※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

夢の中で貴方に会った。
貴方に出会って私は貴方のことを好きになった。
毎日毎夜、貴方に会いに貴方の夢の中へ踏み込む。
私は夢の中でしか素直になれないから。
夢で会えるだけでよかった。なのに私は貴方と出会ってしまった。
優しい揺り篭の中の夢ではない現実で―――



私の名は水銀燈、何処にでもいるような普通の女の子だ。
低血圧ながら朝はちゃんと置きて学校にも通っている。
今の時期は花粉に少々てこずっているがすこぶる体調はいい。
放課後になれば友達と遊びに行ったりバイトに勤しんだりもする。
ただ夜のときだけは普通の女の子と公言するには不適切だろう。
何故なら私は他人の夢の中に入り込むことが出来るからだ。

 (今日はどんな人の夢の中に入ろうかなぁ…)

私のこの力(と言っていいものか?)は人の夢を共有するだけではない。
その夢の持ち主の姿や性格などもわかってしまう。
そんなことが私には楽しみで仕方なかったのだ。
人の意外な一面を見る、それは似たことのない優越感を私にもたらす。
優越感は自信となり私はいつも健やかに日常を送ることが出来た。
いつも私は日常生活では自信満々だった。
人の秘密を知る私に勝てる人なんて誰もいない。そう今夜あの人の夢に入るまでは…。



まるでふわふわの綿の上にいるような安定しない浮遊感に揺られて私はある夢にたどり着く。
誰かの夢にたどり着くまでにはこの雲のようなややピンク混じりの白乳色の空間を辿って行かなければならない。
私はこれを『海』と呼んでいる。そして夢は『島』のようなものだった。

 「これは…男の子の夢みたいねぇ。」

舗装されたアスファルトの道路にその左右には乱雑に積み上げられた不安定なガラクタがある。
頭上には雲がたなびいておりその隙間から神々しいような光が差し込んでくる。
道路には幾つもの車がありそのどれも一つ一つが違っていた。
次に私が確認したのはこの夢の持ち主の姿だった。
ボサボサの黒髪の毛に眼鏡の同い年ぐらいの男の子だった。彼もまた私の存在に気付く。

 「……お、お前は誰だ?」
 「私は水銀燈よぉ。貴方は誰?」
 「ゆ、夢なのか…?僕はジュン、桜田ジュンだ…」

突然の夢の来訪者で彼は動揺しているようだった。
彼には来訪者とは思ってはいないだろうが見知らぬ人間がいきなり夢に現れたら当惑するかもしれない。
とにかく私は彼と話しをした。自分のことやら日々の鬱憤など余り話せないようなことも。
何気に彼は聞き上手だったので私一人で白熱しているようなものだった。
時間はあっという間に過ぎてしまいそろそろ夢から覚める時間だった。

 「それじゃあさようなら。」

風景は突如テーブルクロスを引かれたように彼方へと吸い込まれ黒い夢のあとだけが残った。
私ももう起きなければならないので『海』を渡って自分の場所へと帰る。


目が覚めた私は寝ぼけ眼で時計を見る。
時間にはまだ余裕があったので顔を洗いに洗面台に向かった。
寝起きの自分の顔を鏡で見て酷い顔だと思いながら歯を磨く。

 (………なかなか聞き上手な人だったわねぇ。)

夢の中で出会った彼のことをぼんやりと考えていた。
あまりぱっとしない見た目をしていたが第一印象は悪くない。
自分から愚痴を言うことは滅多にない私のそれを引き出してくれた。
どこか自分とは波長が合うのかもしれない。
夢の中だけでなくこの現実の世界でも知り合えたらいいな、などと都合のいいことを考えた。
着替えを済ませて家を出て学校へ向かう。
学校には遅刻ギリギリで何とか辿り着いた。やっぱり朝は苦手だった。
それから何事もなく時間は過ぎて昼休みになる。
いつも私は友人と一緒に学食へと食べに行くので今日もそうした。

 「銀ちゃん今日もヤクルト?」
 「そういう貴女こそ今日もシューマイなのぉ?」

友人と他愛ない会話をしながら食べる昼食は楽しかった。
不意に私の視線は学食を買いに並んでいる列に向けられる。なんとそこには夢で出会った少年がいたのだ。
夢で出会った人と現実で出会うことなんて初めてだった。
暫くの間、私は彼を凝視していた。ボサボサの黒髪に眼鏡…やっぱり夢の中の彼だった。

 「どうかしたの?」
 「別にぃ…何でもないわぁ。」

余りに珍しい出来事なので私は彼のことが気になってしょうがなかった。逸る気持ちを飲み込むように私はヤクルトを一気飲みする。


放課後になり私と友達の薔薇水晶は一緒に何をするでもなく校内をうろついていた。
色々な部活が活動を始める時間なので人の数はそこまで減ってはいない。

 「ねぇ銀ちゃん、何時もはゲーセンとかなのにどうして今日は学校巡りなの?」
 「ちょっとこの学校がどんな部活をやってるのか気になってね…」

そんなのは嘘だった。彼の話だと手芸部に所属していると言っていた。
なのでひょっとしたらまだ残っているのかもしれない。
手芸部だったら恐らく家庭科室にでもいるだろうと思い私たちは別棟に移動する。
やや広い家庭科室を私はドアのガラス越しに少し覗いてみる。するとそこに彼はいた。
何かパッチワークのものを作っているようだった。その手際は遠目から見ても良いと思えるほど素晴らしいものだった。

 「銀ちゃん…ひょっとして彼にホの字?」
 「ち、違うわよ!ただちょっと気になるだけで…」

と口走ってしまったがこれでは好きだと言っているようなものだと気付く。
実際に私は彼が気になるだけだったのだが薔薇水晶には誤解されてしまったらしい。

 「大丈夫、誰にも言わない……私もそれなりに彼のこと調べてみる。」
 「調べるってどうやって調べる気よぉ…まぁ期待しないで待ってるわぁ。」

行き成り会って話をするのも何だし私たちはさっさと退散してそのままいつも通りゲーセンへと寄って行った。


そしてついに待ちに待った夜が訪れた。
時刻は午後11時、お風呂に入った私は湯冷めしないうちに布団に潜り込む。
布団の温さとお湯で暖まった体の温さが合わさって眠るには最高の環境だった。
ほどなくして私の意識は眠りの中に落ちて『海』へといつの間にか浮いていた。
一生懸命覚えておいた順路を通って私は昨日と同じく彼の『島』の中へと入っていく。
昨晩と同じように彼はアスファルトで舗装された道路上に突っ立っていた。

 「あれ?またお前か…」
 「またお前かって失礼ねぇ。せっかく遊びに来てあげたのにぃ。」

私の遊びに来たっていう発言に彼は首を傾げていた。

 「ねぇ、貴方って○○学校に行っていたわよね?それで手芸部やっているって…」
 「ああ、そういやそんなことも話していたっけ。って僕、学校名まで言ったか?」

やっぱり現実で見た彼と今私の目の前にいる彼は同一人物だった。
こんな奇跡じみたことが起こるなんて信じられない(私のこの妙な力も信じられないが…)。
不思議な少年だった。男の人の前で素に戻るなんてことはないのに夢の中の彼の前でだけは素直になおれる。
放課後に薔薇水晶に言われたことを思い出し私は顔が熱くなるのを感じた。


 (嘘よ…たった2回しか会ってないのに…)

気がつけば彼のことを好きになってしまっていたらしい。
なんとも惚れっぽいと自分で思いつつも夢の中なのか私は大胆になって彼にふと言ってしまった。

 「私…貴方のこと好きよ。」

行き成りの私の告白に彼は明らかに戸惑っていた。
戸惑うように赤くなった彼の次の表情は微笑みだった。

 「いや、その…夢にしては出来すぎているなぁ。こんな可愛い子に告白されるなんて…」

私は夢じゃないと反論したかったのだが彼の言うとおり此処は夢の世界だった。
その事実がもどかしいし本当のことを言ったとしても夢の中の話だと片付けられてしまうだろう。
こんなところで告白しなければよかった、とすぐに後悔してしまう。

 「それじゃあ…私もう帰るわぁ。」

震える手を握り締めて声を絞り出して出た言葉がこれだった。もっとまともな言葉が出ればよかったのに。
私だけが彼のことを一方的にわかるだけじゃなく私も彼のことがわかったらよかったのに。
悔しさを胸に私は珍しく朝早くから目を覚ました。
カーテンを開けて窓の外を見たら雨だった。雨に塗れた窓ガラスのように私の視界も曇っていく。


それから私は一睡も出来ずに学校へ行く時間となってしまう。
学校へ行く気分でもなかったのだがこのままじゃ駄目だ、現実で彼に会わないと意味がない。
と思い私は決意を胸に制服に袖を通して学校へと向かう。いつもよりとても早い時間に家を出た私は薔薇水晶を見つける。

 「おはよう、薔薇水晶。」
 「おはよう、銀ちゃん。今日は早いんだね…いつも遅刻ギリギリなのに。」
 「うるさいわねぇ。私だって偶には早く来るわよぉ。」

こういう憂鬱なときに薔薇水晶と早く会えたのは幸運だった。
彼女と過ごせる時間は彼とはまた違った楽しい時間だったので代替物になっていたのかもしれない。
学校へ着くと私の視線に彼、桜田ジュンが入って来た。
同じクラスなのだから彼がここに来るのは当たり前なのだが何故か昨晩の夢以来彼を見ると胸が締め付けられる。
やっぱりこれは私が彼に恋をしたということなのだろうか。
授業中に彼の後姿をじっくりと見ているとやはり見た目はお世辞にも冴えているとは言えない。
可もなければ不可もなく、それが正直な私の感想だった。
現実の彼には夢の中で会う彼のような魅力を感じることはできない。

 (ああ、そうか…夢の中だと彼のことがわかるけど現実じゃあわからないんだ。)

まだ私は現実での彼を何も知らないでいる。もっと彼のことを知らなければならない。
夢の中でだけでなく現実に彼と触れ合って彼の本質を改めて見極めないと。
それが恋する過程というものの一つだと私は考えていた。幻想と言われればそれまでだが。

昼休みになって私は彼に話しかけることにする。

 「ね、ねぇ…貴方って次の授業の宿題やってあるぅ?」
 「え?ああ、やってあるけど。」

突然、今まで現実で話したこともない私に話しかけられてジュンは戸惑っている様子だった。
その仕草は昨日の夜、夢の中で私が思わず告白してしまったときと全く同じだった。

 「本当にぃ?よかったら写させてくれない?」

最初から話題が浮かばなかった私は取り敢えず宿題を写させて貰うことにした。
いきなり彼のことを言い当てたりしたら警戒されてしまうし…他に話題もなかったのでこんな気の利かないものしか出て来ない。

 「別にいいけど…ホラ。」

私は礼を言ってジュンのノートを受け取り自分の席へと戻って宿題を写す。
話題作りのほかにも本当に今日の宿題をやっていなかったので一石二鳥という奴だった。
昼食を買いに行っていた薔薇水晶が戻って来て一見、勉強をしているように見える私を見て驚いていた。

 「銀ちゃんイメチェン?」
 「なんで私が宿題を写しているだけでイメチェンなのよぉ…。」
 「なんだ、宿題写しているんだ…言ってくれたノート見せたのに。」
 「え、貴方って宿題やってるのぉ!?」
 「私はやってない…ラプラスにやらせている。」

ラプラスとは薔薇水晶の執事だ。毎度のことながら彼の扱き使われっぷりは聞いていて哀れに思えて来る。
彼女の執事になった時点で既に生き地獄へ直行することは決定していたのだが。



 「ノートは桜田ジュンの?銀ちゃん一歩前進だね。」
 「ち、違うわよ!?ただ近場に宿題やってそうなのがあの人だけだから…」
 「そう言えば…私なりに桜田ジュンを調べてわかったことがある。」
 「え?何かあったの?」

露骨にジュンの話題に食いつく私を見て薔薇水晶は一瞬だけクスリと笑っていた。
反論をしようものならどんどん彼女の仕掛けた罠の泥沼にはまりそうなので私は黙って聞くことにする。

 「あの人は手芸部の中でも並外れた技術力を持ってマエストロ、つまり神業級の職人って言われているらしい。
  現在は父親と母親は海外へ仕事へ行っているため姉と二人暮らし。主に家事は姉任せ。
  何気に車が大好きらしく昔はよく車のオモチャをよく買っていたとか。
  異性との交際経験はゼロ、当たり前かもしれないけど童貞…好きなタイプは明るくて優しい子…無難だね。」
 「あ、貴女それどうやって調べ上げたのぉ?」
 「勿論、ラプラスに任せたから私は知らない。でも情報は確からしい。
  幼馴染の柏葉巴って人に聞いたら当たっているって言っていた。勿論、姉と二人暮らしってところをだけどね。」
 「ふーん…あの兎も結構使える男なのねぇ。
  とにかく情報のリークありがとうねぇ、お礼にヤクルト分けてあげるわぁ。」
 「任してくんな姉御…」

それからお昼ご飯を食べる間を惜しんで私はジュンから借りたノートを写し彼に返しに行く。

 「あの…これありがとうねぇ?すっごく助かったわぁ。」
 「そうか?だったらよかったけど。」
 「私、水銀燈って言うのよろしくねぇ。」

実を言うと私はちょっとだけ期待していた。
彼が夢のことを思い出して夢の中で私と出会ったことを思い出したらそれはそれで簡単に想いを告げられる。
しかし現実とはかくも無常なものらしい。

 「ああ、初めましてって同じクラスの奴に言うのもあれだけど…僕は桜田ジュンだ。」

彼のこの言葉を聞いて私は思わず溜息をついてしまう。
何が何だか分からない彼は怪訝そうな、不機嫌そうな顔をして私の顔を覗きこんだ。

 「な、何だよ行き成り溜息ついて…」
 「ううん、何でもないのよぉ…それじゃあひょっとしたらまたノート借りるかもしれないから~…」

自分の席に戻った私はまた大きな溜息をつく。
薔薇水晶も私の力のことや彼の夢の中で既に彼に告白したことなど知る由もないので不思議そうな顔をしていた。

 「どうしたの?また一歩前進したのにそんな溜息ついて…もっと喜ばなくちゃ。」
 「そうよねぇ…これって一歩前進したんだし。ありがとう、薔薇水晶。」

ものは言いようだったのかもしれない。彼女のこの言葉に励まされるなんて我ながら単純だとは思ったがネガティブよりはマシだろう。
私の奇妙な恋愛はこれから始まった。



|