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  …………
 目覚めるとそこは、真っ白い空間だった。だけどここは"九秒前の白"では無くて―――
僕が入院していた、病院の一室。

「……ジュン君~!」

 目覚めて身体を起こすなり、いきなり抱きつかれる。……またかよ!

「ね、姉ちゃん……暫く身体動かしてないんだから……! ちょっ、痛い痛い!」

 僕の抗議も空しく、姉は泣きながら抱きつくのをやめてくれない。―――僕が一応植物状
態みたいな状況に陥ってから、どれ位の時が経っていたのかはすぐにはわからなかったが。
 やっぱり心配かけちゃったよな……

「……ごめん、姉ちゃん。あと……ただいま」

「ひっく、……? ジュン君、ぐすっ、何処か、お出かけしてたのぉ?」

「うーん……ちょっと、夢の中で」

「……ふふっ、おかしなジュン君……」

 うん、まあおかしいよなあ。……それにしても。僕が幽霊になる前は、あれほど激しく
出ていた咳が、今は出なくて……随分と、身体が楽だった。

 これなら、外に出るくらいならいいかもしれないな。
 そう思い僕は……久しぶりに病院の敷地内にある中庭へ出ることにする。

 真紅の元にすぐ駆けつけるのも良かったけれど、それは少し出来ないだろうと思った。
僕が目覚めたことで、病院のスタッフは緊急検査することになるだろうし……
 逢いにいくといっても、何日か経ってからになるだろう。


 外は晴れていて、穏やかな陽気だった。まだ梅雨の最中な筈なんだけど、珍しい。
もう、夏が近いな……
 これが僕にとっての最後の夏になるかと思うと、少しだけ感傷的な気分にならないでも
ない。水銀燈と初めて出会ったのが五年前―――今は丁度、僕の寿命のリミットと宣言さ
れた年になっていた。

「……」

 戻ったときは、どれほど辛い状態になっていることだろうとも考えていたのだが……今は、
そんなに咳も出なくて。一時のものだろうけど、これならここで日向ぼっこをしているのも
悪くない。

 …………
 そして。そうやってぼんやりとして、一時間も経っただろうか。中庭へやってくる、数人の
人影が見える。


「ジュン、この状態では……始めまして、かしら?」

「……ジュン……久しぶり」

「金糸雀……薔薇水晶。ってお前にはさっき逢ったばっかりじゃないか……
 あと白崎さんと、あれ……柿崎先生、どうしたんですか」

「どうしたは酷いなあ、桜田君。私も今日は手伝ってきたのに……」

「え……先生も組織に所属してたんですか!?」

「黙ってるつもりは無かったんだけどね。桜田君がこの病院に入院してて、今まで眠って
 いる間は……私が色々動いてたんだから。感謝してね」

 頬を膨らませながら話す柿崎先生。彼女はこの病院で、僕の主治医を担当している。
 なんか只者では無い雰囲気を醸し出していると思ってはいたが……顔には出さないけど、
今正直、かなり驚いている。

「僕達が全員無職って訳じゃないですよ、桜田君。皆それぞれ普通の生活もありますから。
 僕も趣味がてらカフェなどを経営して……」

「白崎君は、お店休みすぎなんだよ。いつも休憩中だし」

「……かしら」

「……確かに……」

 三人のジト眼を受けながら、白崎さんは縮こまってしまった。へぇ、この人がカフェを……
 それにしてもこれはちょっと、助け舟を出したほうが、いいのか……?

 そんなことを考えていると、白崎さんの方から口を開く。

「……薔薇水晶さんから聞いていると思いますが。全てが終わった後、彼女は目覚めて……
 今はまた、眠ってしまっています。精神的に堪えたことでしょうし。
 だけどもう、あのような悪夢は見ない筈です。"異なるもの"が出てくるようなものは」

 そうか、良かった―――改めて、僕は思う。
 僕のしたことは、無駄ではなかったんだ。―――それだけで、僕は満足だ。

「あの、そういえば……雪華綺晶と……"観察者"。みっちゃんも居ないみたいですけど。
 それと他の面子はどうしたんです?」

「みっちゃんはちょっと怪我しちゃったから、この病院で治療中かしら。
 一応、実際の肉体が傷ついてるから、外傷扱いになると思うんだけど」

「……お姉ちゃんは、彼女に付き添ってるの……その内くると思うよ」

「"庭師"の二人は屋敷のお片付けをしています。あと桜田君は知らないでしょうけど、
 ちょっと新人の一人が派手に硝子をぶち破ってしまいまして……責任をとって、片付け
 手伝いということで。あとは……」

「雛苺ちゃんね。……あの娘、指輪についてた精霊みたいな感じでしょう?」

「……そうです。指輪を作り上げた"魔術師"が残した残滓の一つ―――」

「彼女も、現実世界に現れたかしら。……しかも、実像を持って。さっき言ってた新人の
 娘……巴って言うんだけど。彼女に随分懐いてるみたいかしら」

 奇跡を起こした訳じゃない、だなんて……十分に"アリス"は、奇跡と呼び得るものを
実現した―――それは彼女の、多分最後の力。
 その代償がやはり、どういうかたちで降りかかってくるかはわからないけど。
その時は微力ながら、僕も協力しようなどと思う。


「さて、桜田君。今日は私お休みだけど、出勤しちゃおうかな。君の検査、これから
 始まるんでしょ? じゃあやっぱり私が診ないとね」

「はい、多分……じゃあ、宜しくお願いします」

 僕は病院へと、皆と一緒に歩き始める。そうだな、まずは……精一杯、生きないと。
"庭師"にも礼を言わないとな。

 僕はそんなことを考えながら、中庭を後にした。



――――――――――――



「……」

 涙も落ち着いた頃、館の入り口の方から……ドアベルの音がした。誰か尋ねてきた
ということか。翠星石や蒼星石だったらもう勝手に入ってくるし、かといって雛苺が
戻ってくるには早すぎるし……誰だろう。

 私は、僅かに残っていた涙を拭い。玄関の方まで降りていった。

「……こんにちは」

「貴女は……」

 左眼につけられている、眼帯。彼女は……

「……ちょっとお話があってきたの。お邪魔しても、いい……?」

「え、ええ……どうぞ。こちらなのだわ」

 彼女は、薔薇水晶。この人もまた、私を護る為に闘ってくれた人物の一人……
私は目覚めてから、どんなお礼を言おうと思っていたのだけれど、結局直接伝え
ては居ない。

 皆いつの間にやら帰ってしまっていたし、"庭師"の二人に聞いても、皆の居る
場所を教えてはくれなかった。もう私は、呪いに戒められている訳ではない。
 本来一つの案件が終わった後、その当事者に会うことは原則的に禁じられてい
るのだと言っていた。雛苺は、まあ……その存在の特別さから、組織からも興味
を持たれているらしく。そこに所属する人間に逢いにいっても、暗黙のうちに歓迎
されているらしいのだけど。
 ともかく今彼女達は、組織の眼を盗みながらも私に逢いに来てくれているのだ。
なんでも上司の方で、大層厳しいけど物分りはいいひとが居るのだとか。

 そんな面子のうちの一人が、私の家を訪ねてきた。……どういうことなのだろう。
 考えるところはあるが、私はまず言わなければならないことがある。

「……本当に、ありがとう。なんて言っていいのか、相応しい言葉が浮かばない
 のだけど……」

「……それは、いいよ。それが私達の勤めだから。気にしなくておっけー……」

 ……随分と、軽い空気だ。自分の命を賭していた筈なのに、彼女の物言いから
はそれを微塵も感じさせない。……彼女の性格なのだろうか? どことなくほわ
ほわした感じで……

 そして彼女は切り出す。

「……今日のお話っていうのはね……ジュンの、こと」

 ビクン、と。私の身体が震える。彼は……もう。

「ジュンは……私の代わりに、"存在の終わり"に巻き込まれたのでしょう。
 彼は生きていたと言っていたけど……もう、そのまま消えてしまった……
 私の、代わりに……」

 さっきまで止まっていた涙が、また零れ落ちそうになっていた。
 
 しかし、薔薇水晶の言葉で、それが一瞬止まる。

「もし……真紅の言ってることが本当なら、どうして貴女はジュンのことを
 『覚えている』の? ……存在が掻き消されたのなら、貴女はそもそもジュンの
 ことを忘れてしまっている筈なのに……」

 ……? 何を言っているのだろう。私は少し混乱する。

「本当はね……黙っていようとも思ったの。だけど……それはちょっと、フェアじゃ
 ないから……」

「え……?」

「ジュンは……生きてるよ。今も、この世界に居る……」

「―――本当に!? ジュンが、―――」

 ジュンが、生きてる。無事だったんだ。彼は約束を、守ってくれた――――――
 さっきとは違う……嬉し涙が、また溢れ出てくる。

「……はい」

 すっ、と。薔薇水晶は私にハンカチを差し出してきた。

「―――ありがとう」

 それを受け取り、私は涙を拭く。その様子を、薔薇水晶はじっと見ている。

「……あのね、真紅。貴女はジュンのこと……どう思ってるの」

「……え……?」

 さっきから彼女は、私を狼狽させることばかり言う……
 ジュンは……幽霊だったから。あれ、でも今は生きてて、紅茶を淹れるのが上手で―――


『幽霊と人間って、結婚出来るのかしらね?――――――』


 私は、事実上、プロポーズとか、してなかったか?

 ボッ、と顔が紅くなる。ど、どうしよう。どうすればいいのだわ。
 どんな顔して逢えば――――――

 あわあわとしている私を余所に、薔薇水晶がぽつりと一言。

「……やっぱり……でも私も負けないよ、真紅」

「え? それって―――」

 私の返しの言葉を待たず、彼女は席を立った。

「……今日の用事はこれでおしまい……あと、これを渡しておくから」

 手渡された、一枚のメモ。

「場所はわかると思うけど……病院の地図と、部屋番号。そこにジュンが居るから」

「―――ありがとう、薔薇水晶……貴女も、一緒に―――」

「……私はこれから、お仕事があるから。一人で行ってきてね……」


 そう言って彼女は、去っていった。

 彼女は……ジュンに対して、少なからず特別な感情を抱いているのかもしれないと、
私は思った。


―――――――――


 そして。あれから直ぐに屋敷を出て、今はジュンが居る筈の病室の前に立っている。
……が。

 あれだけ顔をあわせていたにも関わらず、実際に『逢う』のはこれが初めて。
 私が以前言ってしまった言葉も含めて、妙に意識してしまうところがある。

 そうやって私が逡巡していると、突然後ろから話しかけられた。

「真紅ちゃん? どうしたのかな、こんなところで」

「あ、えっと……」

「柿崎です、桜田君の主治医の。お見舞いかな?」

「えっと、……そうです。あの、ジュ……桜田君の病気って、一体何ですか……」


 あのと時私が倒れてしまう前に……ジュンと金糸雀の会話を聞いていたけれど、その時
の内容からは『半死である』という事実しか知らない。半分死んでると自分で言うから
には、相当症状も重いのだろうと……今更ながらに、私は覚悟を決める。


「うーん。患者さんのプライバシーは明かせないんだけど……
 真紅ちゃんも他人じゃないからなあ」

 そう言って彼女は、真剣な表情をして話し始める。


「桜田君は、……肺の病気、とだけ言っておこうかな。
 かなり酷くて、今年一杯保てばって話なの。……今は少し調子がいいみたいだけど」

「……!」

 そうなのか……ジュンは長くても、今年一杯の命―――
 実際に耳にしてしまうと、一気に眼の前が暗くなったような気がした。

「……まだ、彼は死んだ訳じゃないんだよ、真紅ちゃん。だから貴女がそんな顔をしてちゃ
 駄目。私だって昔心臓の病気で、もう何年も何年も余命僅かだって宣言され続けて
 たんだから。それでも乗り越えて―――今は医者になっちゃったけどね。

 生き残る可能性は、ゼロじゃない筈なんだよ。本当に決まっている運命なんか無い―――
 それは貴女が一番、肌で感じたことなんじゃないのかな」

「……はい」

「そう。彼は貴女を護ってくれた―――だから貴女も、今度は桜田君に付き添ってあげて。
 彼は貴女のことを本当に心配していたから……」

「ありがとうございます……じゃあ、ちょっと彼とお話してきます」

 私は、涙を堪えながら。その病室に入っていった。



――――――――――――



「……真紅!? どうしてここに……」

「薔薇水晶からさっき教えてもらったのだわ。貴方が生きてるってことも、ここに入院し
 ていることも」

「……そうか。あいつにはもっと前に伝言頼んでた筈なんだけど……」

 ジュンはベッドに横たわっていたのだが、私が来るなり上半身を起こした。
 見た目はかなり、健康そうで。とても病人には見えない。だけど、その身体はもう病に
蝕まれていて―――

「……」「……」

 何を話そう。お礼の言葉だって、考えようとしていた。だけど、どんなに頭を捻っても、
相応しい言葉が見つからない。
 私は辛うじて、声を絞り出す。

「お見舞いなら……ずっと私が来るのだわ。だって、貴方は私の運命を……変えてくれた
 ひとだから……」

「おい、真紅?」

「時間は無いかもしれないけど……ぐすっ、私が、ずっと……っ」

 また涙が出てしまう。今日はずっと泣き通しだな……と考えながらも、理性で涙を止め
ることが出来るのなら苦労しない。


 私は彼の胸に顔をうずめて、わんわんと泣いた。
 ジュンは……ここに居る。ずっと、この世界に居る。
 彼に残された時間は、残り少なくても。これは、夢や幻ではなくて、本物の――――――

 そして、頭ごしに感じる、彼の手が置かれる感触。

「約束。お前にとびっきりの紅茶を淹れるって、言ってただろ?」

「……え、ええ……」

「まずはそれを守らなきゃなあ。勿論、葉は用意してるんだろうな」

 顔を上げると、其処にはとても穏やかな表情をしている彼の姿があった。
 ああ、このひとは―――どうしてこんな笑顔を、浮かべることが出来るのだろうか。

「勿論よ……早く元気になって……美味しい紅茶を、淹れて頂戴」

 それは、限りなく可能性の低いことで。殆ど実現しないことなのかもしれなかった
が……それでも。

「―――ああ。あ、そうだ……それよりも、最初に言わなきゃいけないことがあったな」

「……何かしら……?」


 私はもう彼の身体から離れ、ベッドサイドにあった椅子に腰掛けている。
 そして彼は、やはり穏やかな声で言った。


「――――――ただいま、真紅」


 ―――そうか、彼は帰ってきたのだ。運命の流れに翻弄され、
 そしてまた―――この世界に、戻ってきた。

 私との約束を守る為に、とは言い切れないのだろうけど。
 それでも、私にとっては十分すぎて。

 私も、答えなければならない。
 涙を拭いて、精一杯の笑顔で……

 私は弱い。だけど、彼と一緒なら……私は強く、なれるだろうか。
 彼は私を守ってくれて。もしこれから、彼の身に何か危機が迫るなら―――
 特別な力は無くても。因果の流れを変えるような、そんな存在じゃなくても。


『運命を変えることに、特別な力は必要ない―――』


 そんな言葉を、あの時言っていた彼を信じて。
 一緒に―――私は彼の傍に、居たい。


 たとえそれが、残り僅かな時間であったとしても。
 それでもこうやって、生きているなら―――それはどんなに、幸せなことだろう。


 だから私は彼に、まずは言葉を返すのだ。


「――――――おかえりなさい、ジュン」




―――――――――




『……』


 そしてその時。彼の右手につけられていた銀の指輪が、小さな小さな光を放って
いたことに―――真紅も、またジュンも、気付かなかった。

 それは、世界の動きを変えるような、大きな力を呼ぶものではなくて。
 ただ一人の人間の運命を―――少しだけ動かす、小さな奇跡の光。

 私が消えてしまう前に残すことが出来た、ひとりの少女の姿―――
 そして、もうひとつの意志のかけら。
 それは、ささやかな祈り。
 お父様の"旋律"が、その想いを彼に届けてくれた。
 
 お父様は言ったのだ。
 幸せは……すぐ其処に、眼を開けば広がっていたのだと。


 もう因果は動かすまいと思っていたけれど―――
 私はもう"ゼロ"ではないから、因果そのものを掻き消すことは出来ないし。
 私のしたことが、ジュンの人生の因果に、どのようなかたちで還っていくかは
 自分でもわからない。

 そうだ、本当は……運命の奔流は、ひとつではない。
 様々な可能性の中で、それを選び取っていっている。

 彼ならきっと。
 悪夢や幻に惑わされることがあっても、強く乗り越えていくだろうと……なんとなく思う。


 人生は、ひとつの大きな夢を見ているようなもの。


 私は夢幻の彼方から。彼が生きて紡いでいくであろう"旋律"を―――


 静かに、静かに―――見守ろう。
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