき存在とは。

――神さまの、認識(つくった)もの。

「ねえジュン、知っている? 神さまが人間を創ったんだって」
「それは知らなかったね。てっきり人間が神さまを作ったんだと思ってたよ」
「ああ、人間の作った神様が人間を創ったのよ」
「ふぅん。矛盾しているように感じるけどね」
「あら、矛盾なんてしていないわ。神様は時間を自由に行き来できるんだから、神さまにとって最初と終わりは同じことで、無限と零も同じなの」
「無限と零? 最初と終わり? そんなもの、極限まで限りなく微分すれば同じようなものだ」
「だからそう言っているのに。というか、ジュン? 貴方、繰り返された世界って、信じる?」
「ループ世界の話か?」
「正確には、違う。創り直された世界の話」
「たとえば?」
「そうね。例えば、今居る貴方の物語。真紅、水銀燈、翠星石、蒼星石、雛苺、金糸雀、雪華綺晶、薔薇水晶。その皆が、人形だったとしたら」
「人形は、動けない」
「動ける人形なのよ」
「……続けて」
「そして、皆争っている。完全な少女になるために、争っている。複雑な心のうちだけれど、それでも、争っていた」
「過去形だね」
「あら、いけない。そんなつもりはないわ」
「でも、僕の周りに居る皆は、人間だ。普通の、女の子だ」
「そう。貴方の世界には、ローゼンメイデンなんて言葉はない。ラプラスの魔も居ないし、nのフィールドだってない」
「――何の話を、している」
「…………くすくす。本当は知っているくせに。覚えているくせに。ねえ、ジュン。ねえ、ジュン。愛しい貴方」

少女は、唄う。

「――私は、だぁれ?」





「――あれ?」
 ジュンは、目が覚めた。目が、覚めた。そして、何か頭の下が柔らかかった。
「あら、起きたの、ジュン」
「真紅……か?」
「ええ、そうだけど。まだ、寝ぼけているようね。うなされていたようだし――何か、嫌な夢でも見たのかしら」
 嫌な、夢。ジュンは、夢を見ていたんだろうか。変な世界にいた気がする。こことは違う、見たこともないような、秩序も意味もない、ただの心象のような、混迷とした。
 そう、そこで、誰かと、ジュンは話していた。ジュンは、話していた。とても、親しそうに、とても、楽しそうに。
「なあ、真紅。……人形って、動くのか」
「人形って……たとえば、どんな種類の?」
「アンティークド-ル、かな」
「ふぅん。さあ、どうでしょうね。私は動いているところを見たことはないけれど、動くかもしれないわね」
「それは、何故?」
「アンティークっていうくらいだから、長い間大切にされてきたわけでしょう。ということは、その分、その人形には、想いが込められているのよ。だから、あるいは」
 動くかもしれないわね――と、真紅は微笑みながら、言う。そして今更ながら、ジュンは真紅に膝枕されていることに気づいた。
 少しの気恥ずかしさを感じたが、真紅が頭をなでてくれていたから、安心できて、だから、もっとこのままでいたいと思った。
「それに――」
「え?」
「私も、夢を見たのよ、ジュン。人形たちが動いている夢」
 ……真紅が微笑む。
「私が人形で――戦っていたわ。それで、ジュンは私のパートナー」
 それは、頭の中に細部まで描ける物語だった。笑い声が、いつもあって、だけど、涙することもあって――本当に、そう。それは、素敵な物語だった。
 ……だから、だから、そう。物語が終わってしまったとき。ハッピーエンドじゃなくて、ただ、二人を残して終わってしまったとき。

 みんなみんな、居なくなってしまったとき――ジュンは、真紅は、選択を、した。

「ねえ、ジュン。いきなりで、申し訳ないんだけど」
「え?」
「私ね――」



【存在と無限。嘘と零。神さまと人間】

 ここで、ありえた話をしよう。真紅と、ジュンの物語の話だ。遠い昔だけど、それほど遠くも無いかもしれない昔。
 いや、何。簡単な話。本当に簡単。きっと、五秒もかからない。
 じゃ、話をしよう。君に伝えよう。本当の話を。あったはずの、物語の名前を。

 ――【真紅とジュン】。それが。ありえた。物語の。名前。



「真紅……?」
「――――」
 真紅は、微笑んだ。目の前の、従者に。目の前の、相棒に。目の前の、王子様に。
「ジュン」
 感情が、暴走する。それは、忘れていたはずの、感情。どうしたのか。どうしたのか。
 それは、忘れたのに――それでもなお、強く、昏く、混沌とした、感情。
「私は、」
 笑う。くすくす、と。
「貴方が――」



 瞼を閉じればすぐに消えてしまいそうな想いの話。
 それは例えば、誰かが造った、本人の想いではないかもしれない。偽りとすら、呼ばれるかもしれない。

 ──でも残念。それ、真実だから。それ、“嘘”だよ。



 真紅は、恋って、つまり熱病みたいなものなのかもしれないと、不安に思い、それでも想ったことを思い出した。
 いつまでも続くまどろみ。心地のいい距離。誓ってもいい。あの時、真紅とジュンが共にあった時、世界は幸せだった。
 ジュンも、真紅も。二人は二人が好きだったし、ジュンは何も知らなかったし、真紅はこっそり神様に祈っていた。
 ふと真紅は、雪華綺晶と会話をしたことを思い出した。神様の話だ。
『真紅は、神様はどんな姿をしていると思う?』
『さあ。形なんてある次元の存在なのかしら』
『うん、そうだね。本当の神様は、存在すら持たないと思う。だけどね──』
 それは、雪華綺晶を初めて見た時ではなかったのか。ジュンと薔薇水晶しか知らない、雪華綺晶を。

『──偽物の神様は、人間の形をして居るの。嘘だから』

 ……何故か、その言葉は、胸を、責め立てる。罪を、暴こうと、する。真紅のことじゃないのに。真紅のことなのに。
 だから、真紅は、たった一つの、嘘も真実も想いも存在も無限も神様も干渉できないそれを、見つけることにした。

「──真紅?」

 嗚呼、愛しい。何て、愛しい、人。

 二人は、唐突に小屋に居た。さっきまでの景色なんか関係ない。唐突に。そこは、忘れもしない小屋だった。
 そして、それは何故か、裁縫して作られた小屋だった。多分、夏休みの、宿題で作られた、小屋。
 だから、ジュンは見た。見たことのない世界を。知らないはずの世界。
 そこの世界では、ジュンは、心に傷を負って、殻に閉じこもり、心象世界は荒廃していた。
 だけど、出会う。出会った。彼女に。今、この時、大切にしている彼女と同じ彼女に。

 そして、ドアが、開いた。

「──ジュン」

 ああ、どこか、遠い世界で、彼女をここで見た気がする。



「むぅ」
「あはは、雪華綺晶と薔薇水晶、同じ顔してる。鏡みたい」
「っていうか、鏡なんですけどね……」
 翠星石の言うとおり、二人は、鏡の中と外に同時に居る。二人でどちらか一方に居ることは、出来ない。
 ……だから、二人は、触れ合ったことは、一度だけ。【しあわせのはなし。】のときだけ。
「じゃんけんで負けたから、しょうがないけどね」
「……おっかしいなぁ、私、確立操作して、勝率を百に限りなく近くしたはずなんだけどなぁ」
 雪華綺晶は、疑問に思う。だって、おかしい。自分は、ミスしなかった。なら、本当に、ゼロに限りなく近い可能性を、真紅は引き当てたのだ。

 それって――まるで。

「くそう、どうせなら、介抱するのは、じゃんけんに勝った人とか言わなきゃよかった」
「天罰だね」「天罰ですねえ」「天罰なの」「天罰かしら」
 すぐつっこまれる。こうしてみると、雪華綺晶も、随分となじんだ。最初は、違和感しかなかったのに。今も、本当は違和感だらけなのに、なじめてる。
 ……不自然が、自然。ああ、何か、嫌な、気持ち。
「――あ、れ?」
 薔薇水晶が、声をあげる。本当に不思議そうな。何か、勘違いをしたかな、と、的外れで、……ありえないことが、起こったみたいな。

「ジュン……?」

 それって、まるで、運命。唐突に、あらゆる今までの軌跡を無視して、圧倒的に物語を終わらせる、もの。



 真紅は、感情が高ぶるのを自覚した。
 意味もわからなく、懐かしかった。この小屋。片腕を無くし、泣いたことがあった。服を繕ってもらったことがあった。髪を梳いてもらったことがあった。そのどれもに、愛しい彼が、居た。

 そして、ドアを、開ける。

「──ジュン」

 名前を呼ぶ。感情が暴走した。ありえない、忘れていたはずの感情が、絶え間無く押し寄せる。

「──真紅?」

 名前を呼ばれる。思い出す。ジュンと過ごした日々。ジュンの腕に抱かれた時。水銀燈に、嫉妬し、憎悪した日。

 ──真紅は、全部、思い出して、しまった。

「私は、貴方が──」



 物語の終わりが始まる。



「――え?」

 真紅が思い出したとき、雪華綺晶は、最初、何が起こったのかわからなかった。わからなかったから――きっと、彼女は、失敗をした。
 無理もないのだ。今の今まで、仲間に囲まれ、彼女は、普通の女の子と変わりなかったから。誰かが望んだ、普通の女の子と。

 だから、気づいて、薔薇水晶の青ざめた顔を見て、全てが、唐突に、本当に唐突に変わったことを確信して、叫んでも、それは、

「あ、あ、──逃げてッ! ジュン、逃げてえええええッ!」



【もう、遅い】



 声がした。少女の声。

 ──その声は、水銀燈の憎悪を甦らせた。忘れもしない声だったから。

 ──その声は、蒼星石と翠星石を戦慄させた。絶対の圧倒を覚えたから。

 ──その声は、雛苺と金糸雀を怯えさせた。ひどく残酷なつまらなそうな声だったから。

 だから──薔薇水晶は、叫んだ。嫌な、本当に嫌な、予感をこえた、確信を持ったから。

「ジュン──!」

 物語が動く。本来あるべき姿を壊し、



【くすくす、くすくす】



 誰も知らない、少女の望む、姿へと動き、



【──忘れ物、見ぃつけた】



 歌が、鳴り響いた。



 ──声だけが響く。

【待ち望んでいたわ! ずっと、恋い焦がれていたの!】

 其は恋する少女の歌。想いを詩に乗せ歌だけ響く。
 だけどだけれど、それは世界の知らない歌で、異質かつ不吉かつ不滅な綺麗さを持ち、彼女以外の少女は恐れを抱く。
 ああ、駄目だ。世界が、塗り潰される──と。
「な、何なんですか……っ。これは、一体、何だって言うんですか!」
 翠星石の声はもはや悲鳴に近い。当たり前だった。おかしいから。世界が、物語が、おかしいのに、平然としてはいられない。
 でも、それだって些細な理由だった。本当の理由は、そうじゃない。それは──

「──接続。不可。接続。不可。接続、接続、接続接続接続接続……っ。何で! 何で繋がらないんだ!」
「ジュン! 待って! ──ダメだよ! ジュン!」

 それは、よく見知った少女が、よく知っている少年の名前を叫び、必死に彼を助けようとしていたからに違いなかった。
 雪華綺晶は必死に“何か”を繋げてジュンを助けようとして必死だったし、薔薇水晶は彼女にしかわからない何かでジュンに呼び掛けるのに必死だった。
 鏡に映った彼女たちは、正しく、同じ姿を映していた。ただ、想い人を助けたいという、限りなく純化された姿を。

【夢を見たわ! いつもいつまでも続く楽園の夢! そこでは全てが幸せを歌う。私たちの幸せを歌う!】

 だけど、彼女には関係なかった。そんなこと、気にすることでもない。事実、気にしていないのだ。
 例え、雪華綺晶が物語の侵食を必死に止めようとしても。例え、薔薇水晶が、ジュンとの繋がりを必死に留めようとしても。
 そんなことは、たかだか、零と無限の差でしかないのだ、と。

【嗚呼、愛しい愛しい貴方。貴方は思い出す。そして私は思い出したわ! 運命なんかに負けることのない絆! 失われることのない絆!】

 そして、彼女は歌い終える。忘れ物が、見つかったから。

【──だから、ジュン? 貴方は、私を忘れないわよね?】


 その時、確かに何かが壊れて、崩れ落ちたのを少女達は感じた。特に、ジュンに近い、雪華綺晶、薔薇水晶は、感じて、理解してしまった。
 ──喪失を。決して失われるはずのないものの、喪失を。

「──ふざけるな」

 その声は、もしかしたら、世界の侵食だって、停めたかもしれないくらい、深い深い感情を孕んでいた。
「ふざけるな! ジュンを、──真紅を、お前、どこにやるつもりだ!」
 水銀燈は、叫ぶ。知っているから。雪華綺晶しか知らない事実は、“間違って”水銀燈も知っているから。
 そんな水銀燈だからこそ、相対できた。だって、水銀燈は、ジュンとどこまでも近い。真紅とも、近い。
 だから、気付いた。ジュンだけじゃない。真紅も、違うところへ行こうとしている。自分が壊れた原因。その、真実に。
【…………】
 その叫びに何を思ったのだろう。彼女は、口を閉じた。そして、

【……あ、あはははははははははははははは】「はははははははははははははは!」

 哄笑が響き渡る。どうしようもなく、つまらなそうな哄笑が。

 ──だから、気付いたときには、彼女は、そこに居たのだ。最初から、居たかのようにして。

「あ……」
 それは誰の呟きだったかわからない。だけど、誰もが同じ気持ちを抱いた。
 ──そこに居た彼女は、水銀燈のようであり金糸雀のようであり翠星石のようであり蒼星石のようであり真紅のようであり雛苺のようであり雪華綺晶のようだった。

「今晩は、はじめまして──」

 彼女は、とびっきりの笑顔で、名乗った。

【そして、彼女が望んだ物語】

「私は、貴方のことが──」
 もう、いい。大丈夫。離れない。私には、私たちには、決して切れない絆がある。
 主従の絆。二人の絆。解る理解でない。そういう、ものなのだ。
 二つを一つにしたい。身体に触れてほしい。私を感じて欲しい。
 なんて純粋な願いだ、と真紅は思う。ただ、それだけがいい。気高いと、誇らしいとさえ思う。
 ──事実だ。それは、誰だって思う、一つになって、幸せになりたいと思う、とても美しい真紅に相応しい心だった。

 だから、彼女は、あの時と同じ台詞を囁く。

「好きよ、ジュン」

 ──だからもう、離してあげない。



「私の名前は──」
 誰もが息をのんだ。それくらい、彼女は美しかったから。
 それも当然。だって彼女は──完璧な“少女”だったから。

「──アリス。アリスと呼んでくださいな。くすくす」



 “少女”の話をしよう。御伽話だ。
 昔、と言っても、御伽話の昔のことだけど、七人の乙女が、たった一人の少女になるために遊戯をした。その遊戯の名前は、【アリスゲーム】と呼ばれた。
 乙女たちにはパートナーが居た。ミィーディアムと呼ばれる人。彼らは、絆で結ばれていた。

 ……そして、決まった。七人の乙女は、一人の少女になった。

 だけど。それは少女になった彼女の本意でなかったし、少女のパートナーの望んだことでなかった。
 彼は望んだ。こんな世界は嫌だ。あいつらの居ない世界なんて、間違っている。

 だから──

【ローゼンメイデンが普通の女の子だったら】と、彼は願った。

 願って、願って──願いが叶った。その願いは、少女が叶えたから。完璧な“少女”は、そんなことだって、出来た。

 そして、そして、彼女たちの物語は、始まった。普通の女の子たちの、物語が──。

【……まあ、私の望む物語とは、ズレたのだけど】

 いつからだろう。それは無限の未来の過去の話のように感じるし、極限まで零に近づけた過去に近い未来の話みたいに思う。
 桜田ジュンの望んだ世界が作られたのは、実のところつい最近だった。
 さらに言えば、彼女は【ローゼンメイデンが普通の女の子だったら】という願いしか、叶えられなかった。
 ……だから、やっぱり、本来の物語は、【真紅とジュン】だったに違いないのだ。彼女と、彼女のパートナーの物語。

 まあ、結論から言えば。“運命”の出会いが、物語を決定したのだけれど──。



「──そう、運命! 嗚呼、何て忌まわしい言葉! そんなものがあるから、そんな世界があるから、私は失敗した!」
 許せない、許せない、許せない! 彼女は歌う。憎悪の歌を!
「貴方は安易な言葉に、運命なんていう、たかだか世界程度の力に翻弄されているわ! ねえ雪華綺晶! ……あ、あはは、ダメ。はしたないわね。ごめんなさい。嬉しくて」
 きっと、ここに居たら、ジュンは、彼女をかわいいと褒めていただろう。だって、ジュンは、彼女が好きだから。
 もちろん、アリスをだ。アリスになった、彼女を。
 ……だから、誰も喋ることが出来なかった。アリスの言いたいことが、自分の言っていることのように思えたから。納得してしまったから。

「──それは違うよ。アリス」

 そう。もしも仮に本当に、アリスという少女が、七人の少女であるなら。あるならば、

「ジュンの、私たちへの、それは真紅も、水銀燈も、他の皆も、含めて、皆への想いは、そんな場所にないよ。もっと高潔で、誰にだって穢すことなんて出来ない。
 ──あまり、私のジュンを馬鹿にしないでくれる? 私の恋人は、私たちの物語は、貴方みたいに壊れてない」

 あるならば──薔薇水晶は、違う。七人の少女の中に、唯一居なかった存在だった。嘘だったのだ。
 水銀燈だって、雪華綺晶だって、強い抵抗をすることはできる。でもそれは抵抗で、否定では、なかった。根本の価値を崩す否定ではなかったのだ。彼女たちは、アリスから別れ生まれたから。
 だから世界が崩される。偽りの神さまの世界を、神さまが、唯一作れなかった、薔薇水晶が、壊した。
「……ふぅん?」
 アリスの瞳の色が変わる。
「ああ、貴方──」

「いらないわよね?」

 夢が、終わる。神さまの気まぐれで。神さまの、嫉妬で。


 今鏡の中に薔薇水晶は居る。何故か、と言われれば、雪華綺晶と薔薇水晶はそういう存在だから。
 だから、彼女たちの周りには、いつも鏡がある。それはガラスだったり、水面だったり。
 ……だから、誰も反応することが出来なかった。気付けなかったのだ。
 それは一瞬のことで、瞬きする間に、決まっていた。
「あ、れ……?」
 薔薇水晶は、疑問に思う。どうしてだろう。今の今まで、鏡の中に居たのに。それにどうして、アリスも居ないんだろう。自分を殺そうとしていた、アリス。
「ああ、それは素晴らしい選択だわ。雪華綺晶」
 ひどく満足そうなアリスの声。でも、あれ? 何で、鏡の中から、聞こえるんだろう?
「ぁ、あ、ぁあ……」
「──雪華綺晶?」
 何が起きてるんだろう。鏡の中は、いつだって楽しそうな雪華綺晶が映っていたのに。

 何で、雪華綺晶が、苦悶の表情を浮かべて──

「させない……。絶対に、薔薇水晶に手出しなんかさせない……ッ。ジュンにだってそうだッ。そんなことをしてみろ! 私は、お前を、八つ裂きにしてやる──!」
「……あはは。よくもまあ、捕らえられてなお、そんな口が聞けるのね。すごいわ」
 アリスは、やっぱり何の他意もなかった。ただ、眩しそうに目を細めた。
「いいわ。“本来の目的”である雪華綺晶は、手に入ったし──ラプラス。後は、ジュンと、真紅を連れてきてくれるかしら?」
「はい」
 どこに居たのだろう。ラプラスは、そこに居た。ジュンと真紅を抱えて。
「お前──!」
 水銀燈が走る。何も考えていない。自分の大事な二人に触られるのが、どこかに連れていこうとする手が、どうしようもなく嫌だった。
「──じゃあ、帰るわ。さようなら」
 その声は、やっぱり、どうでもよさそうだった。

【 ……そして、 】

「薔薇、水晶」

【 雪華綺晶は、 】

「──待って!」

【 悲しそうに、微笑んで、 】

 薔薇水晶が、手をのばす。だけど、届かなくて──

「──ごめん、ね? 一人に、しちゃって」

【 物語から、姿を消した── 】



 後には静寂が残る。ジュンは居なくなった。雪華綺晶も居なくなった。

 なら、自分は今、絶対的に独りだった。

「あ、」

 嫌だ。独りは嫌だ。独りだけは、嫌──!

「ああああああああああああああああああああああ! いやああああああああああああああああああ! ジュン! 雪華綺晶! いやあああああああ!! 行かないでええええええ──」

 彼女は泣き叫んだ。だから、皆が慰めた。……だけど、彼女が慰めてほしい人は、そこには居なかった。

 ひっそりと物語から消えた桜田ジュンの話。

「好きよ、ジュン」

 真紅はそう言った。

「ああ、」

 だから、ジュンは答えた。

「僕も、君のことが好きだよ、真紅」

 ──世界が、終わりに向かって歩いていく。





     ──誰も泣いてる少女の気持ちなんてわからない。




【薔薇水晶と、   と、    】

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