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―――二〇一〇年十月二十五日 二時三十九分 厚木空軍基地 搭乗員待機室―――


「いいですか。敵機後方象限のWEZ(兵器発射可能域)は基本戦闘機動、つまりBMFを駆使して占位する必要があり、このロー・ヨーヨーという機動は……」
 白崎は井然と居並ぶ新兵達に背を向けてホワイトボードに空戦の基本を書き、その説明を淡々と語っていた。
白崎の眼前にばらけて座る八人の新兵達。彼等は皆、二ヶ月前に配属された十五~八歳の少年少女だった。
各々が軍服を身につけていなければ、ここが中学・高校の教室だと言われても違和感が無い。
 
 司令から教官役に任命された白崎は、二ヶ月の訓練期間終了後も新兵達への戦闘訓練と座学の講義を続けていた。
新兵達の総数は十四人。そのうち講義を受けているのが八人。残りの六人はジュンと薔薇水晶と共に戦闘訓練に励んでいることだろう。
僅かの訓練で実戦に投入される新兵達。今のままでは限りなく0に近い彼等の生存率を少しでも上げるためには時間の許す限り訓練を施す必要があった。
たとえ、それが焼け石に水であったとしても。


 大体の説明を終えると、白崎はいつもどおりの涼しい表情で彼等に向き直った。
「わかっているとは思いますが、もう貴方達は実戦部隊です。早ければ今日か明日にでも戦場へ行って戦うことになります……もしかしたら、ここに居る全員が揃うのはこれが最後になるかもしれません」
 室内を見回していると最前列の中央に座っている新兵と目があった。
若干背が低い、今時珍しいぼっちゃん刈りが印象的な少年だった。彼の名は確か――笹塚と言ったか。
笹塚は視線を逸らすような無作法なマネはせずに白崎を真っ直ぐに見詰め返していた。
他の者も同じだった。誰もがきらきらと輝く眼差しを白崎に向けている。
自分も若い頃はこんな目をしていたんだろうか。そう思う一方、本来なら大人がするはずの戦争に、こんな年端もいかない若者を送らないといけないと思うと、
白崎は教官として、いや、一人の大人として、とても心苦く思った。


「戦争とは貴方達が思っているほど生易しいものではありません。戦場では誰が、どこで、何時死ぬか、誰にもわかりません」
「心配しないで下さい教官、命がけで戦う覚悟はできております」
 白崎の心情を察したように笹塚が即座に応じた。
「私も同感です。北海道や東北で散った人達に顔向け出来るように死ぬ気で戦います」
 一番窓際の最後尾に座っていた堅物そうな少女がすっと右腕を上げ彼に同意する。
それを合図にそこいらから勇ましい声が上げられていく。

「教官は先日『敵を憎んではならない』と仰いました。でも自分はあの侵略者どもを許すことなんて出来ません」
と誰かが言えば
「両親も妹も奴らに殺されました。家族の仇を討てるなら、こんな命惜しくはありません!!」
と誰かが私怨に満ちた声を上げ、「あんなの俺が全部やっつけてやるよ!!」と叫ぶ者もいた。
堰を切ったように話し出した新兵達の声を、白崎は冷静に受け止めていた。


 人に銃を取らせるには何より大義が重要である。
討つべき敵と理由がなければ誰も戦えない。
しかし今の彼等には『侵略者エイリス軍』という敵がはっきりと示されている。もちろん戦うべき理由も。
きっと彼等は自身を正義の味方かなにかだと思っているのだろう。
正義の名の元に集められ、敵を討つことに奮起する彼等。
だが、今現実に起こっていることは戦争だ。そこに正義も糞もあるわけない。

 これから赴く戦場で、彼等は数多の理不尽を体験する。
間違った命令に従うこともあるだろう。
守りたかったものを守れずに涙を流すこともあるだろう。
もしかしたら、炎に巻かれる民衆を見捨て、故郷を自らの手で焼き払うこともあるかもしれない。十五年前の自分のように……。
だがそれも仕方のないことだ。軍隊とは、戦争とは、そういうものだから――


 窓の外からジェット機のエンジン音が微かに聞こえてきた。
厚手の二重窓から聞こえる爆音。
ブラインドで遮られているため外は見えないが、きっとジュン達が訓練から帰ってきたのだろう。
二人が来たときに沢山いたパイロットはほとんどが空に散ってしまった。
笹塚達がその後を追わないように、彼等が生きて終戦を迎えられるように。
白崎が出来ることは、自身を守る術を教え、戦争の現実を知っても潰れないように、彼等の心に何かを残すことだけだった。


「諸君ッ!!」
 と弾けた白崎の声を聞いて、ざわついていた室内が水を打ったように静まった。

「諸君はこの国を守る軍人です。その後ろには武器を持てない何千万という人々が居ます。いわば諸君は民衆を守る最後の盾。無駄死には絶対に許しません」
 新兵達は「はいっ!!」と大きく返事をした。
「逃げ惑うような卑怯なマネも許しません。最後まで勇敢に戦い、生き残り、勝利しなさい。僕が言えることは、それだけです」
 再び「はいっ!!」と答える新兵達。
彼等を満足げに見回して、「以上解散」と言おうとしたときだった。


「司令部より通達、司令部より通達、全搭乗員は現時点を持って作業を放棄、可能な限り速やかに搭乗員待機室へ集合せよ。
 全搭乗員は現時点を持って作業を放棄、可能な限り速やかに搭乗員待機室へ集合せよ。繰り返す……」


低く、重いサイレンの音とともに流れたどすの利いた低い声。
それが示す内容は――『出撃準備』
彼等の初陣は、思ったよりも早く訪れた。


―ACE COMBAT ROZEN THERevenger 『第五話 出撃』―


―――二〇一〇年十月二十五日 午後二時五十分 厚木空軍基地 搭乗員待機室―――


「……遅いな、なにやってんだろ司令達」
 召集を受けてから二十分。
いつもなら十分以内に始まるブリーフィングが今回に限って遅れている。

――退屈だ。
何もしない二十分とはこんなに長いのか。
無意識に指輪に手を伸ばしつつ、ジュンは最後尾の窓際からびっしりと座っている一同を静かに見回した。

 この部屋に集められた戦闘機パイロット総勢三十人。
しかしその顔ぶれといったら、新兵を中心になんとも頼りなさそうな者ばかり。
若い……というより幼いという方がぴったりとくる。
素行良好とは言いがたそうな者。
顔を青ざめて心底怯えきっている者。
数少ない大人のパイロットも、チョークの粉を被ったような白髪頭や貧相な体格や文官上がりの瓶底メガネなど、
こうして見ると、本当に情けない飛行隊だった。
二年前とは大違いだ。
これも根こそぎ動員の結果なのだろうか。


「ねえジュンジュン、また出撃だね……ってまだそれつけてるの?」
 視線を戻して前の席をを見やる。
居たのは、ミーディアム隊の二番機にして、ジュンの戦前からの知り合い、草笛みつ。
「戦闘のときもずっとつけてるみたいだけど、一体なんなのその指輪」
 彼女が気にしているのはジュンが身につけている薔薇をかたどった銀色の指輪だった。


「これか。これは」
「あ、わかった。そればらしーちゃんとの指輪でしょう」
 ジュンが説明しようとすると彼女が遮るように言った。
「なんであいつの名前が出てくんだよ」
「だって二人は恋人同士なんでしょう。みんな噂してるよ?」
 昼前に自分の部屋に来たとき、薔薇水晶は言っていた。

 

『私達のこと、もう噂になってるから』


 なるほど、どうやらそれは本当だったらしい。
食堂で他の士官にからかわれたことも思い出した。


「別に、俺とあいつはそんなんじゃない」
 否定してみるものの、草笛の目は白い。
「またまたぁ。で、本当はどうなの? ねぇねぇ」
 まるで子犬のように好奇心に溢れた目を向ける草笛。
ジュンは『しょうがない奴だ』と苦笑しつつ彼女の目をじっと見る。
「とりあえず、俺が言えることって言ったらこれくらいだな」
 うんうん。と笑顔で身を乗り出した草笛にジュンは冷たく言い放った。
「命令だ。口を慎め上等兵」
 真顔に戻ったジュンの事業服の襟章には銀の桜が一つ。少尉の階級章だ。
それに対して草笛は上等兵。いくら二人が旧知の仲だといっても、軍隊で上官にタメ口を聞くことは許されることではない。


「も、申し訳ありません桜田少尉」
 がちがちの敬礼をして詫びる草笛。
このまま話を終わらせても良いけどせめて誰との指輪かくらいは言っておこうかな。
勘違いされたままじゃ自分も薔薇水晶もなにかと困るかもしれないし。
どう話続けたらいいのかわからずまごついている草笛に、ジュンはぼそりと呟いた。

 

「これはな、水銀燈との指輪だよ」
「え、水銀燈っていうとあの?」
「そう、あの水銀燈だ」
 
 水銀燈とはジュンのもう一人の幼馴染である純ベルカ人の少女のことだ。
彼女との出会いは十三年前。ジュンが幼稚園に通っていたころだった。
当時桃種市には、ベルカ戦争の敗戦により国を捨てた亡命ベルカ人が大勢住んでいて、ジュンが居た幼稚園にもベルカ人が何人か居た。
水銀燈はその中の一人だった。
彼女と初めて会ったとき、流れるような銀髪と燃えるような真紅の瞳、処女雪のように白い肌に目を奪われたことをジュンははっきりと覚えている。

 

 ジュンは水銀燈とよく一緒に遊んだ。家が近かったからかもしれない。
彼の家の近くは亡命ベルカ人の居住区になっていて、水銀燈もそこに住んでいた。
水銀燈と仲良くなるに連れて、彼女の妹達とも仲良くなった。
毎朝一緒に幼稚園へ行き、彼女らと同じ時を過ごす。それが当時のジュンの日常だった。
水銀燈は、年に一ヶ月ほど祖国の父の元へ帰ることがあったが、それ以外はずっと一緒だった。
NGO関係者だった父母は肌の色が違う彼女を差別することはなく、仲の良いジュン達の姿に目を細めていた。
その関係は小学校へ上がり、中学高校になっても続いていて、いつしか二人は性別を超えた親友のような関係になっていた。
 
 ジュンがそんな彼女と恋人になったのは、高校一年のとき、夏休みが開けてすぐのことだった。
いつもと同じ日の、いつもと同じ帰り道。周りに人がいないのを見計らい、彼女は突然切り出した。

「ねぇジュン、貴方、私のことどう思ってるのぉ」
「なんだよ、いきなりそんなことを」
「真剣に答えて欲しいの。もう、後が無いから、今を逃したら言えなくなるから」
「水銀燈……」
「ねぇ、どうなのぉ?」
「………私は………………ジュン……の事……好き……なのぉ」
「な、何だよ、からかってるのか? あ、もしかして実はどこかで真紅達がビデオに撮ってて後で「ドッキリカメラでーす」なんて笑い者にする気じゃあ……」
「私は真剣よぉ! ドッキリカメラでもなんでもない! 誰もどこにも隠れてない! だから、どうなの! はっきりしなさいよぉ!」
 そのときの水銀燈の顔は、真剣そのものだった。
告白の結果は……今更言う必要はない。
あの時の彼女の幸せそうな表情。この世の幸福を一人占めしたような笑顔をジュンは一生忘れることはないだろう。
 

 その日から、二人は恋人として互いの絆を深めていった。
放課後や休日にデートを重ね、水銀燈の妹達の祝福と冷やかしを受け、愛情はさらに大きくなっていった。
体を重ねたことも一回や二回じゃない。
たまに『日本人に相手にされないからそんな子と付き合ってるのよね』と差別されることもあったが、それでも二人は幸せだった。


――しかし、そんな日々も長くは続かなかった。

 三学期がもうすぐ終わろうとするある日、水銀燈が学校を休んだ。
いや、彼女だけでなく、その妹達まで一緒に休んだ。
こんなことは今まで一度も無かった。
これはおかしいと携帯に電話すると、聞こえてきたのは無機質なメッセージ。


その内容は――『この電話は現在使われておりません』


 ジュンは学校を抜け出し急いで彼女の家へと向かった。
水銀燈に何があった。何かやばいことでも起こったのか。
なにもないよな。無事で居てくれ水銀燈!!

 だが、水銀燈の家についたジュンが見たものは、家具が全て運び出され、空き屋となった彼女の家だった。
それは、戦争が始まるちょうど一月前のことだった。


 ジュンは草笛から視線を外して窓の外へと目を向けた。

 彼女は空を見るのが好きだといっていた。

 快晴の青空を見上げると消えてしまった彼女のことを思い出す。
姉妹と共に姿を消し、探し回っても見つからず、決して帰ってくることのなかった水銀燈。
漆黒の闇が広がる、がらんとした彼女の部屋と、そのとき感じた心の一部を削ぎ落とされたような痛みを忘れることは出来ない。
この空の向こうで彼女はいるのだろうか……この空の下で彼女は笑っているのだろうか……。
街も消え去り、家もなくなり、今や自分と彼女を繋ぐものはこの指輪だけだった。
失踪する二ヶ月前に、揃いで買ったこの指輪だけが……。


「ジュンジュ……じゃなかった桜田少尉、もしかして水銀燈さんのこと思い出してるんですか?」
「思い出すも何も、あいつを忘れたことなんてないさ。今まで一度もな」
 ジュンは遠くを見詰めたままだった。
草笛は困惑したような表情を見せてジュンに聞いた。
「まだ、好きなんですか。彼女のこと」
 ジュンは笑顔で答えた。
「ああ、好きだ。多分一生好きだと思う」
「じゃあ薔薇水晶少尉とのことは……」
 草笛はここから少し離れたところに座っている薔薇水晶を見た。
周りが騒がしい中で、彼女は微動だにせず背筋を伸ばしてじっと座っている。
「あいつは只の仕事上のパートナーだよ。それ以上でもそれ以下でもないさ」
 ジュンはそれっきり押し黙った。
草笛はなにかを話しかけようとしたが、
黙って空を眺め続けるジュンになにを話して言いかわからず、結局その話はそれっきりとなった。  
 

「諸君、静粛に」
 いきなり立てつけの悪くなった扉がガラっと大きな音を立てて開いた。
軍服に身を包んだ禿頭の老人――厚木基地司令柴崎元治少将が副官を連れて部屋に足を踏み入れた。
柴崎司令は今までとは打って変わって、しん、と静まり返った室内を見回して、
壁掛け時計と自分の懐中時計の時間を確認すると、副官に声をかけた。

「一五〇二か、思ったより時間がかかったな。まあこれくらいなら大事は無い、すぐに作戦会議をはじめよう」 
 副官が壁にあるコンソールを操作すると、
部屋の照明が落とされ、ジュン達の前に音を立ててスクリーンがおりてきた。
そこに映し出されたのは、CG処理が施された日本地図と、両軍の勢力図だった。
北緯三十八度線を境に、東北と北海道が赤、関東以南が青に染まっている。


「それでは会議を始める。まずは現在の戦況について伝える。かず……柴崎大佐」
 と柴崎が口を開き、「は」と応じた副官――厚木基地副指令柴崎一樹大佐が前に立ち、作戦会議は始まった。

 

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