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『柿崎めぐさんと偏屈な死者たち』

めぐさんと呪い人形~The cursed doll~


――死体の第一発見者は皮肉にも、久しぶりに上京して被害者宅を訪ねに来た親戚の女性だった。
通報は彼女の携帯電話からだったが、通報当時彼女はひどく錯乱しており、
通報を受けた警官は初めの数分間、彼女の言っていることが全く理解できなかった。
「――ええと、もしもし?」
彼はもう一度、ゆっくりとした口調で受話器に向かってそう言った。
電話の向こうにいるであろう通報者を落ち着かせるという意図もある。
「どうか落ち着いてください。一体何があったんですか?」
『そ、その――叔父が家で、血が――鍵が閉まっていたから庭に出たら、包丁が――殺されてて』
「殺された?その叔父さんが殺されていたのですか?」
『だ、だから――』
はあはあという興奮気味の息遣いの後に、
『あ、あんなので生きているわけがないじゃないですか!』
と半ば怒鳴り散らすような声で言われた。
「というと、叔父さんはやはり亡くなっているのですか?包丁、と先ほどおっしゃられていたようですが」
「ええ、包丁です――胸に刺さってて、叔父が倒れてて、その周りに血が――」
「わかりました、今すぐ警官をそちらに向かわせますので。
ご住所や、何か目印になる建物などは近くにありますか?」
発見者の女性は依然として混乱気味だったが、その叔父の家は通いなれた場所だったらしく、
住所を聞き取るまでにそう時間はかからなかった。
隣で電話の様子を見守っていた同僚に、メモで女性に言われた住所を伝える。

○○町1-6-7、通報者の名前は雪華綺晶、女性。事件の可能性あり

同僚は頷いて、外に停めてあるパトカーへと走っていった。

『あ、あの――叔父は殺されたんです、間違いないです!』
その声は震えており、会話の前後関係もうまく繋がっていない。
「……殺された、ということですが……犯行の現場を目撃したのですか?」
『見た時にはもう倒れてて、包丁が胸に刺さってて――でも殺されてるんですよ!』
「ちょっと待ってください。あなたが発見したのは叔父さんの死体だけなんですよね。
なぜ叔父さんが殺されたと断言できるんです?」
『い……いえ、だって――今も叔父の身体の上にのしかかったままで――』
「のしかかって……?――まさか、まだ犯人がそこにいるのですか!?」
『犯人というか、あの、人の形はしてるんですけど、人じゃなくて――』
そこで、電話越しの声が一瞬途切れた。
これから口にする内容を、彼女自身躊躇しているというか、納得できないというか、そういう途切れ方だった。




『その――――“人形”なんです』




数秒後、第一発見者である彼女の声はそう告げていた。
「……は?」
『叔父は人形師をしていて、たぶん叔父が自分で作った人形だと思うのですが、
その人形が叔父にのしかかって、包丁で刺しているように見えて――――』

**********


――約十分後、通報を受けて伝えられた住所に到着した警官は、
家の入り口で待っていた通報者の女性と合流し、その問題の“現場”を確認した。
確かにその女性の叔父(名前は槐というそうだ)のものだった死体は、
確認時には死後十数時間が経っていたことが後の検死で明らかになった。
死因は――これだけは誰の目にも明らかだったが――胸部を包丁で刺されたことによる失血性ショック死で、
実際はほぼ即死の状態だっただろうとのことだ。
これだけならば、この手の事件では割とよくあるほうの死体だったが、
その死体の置かれた状況が異常だった。

死体は、庭に面したガラス張りの戸がある部屋で女性に発見されたのだが、
(通報者である女性は、そのガラス越しに被害者が倒れているのを発見した)
その女性の通報の通りに、胸に包丁が突き刺さったままの被害者にのしかかるようにして、
小柄な小学生ほどもある大きな人形が倒れこんでいたのである。
最初に現場を確認した警官は、後にこう語っている。


「いや、確かにその女性の言うとおりだなって思った。
人形なんだけど、大きさも見た目も何かすごくリアルで、目のギョロつき具合とか、
ぱっと見では本物の人間にしか見えなくて、何と言うか、その、
本当に……この人形が被害者を刺し殺したんじゃないかと――」


しかし、警察の対応はその警官に比べればもう少し冷静だった。
県警本部は、現場の異常性から殺人事件の可能性が高いとして対策本部を設け、捜査を開始した。
発見当時、家の全ての扉には鍵がかけられていて外部からの進入が不可能だったことなどから、
知り合いによる犯行ではないかと推測した警察は、死体発見の翌日には既に、

被害者が家事手伝いの女性を一人雇っていたこと、

その女性に合鍵を渡しており、それ以外に家の合鍵は存在しないこと、

また、家の箪笥から空の封筒が発見され、どうやらそこには札で現金がいくらか入っていたらしいこと……

などの事実をつきとめ、同じく箪笥から発見された履歴書によりその女性の身元を確認、
事件の重要参考人として任意同行を求め、後日警察署へ連行。その翌日には、
女性――被害者に雇われて家事手伝いをしていた、服飾系専門学校に通っている草笛みつ容疑者――を、
強盗と殺人の容疑で逮捕した。

警察の取調べに対し、草笛容疑者は、


「犯行があったとされる日の夜、被害者宅を出る際に、被害者から、
『今月の給料を先に渡す。これからしばらくは家に来なくてもいい』
と言われ、現金で給料を受け取りそのまま帰宅した」

「いつもは銀行振り込みなのでおかしいとは思ったが、受け取りを拒否する理由も無いので受け取った。
盗んだ金ではないし、被害者を殺してもいない」


……と、容疑を否認している。
警察は、容疑者が虚偽の供述をしているものとして、慎重に捜査を続けていく方針を立てた。

そしてその頃には、マスコミがこの奇怪極まる事件を既に嗅ぎつけており、
騒ぎはだんだんと大きくなり始めていた。

誰が最初に言い出したのかはもはやわからないが、
被害者と共に発見され、その被害者にのしかかるようにして倒れていたという人形になぞらえて、
この事件は“呪い人形殺人事件”と呼ばれ、容疑者が逮捕されているにも関わらず、
テレビなどで連日報道されるに至っている――――
**********


「ふう……」
気持ち小走りでここまで来たので、ちょっと疲れてしまった。
先日訪れた際に、彼女には『後日はこの時間に来る』と伝えているのだが、
その約束の時間を既に三十分も過ぎてしまっている。
(もう――学校が早くに終わったから、今日はのんびりここに行けると思ってたのにぃ……)
全ては、ここ最近頻繁に起こる地震のせいだ。
大陸棚だか地殻プレートだか何だか知らないけれど、とにかくこの周辺の地域は、
ここ最近は非常に地震が起こりやすい状態だという。
(テレビでやってるのを見たけど、
何も私が電車に乗っている時に地震が起こらなくたっていいじゃなぁい……)
約束の時間までまだたっぷりある頃に私が乗った電車は、突然の地震で急停車。
安全確認などなどで、結局一時間以上も足止めを食らってしまったのだ。
駅に到着した時には――ああもうどうでもいいや。

(とにかく、早く行かないといけないわぁ)
私は再び足を速めた。

その病院は、町のはずれの森の中にある。
道はきちんと舗装されているし、決して未開の地などというわけではないのだが、
もともと町から離れているということもあり、人通りが極端に少ない。
……というか、私が今まで何度か病院へ行き来してきた中で、
道の途中で誰かとすれ違ったりということは一度も無い。
何というか、変わった場所だった。
近くに寂れた教会跡のような建物もあって、少し怖いというか、不気味さが感じられる場所でもある。
それでも、もう私はその森にもだいぶ慣れてしまったのだが。

道の途中には自動販売機があって、私はいつもそこでヤクルトを買って飲む。
病院への道筋は結構な長さがあり、喉が渇いてしまうからだ。
(でも、私以外にここで飲み物を買う人っているのかしらぁ?)
それは毎回考える疑問だった。
自販機の設置されている場所は、お世辞にも売り上げが期待できるような環境ではない。
しかしその割には、飲み物の品揃えは時期ごとに微妙に異なっていて、
この自販機が放置されているというわけでもなさそうなのである。
(……まあ、考えたってわかるわけがないんでしょうけど)
ヤクルトの空容器をゴミ箱に捨てて、私はまた歩き出した。


やがて私は、病院の白い建物が目に入るところまで来た。
今の自分の服装を軽くチェックする。……うん、おかしなところとかは無いかな。
右手に持った学校鞄と共に歩いていき、病院の入り口から中へと入った。
これも相変わらずなのだが、私以外の人……というか、病院を訪れている人が他に誰もいない。
受付にいる女の人に用件を伝える。
「えっと、入院している人に面会したいんですけどぉ」
「ああ、あなた、銀ちゃんでしょう?先生から話は聞いています。
あなたならいつでも通っていいんですよ」
そんなことを言われてしまった。
どういうわけだか、私は病院の人から“銀ちゃん”というあだ名で呼ばれることが多いのだ。
私はどうもありがとうございます、とお礼を言ってエレベーターへと向かう。
エレベーターに乗って、いつも押している階層のボタンを同じように押して、少し待って、
そしてエレベーターを降りると、そこはもう目的である病室の目の前なのだった。
このフロアには病室は一つしかなくて、そこを使っているのも彼女一人だ。
……この病院の経営がうまくいっているのか、少し心配になる。

こんこん、と私はドアをノックした。
いつものように、ぴったり三秒後に彼女からの返事がドア越しに聞こえる。
「――開いているわ」
ドア一枚を隔てているのに、その声はとても澄み切って聞こえるのだ。
私がドアを開けると、パジャマを着て上体をベッドの上に起こした彼女は、
変わらない微笑みを浮かべて私のことを迎えてくれる。


「いらっしゃい、水銀燈」


……私も彼女のような微笑みができたらと思うのだが、なかなかうまくいかない。
「はぁい、めぐぅ。ご機嫌はいかがかしらぁ?」
「少し退屈していたわ。でも、水銀燈が来てくれたから今はいい気分ね」
彼女が笑顔でいると、私まで嬉しい気持ちになってくる。
「ごめんなさぁい、本当はもっと早くに来られるはずだったんだけど……」
病室に設置されている時計に目を向けて、私は言う。
「地震で電車が遅れちゃって……」
「ああ、いいのよ別に。水銀燈は、私に会うためだけに時間を割いてくれているんだもの。
それだけでも十分よ」
そう言って、めぐが私にウインクをした。
何となく気恥ずかしくなって、私は頬を熱くしてしまう。
「め、めぐぅ……」
「ほら水銀燈。せっかく来てくれたんだし、そんなところに立っていないで椅子に座ってちょうだい」
促されるままに、私はベッドの脇に置いてある椅子に腰を下ろした。

――彼女の名前は柿崎めぐという。
私のクラスメイトなのだが、めぐはもう何年も病院で入院生活を続けていて、
私とめぐが知り合ったのも、学校のプリントを病院に届けに来たのが最初だった。
会っていきなり、
「あなたは天使ね」
などと言われて初めはひどく戸惑ったものだが、その後少し話をして、
めぐがとても素敵な人だとわかったので(少なくとも、私はそう感じたのだ)、
その時から、私達は友達になった。

それ以降、めぐにプリントを届けるのは私の仕事になり、
プリントを届ける時以外でも、時間のある時には病院へお見舞いに行くようにしている。


……ああ、そうそう。
この病院の中でめぐだけは、私のことをあだ名ではなく、きちんと“水銀燈”と呼ぶ。
まあ、それがどうしたんだと言われたら、別にどうっていうわけでもないんだけど。

「水銀燈はやっぱり可愛いわね」
「あのねぇめぐ、それはお世辞ぃ?」
こんな感じの台詞も毎度のことだ。
めぐはそうやって私のことをからかうのが好きらしい。
「あら、お世辞なんかじゃないわ。水銀燈は本当に可愛いと思うわよ」
「はいはい」
めぐはそう言うが、しかし私から見ればめぐのほうが何倍も可愛らしいし、美人さんだろう。
親の遺伝の影響で私は銀髪なのだが、めぐの艶やかな黒髪は正直羨ましい。


それからしばらくの間、私とめぐはいつものように雑談をした。
内容自体はどうでもいいようなことばかりだ。
学校のこと、私の友人のこと、近所の幼馴染のこと、勉強のこと……。
でも、私はめぐと話をするのがとても好きなので、全く退屈しない。
それどころか、ずっとこんな時間が続けばいいのにとさえ思う。
……まあ、もちろんめぐの病気は治って欲しいんだけど。

そして、雑談の話題が最近のニュースに移った時だった。
「そういえば水銀燈、最近はどうなの?」
何気ない、軽い口調で聞かれる。
しかし私はその聞き方に嫌な予感を覚えて、
「……どうってぇ?牛丼の値段がまた上がって大変だっていう話はさっきしたでしょぉ?」
何とかごまかそうとしたが、めぐはそんな私の必死の作戦など全く気にすることなく、
その笑顔を更にニコニコとさせて、
「なかなか、面白そうなことが起こっているんじゃないの?確かこの町の近くだったわよね」
と、私の顔を見つめながら言ってきた。
「えーと、何て言ったかしら。……ああ、“呪い人形”だったかしら?」
「…………」

……めぐには一つだけ、とても困ったところがある。
何というか、私から見れば思わず目を背けたくなるような残酷な事件とか、複雑に絡み合った謎とかに、
ひどく執着して興味を示し、そしてその事件や謎を解決してしまうという癖……というか趣味があるのだ。


前にも、三人の大学生が撲殺された死体となって発見されるという悲惨な事件があったのだが、
三人をA、B、Cとすると、Aが撲殺された際の凶器をBが、Bが撲殺された際の凶器をCが、
そしてCが撲殺された際の凶器をAがそれぞれ持った状態で死んでいるという、
不思議な状況になっていたことがあった。
めぐはその話を聞くと、私に色々な新聞や雑誌、テレビの特集などを調べさせて、
それらを元に推理して――その事件の真相を突き止めてしまった。
不可解とされていた事件の意外な真相にももちろん驚いたものだが、何よりも、めぐの頭の良さに一番驚いた。
警察や専門家がいくら調べても誰もわからなかったことを、
めぐは病室のベッドの上から一歩も動くことなく全て解明してしまったのだから。


(……でもぉ……)
でも私自身は、誰かが死ぬとか殺されるとか、そういった類の話は基本的に苦手なのだ。
できることならばあまりその手の話題には触れたくないのだが、めぐは逆に、
そういうものに対してむしろ自分から深入りしていくようなところがあるので、
めぐと事件の仲介役を任される私は、何とも――疲れてしまうのだった。

「…………」
私が黙り込んでいると、めぐは私の手をきゅっ、と握ってきた。彼女と目が合う。
「お願いよ、水銀燈。お話を聞かせて?私はあなたとしかほとんど会うことができないんだから」
整った眉をハの字に曲げて、訴えかけるような目で私を見つめてくるめぐ。
「……うぅ…………」
普段は笑みを絶やさないめぐの、こういう目に私はひたすらに弱い。
「…………わかったわよぉ。めぐに協力すればいいんでしょぉ?」
はぁ、と私はため息をつきつつ、持ってきていた学校鞄を開けた。
中から、買っておいた新聞やら雑誌やらを取り出す。
そう――――どうせこんなことになるだろうと思って、昨日のうちに一応“資料”を集めておいたのだ。
私は正直、使わないままで済んだほうが良かったのだが。

「ありがとう、水銀燈」
ちょっと前のすがるような目が嘘だったかのように、笑顔でめぐがお礼を言ってくる。
「やっぱり水銀燈は優しいわね」
「全くもう――言っておくけど、これは普通に駅の売店とかで売っているものばかりだから、
警察の捜査資料みたいな細かいことは書いてないわよぉ?」
「ああ、いいのよその辺りのことは。いくらでも空想で補えるし」
私の渡した資料に目を通しながら、めぐはあっさりとした口調で言う。
「空想って、あのねぇ……」

何というか、めぐはある意味、小説に出てくるような“名探偵”とは正反対の位置にいるような気がする。
謎を解く探偵は普通、わからないことは徹底的に調べたり、
不確かなことは推理には決して使わないものだと思うのだが、めぐはその辺が非常に適当でいい加減だ。
それでも最終的にはそれらの名探偵と同様、謎をきちんと解明してしまうのだから文句も言えない。

「水銀燈からも話を聞きたいわ」
雑誌をぱらぱらとめくりながら、めぐが私に話を振ってくる。
これも毎回のことで、めぐはどういうわけか、私の口から事件のことを聞きたがるのだ。
「でも、うーん……どう言えばいいのかしらぁ……。つまりぃ――」
私は嫌々ながら、めぐにその奇妙な事件の説明をしてみた。


**********


「――というわけで、包丁が胸に突き刺さっていて、その被害者にのしかかるようにして人形が倒れていて」
「そんな状況の死体を、たまたま家を訪れに来た親戚の女性が発見する、と。
玄関に鍵がかかっていて、インターホンを鳴らしても被害者が出なかったから庭に回ってみたら、
被害者が部屋で死んでいたわけね――なるほど」
めぐは一つ一つ確認するような様子で、冷静に頷いた。
……事件のことを全く怖がっていない。
「他のドアとか窓とか、家の鍵は全てかけられていたのよね?」
「ええ。だから外部犯による通り魔的な事件ではないと言われているわぁ」
「まあ、そうでしょうね。警察は容疑者を逮捕したらしいけれど、凶器に付いた指紋とか、
明確な物的証拠はあるのかしら?」
「ええと、物的証拠はないみたいよぉ。凶器の包丁はもともと家にあったもので、
被害者の指紋と、容疑者として逮捕された女性の指紋が付いていたらしいけど、
家事手伝いをしていたそうだから、もちろん料理なんかもしていただろうしぃ」
「その指紋が、犯行時に付けられたものかどうかの確定は難しいわけね。
それに指紋なんかは、手袋をするなり何なりすればどうにでもなるものね」
「ええ」
私も同意する。

「でも、合鍵を持っていたのはその女性だけで、
被害者を殺した後に家中に鍵をかけて外に出られるのは彼女だけだから、
十分な状況証拠になるっていうことで逮捕したらしいわぁ」
「その人って確か『事件前日に被害者から早めの給料をもらった』って証言してるのよね?」
「ええ、いつもは銀行振り込みなのにおかしいとは思った、とか……」
「しかし、警察はその証言が嘘だと疑っているわけか」
「そうらしいわぁ。……でもそれは当然じゃなぁい?殺される前日に最後の給料を渡すなんて出来過ぎよぉ。
やっぱり、その女性がお金目的で被害者を殺して、嘘の証言をしてるんじゃないのぉ?」
「――ふむ」
少しだけ考え込むようなしぐさを見せて、めぐは息を吐いた。


「容疑者の所持していた現金は、被害者宅の箪笥の中にあったものっていう可能性が高いそうだけど、
その現金以外で無くなっているものとか、荒らされた部屋があるとか、そういうことはあるのかしら?」
「いえ、無いらしいわぁ。問題の箪笥も、荒らされていたっていう話は聞かないしぃ」
「ということは、その現金を箪笥から出した人は、かなり家の事情に詳しいということになるわね」
「そうねぇ……でもだとしたら、なおさら容疑者が怪しいと思うんだけどぉ。
家事手伝いで、しょっちゅう被害者の家を訪れてるんだから、
箪笥にお金があるっていうことを知っててもおかしくないでしょぉ?」
当然の意見を口にする。
「確かにそうねぇ」
同意しているのかいないのか、いまいちはっきりしない風にめぐが返事をする。

「第一発見者の親戚の女性は、これまでの話の様子だと合鍵も持っていなくて、
事件と直接的には関係ないみたいね?」
「ええ、被害者が殺された頃にはまだ実家のほうにいて、それを裏付ける証言もあるらしいわよぉ」
「――つまり、容疑者として考えられるのは家事手伝いの女性だけで、
でも決定的な物証も無くて、警察としては彼女の自白待ち……といったところかしら」
「……ええっと、まあ、そんなところぉ?」
「なるほど――状況はわかったわ」
そう言って、めぐは頷いた。


「被害者にのしかかっていた人形だけど。それはかなりの大きさなんでしょう?」
「そうよぉ。女の子の人形で、小学生くらいの大きさがあって。
人形師だった被害者が作ったものらしくて、
被害者は人形に“薔薇水晶”っていう名前をつけてすごく大事にしていたとか」
「薔薇水晶、か。なかなかにいい名前ね?被害者とは好みが合いそうだわ」
「……ま、まあ、名前は別にどうでもいいんだけど……。
それで、その人形は、本当ならワイヤーとか留め金とかできちんと固定されていたものらしいのよぉ」
「まあ、それだけの大きさならそれも当然よね。
――でも、どういうわけだかその固定が外れていて、発見時には被害者にのしかかっていた、と」
「ええ。他にも人形はいくつもあったらしくて、それらは全部しっかり固定されていたのに、
どういうわけだかその人形だけ固定が外れていて」
「その人形が、被害者を刺し殺すために自分で固定を外したとか?」
うふふふふ、とめぐが笑った。いつもと変わらない笑顔のはずなのだが、どこか不気味に見えてしまう。
「……そ、そんなわけないでしょぉ?」
口ではそう言っている私だが、テレビの特番などで事件に絡めて、
『怪奇!死者の怨念が込められた生き人形!?』
のような特集を何度も見てしまっているので、正直なところあまり笑えない。

「――――被害者が発見された部屋の、机とか箪笥とか戸棚とか……そういう家具の、
できるだけ正確な配置が載っている図はあるかしら、水銀燈?」
唐突に、めぐは私にそう聞いてきた。
「え?……ええっと、そういうのなら……たぶんこの雑誌のやつが一番詳しく描いてあると思うけどぉ……」
めぐに、その雑誌を手渡す。
ありがとう、とめぐは言って、受け取った雑誌の図をじっと見つめている。
「――あの、めぐぅ?」
「――――被害者の正面に大きな箪笥、右に仕事用の机、左と後ろには何も無し、か……」
ぼそぼそと、聞き取りにくい声で何やらつぶやいていためぐだったが、突然、




「…………三か四くらいかしら?」




と、不思議なことを言い出した。
「はぁ?」
三か四?何のことだろうか。
これまでの会話の中で、数字が出てくるような内容は特に無かったはずなのだけれど。

……それからも、めぐは少しの間だけ考え込んでいたようだが、しばらくして、
「――まあ、正確な値は後でいくらでも調べられるわね」
と、一人納得した様子で雑誌をパタン、と閉じ、ベッドの脇に置く。そして、
「ふう……」
などと、優雅にため息をついたりして。
「……あの、めぐぅ……?」
いまだに事件の謎も、状況もさっぱり飲み込めていない私は、正直なところ置いてきぼりだ。
「――ああ、ごめんなさい水銀燈。今回の事件はちょっと余計なことが色々と起こって、
本質があやふやになっていたから」
「本質って……」
余計なこととか本質とか、そこまでめぐが言うということは、まさか――


「もしかして、もう……謎が解けちゃったのぉ?」


事件の資料と詳しい内容を――といっても、テレビのワイドショー程度だが――めぐに伝えてから、
まだ一時間ちょっとしか経っていない。
私など、事件の全体像すらつかみきれていないというのに。
「さあ、どうかしら?」
微笑みながらそう言って、めぐは私の問いをはぐらかすが、
その顔は明らかに、“謎を解いてすっきりした顔”だった。

「もう……!!もったいぶらないでよめぐぅ!わかったのなら私に教えてくれてもいいでしょぉ!?」
耐えられなくなって、私はつい大声を出してしまった。
ここが病院であることを思い出し、はっと口を手で塞ぐ。
「まあまあ。時間はまだたっぷりとあるもの。私は水銀燈の推理を聞きたいわ」
「ええっ!?」
そんなことを言われても……第一、犯人として既に容疑者が逮捕されているんじゃないのか?
(ええっとぉ……だからぁ……)
「――その、家事手伝いの女性が……犯人なんじゃないのぉ?」
しどろもどろになりながら、私は自分のつぎはぎだらけの“推理”を口にしていく。
「お金が欲しかったからぁ……被害者を刺し殺してぇ、それで……合鍵で家中の鍵をかけて、
逃げた……としか考えられないんだけど……」
「なるほど。それが水銀燈の推理というわけね?」
めぐは一人でうんうんと頷いている。

「――やっぱり、水銀燈は素直ないい子だわ。だから水銀燈って好きよ」
「えええ!?」
また突然そんなことを言い出すめぐ。
「ちょ、ちょ、ちょっと……どういう意味よぉ?」
「いえ、水銀燈の推理がとても素直なものだったから。
水銀燈は純粋だから、きっとそういう風に考えると思ったわ」
「あの、めぐ……それって馬鹿にしてるのぉ?」
「あら逆よ。心の底から褒めているのよ」
当たり前じゃない、とめぐはわざとらしく頬を膨らませる。

「今回の事件はごまかしが多かったから、私のようなひねくれた人間じゃないと、
状況を客観的に見ることができないのよ」
「……ごまかし?」
「そう、“ごまかし”よ。この事件だけじゃない。この世に存在する謎には全てごまかしがある。
その事実がある以上、この世界で解明不可能な謎は絶対に存在しないわ」
強い口調で、めぐは言った。
(ごまかし――)
私は思い出していた。
以前にも、めぐが私に事件の真相を教えてくれる時には、必ず“ごまかし”という単語を口にしていたことを。
全ての謎はごまかしに過ぎない――これはめぐの口癖だった。




「教えてあげるわ水銀燈。この事件の真相も、ごまかしも、全て、ね――」
そう言って、めぐは私に優しく微笑んだ。




**********
**********

**********
**********


「――まず注意しなければならないのは、死体発見当時、家全体が密室状態だったということよ」
「ええ……ドアとかの鍵が全てかけられた状態だったっていうことでしょぉ?」
「そう。道具無しで外側から鍵をかけることはもちろんできないのだから、
犯人が犯行後に家中に鍵をかけて外に出たのならば、少なくとも最低一回、
最後に自分が外に出る時に合鍵を使って鍵をかける必要があるわ」
「それはわかるけれどぉ……だから、家事手伝いだった容疑者が、合鍵を使って鍵をかけたんじゃないのぉ……?」
誰もがそう考えるであろう内容を、めぐに告げる。
「もしその考えが正しいのだとしたら、その家事手伝いの女性が犯人ということに当然なるわよね。
でもね水銀燈、それだとあまりに不可解なことが多すぎるのよ」
「不可解……?」
犯人がその女性だとしたら、被害者にのしかかるような形に人形を配置したのも彼女ということになり、
それは確かに不可解だが……それ以外につじつまの合わないところなどあっただろうか?
「そう、不可解なのよ」
めぐは断言する。

「家中の鍵をかけるという行動自体がそもそも不合理すぎるわ」
彼女は続ける。
「確かに彼女は家の合鍵を持っていたのでしょうけれど、
それを使ってわざわざ鍵をかけなければならない理由が何も無いのよ。
一つしかない合鍵を使って鍵をかけたら、鍵を持っている自分に容疑が向くのは明らかでしょう?」
「……まあ、確かにそうだけどぉ。でも、例えば犯行現場ができるだけ見つからないようにとか」
「戸締りのほうはそれでよかったとしても、死体のあった部屋はガラス戸で外から丸見えよ。
それに、被害者を発見した親戚の女性は庭に入って死体を見つけたというし、
家全体の“密封性”が非常におろそかだわ」

「で、でも……それでも何とか隠しておきたかったっていう気持ちがあるかもしれないでしょぉ?」
「――そうね、仮にそうだとしてみましょうか。
でもだとしたら、犯人の女性は何で死体の上にわざわざ人形を置いたりしたのかしら?」
「え?それは……そのぉ……」
死体の上に人形を置いた理由は――――何でだろう。確かにわからない。
「現場が見つかって欲しくないという明確な意思が犯人にあったのならば、極端な話、
この世界が終わるその時まで誰の目にも触れられないことになったって構わない――そういうことになるわ」
めぐの話には、途切れるということがない。
既にめぐの頭の中では、どのような順序でどのようなことを話すのか、完全に整理されているのだろう。
「でも、あの人形を置いたのが犯人ならば、その行動は、
死体と人形が誰かに発見されることを前提としたもののはずよ。そこに大きな矛盾があるわ」
「…………」
「被害者への恨みのようなものだとしても、何らかの呪術的な意味合いのようなことがあったとしても、
私達の想像もつかない、全く第三の理由だとしても――その人形は誰かに発見されなければ意味を成さない。
人形を置いたのが犯人だったら、その異様な殺害現場を発見して欲しいと思うことはあっても、
その現場を隠蔽したいと思うことは絶対に無いわ」
詩を詠むようにして紡がれていく彼女の言葉には、一点の曇りも無い。

「……お金目的で殺して、とにかく警察を混乱させるために鍵をかけたり、人形を置いたり、
そういうことは考えられないのぉ……?」
「もしも犯人の目的が単なる金銭なのだとしたら、それこそ、
たまたま被害者とは全く無関係の外部犯が泥棒に入ったところと被害者は部屋で鉢合わせをして、
口封じで運悪く刺し殺されてしまった……という偽装をするほうがよっぽど建設的よ。
家中に鍵をかけて密室にしたり、箪笥から現金を取る以外に現場を全く荒らさなかったり、
わざわざ自分への容疑を強めるようなことをする必要が全くないのよ」
「…………」
確かにその通りだった。
嫌な想像だが、もしも自分がその犯人だったら、おそらくはめぐの言う通りの行動を取っているだろう。

「証拠が無い、と警察も言っているわけだし。
――つまり、彼女が犯人だという証拠が、本当に見つけられないわけね。
現場の状況から考えても、犯人が彼女だったとしたら、相当入念に殺害計画を立てたはずよ。
だって、証拠が何も見つからないんですもの」
めぐが言う。
「でもその割には、犯行後の彼女の行動は矛盾だらけの穴だらけ。
犯人が彼女だとしたら――――その行動に、一貫性が無さすぎる」
そう言って、めぐはやれやれといった様子で肩をすくめた。


「…………ということは、逮捕された家事手伝いの女性は、犯人じゃないってことぉ……?」
「そう考えるのが一番自然でしょうね。可哀相に、きっと今頃、留置場の枕を涙で濡らしているわよ。
私は何もしていないのにーって。よっぽど運が無かったのね、彼女」
「で……でも、だとしたら、誰が犯人で、何のために人形なんかを置いたってわけぇ!?
ま、まさか――――本当に人形がひとりでに動き出したとかいうんじゃあ……」
包丁を握り締めて被害者へと近寄る人形の姿を想像して、私は思わず肩を震わせた。
「あら、人形の件はもう水銀燈がさっき結論づけたじゃない」
何を今更、という風にめぐが言う。
「へ?」
「私がさっき聞いた時、水銀燈も言ってたじゃないの。『そんなわけない』って」
めぐは続ける。
「そう。人形がひとりでに動くなんてこと、あるはずが無いのよ。
動かないはずの人形が動いたということは、そこに必ず外的な力が働いている……。
そしてその力の正体は、この事件の犯人が誰かということを考えれば、おのずと想像はつくわ。
それに実は、その力の正体自体はこの事件の本質ではないのよ」
「…………」

「……ねえ水銀燈、さっき私はこう言ったわよね。
『犯人は、最後に自分が外に出る時に鍵を使わなければならない』
って。
この考えは、犯人が犯行後に外に出たに違いないというごくごく当然の認識を前提としているわ。
逆に言えば――その前提さえ無くなれば、実は合鍵なんかは必要ないのよ」
「…………つ、つまり、犯人は……初めから家の中にしかいなくて、被害者を刺した後に、
家から逃げる必要が……なかったっていうことぉ……?」
言いながら、私の頭の中で一つの考えが浮かんでいるのを感じた。
いや――まさか――――でもそれ以外には――――
「そういうことになるわね。外に出ないんだから、犯行現場である家を密室状態にするのも簡単よね。
だって、家の内側から堂々と鍵をかければいいだけのことなんだから。
まあ、何でそうしたのかはとりあえず置いておくにしても、ね」


「だったら……でも、だとしたら、“犯人”は……」
私は、ごくりと息を飲んだ。
そうなのだ。被害者を刺した後に家の外に出る必要の無いような人物は、一人しかいない。
消去法を用いる必要すらない。
「…………」
めぐは、無言で私の顔を見つめる。




「“犯人”は…………“被害者自身”ということぉ……?」




「他に論理的に説明できる因果関係が存在しない以上、それが答えなのよ、水銀燈」
穏やかな声で、めぐが言う。
「自殺……だったの…………」
「家事手伝いだった女性の証言にあったわよね。
被害者から事件前日に『今月の給料を先に渡す。しばらくは家に来なくてもいい』って言われたというやつ。
それ、たぶん本当よ。
覚悟の上の……っていうと、この事件の場合少しアレだけど、たぶん被害者の人形師は、
その時点で既に自殺を決意していたんでしょうねぇ」
「……純粋に、その女性のために最後の給料を渡したということぉ?」
「おそらくね。職業柄、ご近所との交流とか、人付き合いとか、そういうのがあまりなさそうな感じだから、
彼にとって彼女は、数少ない――いいえ、もしかしたらただ一人の、心を許せる人間だったのかもしれないわね」
もっとも、その給料のせいで彼女は疑われることになっちゃったんだけど……と、めぐは肩をすくめた。
「家の鍵を全てかけたのは、身辺整理……みたいなものなのかしらぁ?」
「ええ。あるいはそれこそ、単なる戸締りだったのかもしれないわね。
自分が死ねばこの家を守る者がいなくなるから、“用心”のために鍵をかけたり。
まあ、その辺りは推測の域を出ないけれど」
私は、ただ頷くしかない。

「部屋が荒らされていないというか、被害者と犯人で争った形跡が報告されていないのが、
そもそもおかしかったのよね」
めぐは続ける。
「いくら凶器が包丁だからといっても、被害者が即死するほどの傷をつけるためには、
被害者の真正面から、それもかなりの力で包丁を胸に突き刺す必要があるわ。
でも、容疑者は女性でしょう?そんな力が女性である彼女にあるかどうかは疑わしいし、
力があったとしても、真正面から力いっぱい突き刺すためには、
それなりの勢いと構えが必要なはずよ。
どんなに被害者と彼女が親しかったとしても、包丁を持った状態で、
そこまで大胆な犯行ができるような機会は、そうそう訪れないわ」
無理やりに被害者を動けないような状態にしたら、必ずその痕跡が残るしね、とめぐは付け足した。


「でもめぐぅ、まだ一つだけよくわからないことがあるんだけどぉ……」
「あら、何かしら?」
「“人形”よぉ。被害者が自殺したっていうことは、人形をそういう風にしたのも被害者ってことぉ?」
それがどうにも腑に落ちないのだった。
「そういう風というか……少なくとも、固定されていた人形の、その固定を外したのは彼でしょうね。
――彼、その人形をとても可愛がっていた……名前までつけて溺愛していたそうじゃない。
彼にとって、その人形は――いいえ、“彼女”はほとんど家族同然か、
もしかしたらそれ以上の存在だったのかもしれない」
「でも、それと人形の固定を外すことと何の関係が……」

「ねえ水銀燈。確かあなた、ペットで犬を飼っているわよね?」
唐突に、めぐは聞いてきた。
「え?……ええ、柴犬を一匹飼っているけれど、でもそれがどうかしたのぉ?」
「もしもあなたが、絶対に引越さなければならない用事ができて、
どうしても、その犬を引越し先へ一緒に連れて行くことができなくて、
親戚や知り合いに譲ることもかなわなくて……そういう状況になったら、あなたはどうする?
心を鬼にして、保健所で犬を処分してもらう?それとも、家の鎖にその犬を繋いだままほったらかしにする?」
「――そんな!!……そんなこと、できるわけないじゃないのぉ……。そんなことをするくらいだったら、
ちょっと、飼い主としてのマナーは悪いけど……鎖を外して自由にしてあげたほうが――」
そこまで口にして私は、はっ、となった。
「――まさか、“そういう”ことなのぉ?」
「彼の、その人形への溺愛ぶりを考慮に入れれば、
そう考えるのも決して無理のあることではないと思うわよ」
自分が死んだら、もう人形の世話をすることができなくなってしまうから、
だから――自分が最も愛していた、その人形の拘束だけを、最後に解いてやったのだろうか。


「……だとしたら、彼は、人形を抱きかかえながら自分の胸を刺したのかしらぁ?」
「いいえ、おそらくそうではないわね。包丁は刺さったままだったらしいから、
刺した際に血もあまり飛び散っていないだろうし、
現場を直接見たわけでもないから何とも言えないけれど、
その人形自体は、彼が自殺をして床に倒れこんで、
それよりもう少し後になってから発見時のような状態になったんじゃないかしら。
それに、もしも抱きかかえた状態で自殺なんかしたら、彼の溺愛しているその人形が血で汚れたり、
包丁で傷がついたりしちゃうかもしれないもの」
そんな死に方を彼が選ぶはずが無いでしょう?とめぐは微笑んだ。

「なら……一体どうやって?」
固定が外されて、人形を自由に動かせるようになったのはわかるけれど、
人形師である彼が死んでしまった後で、その人形を動かせる存在などいるのだろうか?
「全ては終わってしまったことで、確かめることなど誰にもできないけれど。
でも、人形を件のような状態にした“原因”をある程度推測することはできるわ」
そう言って、めぐはベッドの上に広げられていた中のうちの一冊、ある雑誌を手に取った。
「それは――」
確か、めぐが『部屋の正確な配置が知りたい』と言った時に、渡した雑誌だったはずだ。
「部屋の配置図を見てちょうだい、水銀燈」
めぐが、雑誌の該当ページを開く。私もそのページに目を落とした。
「彼が倒れていた、その真正面に箪笥があるのよ。
水銀燈ももちろん知っていると思うけれど、箪笥ってとても丈夫で、
それにどっしりとしていて、ちょっとやそっとでは動かないわ。
それこそ、その上に小学生くらいの大きさの、大きな人形を置いてもびくともしないような」
「…………」
「彼が自殺をする前に、自分の真正面に当たる箪笥の、その上に人形を置いたとしたら。
――後はほんのちょっとの力が人形に加わるだけで、人形は箪笥から落ちて、
ちょうど発見された時のような状態になるわね。人形の固定は外されていたわけだし」
「ほんのちょっとの力って言ったってぇ……密室状態の家の中で、そんな都合のいいものがあるわけが……」
「あら、そんなことは無いわよ?あるじゃないの、そういう都合のいい力を加える存在が、
彼の死んでいた部屋どころか、この辺りの地域全体に。特に最近は多いらしいじゃない?」
「ええ?」
『最近は多い』って、何だそれは?めぐの言っていることがよくわからない。
「水銀燈も、この病室に入ってきた時に言っていたじゃない。
『“それ”のせいで電車が遅れちゃった』って――」
「――あっ!?」
そこまで言われて、私もようやく思い至った。すなわち――




「…………“地震”?」




「まあ、人形がひとりでに動いたとか、そういう推測よりはよっぽど現実的だと思うわ」
「はぁ……なるほどねぇ……」
私はさっきから、めぐの推理に頷いてばかりだ。
さっきめぐが言っていた、『三か四』というのは、地震の震度のことだったのだ。
確かに震度が三か四くらいあれば、人形が揺れて倒れ落ちるのには十分だろう。

**********


「――――はっきり言って、つまらない事件なのよ、これは」


ベッドから起き上がって、めぐは言った。
「え?」
「人として生きることに耐えられなくなった人間が一人、勝手に死んだだけ」
ベッド脇の机の上には果物ナイフが置かれている。
(客人が入院患者への差し入れで、果物を持ってきた時のためのものだろう)
そのナイフを、めぐが手に取る。
「……めぐ?」
「でも――私には、彼の気持ちがよくわかる。自分の、人としての肉体を否定した彼の気持ちが」
そのままめぐは歩いていく。そして、病室に設置されている戸棚の前で立ち止まった。
棚の上には、人形。
私が以前に、入院しているめぐのために持ってきたものだ。
お気に入りのテレビ番組の、くんくん探偵という犬のキャラクターの人形。
その人形を前にして、めぐは立っている。
めぐの姿はまるで、今回の事件の“被害者”が自殺する直前にとった行動を、
そのままなぞらえているかのような――
「彼は、きっとこう思ったはずよ――」
めぐは、ナイフを自分の胸に突き刺すような形に持ち替えた。


「――ああ、薔薇水晶」
そう口にしているのはめぐであって、めぐではなかった。
それは間違いなく、今回の事件の“被害者”である人形師の、彼の心境だった。


「人形のお前は何て美しいんだ、私の最高傑作。
私は、人間として生まれてしまった自分のことを、これほどまでに悔やんだことはないよ」
――彼は、箪笥の上に置いた人形を、うっとりとした目で見つめている。


「でも、それももうすぐ終わる。この包丁を胸に突き立てれば、
私もお前と同じ“人形”になれるんだ。薔薇水晶と同じになれるんだよ」


「お前の拘束はもう外してあるんだ。薔薇水晶、お前は自由だ。
私も、あと少しでこの不自由な人間の身体と別れられる。
そうしたら薔薇水晶、お前と一緒に暮らそう。人形として、永遠に」


「さあ、薔薇水晶、今から、私も――――」
そう言って、彼は――めぐは、手に持ったナイフを、


「――――“そっち”へ、いくよ――」
自分の胸に深々と突き立てて――




「――やめて、めぐっ!!」
叫んで、私はめぐの両手を掴んでいた。
覗き込んだめぐの顔に、もう先ほどまでの狂気はない。いつもと同じ微笑みを浮かべている。
「……立場は違うけれど、私も彼と同じなのよ。
人形師の彼が、自分の人間としての肉体を否定したように、
私は自分の、病に冒された出来損ないの肉体を――ジャンクの肉体を、ひどく窮屈に感じることがあるわ」
少しだけ寂しそうに、メグは言った。
「だから私には、彼の気持ちがわかる。今回の事件は――――それだけのことなのよ」


「……めぐは……」
めぐの手を掴んだまま、私は胸の奥から絞り出すようにして言葉を続けていく。
「めぐは…………ジャンクなんかじゃないわよ……」
他にも言いたいことはいっぱいあるはずなのに、うまく口に出せない自分がもどかしかった。
「……とってもきれいだし、素敵だし……それに……」
なぜか、涙を流しそうになる。いや、もしかしたら、言いながら少しだけ泣いていたかもしれない。
「めぐには……私がいるでしょぉ…………?」
それが、ひどく身勝手な言い分だということは、わかっていた。
私はめぐに『自分のために生きていて欲しい』と言っているのだ。
でも、それがたとえ自己満足だとしても、めぐには――私と一緒にいて欲しい。
私の隣にいて欲しい。
それだけは、私の全くの本心だった。

「……ありがとう、水銀燈」
めぐが、私の身体を抱きしめてくれる。
「私を生かしてくれているのは、病院の治療でも薬でもなくて、
もしかしたら――あなたの応援なのかもしれないわね」
「…………そんなこと言ったって、何もあげないわよぉ?」
私も、めぐの背中に腕を回した。彼女の細い身体を抱き寄せる。
「あら……嘘なんかじゃないわ。私は、心にも無いことは絶対に言わないのよ?」
うふふ、と二人で笑い合う。




「それにね、水銀燈」
「なぁに?」
「これでも私は、この病気の身体に少しだけ感謝していることがあるのよ」
「へぇ。何を感謝しているのぉ?」
「病気で入院しているからこそ、私は水銀燈っていう天使さんとこういう形で出会えたんですもの。
そこはやっぱり感謝しておかないとね?」
「ちょ、ちょっとめぐぅ……!また私のことを天使とか言ってぇ……!!」
「ん?水銀燈、顔が赤いわよ。どうかしたの?」
「めぐのせいでしょぉ!!全くもう……」


開け放たれている病室の窓の外から、心地よい暖かな風が流れ込んでくる。
その風はカーテンを揺らし、そして私とめぐの頬を、さわさわと優しく撫でていた。


“The cursed doll”closed.

**********


「――はあ、ひどい目に遭ったわよ、全く」
給料が良かったから、よくわからないけど有名な人形師?のところでバイトをして、
それでやっぱりよくわからないけど今月の給料を早めにもらえてラッキー!

…と思ったら、何かその人形師さんが殺されたとかで、
殺人容疑でいきなり逮捕されちゃうし…何で私がこんな目に。
そりゃあ、殺された人形師さんは可哀相だと思うけど、
だからって、どうして私がその人を殺したことになって、
一週間以上も牢屋に入れられなくちゃならないのよ。
納得いかないわよ、本当。


何でも、善意の第三者からの通報で私の無実が証明されたらしいけど、その通報が無かったら、
私あのまま牢屋で何年も――いや、下手をしたら一生、牢屋での生活を強いられていたんじゃないだろうか。

もっとも最後には警察のやつ、ペコペコ頭を下げて平謝りだったけどね!
当たり前よ、何もしていない私を捕まえて、よりにもよって牢屋に閉じ込めたんだから。
ざまあみろってやつよ。
まあ、誤認逮捕を必要以上に騒ぎ立てない代わりに、ちょぉっと金一封をいただいたりもしたから、
これで勘弁してやるわ。


それにしても、学校のほうは大丈夫なのだろうか?
無実とはいえ、一度は逮捕されちゃったわけだし、一方的に退学させられていたりして……。
……今度きちんと確認を取って、まだ私の学籍が残っていることを祈ろう……。

何にしても、本当に疲れた。
見慣れたマンションのドアの前まで来て、ふう、と息をつく。
何日ぶりの我が家だろうか。
今日は留置場の硬い布団ではなく、柔らかい自分のベッドで寝られるだろう。

「ただいまぁ……」
間延びした声で帰宅を伝え、ドアを開けて室内に入る。
「あ!みっちゃんが帰ってきたかしらー!?」
奥のほうから、ぱたぱたと足音が近づいてくる。
そして、可愛らしい少女がその姿を表した。
「みっちゃん、お帰りなさいかしら!テレビでみっちゃんの写真を見たけれど……色々と大変だったの?」
小首をかしげて、潤んだ瞳で私のことを見つめてくる。
「……金糸雀…………」
「……みっちゃん?どうしたのかしら?」




「……ああああああああァん金糸雀ったら超可愛いぃぃぃぃッ!!!!!!
もう警察も留置場も誤認逮捕もどうでもいいわー!!
カナと一緒にいられるだけでもう私は幸せいっぱいなんだからー!!!!
ほらほら、カナ、私が頬ずりしてあげるからーすりすりすりすりすりすりすりすりー!!!!!!」
「ぎゃああああああッ!?みっちゃーん!?カナのほっぺがまさちゅーせっちゅー!?」


“The cursed doll”completely closed.
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