「一つ屋根の下 第五十九話 JUMとスウェーデンリレー」

 

 

「みんな、よく頑張ったな!担任の梅岡だよ!!」
教師の癖に正に鳥頭。自分の存在がそんな簡単に忘れられると思ってるのだろうか。大丈夫。無駄に
インパクトだけは強いから。
「さて、後はスウェーデンリレーのみか……」
べジータが言う。スウェーデンリレーというのは、男子二人女子二人の代表で100m、200m、300m、
そしてアンカーが400mと徐々に距離の増えていくリレーである。100mと300mが女子。200mと400m
が男子と決まってる。ウチのクラスは300が薔薇姉ちゃん。400がべジータだ。いやでもさ、凄いよね。
僕なんて全員リレーの120mで一杯一杯だったのにさ。300とか400を全力で走り続けれる事が凄い。
『大変お待たせいたしました!!それでは、スウェーデンリレーの出場選手は集合して下さい。』
「頑張ってね、薔薇姉ちゃん。」
「……うん……大丈夫……銀ちゃんにも…蒼星石にも…負けない…」
薔薇姉ちゃんは本気モードだ。眼帯をとって種割れ中だ。(本人談)髪も邪魔にならないようにしっかりと
ポニーに結ってある。
「蒼星石~!しっかり頑張るですよぉ~!」
応援席から翠姉ちゃんの声がする。翠姉ちゃんはどうやら走らないっぽい。300mのスタート地点を見れば、
3人が互いに闘気をぶつけ合っている。
「……もう言葉はいらない……JUMは……私が貰う…」
「させないよ、薔薇水晶。JUM君の面倒は僕と翠星石で見るから心配せずに負けていいよ。」
蒼姉ちゃんが怖いくらいに目付きが鋭い。滅多に見れないけど、本当に怒った時はあんな感じだったかな。
銀姉ちゃんはただ、その白銀の髪を風になびかせて無言で立っている。その無言が底知れない恐怖を
感じさせる。
『大変ながらくお待たせしました……三日にわたる戦い…その決着がここでつきます。この戦いには全校生徒
600人の汗と涙が詰まっております。そして、その600人の頂点を今、ここで見れるのです!!
3-E。2-C。1-D。果たして最高の栄誉をその手で掴むのはどのクラスなのか?決戦の時です。
それでは……スウェーデンリレー……位置について……』
3人の走者がグッと体を沈ませる。クラウチングスタートだ。僕の額にも汗がツッと流れる。
パーーーーーン!!!!音が響く。同時に、3人の少女が一斉に駆け出した。

 

 

 

『さぁ、先ずはどのクラスが頭一個抜け出すか!!今のところはデッドヒート!!』
先ずは女子の100mだ。見る限りは完全に互角。三人がほぼ並んで走っている。だが、どこかで動きが
出てくるだろう。そこが見物だろう。
『さぁ、残りは30mほどか!?おおっとぁ!!2-Cが少し抜け出したかぁ!!』
競馬で言うなら一馬身差。人だから一人身差か?蒼姉ちゃんのクラスの選手が少しだけ混戦から抜け出す。
100mはあっと言う間だ。時間にして15秒もないだろう。2-Cを筆頭に男子の200mの走者にバトンを
渡していく。現在は2-C、1-D、3-Eだ。2-Cは快走を続け、僕等のクラスはそれに喰らい着いてる
形。3-Eは少し遅れてる印象だ。
「よし、そのまま!!」
蒼姉ちゃんがグッと拳を握る。すでにスタートラインでバトンを受け取る準備万端だ。
「貴方達……」
ようやく銀姉ちゃんが口を開く。ハチマキでギュッとポニーテールを作る。
「悪いけど、勝ちは譲らないわ。JUMは……渡さない……私の思いの強さを見せてあげる。」
僕はその言葉にゾクッとする。多分、蒼姉ちゃんや薔薇姉ちゃんもそうだろう。間違いなく銀姉ちゃんは本気だ。
いつもの余裕シャクシャクの猫撫で声口調じゃない。
「水銀燈……」「銀ちゃん……望むところ……」
第2走者が徐々に近づいてくる。後10m程か。蒼姉ちゃんがスタートを切り、パシッと音を立ててバトンを
受け取る。そしてそのまま抜群のダッシュを見せる。少し遅れて僕等のクラスがバトンタッチする。薔薇姉ちゃんは
蒼姉ちゃんを追ってダッシュする。
『さぁ、蒼い弾丸を捕らえる事が出来るのか!!3-Eは逆転できるのかぁ!!!??』
ようやくバトンを受け取った銀姉ちゃん。そして、そのまま……これが銀姉ちゃんの本気なんだろうか。
正直、銀姉ちゃんは何でもある程度こなしちゃう人だ。普段は本気とは限りなく無縁。その本気は正に
凄まじいの一言だった。
「!?そんな……」
あっと言う間に銀姉ちゃんは薔薇姉ちゃんを捕らえ、追い越した。
『なぁんと!!!あっと言う間に黒い旋風に巻き込まれたぁああああ!!!!』

 

 

銀姉ちゃんは尚勢いを増す。そして、10mぐらいはあったのだろうか。その差をひっくり返した。
『はやぁああああああいいいいい!!!正に黒い旋風カスケードォオオオオオオ!!!』
ふと、マキバオーを思い出す。銀姉ちゃんは後ろを見向きもせずさらにスピードを上げる。300mを全力で
走りきるつもりだろう。
「……悔しいけど……愛されてるのね、JUM。」
隣で見ていた真紅姉ちゃんが言う。愛されてる?何でさ?
「分かってないわね。この勝負に全てがかかってるのよ。勝てばJUMを事実上手に入れることが出来る。
あの水銀燈がここまでするって事……それを汲んであげなさい。」
少しショックを受ける。自惚れかもしれないけど、そこまで僕が?
「蒼星石!!」
翠姉ちゃんが叫ぶ。蒼姉ちゃんは懸命に銀姉ちゃんを追いかける。
(水銀燈……それが君のJUM君に対する気持ちなんだね……よく分かったよ…だから、僕は尚更負ける
に訳にはいかない…JUM君を思う気持ちは僕だって……僕だって、負けない!!)
『なぁんとぉ!!蒼い弾丸は生きている!!一気に差をつめていくぞおおおおおお!!』
蒼姉ちゃんが一気に加速する。銀姉ちゃんと肩を並べる。追い抜けはしないものの、負けてもいない。
「う…二人とも凄いの……」
「こんなマジな姉妹の戦いは初めて見るかしら。」
デッドヒートを繰り広げる銀姉ちゃんと蒼姉ちゃん。残り半周100mだ。勝負は全く分からない。
(早い…銀ちゃんも蒼星石も…私は……このまま負けるの……?)
「薔薇しーちゃん!!JUMを諦めるんですか!!貴方は私達に勝ったのですよ!!だったら、最後まで
意地を見せなさい!!このまま終わったら許しませんわ!!薔薇しーちゃんのサザビーを食べます!!」
どうやってだ?だが、キラ姉ちゃんが激を飛ばす。
(きらきー……そうだ…私はきらきーと、真紅と、雛苺の上にたって戦ってる……ここで負けを認めたら……!)
薔薇姉ちゃんが加速する。少しずつではあるが、二人に距離を詰めていく。
『負けていない!!死んでいない!!紫の薔薇は諦めていないぞおおお!!さぁ、熱くなって参りました!!
燃えです!!萌えなんぞ不要!!燃えています!!!』

 

 

姉ちゃん達の激戦はもうじき終わりを迎える。残り30mもないだろう。こう思ってるうちにあっと言う間に
次の走者へのバトンタッチゾーンだ。相変わらず銀姉ちゃんと蒼姉ちゃんが並走。少しだけ遅れて薔薇姉ちゃん
だ。そして、遂に最終走者にバトンが渡される。2,3年生のアンカーは陸上部らしい。あっと言う間に加速して
いき、ゴールを目指す。最後は400mの長丁場だ。
「べじ……まか……!!」
「おう、任せろ!!」
薔薇姉ちゃんがべジータにバトンを渡し、脇にそれるとドウと地面に倒れこむ。無理もない。300mを全力
で走ったんだ。さすがの銀姉ちゃんや蒼姉ちゃんも息を荒げている。
形勢は不利だった。べジータは自称戦闘民族サイヤ人の王子で、脳味噌まで筋肉だが相手が悪い。
離されない様にするだけで精一杯のようだ。このままでは、2,3年のどちらかが優勝するだろう。
ようやく呼吸が整ったのが、薔薇姉ちゃんが起き上がり……そしてとんでもない事を叫んだ。
「べジータ!!勝ったら……蒼星石がキスしてくれるってーーー!!!」
「えええええ!!??な、なななな、何で僕が!!??」
正に外道。薔薇姉ちゃんの最終手段だろう。べジータの蒼姉ちゃんへのゾッコンぶりは周知の事実。
それを使った外道作戦である。きっと、今頃あいつの頭は幸せ回路が存分に働いてるだろう。
以下は、あいつの頭の中の想像である。僕の想像なのに、寸分違ってない気がするのは何でだろう。
(蒼嬢が?わ、わかったぜ!!蒼嬢は恥かしがりなんだ!!しかし、勝者へのキスってのは常識だ!!
それに乗っかって俺にコクろうと言うわけだな!?ふっ、可愛いぜ蒼嬢。いいだろう、俺が君との幸せを
ゴールインしてみせるぜ!!)
あくまで僕の想像だ。でも、何か妙にリアルなのが嫌だ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
大地が震えるほどの雄叫びを上げながらべジータが加速する。グングン前の二人に追いついていく。
「ちょ、ちょっと薔薇水晶!か、勝っちゃったら僕どうすれば……」
「大丈夫…そこまでしない……とりあえず首筋に手刀いれて気絶させて……後は記憶なくなるまで殴る…」
ああ、本当に外道な薔薇姉ちゃん。哀れべジータ。折角優勝しても待ってるのは地獄だけ。
さすが、ここからが本当の地獄な男だ。

 

 

『熱い!熱くて死にそうです!!べジータ選手が追いすがる!!残りは50mをきったぞおおおお!!』
ベジータは少しだけ遅れを取っている。しかし、奴の目は死んでいない。
「そうじょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
叫ぶ馬鹿。みるみる髪の毛が金色に変わっていく……ような気がする。多分あれだ。
「蒼嬢の気持ちに言われなきゃ気づかなかった自分への怒りで目覚めたのさ。」
とか言いそうだ。残り10m。3人がついに並ぶ。僕らはゴールにのみ目を集中させる。残り5,4,3……
「ぬおりゃああああああああああああああああああああああああ!!!!」
べジータに叫び声がする。それと同時に何と奴は……頭からゴールに突っ込んで行った。
『ごおおおおおおおおおおおおる!!!!しかし……これは分かりません。ビデオ判定です!!』
一斉に全校生徒の目が得点版、もといスクリーンに釘付けになる。ゴールの瞬間。
『こ……これは……!!』
3-Eの生徒の胸がテープに触れようとした瞬間だった。よこから黒いトッキントッキンの物体がほんのコンマ
数秒早くテープを切っていた。そして、その後に映し出される必死な顔。言うまでもない。
比較的小柄なあいつが見栄を張る為に何時も立たせてる髪。あれが初めて役に立ったようだ。
『か、髪差です!!髪差です!!よって、学校優勝は……1-Dだあああああああああああああ!!!!』
うわああああああああああああと歓声が上がる。もちろん、ウチのクラスからだ。
「みんなよくやった!!感動した!!どれもこれも先生がクラスを纏めたからだね!!さぁ、先生の胴上げ
をしよう!さぁ!さぁ!さぁ!へぶあしっ!?」
先ずは功労者のべジータを胴上げする。なんか踏んだような気もするけどまぁいいか。
「やったぜええええええ!!そ、そうだ!!」
キュピーンとべジータの目が光る。それは獲物を狙う目だ。
「ふっ……蒼嬢~~~~!!ぐほっ……」
蒼姉ちゃんにルパンダイブを敢行するべジータ。しかし、後ろにいた薔薇姉ちゃんに手刀を首に入れられ
気絶する。薔薇姉ちゃんは無表情で気絶したベジータの脚を持ってズルズル引きずっていく。
「梅岡先生、どうぞ……」
「うほっ!いいべジータ!!」
うん……まぁ、あれだ。さよならべジータ。こうして、体育祭は我がクラスの学年優勝で幕を閉じた。

 

 


そして、僕は姉ちゃん達に囲まれていた。そう……学校優勝したクラスが僕を自由にできる…だ。
「はぁ……まさかあのハゲがここまでとはねぇ。それで、薔薇し~?聞くまでもないと思うけど……」
「うん……JUM、私の望みは……明日一日JUMの部屋で一緒にいること……そして、一緒になること…」
薔薇姉ちゃんがホンノリ顔を赤く染めている。それってまぁ、そういうことだろう。
「うううぅぅぅぅ~~!!ダメですぅ!!で、でも約束ですし…・うぅううう……」
「JUM君……その……しちゃうの……?」
双子が僕を見ながら言う。僕は一息つくと言う。
「それが薔薇姉ちゃんの望みなんだね。分かったよ。」
『JUM!!??』
薔薇姉ちゃんの顔がみるみる笑顔に変わってく。しかし、僕には考えがあった。
「じゃあ、僕の願いね。薔薇姉ちゃんの願いは取り消し。また、いつもの姉弟に戻ろう。以上。」
薔薇姉ちゃんが目をパチクリさせる。いや、他の姉ちゃんたちもか。
「……?え?それってどういう……?」
「うん?前提は優勝したクラスだよね。どこが優勝した?」
「だ、だから優勝したのは1-D。私のクラスで……あっ!!」
そう……優勝したのは薔薇姉ちゃんのいる1-Dだ。しかし……僕もまた1-Dなのだ。狙いはこれだった。
「そういう事。文句ないでしょ?何ならローゼン多数決する?結果は見えてるけど。」
薔薇姉ちゃんがしょんぼりする。多数決で勝てるわけがない。でも、ちょっと可哀想だから……
「代わりにさ…明日休みだからデートしよう。どこ行きたい?一緒に出かけようよ。」
「JUM………うん、じゃあラブなホテルに……」
「ショッピングセンターにしようか。ガンダムの映画あるし。」
「うぅ……うん……でもデートもいいね……じゃあ、明日は約束……指きり……」
僕は薔薇姉ちゃんと指切りする。そういえば、指きりなんて何時振りだろう。
「ふぅ……結局元の鞘ねぇ。さ、学校祭はまだ終わってないわよぉ。今から後夜祭があるんだからぁ。」
END

 

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最終更新:2021年05月26日 18:51