人と人とが出会うこと。それは、私たちに必要なことで、とても、尊い。
 支えてくれる人が居る。夢を語り合える人が居る。愛を、囁ける人が居る。
 だから、人は出会いに運命を感じ、手を取り合って、未来への道を選ぶのだ。

 とても、感傷的な言葉。感傷に浸るのは、あまり好きではなかったはずなのだけど。
 そう。私は、出会えた。この高校という、ある意味、一つの世界の中で、ともに笑い、ともに泣き、そして、キスできる人を見つけた。
 だから、寂しさとは無縁の日常だったのだ。騒がしすぎるそれは、とてもとても楽しくて、私には笑顔を見せなかった思い出なんて、思い出せない。
 喧嘩もしたけど、それでも、今は笑顔でそれを話せる。それが、どれだけすごいかなんて、今日にならないとわからなかった。

 今日。そう、今日は、とても特別な日に違いなかった。ある人は始まりだと言うだろうし、ある人は、終わりだと言うだろう。
 私は、どちらだろう、と考える。どちらも、正しいのだろう。それは、人と出会うのなら、必然に起こることだから。
 ……ああ、つらい。別れという言葉を、無意識に避けていたようだ。それを考えるだけで、心が悲鳴をあげる。
 別れなんてない方がいいのに。永遠に、あの、温かい、みんなが傍に居てくれる世界が続けばいいのに。
 それは、果てしなく、きっと、誰だって思う、途方もないこと。子供のころ、描いていた夢と同じくらいの、純粋な願い。

 幸せな日々というのは、その時一瞬ではないのだ。一つ一つ、積み重ねてきたから、そこに幸せと呼ばれる、実態のないものが存在する。
 だから、みんな幸せを手に入れるために努力する。少なくとも、私は努力してきた。
 思い出は、きっと語ろうと思えば、いつまでも語れるに違いない。私の周りに居た、彼女たち、という限定だけど。

 たとえば、私は、紅茶好きの少女と、一緒に紅茶を飲んだことがある。その香りを、今も覚えている。
 たとえば、私は、歌を歌うのが好きな少女と、一緒に歌を歌ったことがある。その音を、今も覚えている。
 たとえば、私は、とても綺麗な花を育てた双子と、一緒に自然を感じたことがある。その感触を、今も覚えている。
 たとえば、私は、元気のいい子供のような二人と、一緒に卵焼きと、苺大福を食べたことがある。その味を、今も覚えている。
 ――たとえば、私は、私と同じ少女と、私が世界で一番好きな人と、夕焼けを見に行ったことがある。その風景を、私は、一生忘れない。

 窓を開ける。今は、いつも校庭から聞こえていた声も聞こえず、ただ、寂しさが聞こえてきていた。
 そよそよと、風は私を通り抜け、そしてどこかに行ってしまう。どこに行くのだろう。それは、この綺麗な夕焼けよりも、向こう側なんだろうか。
 夕焼け。よりによって、この日に、こんな綺麗な夕焼けだなんて、世界はきっと、気が利きすぎている。気の利かせすぎは、いじわるだ。
 ……だけど、私は、この夕焼けも、きっと生涯忘れることはないんだろうな、と思う。今までで、一番ではないけど、二番目には、綺麗な夕焼けに見えたから。

 放課後の教室。ずっとずっと煌いた日々が、私に語りかけてくる。
 文化祭のこと。クラスで、コスプレ喫茶なんてやって、あの人がとても可愛いデザインをして、クラス中から褒められて、嬉しそうにして。
 それで、少し嫉妬してしまいそうになったけれど、やっぱり、でも、それは、私にとっても、きっと、みんなにとっても、嬉しいことに違いなくて。
 体育祭のこと。私が転んで怪我をしてしまったとき、あの人は真っ先に駆けつけてくれて、そのままお姫様抱っこで、保健室まで連れて行ってくれた。
 とても恥ずかしかったけど、とても嬉しくて、保健室でちょっといい雰囲気になった。もっとも、その後、邪魔されてしまったけど。
 クリスマスのこと。学校でクリスマスパーティーをした。本当なら、私は、あの人と、あの子と三人でしたかったんだけど、まあ、楽しかったから、いい。
 でも、未だに、私はあの時、あの人にキスをしたことを誰にも話していない。話したら、きっとまずいことになる。
 バレンタインのこと。あの人が、モテてモテて、しょうがなかったから、いらない争いが起きた。今思えば、誰が最初に渡しても、大して変わらない気がする。
 それはつまり、私が大人になったのかなぁ、と思うけど、たぶん、違う。大事なことが、そういうことではないということに気づいただけだろう。

 ――ああ、とても、素敵な日々だった。

 私は、この素敵な時間を、ビー玉とか、透明で、いつでも覗ける、綺麗なものに閉じ込めておきたい。
 悲しいときとか、嬉しいときとか。ありとあらゆるとき、私は、そのビー玉を覗くのだ。ああ、幸せな日々だ、と、思い出しながら。

 私は、屋上に行くことにした。きっと、今屋上は、見惚れてしまう綺麗な茜色に染まっている。
 歩く。特に、感慨はないような気がしたけど、心なしか、歩く速さは、いつもよりも遅かったかもしれない。
 壁の傷。休み時間に、ここで約束したわけではないのに、廊下に集まってくる仲間。そんなことが、どうしようもなく嬉しかった。

 階段をのぼる。いつだったか、ここで肝試しなんかもした。真夜中で、真っ暗で、ここはとても怖い場所だった。
 あの時は、あの人が傍に居てくれたから、怖くなかったけど、……今は、どうかな。怖くはない。だけど、うん、正直に言えば、寂しい。
 寂しい。そうか。この、胸の真ん中が、ぽっかりと空いたような感じは、寂しい、という言葉で表されるものだったのか。納得。納得したけど、つらい、かも。

 そんな思考をしているうちに、私は屋上までたどり着いた。後は、ドアを開けるだけ。
 開けるだけなんだけど、それが何故かためらわれた。開けて、もしも夜だったらどうしよう。綺麗な綺麗な夕焼けではなく、冷たい冷たい夜だったら。
 もしも、本当に夜だったら、私は泣いてしまうだろう。何故か、なんて考えるまでもなく、寂しくて、寂しくて、みんなの名前を呼び続けるのだ。
 どうか、その夜が、朝が来る夜でありますように。私は、心からそう願った。願うことは、とても綺麗だ。だから、きっと神様だって叶えてくれる。

 そして、ドアを、開ける。

 強く吹く風に、そっと響く音がある。もう風は私を通り抜けない。体で、私はそれを受ける。遠い日の、優しい旋律が、風の中に響いている。 


 もう、忘れてしまったけど、私は、もともと、一人だった。一人で、泣いているしかない少女だった。
 私は、一人になれる屋上が好きで、その屋上から見える、夕焼けが大好きだった。

 いつからだろう。その夕焼けを見るのが、一人から、二人になったのは。

 それは、とても優しい懐古。今はもう、きっと必要ない回顧。私が、ここで一人で夕焼けを見るのは、これで最後。
 後は、言うまでもなく、みんなと一緒に見るのだ。これから、それぞれが、それぞれの夢のために分かれてしまうけど、それでも、みんなと、この景色を、もう一度見る。

 ああ、……夜が下りてくる。幕が下りるように、緩やかに、夕焼けを消していく。
 だから、無性に叫びたくなる。消さないで。これ以上、消さないで。私の、大事な思い出を。大事な、とても大事な幸せな日々を――。
 それは、意味がないけど、意味がなくたって、私はここで叫ばなきゃいけなかった。逢いたくても、もう簡単に逢えなくなってしまう人が居る。
 そんなことを、当たり前のように扱う世界。逢いたいのに逢えないのが、どれだけつらいことか、世界は知らないんだろう。だから、こんなことができるんだ。

 だから、さあ、立ち上がれ。空を見上げろ。茜色が藍色に変わっていく空に、叫ぶんだ。私たちの絆を。私たちの、幸せを。

「私は、」

 ……ああ、夢が、想い出に変わる前に、どうか、神様。

「私は、幸せでしたーーーーーーーーーー!」


 肩で、息をする。あはは、もう、満足。満足で、満足で。私は、涙が、出て――

「私だって、幸せだったわーーーーーーーーー!」
「私だって、幸せだったわよぉーーーーーーーーーー!」

「え?」
 叫び声が聞こえた。とても優しい、心から優しい叫び声。

「僕だって、幸せだったーーーーーーーーーー!」
「私も、幸せでしたですーーーーーーーーーー!」

 みんながみんな、何故か目が赤くて。

「ヒナも、幸せだったのーーーーーーーーーー!」
「カナだって、幸せだったかしらーーーーーーーーーー!」

 だけど、みんながみんな、とても幸せそうな顔をしていて。

「私も! とても、幸せだったんだよ! 貴方に、負けないくらいーーーーーーーーーー!」

 彼女だって、とても、幸せそうな顔をして。

 そして、そして、あの人は――

「薔薇水晶ーーーーーーーーーー!」

 あの人は、私の名前を、呼んでくれた。

「僕は、みんなと居る日々が好きで!」

「うん、」

「僕は、みんなと笑いあえるこの場所が大好きで!」

「うんっ」


「僕は、君が居てくれて、とても幸せだったーーーーーーーーーー!」


「ジュン……っ」
 ジュンの胸に飛び込む。もう、いい。もう、大丈夫だ。そうだ。何も、心配することなんて、なかった。
 絆がある。私たちには、いつまでもいつまでも切れない絆がある。その絆は、この場所で過ごした、あの幸せな日々は、きっと、永遠にある。

 だから――

「行こう、ジュン」
「ああ、行こう、薔薇水晶」

 だから、手を繋ごう。一緒に。みんなで。新たな想い出と、もっと素敵な絆を作るために。

 もっと、幸せな日々を、築けるように。


 end.




【そしてもっと幸せな騒がしい日常】

以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:おまけ:【そしてもっと幸せな騒がしい日常】 :2006/08/06(日) 22:30:43.52 ID:qHmZUT8K0
「っていうか何二人してイチャついてやがるんですか。今から卒業パーティーで打ち上げなんだから、そういうのやめるです!」
「そうなのー。そうしないと、翠星石が嫉妬して大変なことになるのー」
「こら、おばか苺! 何を言ってやがるです!」

「いやでも、翠星石の言うとおりだよ。みんなで楽しもう?」
「そ、蒼星石? そのはさみは何なのかしら?」
「…………知りたい?」
「や、やっぱり遠慮するかしらー!?」

「まったく、最後まで騒がしい連中だこと」
「あらぁ、さっきまでわんわん泣いてた、どっかの誰かさんが一番騒がしかったような気がするわぁ」
「ああ、それは自分のことを言っているね」
「……うるさいっ」
「お互い様よ。……何、決着でもつける?」
「上等よぉ。表出なさい」

「ジュン。薔薇水晶」
「ん、雪華綺晶」
「――何二人してイチャついてんだコラァ!!」
「ごふっ!?」
「ずるいずるいずるいずるい! 私だって、イチャついてやるー!」
「ジュンは渡さないもんっ」
「あ、ちょ、薔薇水晶――」

 ちゅ。

「「「「「「「あーーーーーーーーーー!」」」」」」」

 そんな、幸せな日々。どうか、神様。この優しい日々が、いつまでも続きますように。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2006年08月13日 17:41