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夢…それは人が見るもの。故に果敢なく美しく歪んだ世界。

現…それは人が生きる場所。故に力強く醜くい箱庭の世界でしかない。

誰かが僕の名前を呼んでいる。その声は懐かしいようなそうでもないような…。

五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い、うるさい、うるさい、ウルサい、ウルサい、ウルサイ…

このまま眠っていたい…眠って叶うことならばもはや得ることのできない君と永久に生きる夢を………。

偽りの世界は一体どちら?



朝、学校にはジュンの姿はなくその隣に座っている雪華綺晶の瞳は主のいない机に向けられていた。

ジュンが学校に来なくなってから4日は経つ。本当に消えるつもりなのだろうか?

何故かジュンのことを放っておけない雪華綺晶は決意を胸に学校を後にした。



自宅でジュンはただただ虚ろな目で薔薇水晶と並んで写っている写真を眺めていた。

どうしてあの時に死んだのは僕じゃないんだ?どうして薔薇水晶なんだ?どうして…どうして…どうして…。

分からない。世の中には死んでも構わない屑で溢れかえっている。もしも何人かの人を殺せば薔薇水晶が帰って来ると言われれば僕は幾らでも人を殺せる。

けれどもそれすらも意味はない。もう僕が薔薇水晶にしてあげれることなんて何もない。

ただ…彼女を想い、もはやこの世に存在しない、それでも僕の中で存在し続ける最愛の人を一人にしないこと、忘れないことだけ。

それがとてももどかしくて…何も出来ない自分がとても憎らしい。

せめてと彼女の面影を持った少女を守ろうとするが…これはただの裏切りじゃないのか?

そうだ、僕の中にいる薔薇水晶こそが…彼女だけが…彼女でしかない。他の彼女はただの虚像。何の重みもない軽いただの埃…。

突然この思考は途切れさせられる。家のインターホンが鳴ったからだ。両親は共働きで夕方ぐらいにならないと帰らない。

仕方ないので僕が出た。

 「はい?」

 「私です…雪華綺晶です。」

 「…帰ってくれ。」

 「帰れと申されましても…もう中に入っちゃってますし。」

悪戯な笑みを浮かべた彼女が僕の背後に立っていた。一体何時の間に侵入して来たんだ!?

 「一体何しに来たんだ…。」

 「気が付けば…まだ貴方にまともなお礼もしていないと思いまして。だって貴方ったらまともに聞いてくれないんですもの。」

 「言った筈だぞ。もう僕の目の前には現れるなって…」

 「そんなに妹さんのことを愛しているのですか?」

雪華綺晶の左目が僕を見据えた。薄暗い玄関の中のそれは一条の光のようだった。ただ、僕にはその光は眩しすぎる…。まともに直視できなかった。

暫くして僕の口は自然と開いていた。

 「ああ、失って初めて気付いた。僕にとって薔薇水晶は何にも代え難い、唯一の存在だって…。」

そして自然と僕の手は雪華綺晶のか細い、白い果敢ない、焦がれるほど美しい首に手をかけていた。

 「お前がいると邪魔なんだ。僕の中の唯一の存在が…薔薇水晶が霞んでしまう。消えてしまう!

  お前さえ…お前さえいなければ僕の中で薔薇水晶は永遠に生き続けられるんだ!!

  だから………ッ」

手に力を込める、指の一本一本がまるで埋もれて行くかのように柔らかい白い肌をした首を締め付けていた。

雪華綺晶には抵抗する様子はなくただ僕のことをその瞳に宿る光が射抜いていた。

 「あの時の『僕の前に現れるな』は忠告じゃない。警告だ!警告してやったのに…僕の前にのこのことやって来るからこうなるんだ!!」

壊れたスピーカーのように僕の声が大きくなっていくのがわかる。体の奥底から湧き上がる衝動が躍動に変わっていくのがわかる。

そうだ、いっそのこと…僕も壊れてしまえば、壊れて世界が見えなくなってしまえばずっと、ずっと、ずっと薔薇水晶と生きていられる。

雪華綺晶は自分の首にかけられているジュンの手に自分の手を重ねる。それはジュンの手を引き剥がそうとしているのではなく、まるで労わるように優しく重ねていた。

そして彼女は微笑んだ。壊れていく人形(ギニョル)に向けてただ微笑みかけていた。

その微笑が…壊れた人形の中にいる大事な人の無邪気な笑顔と、ちょうど自分達の手ように重なる。

思わずジュンは雪華綺晶の首から手を離した。雪華綺晶は首を絞められていたためにその場に座り込んでしまう。

 「どうして………どうしてアンタはそうやって僕のことを笑うんだ!?可笑しいか!?もう誰も忘れていることをずっと引きずって、お前を殺そうとしてる僕が…可笑しいのか!?哀れだと思ってるのかよ!!」

 「黙りなさい!!」

今まで聞いたことのない雪華綺晶の毅然とした、凛とした叱責に思わずジュンは叱られた子供のように黙り込んでしまう。

雪華綺晶の瞳の光は更に増したようにジュンには見えていた。

 「誰も貴方のことを哀れだなんて思いません。哀れなのは…妹さんのほうですわ。

  貴方はただそうやって被害者面してればいい…大事な、大事な妹さんの虚像に縋りついていればいい。

  けれども…貴方は貴方の中の妹さんしか見ていない!本当の妹さんを見ていない!

思い出に浸るのは…確かに気分はいいのかもしれませんわ。けれどもそれに捕らわれては何時か自分も思い出も殺してしまう。

  貴方はもう空っぽです…。空っぽなのに虚ろな虚像でその中身を満たそうとしても意味がない…。

  そんなのただ辛いだけですわよ!!」

 「だ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れぇぇぇぇぇえええええええええええええ!!

  本当の薔薇水晶を見ていない?僕の中にいる薔薇水晶が本当の薔薇水晶だ!お前の言うような虚ろな偶像じゃない。

  虚ろな偶像だったら………今まで、ずっとそれに縋りついていた僕は………僕は、僕はぁぁぁあああああああああ!!」

僕の中の薔薇水晶が脆くも崩れ去って行く。理想の妹という偶像は、思い出という幻想の天に届く塔が全部、全部壊れていく…。

 「思い出して下さい。貴方の本当の妹さんは…どんな子だったのかを。貴方が大好きな妹さんは貴方がこんな一人で苦しむことを望む子だったのですか?

  今の貴方を見て喜ぶような子だったのですか?

  忘れることなんてしなくてもいいんです。ただ、失ってしまったものはもう帰らないのですから…何時までもそんな妄執に飲み込まれたままではいけません。

  貴方は今を精一杯生きて下さい。貴方の中に新しく生まれた妹さんと一緒に………。」

瓦礫だけの世界に一条の光が差し込む。とても温かくて、揺り篭のように居心地のいい…。そして僕の中に新たな世界が生まれた。

空っぽだった僕の世界に、『過去』しかなかった僕の世界に『今』という世界が生まれその中に白い、白いあの子がいた。

うなだれている僕を雪華綺晶は優しく抱き締め子供をあやすように背中を撫で続けていた。撫でられる度に胸の中にあるドロドロとした何かが昇華されて行く。

堕落の女神のような微笑を彼女は浮かべ滴る僕の涙を純白のハンカチで拭い去る。

 「…カッコ悪いところ見せたな………。」

 「いいえ、涙は全てを洗い流してくれます。だから泣いていいんですよ。貴方は…今は泣いていいんです。」

最後に築き上げた壁を取っ払われた僕は赤子のように雪華綺晶の胸の中で泣き崩れていた。涙が全てを洗い流してくれるのを信じて。今はこの満たされた気持ちを信じて。



妄想、それは人が一度は見る己の欲望の叶った世界の姿。

厳実、それは人が何度も見る己の欲望が打ち砕かれた夢の末期の姿。

人が生きるべきは一体どちら?人が一番人らしく生きられる、満たされた姿になれる世界はどちら?

空っぽになったその胸を慰めれるのは………いったいどこ?

今はもうどうでもい、ただ今はこの甘くて苦しみを伴う果実を齧っていたい。

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