『一人ぼっちの廃リゾートホテル1泊2日の旅』

 ……ごくり。
 彼女達の目の前に並べられた24皿のはなまるハンバーグ。

 それらを目にして、水銀燈、金糸雀、翠星石、蒼星石、真紅、雛苺、雪華綺晶、
薔薇水晶の8人は固唾を飲む。
 退屈なので余興として――あるゲームに挑もうとしていた。
 題して――『激辛はなまるハンバークdeロシアンルーレット』。

「覚悟はいい?」
 真紅が一人一人の顔を眺め回しながら問い掛ける。
「いつでもいいわよぉ」
 水銀燈が深刻なまなざしで答える。額から一筋の汗が流れ落ちる。
「……とにかくルールの再確認。このはなまるハンバーグのうち一つには辛子を
思い切り入れたやつがあって、それを口にした人が罰ゲーム。んで、誰が罰ゲー
ムになるかを2人まで予想してもらったけど、それを当てた人が罰ゲーム執行役。
 中身は罰ゲームが誰か決まってから見るから……後戻りはできないよ……」
 薔薇水晶が今回のゲームのルールの再確認をする。

 皆は何も言わず、ただ頷いた。
 それを確認すると、薔薇水晶は各自から封筒を回収して、ハンバーグの置かれ
た目の前の机の上に束ねて置く。
 その中にはもちろん、誰が罰ゲームになるかを予想した紙が入っていた。
 それは全員がハンバーグを口にした後で開封することになっている。

「じゃあ……『激辛はなまるハンバーグdeロシアンルーレット』スタート……」
 薔薇水晶の声とともに、このとんでもないゲームは幕開けとなった。

 トップバッターは水銀燈。
 静かに一つのハンバーグの皿をとり、一気に口にする。
 一同は緊張した面持ちで彼女の反応やハンバーグの切り口を見つめる。
「……何ともないわぁ」
「セーフですね。じゃあ次は金糸雀行くです」
「これでいくかしら!」
 金糸雀は空威張りといった様子で、皿の一つを手にして、恐る恐るハンバーグ
を口にした。
「大丈夫……かしら!?」
「セーフのようですわね。何も入っていないようですし。次は翠星石の番ですわね」
「分かってるです!」
 そして緊張した様子を隠せないまま、翠星石が皿を手にして……。

 結局、翠星石はセーフだった。
 その後、蒼星石、真紅、雛苺、雪華綺晶、薔薇水晶と順番が回ったものの、当た
りを引いた者はなく、そのまま次も一巡してしまった。
 三巡目に入り、水銀燈、金糸雀と何事もなく順調に回り、翠星石の番になった。

「……セーフですぅ……」
 翠星石はハンバーグを口にして、何もないことが分かると大きく胸を撫で下ろす。
「次は僕だね」
 蒼星石が皿を手にして、何気なくハンバーグを口にする。

「…………」
 いたって無言。
 
 しかし――口の中のハンバーグをこれ以上かみ締める様子がない。
 さらに言うなら、目尻が吊りあがりかけ、額から汗がだらだらと垂れてきていた。
「……まさか……」
 薔薇水晶が口にした……そのまさかだった。

「あああああっ!!水っ!水ちょうだいっ!!」
 大絶叫とともに蒼星石が口を押さえてのた打ち回る。
 辛さのあまりたまらなく、周囲を走り回る始末だった。

 誰の目から見ても――蒼星石が見事当たりを引き当てたのは明らかだ。
 言うまでもないが、彼女が口にしたハンバーグの切り口からは赤い辛子と思える液
体が皿の上に染み出してきている。

「……大当り……」
「しかし、これ何入れましたの?辛子だけではないようですけど」
「私はタバスコ2本入れたわぁ」
「翠星石はマスタード1瓶入れたです」
「無茶苦茶ですわね」
「そう言う雪華綺晶こそ、練りわさび3本入れたじゃねえですか」
「てへっ」
「……ちなみに私はスピリタス1杯入れた……」
「薔薇水晶も酷いのー。そんなお酒入れたら蒼星石、体壊しちゃうのー」
「……豆板醤1瓶入れた本人がそれ言わない……」
「うぃ……」

「君らそんなもの入れたの!?最悪だよっ!!」
 蒼星石は涙目でじっと彼女らを睨み付けながらも、次々と水をコップに注いでは一気
に口に流し込む。

「とにかく……蒼星石、罰ゲーム決定ですわ!!
 さてと、封筒の中身を拝見するとしましょう」
「そうするです」
 翠星石と雪華綺晶はそんな蒼星石に構う様子もなく、封筒を次々と開けては中の紙を
出して、机の上に広げる。

 中身は以下のようになっていた。

 (封筒の持ち主):(罰ゲームになりそうな人)
      水銀燈:蒼星石or真紅
      金糸雀:翠星石or薔薇水晶
      翠星石:金糸雀or雛苺
      蒼星石:金糸雀or薔薇水晶
       真紅:水銀燈or翠星石
       雛苺:翠星石or雪華綺晶
     雪華綺晶:翠星石or蒼星石
     薔薇水晶:真紅or雛苺

「予想的中なのは、水銀燈と雪華綺晶ね」
 結果を見て大きくため息をつく真紅。
「くくく……見事に大当りねぇ」
「まったくですわ……くすくすくす」
 対照的に不気味な笑みを浮かべる水銀燈と雪華綺晶。
「この笑い方は、殺る気まんまんなのー!!」
「まったくかしらー!」
 その横ではがくがくと震えている金糸雀と雛苺。
 もっとも、自分達にあたらなくてほっとしてのことだが。
「まあ、どうなるかは分からないけど……このドS2人の事だから相当えぐい事を
考えているに違いないわね。覚悟はしたほうがいいわ……って聞いていないわね」
「ああっ!痛いよっ!」
 真紅の忠告に耳を傾ける余裕なんて到底なく、いまだに口の辛さによる痛みを取
ろうと、必死になって水を飲みつづける蒼星石であった――。

※※※※※※

 あのロシアンルーレットから1ヶ月近く経った。

 罰ゲーム執行当日、午後7時。
 日はすでに山の向こうに沈みかかっていて、暗くなろうとしていた。
 バスを降りた僕は周囲を見回した。

 東北地方のとある山奥。
 周囲を木々に囲まれて、鬱蒼としている。
 見えるのは頭上を取り囲む木々と、その中を通り抜ける細い道。
 バスは僕が降りると同時に森の奥へと走り去っていった。

 昼過ぎあたりになった頃、水銀燈から電話があった。
 先月の分の罰ゲームをやるから来いと言う内容だった。
 正直、あまり納得いかないものの――来なければ、この間の宴会での写真を野郎
どもにばらまくと言った。
 みっちゃんお手製の――あのフリルがたくさん付いたドレスを着た僕の写真だった。
 宴の席のことだし、皆酔っ払っていたから写真にまで残している人はいないだろう
――と油断していた僕がバカだった。
 雪華綺晶がちゃっかり写真に残していたのである。
 彼女はなんというか――すきも油断もありゃしない。
 ネタになりそうなことはきっちり残してあるのである。

 頭に来ながらも、新幹線と在来線、さらにはバスを乗り継ぎこんな山奥まで来た訳
だった。


 ふとバス停に目をやった。
 ここに来るバスは朝と夕方の2本だけ。
 僕が乗ってきたのが最終便だったわけだ。
 駅からここまでおよそ30分以上掛かった訳だから――今日のうちに引き返すのは到
底無理だろう。

 その時、僕の携帯が鳴る。
「もしもし」
「蒼星石ぃ、着いた?」
 声の主は水銀燈だった。
「着いたよ。で、今バス停のところにいるけど、ここからどうやって行けばいいの」
「バス停から少し奥に行った所でY字路にぶつかるはずよぉ。そこを左に行ってあ
とはまっすぐ行って。10分程歩いたら、目的の場所につくはずだからぁ」
「目的の場所ってどんなの?」
「リゾートホテルよぉ。7階建ての建物があるからすぐに分かるわよぉ」
「ふーん。結構奮発してくれるんだね。そんなところでどんな罰ゲームをやるんだい?」
「それは着いてからのお楽しみよぉ。ただ、一つヒントを言うとリゾートホテルと
いっても、今は営業していない廃リゾートホテルだけどぉ」
「廃墟に泊まらせる気かい!?」
 僕は水銀燈の言葉に耳を疑った。
「そうよぉ。まあ、一応人が居て大丈夫なぐらいの最低限の掃除や整備はしてあるけど」
「そこに泊まれと?なんてことだい」
「当たり前じゃない。罰ゲームなんだからぁ。貴女はそこで1泊するのよぉ。
んで、明日の朝8時にチェックアウトで終了っていう予定よぉ。
 とにかく、早く来なさぁい。貴女が来るのが楽しみで仕方ないのだからぁ」
 そこで電話は一方的に切れた。
 まったく、勝手というかなんというか……。
 僕は大きくため息を吐いて、道を歩くことにした。

 少し進むと、水銀燈の言った通り、Y字路にぶつかった。
 分かれ目のあたりには『○○高原ホテル』と書かれた色あせた看板が立っていた。
 看板を照らす照明設備はあるものの、こんな時間になっても灯りがついていなく、
看板自体にも蔦が絡み付いていて、まったく手入れとかがなされていない。
 どうやら廃墟になっているのは本当のようだ。

 左のほうへと足を踏み入れようとしたとき、再び僕の携帯に着信が入る。
 念のため着信相手の名前を示すディスプレイを見ると、翠星石からだった。
 ためらうことなく僕は出た。
「もしもし」
「蒼星石ですか?今、着いたですか」
「ああ、着いたよ。で、廃リゾートホテルで明日の朝まで罰ゲーム執行だって」
「廃墟に泊まれと言ってるですか。あのドS女が考えそうなことです。
 ていうか、廃ホテルといい、1泊しなければいけないといい……それどっかで聞い
たことがある内容ですね」
 電話の向こうで翠星石は一寸置いて考えているようだ。
「それって何なの?」
「恐らく……ガキの使いというお笑い番組でやってた罰ゲームの一つ『一人ぼっちの
廃旅館1泊2日の旅』とコンセプトが似ているです」
「何、それ?」
「ダウンタウンの松本が罰ゲームで廃旅館と称した場所に1泊するってやつです。
そこでは浜田やココリコや山崎が仕掛けた怖がらせる仕掛けが無数にあって、松本は
最後の最後まで散々ビビってたです」

「それが……今回で再現されるとでもいうのかい?」
「恐らくそうだと思うです。とにかく気をつけるですよ。
 水銀燈は片っ端から連れを誘って1ヶ月間仕掛けの打ち合わせをしていて、雪華綺
晶も金に物をいわせてるみたいですから」
「なんというか……そんな労力がよくあるね、あの2人に」
「こんな時だから本領を発揮してるですよ。ドSっぷり全開みたいです」
「とにかく、なんとか気をつけるよ。まあ、命までは取らないと思うし」
「そうですけど……なんか不安で仕方ないです。むしろネタにされそうな気がするです」
「それは僕も承知してるよ。まあ仕方ないと思うしかないさ」
「じゃあ……何かあったら電話するですよ」
「分かってるって。心配性だなぁ、翠星石は。じゃあね」
 僕は電話を切った。
 そして、道をさらに奥へと進む。

 途中、西洋の城門のような門をくぐる。
 どうやらここからホテルの敷地内に入ったようだ。
 しかし、照明設備が整然と並んでいるものの、暗い中一つも点灯していない事、
さらに周囲の木々が手入れされている気配もなく鬱蒼と茂っていることから、
なおさら不気味に思えてくる。
 さらに突き進むと――やがて見えてきた。

 巨大な灰色をした無機質の建物がどっしりと建っている。
 もし、営業しているなら、この暗い中では灯りが無数に灯り、華やかさもでて
いただろうが、それは全くなく。
 ただ、闇の中に存在しているその建物は、何ともいえない雰囲気だけを周囲に
漂わせていた。

 あれ?
 ふと、正面玄関らしきガラス戸に目をやると、そこから微かに灯りが漏れてい
るのに気づいた。
 僕は恐る恐る中を覗き込もうとした。
 しかし、ガラス戸は薄汚れて、中の様子がはっきりと見えない。

 ごくり……。
 固唾を飲む音が耳に入る。
 僕は意を決してガラス戸を押し開けた。

 ギギギ……。

 戸は不気味な軋みを立てた。
 僕は恐る恐る中に足を踏み入れた。

「ごめんください……」
 声を掛けるものの、返事はない。

「誰かいませんか」
 やはり返事はない。
 ただ暗闇と静寂だけが周囲を包んでいる。

 フロントはどこかと、正面玄関を通り抜けようとした時……目の前に大きな影が
あるのに気付いた。
 最初はよく見えなかったが、近づいて目を凝らして見ると――

「うわっ!」
 僕は思わず後ろにのけぞった。

 その大きな影――上の方には赤い「呪」の文字が。

 額の部分にでかでかと記されているのが背後の非常灯に照らされておぼろげであ
るもののなんとか見えた。
 それが何か分かった。
 巨大な白目をむいた犬のぬいぐるみ――JUM君が前に通販で買った「呪い人形」
の超大型バージョンだった。

「いきなり何なんだよ……びっくりしちゃうじゃない」
 僕は額ににじみ出た汗をハンカチで拭う。
 そして、、巨大呪い人形の横を通り過ぎようとした――その時!!

「あぅあぅあぅ……」

 ひっ!
 どこからともなく聞こえてくる少女の声に、僕はその場に立ちすくんだ。
 その声の主は人形の背後からあらわれた。

「あの……お客様ですか……?」
 水色の髪の毛の中学生ぐらいの少女。
 ホテルの職員らしき――というか、メイドとも思える制服を着ている。
 幼くは見えて、やたらとおどおどしているものの、一見すれば普通の人のようだ。

 もっとも、左右から生えている黒い角のようなものがある点を除いてだが。

「…………」
 僕は目の前の人(のようなものといいった方が正しいのかもしれない)に返す言
葉を思いつけなかった。

「あぅあぅあぅ……今日ご予約の蒼星石様ですか?」
「そう……ですけど……」
 いきなり僕の名前を出してきたその少女の問いかけに恐る恐る答える。
「お待ちしていましたです。今、お部屋にご案内しますです。
 ボクはこのホテルのフロント係の羽入といいますです。よろしくお願いしますです」
 羽入というその少女は僕の鞄を持つと、部屋へ案内しようと奥へと進む。
「お、お願いします……」
 僕も声を上ずらせながらも返事をして、その後をついていった。

 しかし、出迎えるホテルの人間がこんなのとは。
 ある意味パンチが効いているね。
 この先、どんな仕掛けが待っているかなんて――想像すらできない。

       -to be continiued-

(蛇足1)
 蒼星石がホテルにチェックインした同じ頃――。
 ホテルの警備室――というより、今回の罰ゲームの作戦本部にて――。

 そこでは照明がまぶしいぐらいについていて、テレビなどの機材が動いていた。
 中では十数人のスタッフがせわしく次の仕掛けの準備をしている。

 そこには当然、水銀燈と雪華綺晶の姿もあった。
 モニターに映し出された蒼星石の動きを見るごとに、大笑いしていた。

「たまらないわぁ。面白すぎるわよぉ」
「反応が本当に素直でいいですわ。というか、怖がりながらも中に入ろうとするな
んて、何だかんだ言って泊まる気満々ですわね」
「しかし……あの羽入って娘、かなりの天然ねぇ。ていうか、あんな娘と知り合え
たわねぇ」
「彼女は私が2年前に放浪していた時に雛見沢で知り合いましたの。まあ、見ての
通りですけど、純粋でいい娘ですわ。甘いものが大好きで、今回も苺大福3ケース
で手を打ちましたわ」
「本当、貴女の連れって壮絶な人が多いわぁ」
「まだまだこんなのは初歩の初歩ですわ。次の仕掛けでやってもらう知人はエキセ
ントリック極まりない人ですから。貴女でも意外と引き込まれるかもしれませんわ」
「そうなのぉ?まあ、楽しみにしてるわぁ」
 水銀燈はそう言って、ヤクルトを一気に飲み干した。

 本日ここまで。なお、今回登場の他キャラは下記の通り。
 羽入@ひぐらしのなく頃に

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最終更新:2006年09月06日 15:10