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『まだ青かった夢』



夢の話をしよう。甘酸っぱい味のする果実だよ。
世界は明日へと向かい、君たちは大人になって行く。
いつか大人になったら砂に描いた絵が波に飲み込まれるように夢は泡となって消えて行くのだから。
夢の話をしよう。青い、青い蕾の話を…


私の名前は水銀燈、花も恥らう17歳で現役バリバリの女子高生だ。ただ普通の皆と違うところは色素欠乏症なのとよく学校をサボるいわゆる不良ということだ。
そのために学校の教師たちからはいつも目の敵にされている。そして決まって教師どもが言う台詞はこうだ

 『お前は自分の将来を考えたことあるのか?』

将来…?私のように頭が悪い上に何も興味を持てない私にそんなものがあるの?
アンタ達に私の何が見えているっていうの?と言うと誰も何も言えなくなってしまう。教師のそんなところが私は大嫌いだった。
私はつまらない学校を出て行く、向かう場所はいつも決まっている。けれども今日は私の前に立つ人がいた。

 「おい、水銀燈。サボりは駄目だって言ってるだろうが。」

コイツの名前は梅岡、最近入って来たばかりの若い男の教師だ。若さゆえの過ちなのか通常の教師よりも3倍はウザイ。


若いということだけで生徒たちから舐められるので彼も彼で体面を保つために必死なのだろう。
面倒なので適当にあしらって行こう。

 「お腹が痛いのでぇ今日は帰らせて下さーい。」
 「駄目だ!君はまだ若くて十分将来もあるんだからその才能を空費したら勿体無いだろう。」
 「ふぅん………じゃあ私の将来、先生が買ってくれるぅ?」

梅岡に近付きその左腕に抱きついて見せる。それを見て梅岡は動揺を隠せないし微妙に鼻の下が伸びている。若い教師なんてこんなものだ。

 「き、教師をからかうんじゃない!!」

いたたまれなくなった梅岡はそそくさと退散して行く。

 「若い教師なんてチョロいもんだわぁ…。」

邪魔が入ってしまって少し気分が害されてしまったが問題ない。何時も通りの道を歩いて目的地へ向かう。
途中でコンビニにヤクルトを買いに寄ってから其処へ行く。有栖川総合病院…普通は学生が行くような場所ではない。けれども私は此処に用があった。
個室の病室に入ると其処には私の目を疑う光景があった。白い布を被されてその子がベッドの上で眠っている…。


 「嘘……めぐ、死んじゃいやぁ!!」
 「なんちゃって…。」

悪戯な笑みを浮かべて彼女、めぐは自分に被せていた白い布を取る。

 「め、めぐのバカ!本当に死んじゃったかと思ったじゃないの!!」
 「フフフ、そろそろ水銀燈が学校サボって来る頃だと思ってね。
  学校をサボるような悪い子にはお仕置が必要かなって…。」

心臓に悪いから本当に止めてよねぇと私が言うと彼女はまたケラケラと笑っている。
彼女は昔から心臓が悪いと言われ続けていたので本当に死んでしまっても可笑しくない。
私と彼女が出会ったのは私が事故って病院に運ばれたときにたまたま彼女の歌を聞いて歌っている人に興味を持ったのがきっかけだった。
勿論、歌を歌っていたのはめぐ。彼女の歌唱力は実力派のプロには流石に負けるがその辺の可愛いだけのアイドルなんかとは比べ物にはならない。

 「ねぇ、めぐ。今日も聞かせてよ。」
 「しょうがないわね。大声出して歌うのも結構恥ずかしいのよ?まぁ私にはどうでもいいことだけどね。」

めぐの歌が部屋中に響き渡る。彼女の歌を聞くと心が安らぐ、若い心が抱く由来の不明な不安や不安定な部分が取り払われる気分だった。
まさに此処は私にとってのやすらげる隠れ家のようなものだった。大袈裟に言ってしまえば楽園そのものだった。
ずっとこの歌声を聴けたらどれだけ幸せなことだろうか…。無防備になった私は深い眠りに就く―――


目が覚めると白かった病室は夕暮れに朱く染まっていた。どうやらベッドにもたれかかって眠っていたらしい。頭を風が凪ぐように優しく撫でている手がある。
めぐの手だった。日に焼けていないその白い手はシルクのような見た目どおり優しい感触だった。

 「ああ、私眠っちゃったのねぇ。」
 「そうね、無防備な寝顔が見れたから私も歌った甲斐があったかもね?」

うぅ…そんなだらしない寝顔なんて見られたくないのに…。

 「ところで疲れているみたいだけど…何かあったの?」
 「ん、前々からそうなんだけどぉ…先公によく言われるのよねぇ。『将来を考えろ』ってね。
  ほら、私って頭がいい訳じゃないし何かに打ち込めるものだってないし。」
 「ふぅーん、でも本当のことじゃない?貴方にはこの先に長い人生の道があるんだから焦ってもしょうがないわ。
  いつかはきっと貴女にも夢中になれるものが見付かると私は思うわ。」

何だか教師たちが言うよりもめぐが言ってくれた方が現実味がある。実際、同世代同士にしかわからない気持ちというものだってある。
ふと、私は気になったことを聞いてみた。

 「ねぇ、めぐには将来を考えたことあるの?」
 「そうね、いつも考えてるわ。私の将来…天使が向かえに来て私を青空の向こうに連れて行ってくれるって…。」
 「それはもう聞き飽きたわよぉ。私は真面目に聞いてるんだからぁ。」
 「私に将来なんてあるのかどうかも疑わしいのだけどね。」

自虐的な笑みを浮かべてめぐは冷たく吐き捨てた。この話題は鬼門だったかもしれない。

それでも私は聞かずにはいられなかった。
一番の友達の夢ぐらい知っておきたかったから。

 「じゃあ小さい頃の夢でもいいからぁ。」
 「うーん、言ってもいいけど…絶対に笑わない?」

朱く染まっている空間の中で少し分かり難いがめぐの顔は確かに紅潮していた。普段は見せないそんな彼女の表情に私は余計に興味をそそられる。

 「笑わないからぁ、ほらほらぁ、さっさと吐いちゃいなさいよぉ。」
 「うん…私ね、小さい頃は………か、歌手になりたかった……………気がする。」

恥ずかしかったのかやや俯きかけて目線を逸らしてたどたどしく彼女は夢を吐露した。そうか、だからあんなに歌が上手だったのか。
きっと小さい頃は本当に歌手になりたくていっぱい練習していたのだろう。

 「いいじゃないの!もしも貴女が歌手になるんだったら私はそのマネージャーにでもなろうかしら?」
 「貴女がマネージャーをしてくれるなら…少しはやって見てもいいかもね。けど…多分無理よ。私の命が持つはずがないもの。」

まためぐは自虐的な表情になって冷たく吐き捨てる。勿体無いと思った。めぐほどの実力のある人ならいいところまで行けると思えるのに。


きっと今までめぐはこうやって色んなことを諦めて来たに違いない。だから何か一つぐらいは執着するということを私は知って欲しかったからあんなことを言ってしまった。

 「駄目よ、そんな風に考えちゃ。命が短いんだったら逆にもっと自分のしたいことをしなくっちゃ!」
 「したいこと?」
 「そうよ、死ぬことなんて何時だって出来るんだから生きてる内にしかできないことをしないと勿体無いって思わない?」

めぐは黙った。自分でも考えていることを整理しているのだろう。

 「そうかもしれないわね………。じゃあ水銀燈の夢は私のマネージャーってことでよろしくね。」
 「いいわよぉ。マネージャーでも監督でも何でもやってやるわぁ。」

あの日、血のように真っ赤な病室で貴女と私は夢を語らった。今でも私は偶に思ってしまう。あのとき貴女にあんなことを言わなければまだ貴女は此処にいた筈なのに。
大人になった今でも貴女のお墓の前でずっとこんなことを考えてしまう―――



夢の話をしようよ。苦い味のする果実だよ。
世界は昨日を塗り潰して、君たちを囃し立てる。
いつか君たちは大人になって夢のカタチを忘れて中身がからっぽになってしまうから。
夢の話をしよう。大輪の花を咲かせる前に………しおれてしまわぬうちに。
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