ティータイム

「JUM……早く紅茶を入れて頂戴」
「まったく何で俺が……」

ブツブツと文句を言いながらもJUMのその手は流れるように作業に取り掛かる。その光景を真紅はさり気なく目で追っていた。
口角が自然に緩んでいるいることに気がつくと私は慌てて頬の筋肉を引き締める。するといつもの私の顔に戻った。
紅の女王……学校ではそのようなあだ名、いや忌み名で通っている。その名の通り紅を好み、女王のような態度がそのまま名となった。
別にその事に私は大して気にもしていない。周りが何といわれようとも私は私以外にありえない、当然気にすることもありえない。
ありえない……確かにそうなのだがやはりひそひそと小言を聞いたり、いやらしい視線に晒されたりすると流石の私もストレスは溜まる。
だが聡明なる私はいつまでもストレスを溜め込むことなどしない。
溜め込み続けると心身ともに負担がかかるのは目に見えているのだがら……
私のストレス解消法……それは……

「真紅~葉は?」
「そうね……アールグレイでお願い」
「はいはい」

やる気の欠片もみられない声だがその作業には無駄がなく、JUMの手はまるで踊るように作業に取り掛かっていた。
その様子を私は分厚い本のからソッと顔を出して見つめる。仕度をするJUMの後姿はいつ見ても飽きる兆しが今のところまったくない。

(もう何年になるかしら……)

あれはいつだっただろうか……幼い頃、私のこの高圧的な態度に反感をもった同級生と口喧嘩になった。
当然私が勝ったのだが、何故か心に勝利の歓喜は沸かなかった。変わりに胸の内を締めるのは虚しさと……悲しさ。
学校が終わり一人で家に帰ったのだが鍵がかかっており中に入ることが出来なかった。
その時幼い頃の私はまるで自分の家にまで拒絶されたような気がして逃げ出すように門を出た……すると……

「真紅……どうしたんだ?」
「JUM……」

JUMの家は隣、家に入れないことを告げるとJUMはならウチに来い、と言ってくれた。
私を受け入れてくれたことに思わず微笑みそうになるが、自分の性格が素直にそれを許すわけもなく……

「仕方ないわね……下僕の部屋でお父様が帰ってくるのを待ちましょう」
「誰が下僕だ!!」

怒る彼にいつもの高慢な笑みを浮かべると私はJUMと共に彼の家に入った。
リビングのソファーに腰掛ける……JUMは二階にさっさとランドセルを置いてきている。
特にすることもないのでランドセルの中にあるドイツ語の本を取り出すと読み始める。
階段の軋む音が聴こえ、続いてリビングと廊下を隔てる扉が開かれる。
JUMは静かに本を読む私をじっと見つめる。私は気がつかないふりをしてひたすら本を見つめる。

「真紅……学校で何かあったのか?」
「別に……何もないわ」
「…………」
「…………」

沈黙が辺りを支配する。私はJUMの視線に何故か身を硬くしていた。JUMはそんな私に深く溜息をつくとリビングから姿を消した。
私は何故かほっと胸を撫で下ろして……何故ホッとしたのか分からず、首を傾げていた。
自分の心が分からず思案しているとカチャカチャと小さく鳴り響く音に思わずその音の発信源に首を傾ける。
するとそこには何やらカップを取り出すJUMの姿が目に映った。

「JUM……何しているの?」
「何ってカップ用意してるんだよ」

気がつくとヤカンから蒸気と共に甲高い音が鳴り響くやJUMは火を止め、カップに湯を静かに注ぐ。
その姿に私は何故か目が離せなくてただじっと彼の後姿を見つめていた。
カップを両手にこっちに向かおうとする彼の姿に私は何故か妙な気恥ずかしさを感じて慌てて本を顔の前に持ってくる。
カチャカチャとなるその音に何故か胸を高鳴らせながら私はJUMがテーブルにカップを置くのを表面上気にしていないように装った。

「ほれ……」
「何?」

彼の声に私はまるで関心がないような声色で目の前のカップを見つめる……と視線の先には紅の水が湯気を出しながら小さく揺れていた。

「紅茶?」
「見ればわかるだろう?」

JUMは見れば分かるだろう?といった面持ちで私を見つめる。その視線に何故か私はムキになって言い返す。

「あなたが入れたなんて……味は大丈夫なんでしょうね?」
「紅茶ぐらい僕にだって入れられるわ!!」
(っ!私は出来ないのに……下僕の癖に生意気な……)

私の傷ついた心を他所にJUMはさっさと砂糖を2杯入れ、ミルクを少々入れると優雅に紅茶を飲み始めた。
その姿がやけに様になっていて思わず私は見つめてしまった。

「早く飲めよ……冷めるぞ」
「っ! わ、分かっているわ!」
「? ならいいけど……」

私は慌てて思わず紅茶をストレートで飲んでしまう。家ではいつも砂糖を3杯は入れているのいうのに……

「……美味しい」

思わず口から零れた言葉にJUMは小さく笑みを浮かべた。

「そうか……確かにお姉ちゃんにも褒められたからな。でも真紅ってそのまま飲むんだ。よく飲めるな?」
「あ、当たり前でしょう。紅茶とは本来、葉から滲み出る味を味わうことにこそ意味があるのよ?」
「そんなものかね~」
「そういうものよ」

実際はちょっと渋いのだが決して顔には出さない。何故なら私の歪んだ顔をJUMにだけは見られたくないからだ。
静かに流れゆく時間……紅茶と共に私の心も温かくなっていく……

「少しは元気が出たみたいだな」
「えっ?」

思わぬ声に私は思わずJUMの顔を見つめてしまう。JUMは小さく笑うと私の瞳を見つめて口を開いた。

「お前……さっきちょっと暗かったぞ。どうせ学校で何かあったんだろう?」
「べ、別に何もないわよ」
「そうですか~」
「っ! 下僕の癖に生意気よ!!」
「誰が下僕だ!!」

私は怒り狂うJUMを鼻で笑うともう一口紅茶を啜る。小さな苦味と大きな暖かみが胸を満たしていく。
カップを置くと私は顔を彼から反らす、何故ならこれから言うことは真正面から言うのは恥ずかしいから……

「………………ありがとう……JUM」
「………………どういたしまして」

静かな二人だけのティータイム……それが私の安らぎの刻……

THE END

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2006年02月28日 21:24