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「…ん……今何時だ…?」
時計を見ると、今は午前3時を少し過ぎたくらい。世に言う、丑三刻ってヤツだ。
「変な時間に目が覚めちゃったな……」
再び寝ようとするが、何故か寝つけない。今までならこんなことなかったのに……それに何か頭がぼーっとする…
「…ちょっと散歩にでも行ってくるかな」
水銀燈に一言言っていこうかと思ったが、近くをぶらぶらするだけだからわざわざ言わないでもいいだろう。時間が時間だし。それに寝起きの悪い水銀燈の眠りを邪魔して、報復を食らいたくないし。
「とりあえずさっさと着替えて行くか…」
パジャマを脱いで、動きやすい服に着替える。最後に上着をはおり、部屋を出る。姉の部屋で爆睡しているであろう水銀燈を起こさないように、そっと……。


いつも沢山の学生が歩いている道も、真夜中ということでシンと静まりかえっている。
…いつもとのギャップに少し寂さを感じるが、これはこれで趣があってよい。
「夜の散歩ってのもなかなかいいもんだなぁ…これからもたまに行こうかな」
僕以外誰もいない町中。そんないつもとは違った空間を歩いていると、いつも側を通っている有栖公園のほうから物音がするのが聞こえた。
「なんだろう……行ってみるか」


有栖公園―僕らが通う有栖学園へと続く通学路にある公園で、自然がありのままに残されているこの町の中でも、一際大きな桜の木がある公園だ。
休日には屋台でクレープを売りにくるのだが、そのクレープが本当に美味しい。そのために、休日は老若男女関係無しに沢山の人で賑わっている。
その公園もさすがにこの時間帯は静まりかえっている。辺りを軽く見渡したが、人っ子一人いないようだ。


「おかしいな…さっきは確かに物音が聞こえたはずなんだけど……」
そこまで口にして、僕は今の自分の状況が非常にマズいことに気付いた。
「待てよ…?今のこの時間に、人気のない場所ですることって言えば……」
脳内で鬼の形相の水銀燈が、桜の木に僕の顔を描いたわら人形を打ちつけている姿が再生されたため、早々にここを去ることにした………
しかし、そんな僕に声をかける者がいた。

「あら…?ジュン様?」


「雪華綺晶……さん?」
「はい、そうですわよ♪」
目の前にいるのは紛れもなく雪華綺晶さんだ。何故彼女がこんな時間にこんなところに……?
「雪華綺晶さん…こんな時間にどうしたの?」
「えぇ…月が綺麗だから外に出てみたくなりましたの♪でもこんなところでジュン様に会えるなんて思ってもみませんでしたわ♪」
彼女の言葉を聞いて見上げてみると、雲一つない夜空に大きな満月が輝いていた。

「ホントだ…綺麗な月…」
しばし見とれていると、雪華綺晶さんがこちらに近づいてきて、僕の目の前で立ち止まった。
「どうしたの雪華…」
綺晶さん…と言う言葉は最後までは言えなかった。何故なら僕はいきなり雪華綺晶さんに抱きつかれたからだ。あまりに突然のことに言葉が出ない。


「き、きき…雪華綺晶…さん…ど、どうしたのっ…?」
「……」
僕の問いかけに彼女は答えない。その変わりに彼女は、僕の背中に回していた腕に力をこめ、先ほどよりもきつく抱きしめてきた。自然と顔も近づき、耳に雪華綺晶さんの吐息がかかる。
「ジュン様……私もう我慢ができませんの…」
「がっ、我慢って……」
「最初に貴方を見たときから、貴方が魅力的でたまりませんの…ずっとこうしたかった…」
そう言って、先ほどよりもさらに腕に力をこめてくる。愛情表現のためというよりは、捕まえた獲物を決して逃がさないようにするように。
「(なんだ…?何か様子が……)」


そう考えている間も彼女の腕にはどんどん力が入ってゆき、僕の体は絞めあげられてゆく。
「ふふふ…貴方に流れる『櫻田』の血…頂けば相当に美味しいのでしょうね…」
「っ…!?な、何故…それを……」
言葉にならない言葉を何とか発すると、雪華綺晶さんは冷たい笑みを浮かべて言った。
「そんなことはどうでもいいですわ…貴方はこれから私に体中の血を吸われて死んでしまうのですから……ふふふ…」
「(なっ…まさか…彼女が水銀燈の言っていた……)」
しまった…敵はこんなに近くにいたのだ…だがよりにもよって雪華綺晶さんがそうだとは…くそっ…!最近は物の怪の襲撃が全くなかったから、完全に油断していた…!

「脅えていますの…?大丈夫…痛みを感じるのは最初だけ。すぐに楽になれますわ」
ゆっくりと口を上に開いてゆく雪華綺晶さん。その口には、鋭くとがった4つの八重歯……いや、牙が光っていた。


「ふふふ…じっとしててくださいね?…まぁ動こうと思っても動けないと思いますけど」
彼女の言葉通り、抵抗してもそれ以上の力で絞めあげてくるために、まともに動くこともできない。
しかも肺が上から圧迫されているため、呼吸が出来ずにどんどん息が漏れてゆく。
「あ…が…かはっ……」
「……では、そろそろ頂くとしましょうか…」

彼女の牙が僕の首筋に徐々に近づいてくる。
噛みつかれまいと必死に抵抗するが、結果は変わらず。その間にも彼女の牙はどんどん僕の首に向かってくる。
「(もう……だ…め…)」
鋭い牙が僕の首筋に触れ、薄い皮膚を破る。同時に激痛が走り、意識を失いそうになる。
牙はなおも、更に深くに侵入しようとしている。


その瞬間。


青い炎が僕たちの脇をものすごい速さで通り抜けてゆき、僕たちの後ろにあった木々を一瞬で焼き付くした。


何が起こったのかまだ理解できていない雪華綺晶さんに、聞き慣れた声―それでいて聞いたこともないような冷たい声―がかかった。
「ジュンを離しなさい。次は当てるわよ?」

「…くっ!」
ドンッ!

先ほどの炎を見て自分の危機を察知した雪華綺晶さんに突き飛ばされる。
「ぐぁっ!?」
硬い地面に打ち付けられて体がひどく痛むが、久しぶりに空気を吸えたことのほうが大きく、たいして気にはならなかった。
「すぅー、はぁー…すぅー、はぁー…ごほっ!?げほっ!ごほっ!」
「きゃはははは♪急に沢山の空気を吸うからよぉ♪」
見上げると、腹を抱えて笑っている水銀燈がいた。


「わ、笑うなよ…ごほっ、ごほっ!」
「はいはい。わかったから大人しくしときなさぁい」
「あ、あぁ……あ、そうだ水銀燈」
「なに?」
「その…ありがとう。助かったよ…」
「何言ってるのよぉ。貴方を守るのが私の役目でしょ?まぁこんな時間に家を抜け出したのは感心できないけどねぇ…」
「う………面目ない」
「ふふふ♪……さて」

さっきまでの和やかな表情からは一転した厳しい表情で、こちらを睨んでいる雪華綺晶さんに目を向けた水銀燈。
「何故貴女から『ヤツ』の臭いがするかは知らないけど……」
そこまで言ってすぅっと息を吸う水銀燈。
「よりによって私のご主人様に手を出したマヌケな吸血鬼さんにおしおきの時間よ!」



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