誰もが目を点にして雛苺を見つめていた。
だが当の本人、雛苺にしてみれば至極当たり前で簡潔な結論だった。
「雛苺、今、なんて?」
「うぃ?あれは悪い人でしょ?だったらやっつけないとメッメッなのよ!」
「そ、それはそうだけど、何でいきなりまた……」
困り困った顔であわてる巴。
「まったくなのだわ雛苺。貴女は今までの覚醒でもまともに戦った事なんて
 なかったじゃないの。
 私と会う度にミーディアムの後ろで隠れてたり逃げたばっかりだったのに
 まったく何を考えてるのやら……」
呆れに近い嘆息を漏らす真紅。
「いやぁ、まあ僕としては構わないと思いますよ?現に雛苺様はそこのお嬢様と
同じくローゼンメイデンですし、その力はあるかと」
至極当然な答えを漏らす白崎。
「うぅ~~~~~!!ヒナだって戦うなの!!トモエはまた戦うんでしょ?
 なのに一人で戦ってトモエだけ痛い痛いのはやー!」
「あ、う……でも、雛苺だって痛い痛いかもしれないんだよ?雛苺、それはイヤでしょ?」
「痛いのはヤだけど……だいじょぶ、トモエと一緒ならだいじょぶなのよ!」
「え?」

「トモエはヒナを守ってくれるんでしょ?だからヒナは大丈夫なのよ」
「それってどういう――」
「トモエが守ってくれるならヒナは怖いのはへーきよ。だからヒナはトモエと
 一緒にあの悪い人をやっつけるの。戦うのは怖いけどトモエといっしょなら
 戦えるの。なんだかね、そんな気がするの、だからへーき!」
「あ、うん」
よく分からない理論に圧倒され、こくりとうなずいてしまった巴。
それをため息をついて見ている真紅。
「貴女がそう言うなら構わないけど、勝てる見込みはあるの、雛苺?」
「ぴゃ!?」
即座に巴の後ろに隠れる雛苺。
「……やらないわよ。さっきも言ったけど私はアリスゲームはしない」
「……ほんと?」
「ええ。もし乗る気だったらさっき貴女にあった時点でやってるわよ」
「うゆ……そういえばそうなの」
「そういえばって……はぁ、まあ良いわ。で、勝てるの?もっとも、また巴の
 後ろに隠れてるようじゃ先行き不安でしょうがないのだけれど」

「へ、へーきなの!ヒナはトモエと一緒なら負ける気がしないの!それにね、
 よくわかんないけどね、だいじょうぶな気がするの!」
「それは非常に信用ならない答えであるのだけれど」
じとーっと雛苺を見据える真紅。
「うゆ……でも今は戦わないとダメだって思ってるの。トモエはね、ヒナの
 ために戦ってくれたなのよ?なのにヒナだけ何もしないのはヤ」
「雛苺……」
「ヒナね、胸の中にね、トモエと一緒に戦いたいってキモチがいっぱいなの。
 きっとトモエは戦うからヒナもお助けしなきゃって思ってるの!」
「そう。で、勝算は?私は貴女が戦うところは一度も見てないのだわ」
うぅ、とまた悔しそうな顔をする雛苺。だが、それを振り切るように
キっと真紅を睨み付ける、まっすぐと、迷いのない翠色の眼で。
「わかんないけどするの!今は真紅のますたーはぶっ倒れてるなの!!
 だから戦えるのはヒナ達しかいないなのよ!真紅はなにもできないの!
 だからヒナ達があの悪い人をクサムヲムッコロスなのよ!!」
「む、むっころす?!」
仰天する巴、いったいどこでそんな言葉を覚えたかはあえて言うまい。
「ムッコロスはないと思うけど、確かにジュンは気絶したままだし私だけでは
 どうにもできないのは本当ね……」
考え込む暇もあるまい、今も悩んでいる間にあの巨大ロボットは街を
破壊しているのだから。
「分かった、貴女に任せるのだわ。」

「良いの?」
「ええ。私もジュンをたたき起こしたらすぐに向かうわ。負けそうになっても
 それまで耐えてくれるという条件付だけど」
細くクッキリと整った眉を少しあげて微笑む真紅。
それにつられるように同じく微かに微笑む巴。
「……分かった、貴女が来るまでに決着はつけるように努力するわ」
立ち上がり、自分に付き従う執事に向きあう。
「白崎さん、今の現状では警察だけでは市民の避難誘導は無理でしょうし
 自衛隊の出動にも相当の時間がかかるのが予想されます。
 至急市と警察の役人連中と話を付けて柏葉財閥の私設警備隊を出して下さい。
 あと、警備隊各員には通達として市民を戦闘地域より10キロ以上離れるように
 誘導、無理な場合は御爺様が以前建設していた地下シェルターへの誘導を
 してください。ゲートのある場所については避難データ資料ファイルの中に」
てきぱきと白崎に指示を飛ばす柏葉巴。
祖父からの教育の賜物か、それはまさしく人を率いていくリーダーとしての
風格に満ち溢れている姿だった。
全ての指示を終え、巴は深く深呼吸を行う。
「以上です、他の指示は貴方の判断に任せます、信頼してます白崎さん」
「お任せくださいお嬢様、全て了解です」
頭を垂れ、目の前から消えるように走り去る白崎。その身のこなしは
まるで兎のように軽やかだった。

「よし、それじゃ行くよ雛苺……本当に良いんだね?今ならまだ引けるよ?」
巴が今一度確かめるように雛苺の目を見る。
「ううん、行くの、トモエといくなの!ヒナがんばるの!」
真っ直ぐに巴を見つめる雛苺。
「……分かった。私はもう何も言わないよ。一緒に行こう、雛苺」
「うん!トモエ、目をつぶって?」
「え?」
「ヒナの力、トモエと一緒に戦う力、トモエにあげる」
巴は何も言わず膝を付き雛苺を向く。そして、眼を閉じる。
そして、雛苺も同じく瞼を閉じる。
幼き少女の口から放たれるは契約の御言葉
猛き少女が感ずるは世界の論理を識る法則
少女の指輪に少女は口づけする


――それは守る者と守られる者、二者が一体となる儀式





顕現する円環

重なる輪は廻る

少女達を中心に幾重にも回転し

一つとして同じ動きはなく

眩い光

円は球に

光球は現象から存在へ

脈動する光円

生まれ出づる螺旋

それは煌く桜華



光が霧散し、その中に一人の少女が立つ。
月夜の光を受け、少女は立つ。
何者にも傷つけさせぬ意志が左腕全体を覆う手甲と成る。
覇道を征く気高き意志が優雅さとは無縁の冷たい光を帯びる刀と成る。
纏う魔衣はボディスーツ、鴇の羽根の如き可憐な色。
刃揮うに相応しきその姿。
眩き漆黒の髪は背を全て覆う長髪。
敵を射る瞳は少女の碧眼。

「すごい……力が、溢れてくる」
「うぃ、これがヒナの力よ。トモエが持ってたせんざいのーりょくを高めたの。
 トモエの魔術師としての才能を開花させたのよ」
真紅と同じように人形ほどの大きさまで縮んだ雛苺が巴を見上げる。
「そういうことなんだ………うん、理解できる」
鋭く、巴は遙か遠くの敵を見据える。
脳内を星を征く速度で論理、術式が駆け巡る。
それは世界を識るための法。
宇宙を論破するための鍵。
「アイツを打ち倒すための力……征くよ、雛苺!!」
「うんっ!」
言うが速いか、巴の身体は敵へと向かった。
軽やかに、舞うように、少女が月夜を駆けた。空を、疾走った。
眼前の建築物を踏み台にしてさらに速度をあげて駆けた。
向かうは遙か彼方の敵。

「行ったわね。」
月夜を駆ける鴇を見送り、真紅は思案した。
――2日
2日だ。昨日と今日を合わせ2日。そのわずか二日足らずで余りにも
都合良く出来事が起きすぎている。
ミーディアムとの出会い、敵の出現、姉妹との邂逅、そしてまた敵。
これではまるで劇を見ているようだ。
しかし、それがどうしたというのだろうか?
だからと、それが現実を、何を、侵す?
不可解、それは偶然の折り重なり。
しかし、その偶然はまた必然があってこその偶然。
何かの意図ないしは力が働いてこその偶然。
だとすれば、この偶然を奏でるのは何ぞ?
答えは出ない。
靄のかかった嫌悪感が胸にこびりつく。
まるで、何度も何度も問答を繰り返してきたかのようなもどかしさ。
答えは出ない。
出るとすれば、それは、何時?
答えは出ない。

ならば

今目の前の問題を先に片付けよう。


「起きるのだわ、ジュンッッ!!」

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最終更新:2006年10月02日 17:25