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夢の話をしよう。淡くも苦い味のする果実だよ。
熟した夢はとても甘美な味のするものだけれど、そうなる前に落ちてしまうことが多いぐらい育てるのは難しい。
中にはもうすぐで熟れる夢の果実を自ら摘み捨ててしまう悲しい人すらいる。
夢の話をしよう。諦めて摘み取ってしまう前に―――


もうすぐで文化祭が始まる。うちの学校は他の学校と比べると文化祭に力を入れる傾向がある。学生には一般公開をしているのでこれで中学受験生をゲットしようという魂胆なのだろう。
クラスのみんなも普段はまとまりがない癖にこういう時だけはやる気を見せる。偶に有り余るそのやる気が暴走してまとまらなくなることもあるが。
しかし、私こと水銀燈にはそんなことには興味ない。だって文化祭の用意をするのが面倒なのだ。去年のときも準備をすっぽかして更に文化祭に出てすらもいない。
どうせ遊ぶのだったら他所で遊んでいたほうが有意義だと思えたからだ。今年もそうするつもりでいるのでクラスのみんなが色々と話し合いをしている場で私は堂々と眠る。
手伝う気もないので今後の活動内容も聞かない。私一人ぐらいがサボっても特に何も変わらないだろう。
………と思っていたのが甘かった。こういう時に厄介な相手が立ちはだかる。

 「ちょっと、起きなさい水銀燈!」
 「五月蠅いわねぇ………もう少し寝かせてよ真紅ぅ…。」

金髪に青い瞳をしたお人形みたいな容姿をしているこの子は真紅。実を言うと幼稚園からずっと同じ学校に通っている。所謂『腐れ縁』だ。
彼女は非情に可愛らしい(私から言わせればまだまだだけどねぇ。)容姿とは裏腹に性格は非情にキツく女王様気質な子だった。
その容姿に惚れこんで告白する男子は数知れないのだがいつも彼女は断り続けている。余程のフラれ方をしたのか二度目を言いに来る男子は余り居ないらしい。

 「駄目よ。貴女もクラスの一員なのだからちゃんと話し合いに参加するのだわ。」
 「はいはぁ~い話を聞いてればいいんでしょぉ?聞いてればぁ…。」

『腐れ縁』のためか彼女はこのクラスで唯一(担任の梅岡含む)私を制御できる貴重な存在だった。


仕方ないので私は起きて文化祭の話を聞かされることになる。ちなみに文化祭でのルールはまず費用制限があること。(これは実際に守られたケースはない)次に各クラスは最低一つは『何か』をやることで体育館を使っての劇と教室でやる出し物の二つに分けられることが多い。
そしてこれは私には関係ないことなのだが部活でも『何か』をやるということだ。去年はサッカー部が中庭の売店で焼きそばをやっていた。
ちなみに私達のクラスでは無難な教室でも出し物をやることになった。

 「それで出し物ですけど…誰か意見はありませんか?」

学級委員長である巴が騒然としている中でテキパキと話しを進めている。色々な案が出た中でウチのクラスは空いている調理室を使って喫茶店みたいなのをやることになった。
女子が接待、男子が厨房というお約束な設定で、まぁ私は接待なんて面倒なことは絶対にしないけど。

 「よし、みんな頑張ってくれよ。何か先生に協力できることがあったら協力するから文化祭を思いっきり楽s」
 「じゃあ今日はこれまでということで解散します。」

巴の解散という言葉を聞いた途端にみんなは帰りの支度をしてすぐに帰り出す。私は人だかりが余り好きではないので最後まで残った場合はいつもゆっくりしてから教室を出て行く。
教室からみんなが出て行くのに時間がかかるので私は適当に今日買った雑誌を読んでいた。ふむ、蠍座は今週の金運はいいのか。
雑誌を読みながら教室を見回してみる。巴と雛苺が一緒に帰りの準備をしている姿が見えた。どうやら二人ともあれから仲良くやっているらしい。
別に私が気にすることではないのだが…何故か気になってしまった。二人とも準備が終わって教室を出て行く。そのときに私は雛苺に違和感を覚えた。
何だか…歩き方が可笑しい気がする。

 (転んで擦り剥いたとか………じゃないわよねぇ。)

私は雛苺が少し気になったのだが呼び止める間もなく巴と一緒に教室を出て行ったのでまぁいいかと考えてしまう。巴が一緒なら下手なことにはならないだろう。


暫くして帰宅する生徒の数も疎らになって来たので私はいつもどおり裏門から学校を出ようとする。その途中で吹奏楽部の練習の音が聞こえた。

 「…そっか、文化祭の練習ねぇ……あら?」

音楽室はとなりの棟の一番高いところにありその教室だけにベランダが設けられていた。其処で一人の女子だけが出て来てヴァイオリンの練習をしていた。
ヴァイオリンの演奏者は彼女だけなのだろうか?そんなはずはないだろう。ただ孤独にヴァイオリンの音色は震えて悲しみの音を奏でていた。

学校の裏門から帰った私は今日もまた病院にめぐの見舞いに来ている。看護士などにはもう顔まで覚えられてしまっていた。
来たのはいいのだがめぐはぐっすりと昼寝をしている。起こしたら悪いと思ったので出直すことにした。病院の売店でヤクルトでも買おうと出て行こうとしたとき…

 「水銀燈………何処行くの?」
 「え?」
 「止めて!置いて行かないで!一人にしないでよぉ…」

それは寝言だった。けれども凄く怖い夢らしい、めぐはかなりの量の汗をかいている。私は何故かそうすればいいと思ってめぐの手を握った。
めぐは手にまでじっとりと汗をかいていた。私はまるで自分の方が置いて行かれるかのように彼女の手を強く握った。
それでもめぐはうなされ続けていた。うわ言のように私の名前を呼んでは苦しんでいる様子だった。何も出来ない無力な自分が歯痒い。
30分は経った頃だった。ようやくめぐが目を醒ましたのは、夢の内容を聞くと覚えていないという。

 「本ッ当に覚えてないんでしょうね?」
 「覚えてないわよ。そんな怖い顔しないでってば。」

先刻のうなされていた顔が嘘のようにめぐは苦笑していた。私は何だかそれに引っ掛かった、まるで何かを隠しているかのように見えるからだ。
めぐが私に隠し事をしているのは少し悲しいけれども言いたくもないことを無理矢理言わせることもないだろう。私は気分を切り替えることにした。


 「そう言えば文化祭が近いんじゃないの?」
 「ええ、何でもウチのクラスはわざわざ調理室を使って喫茶店をやるんだってぇ。女子が接待をするとか…面倒臭いわぁ。」
 「男子が接待しても喜ぶ人は少ないもんね。」

はっきりと言ってくれる。実際、ウチのクラスの男子はイマイチ目立たない奴ばかりだ。中途半端に目立とうとする奴は何人かいるが…。

 「でも水銀燈が接待してくれるんだったら私行ってもいいかな。」
 「ば、バカじゃないの……そんなキャバクラじゃあるまいし…。第一私はまだ接待をやるとは決めてないわぁ。」
 「あ、そっか接待はやらなくてボーイをやるのね。」
 「違うから!私は文化祭に参加する気はないってばぁ!」
 「でも今年はどうかしらね?多分、真紅って子燃えてるんじゃないの?去年はまんまと貴女に逃げられたわけだし。」
 「そうなのよねぇ…問題は真紅なのよぉ。あの子ってば去年のときなんて私が通ろうとするルートをことごとく先回りして待ち伏せていたぐらいだしぃ…。」

『腐れ縁』というのはこういうのが厄介だ。お互いのことを知り尽くしているので裏をかいても全くの無駄になってしまう。
それに真紅は判断力が鋭い、本人は推理力とか言っているのだがそれはくんくんに憧れて言っていることなのだろう。
まぁ何にしても今年の文化祭を抜け出すのには相当な労力が必要不可欠だろう。

文化祭と言えばもう一つ気になることがあった。
あの一人でヴァイオリンを弾いている女の子…。よくよく考えたら吹奏楽でヴァイオリンはない筈だ。なら何故彼女はヴァイオリンの練習をしていたのだろう?
考え事をしているとめぐが此方の顔を覗き込むようにしていた。

 「何か気になることでもあったの?」

やはりお見通しのようだった。単に私がわかりやすい顔をしていたからなのかもしれないが…。
私は今日の帰りに音楽室のベランダで見た光景を話した。この話を聞いてめぐも少し不思議に思ったらしい。私と同じく考えている顔になっている。

 「ひょっとしてその子ってアレなんじゃない?中庭でやるコンサートに出るつもりなんじゃ…。」
 「中庭のコンサート?なぁにそれ?」
 「確か二日目にあるクラスや部活以外での活動よ。これはクラスとかの枠組みが無くなってかつ自由形式に自分のしたいことを発表するイベントじゃなかったかしら?」

成る程、確かにそれならばあの子が一人で練習していたのも頷ける。けれども私はふと思った。

 「ふ~ん…ってなんで私より貴女の方が詳しいのよぉ…。」
 「だって真紅からも話を偶に聞くし。」

ああ、そう言えば真紅も私が入院したときに見舞いに来てそれでめぐと知り合ったのだっけ…。そうか、あれからも定期的にめぐのお見舞いに来てくれているのか。

 「そうね、決まって貴女が学校をサボって此処に来た日によく来てくれるわ。水銀燈はいないかって。」
 「こ、こんな所にまで来てるのぉ…。」

お節介も此処まで来ると厄介なものだ。昔からあの子は何かと私に反発してはお節介を焼いている。


とまぁ話を戻して………。

 「でも珍しいわね。ヴァイオリン演奏の発表だなんて、去年は漫才とかバンドとかばっかりだったっていうのにね。」
 「ふ~ん、そうだったのぉ………そうよねぇ。ヴァイオリンを個人で持っているのかもしれないわねぇ。
  けど…何だかあのヴァイオリンの音色はあの吹奏楽の音と違ってたから余計に寂しそうに聞こえたわぁ。」
 「そう…気になるんだったらその子に会ってみたら?」

別にそんなんじゃないわよぉ。と否定しつつも心の何処かでは少しに気にかかってはいた。今にして思えばあのヴァイオリンの音色はとても綺麗で上手だった。
きっとずっと前から練習して培われたものに違いない。無事に発表されるのが少し楽しみに思えていた。

翌日、私はそんなこともすっかり忘れていた。何故なら文化祭の準備が始まるからだ。放課後にまで残って準備をしなければならない。
そんなのかったるいので学校を途中でサボタージュしようとしたら案の定、真紅に阻止されてしまった。

 「ヤクルトを人質に取るなんて卑怯だわぁ…。」
 「一人だけサボる行為も卑怯だと思うのだわ。じゃあまずサイズを測るわね。」

メジャーを取り出して真紅は私のスリーサイズを測り出す。自分で言うのもなんだがスタイルには自信はあった。じゃなくって!!

 「何でサイズを測るのよ!?まさか真紅…そっちの気が………。」
 「誤解を招く言い方はやめなさい!勿論、貴女の衣装を作るためなのだわ。」
 「凄く嫌な予感がするんだけどぉ…何の衣装?」
 「メイド服よ。」

私は何も言わずに教室から出て行こうとする。しかし真紅の絆ヘッドロックに捕まってしまって阻まれてしまった。

 「我慢しなさい!クラスの女子全員がその格好をするのだから!」
 「無理無理!メイド服なんて恥ずかし過ぎるわぁ!!」

もがいてみるが真紅の絆ヘッドロックに捕まって逃れられる術はない。私はされるままにサイズを測られてしまった。

 「し、信じられないのだわ…またサイズアップしているだなんて…。」
 「………これってセクハラなんじゃないのぉ…?」

そして一瞬、私の頭の中に邪悪な考えが浮かび上がる。私はおもむろにメジャーを手に取って真紅に近寄る。

 「な、何かしら?」
 「うっふふふ………貴女も同じ目に合わせてあげるわぁ…!!」
 「や、やめ………アッー!!」


真紅に仕返しをして少し気分が紛れた私は結局、文化祭ではメイド服を着せられることになってしまった。絶対に行きたくない。
トイレから教室へ帰る途中であのヴァイオリンの音色が聞こえた。すっかり忘れてしまっていたのだが私は音色のする方へ向かう。今度は音楽室ではなく広い多目的室からだった。
それとなく教室の中を覗いてみるとやっぱり一人だけで演奏していた。緑の髪の毛にその広い額が目立つ彼女は広い教室の中いっぱいに音色を響かせていた。
やがて私が見ていることに気付いた彼女は突然、ヴァイオリンの演奏をやめてしまい此方にやって来る。

 「み、見たかしら?」
 「そうねぇ、バッチリ見ちゃったわねぇ。ねぇ、貴女って中庭コンサートでヴァイオリンの演奏するのぉ?」
 「え、えっと………そういうことになるかしら。」

目をきょどらせて彼女は声を絞るように言った。やっぱりめぐの考えていた通りだったらしい。

 「ところで貴女は誰かしら?」
 「まず自分から名乗ったらぁ………私は水銀燈よ。」
 「私は金糸雀かしら。これでも3年生なのかしら!」
 「さ、3年生!?」

とてもじゃないがそうは見えなかった。3年生と言えば自分と同じ学年だ。どう考えてもお子様並の背しかないように見える。
この背格好から1年生とばかり思っていたがよく見れば校章や上履きなどは3年生の色である赤色をしていた。

 「ふんだ、どうせカナは1年生にしか見えないかしらー!」

そんなあからさまに拗ねられると年下を通り越して余計に子供に見えてしまう。何だか賑やかな子だなぁなどと思ってしまう。


一通り拗ねたら彼女はすぐにヴァイオリンの練習を始めた。あの時は孤独な音に聞こえたのだが不思議とこうして間近で聞いてみると独壇場のようで伸び伸びとした明るい音色を奏でていた。
何者にも邪魔されないまさしく本当の自由を体現したようなものがこの音色にはあった。

 (ヴァイオリンの腕前は中々ねぇ………。これは中庭コンサートも盛り上がるかもねぇ。)
 「………やっぱり駄目かしら。こんな演奏じゃあ…中庭のコンサートに立てないかしら。」

演奏を途中で止めて溜息まじりに金糸雀は吐き捨ててヴァイオリンを片付け始めた。一体何がいけなかったのか分からない私は呆けてしまっていた。

 「ちょ、ちょっとぉ…行き成りどうしたのよぉ?何か変な失敗でもやらかしたのぉ?」
 「失敗は…してないわ。でもカナには此処までが限界なのよ。」
 「限界?」
 「もともとカナには才能なんてなかったかしら。此処まで来れたのは人よりも努力してやっとのことでもうこれ以上、カナの腕前が上達することはないかしら。」
 「だからそれが何の問題に………」
 「カナぐらいの腕前を持ってる人なんて幾らでもいるかしら。カナは音大に行ってヴァイオリンをやりたいけどこのままじゃ駄目かしら…。
  だからキッパリとヴァイオリンをやめるために文化祭みたいな舞台を最後の演奏の場にしたかったけど…。
  何だか文化祭でソロでやるのも嫌になって来たかしら…。」



やっぱり、初めて聞いたあの音は金糸雀の持つヴァイオリンの悲しみの音色だったようだ。別れが近付いて来ていることを知った彼女の相棒の…。
この子は自分の夢を諦めるために最後にあんな大舞台に立つことを望んでいた。でも今はそれすらも諦めて無理矢理に自分の夢を打ち消そうとしている。
けれども音楽を諦めようとしてる人が自発的に最後の舞台などと考えるものだろうか?きっとこの子には―――

 「………貴女がどうしようが私には関係ないのかもしれないけどぉ、貴女はコンサートをやるべきなんじゃないのぉ?
  もう文化祭の実行委員にやるって言っちゃったんだし、何よりも貴女の演奏を楽しみにしてる人がガッカリするんじゃなぁい?」

この子には絶対にこの子とそのヴァイオリンの演奏を楽しみにしている人がいる。この子の奏でるヴァイオリンの音色には不思議な魅力があるからだ。
人を惹き付ける『何か』………それは才能や努力ですら手にすることのできない不思議な魔法、きっと真摯に一つのことに励む人に与えられる最高の贈り物だろう。

 「そ、そうだけど………」
 「まぁ、文化祭までもう少し時間があるんだしよく考えなさぁい。最悪、コンサートをドタキャンすればいいんだしぃ。」
 「ど、ドタキャンって………ってコレは何かしら?」
 「私からのエール、乳酸菌とって腹痛にならないようにねぇ。」

私は本当はめぐの所で飲む用にとっておいた乳酸菌を金糸雀に渡して多目的室を後にした。後はもうあの子が勝手に歩き出すだろう。
そして思い出す。そう言えば自分は文化祭の日にはメイド服を着るのだということを。やっぱり文化祭はサボろっかなぁ…。などと考えつつも私は足取りも重く真紅の待つ自分の教室へと向かう。


夢の話をしよう。熟れると甘美な味のする果実だよ。
君達が成長するように夢も成長して更に君達を成長させてくれる。
成長すれば心も体も大人になる君達と同じで夢の中身もカタチも変わってしまうから。
夢の話をしよう。甘美な果実を作るために―――
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