灰色の雲が空全体を包み込む中、薔薇と茨のペイントを施した多目的装甲ヘリコプターが一機のアーマード・コアを左右のアンカー器具で釣り上げて低空飛行する。ACを比較的遠方へと輸送する際のごく一般的な手段だった。ヘリコプターには自衛手段どころか立派な戦力となる多目的ミサイル十数門、コクピット下部に12.7ミリ機銃を備え着けている。この機種の特徴はAC一機と各兵装を搭載可能なペイロードもさることながら、小銃程度なら物ともしない堅牢な装甲とそれらを積載した上で柔軟な機動が可能な点である。荒れた地上を放浪する多くのミグラントが愛機として使っており、その信頼性はずば抜けて高い。その上、AC用スナイパーキャノンの直撃でもパイロットと管制官は五体満足で生還したという逸話を持っている。
ヘリコプターは海洋施設上空に到着した。目標は枯渇しかかっている化石燃料の奪取と他勢力への示威行動である。元レジスタンス組織はその置かれた状況から他勢力から襲撃を受けることが多々あり、燃料の確保は存在維持のため重要な目標なのである。
『作戦領域に到着。ACを投下します。以後、原則は無線封鎖です。作戦はブリーフィングと変わりありません。領域内の全ての敵機を撃破してください。AC投下後、作戦終了まで本機は領域を離脱します。私は貴方が最後まで立っていることを知っています。ここで貴方の帰還を待ってますから』
『連中、大した規模じゃないわ。いつも通りでいいわよ。じゃ、がんばってね。お姐さん達、安全空域でお喋りしてるから』
若い女の声らにミグラントのACパイロットは了解、現時点より無線封鎖、と短く返す。表情はヘルメットと多目的バイザーの陰で不鮮明であるが、雇主の女はいつものように仏頂面だろうとあたりを着けた。
ヘリコプターは湾岸端の上空にホバリングし、ACを投下。アンカーが次々と解除され、アーマード・コアはそのまま落下しブースター炎を吐きながら着地した。鋼鉄の塊は落下速度を抑えつつも、その衝撃でコンクリートで固められた地面にヒビが走る。その鋼鉄を支える役目を持つ脚部は着地衝撃を受け流す為、バランサーが作動。ブースターと可動部の隙間から圧縮空気のように蒸気があふれ出す。ミグラントはコンソール上のアクリル蓋のセーフティを解除しモード変更ボタンを押しこんだ。最初に機体の四肢、次いで武器などの全デバイスが通電したかのように発光。最後に俯きぎみの頭部が戦闘モードに入った証たるメインカメラを露出し、フォーカスを合わせるかのように複数のレンズが複雑に動き始める。
コクピット内では機体外面より忙しなく、モニターには文字が表示されては消え、五体部の何処かしらにエラー警告を吐き続け、機体の模式図の頭部は赤く、コアは黄で表示されている。ジェネレーターの出力表示、GPS情報取得不可、――そしてFCSの諸情報。装備武装の型番及び残弾数がモニタの中央に小さく表示されている。
<チェック中・・・認証しました。戦闘モードに移行しますか? Y/N>
コンソールを操作し、YESの画面をタップする。
<・・・リミッター解除。メインシステム、戦闘モードを起動します>
戦闘モードを起動した旨をAIが伝える。
物理兵器防御特化仕様の中量二脚ACはリコンユニットを上空に射出、索敵開始。ACにはレーダー等の電子装置を搭載していない。ジェネレーターの出力が小さいこともあるが、発掘された殆どのACに搭載されておらず、代わりに索敵装置として装備されていたのは30㎝ほどのリコンユニットと便宜上名付けられている小型デバイスである。射出されるとコアから前方あるいは上空に圧縮空気により射出され索敵する。地上設置型なら地面に吸着し、飛行型であればプロペラによって上空から電波を放出しながらその放出範囲内に移動物体を感知すると親機たるACに情報が送信されるという仕組みだ。極めて省電力かつ低コストで運用され、発掘されたリコンユニットのコピーが各地に流通している。ユニット内臓電池が許す限り作動し続け、殆どのACあるいは武装集団に使われている。が、劣悪な半導体技術で作られたコピー品は機能劣化を引き起こし、大破壊前に想定された使用方法と異なっている。本来であれば、複数のリコンユニットと多数のACはほぼリアルタイムで部隊の指揮通達、戦術情報の共有、光学衛星による偵察行動等の最新情報技術の数々が失われ、その根幹をなしていた多目的軍事衛星は数世代に渡る放置によりデブリとなっている。
リコンユニットは膨大な情報をACに送信するが、現在稼働しているACのコンピュータでは、それを処理しきれない。現地改修された劣化COMではフレーム問題を引き起こすため、大まかな位置情報の把握と当時であれば数瞬であった目標兵装のスキャン機能は大幅に劣化しているからである。唯一残されたリアルタイムリンク機能は”スポット”と呼ばれる敵機位置情報送受信のみだ。
ハードの問題はそれ以上で、資金に余裕がないミグラントではジャンク品が平然と流通している。一部の装甲は錆に侵されて基礎部分ごと撤去されていたり、ブースターの出力効率が悪質で“とりあえず前方の出力は得られる”というモノまで平然と、かつ高額で取引されているのだ。
それでも現状では機能不全のAC以上に汎用性を持った兵器は存在しない。戦車ほど燃料を喰わず、ヘリコプターよりも多くの武装を積み込み、航空兵器よりも戦闘継続能力に優れている。前時代で多数製造された事実もあり、ミグラント勢力他ならず、武装勢力の主力として使用されている。その戦闘力はあらゆる武装勢力の主力と言っても過言ではない。そして、この元レジスタンス組織の戦力を担っているのがミグラント用のヘリと右肩を赤く塗装したACである。赤薔薇色であればまだ聞こえがいいが粗雑に塗装されたそれは、乾いた血の色を第三者に連想させた。左脚には赤薔薇がデカールさせており、エンブレムと相まって、シティ騒動の顛末を知っている者の士気を低下せざるを得なかった。
かのシティ騒動でそのACはレジスタンス部隊の陽動、殿戦闘、本隊強襲、未確認機動兵器撃破など、非力なレジスタンス組織がシティ部隊と拮抗し続けた一因に違いなかった。そして、それを操るパイロットは、この地域で追随を許さない技量を持った傭兵である。
初陣にて元レジスタンスリーダーを退け、その才能の片鱗を見せつけた彼は複数の戦場を渡り歩いた後、レジスタンス勢力に加入し、その戦闘能力を見境なく発揮したのは記憶に新しい。
『投下、確認しました。あ、あの――』
ACは最寄りの敵機位置にだいたいの検討をつけると、グライドブーストで敵機へと突撃した。おそらくスキャンモードでやっているだろう、ヘリの中ではそこまでの詳細は期待できなかった。
ヘリコプターは海洋施設上空に到着した。目標は枯渇しかかっている化石燃料の奪取と他勢力への示威行動である。元レジスタンス組織はその置かれた状況から他勢力から襲撃を受けることが多々あり、燃料の確保は存在維持のため重要な目標なのである。
『作戦領域に到着。ACを投下します。以後、原則は無線封鎖です。作戦はブリーフィングと変わりありません。領域内の全ての敵機を撃破してください。AC投下後、作戦終了まで本機は領域を離脱します。私は貴方が最後まで立っていることを知っています。ここで貴方の帰還を待ってますから』
『連中、大した規模じゃないわ。いつも通りでいいわよ。じゃ、がんばってね。お姐さん達、安全空域でお喋りしてるから』
若い女の声らにミグラントのACパイロットは了解、現時点より無線封鎖、と短く返す。表情はヘルメットと多目的バイザーの陰で不鮮明であるが、雇主の女はいつものように仏頂面だろうとあたりを着けた。
ヘリコプターは湾岸端の上空にホバリングし、ACを投下。アンカーが次々と解除され、アーマード・コアはそのまま落下しブースター炎を吐きながら着地した。鋼鉄の塊は落下速度を抑えつつも、その衝撃でコンクリートで固められた地面にヒビが走る。その鋼鉄を支える役目を持つ脚部は着地衝撃を受け流す為、バランサーが作動。ブースターと可動部の隙間から圧縮空気のように蒸気があふれ出す。ミグラントはコンソール上のアクリル蓋のセーフティを解除しモード変更ボタンを押しこんだ。最初に機体の四肢、次いで武器などの全デバイスが通電したかのように発光。最後に俯きぎみの頭部が戦闘モードに入った証たるメインカメラを露出し、フォーカスを合わせるかのように複数のレンズが複雑に動き始める。
コクピット内では機体外面より忙しなく、モニターには文字が表示されては消え、五体部の何処かしらにエラー警告を吐き続け、機体の模式図の頭部は赤く、コアは黄で表示されている。ジェネレーターの出力表示、GPS情報取得不可、――そしてFCSの諸情報。装備武装の型番及び残弾数がモニタの中央に小さく表示されている。
<チェック中・・・認証しました。戦闘モードに移行しますか? Y/N>
コンソールを操作し、YESの画面をタップする。
<・・・リミッター解除。メインシステム、戦闘モードを起動します>
戦闘モードを起動した旨をAIが伝える。
物理兵器防御特化仕様の中量二脚ACはリコンユニットを上空に射出、索敵開始。ACにはレーダー等の電子装置を搭載していない。ジェネレーターの出力が小さいこともあるが、発掘された殆どのACに搭載されておらず、代わりに索敵装置として装備されていたのは30㎝ほどのリコンユニットと便宜上名付けられている小型デバイスである。射出されるとコアから前方あるいは上空に圧縮空気により射出され索敵する。地上設置型なら地面に吸着し、飛行型であればプロペラによって上空から電波を放出しながらその放出範囲内に移動物体を感知すると親機たるACに情報が送信されるという仕組みだ。極めて省電力かつ低コストで運用され、発掘されたリコンユニットのコピーが各地に流通している。ユニット内臓電池が許す限り作動し続け、殆どのACあるいは武装集団に使われている。が、劣悪な半導体技術で作られたコピー品は機能劣化を引き起こし、大破壊前に想定された使用方法と異なっている。本来であれば、複数のリコンユニットと多数のACはほぼリアルタイムで部隊の指揮通達、戦術情報の共有、光学衛星による偵察行動等の最新情報技術の数々が失われ、その根幹をなしていた多目的軍事衛星は数世代に渡る放置によりデブリとなっている。
リコンユニットは膨大な情報をACに送信するが、現在稼働しているACのコンピュータでは、それを処理しきれない。現地改修された劣化COMではフレーム問題を引き起こすため、大まかな位置情報の把握と当時であれば数瞬であった目標兵装のスキャン機能は大幅に劣化しているからである。唯一残されたリアルタイムリンク機能は”スポット”と呼ばれる敵機位置情報送受信のみだ。
ハードの問題はそれ以上で、資金に余裕がないミグラントではジャンク品が平然と流通している。一部の装甲は錆に侵されて基礎部分ごと撤去されていたり、ブースターの出力効率が悪質で“とりあえず前方の出力は得られる”というモノまで平然と、かつ高額で取引されているのだ。
それでも現状では機能不全のAC以上に汎用性を持った兵器は存在しない。戦車ほど燃料を喰わず、ヘリコプターよりも多くの武装を積み込み、航空兵器よりも戦闘継続能力に優れている。前時代で多数製造された事実もあり、ミグラント勢力他ならず、武装勢力の主力として使用されている。その戦闘力はあらゆる武装勢力の主力と言っても過言ではない。そして、この元レジスタンス組織の戦力を担っているのがミグラント用のヘリと右肩を赤く塗装したACである。赤薔薇色であればまだ聞こえがいいが粗雑に塗装されたそれは、乾いた血の色を第三者に連想させた。左脚には赤薔薇がデカールさせており、エンブレムと相まって、シティ騒動の顛末を知っている者の士気を低下せざるを得なかった。
かのシティ騒動でそのACはレジスタンス部隊の陽動、殿戦闘、本隊強襲、未確認機動兵器撃破など、非力なレジスタンス組織がシティ部隊と拮抗し続けた一因に違いなかった。そして、それを操るパイロットは、この地域で追随を許さない技量を持った傭兵である。
初陣にて元レジスタンスリーダーを退け、その才能の片鱗を見せつけた彼は複数の戦場を渡り歩いた後、レジスタンス勢力に加入し、その戦闘能力を見境なく発揮したのは記憶に新しい。
『投下、確認しました。あ、あの――』
ACは最寄りの敵機位置にだいたいの検討をつけると、グライドブーストで敵機へと突撃した。おそらくスキャンモードでやっているだろう、ヘリの中ではそこまでの詳細は期待できなかった。
- ・ ・
そのヘリコプター機上に戦場には場違いの女性が居座っていた。20こそ超えているものの風貌は幼さとあどけなさを残しているが、その身は旧レジスタンス組織を束ねるリーダーである。元リーダーの父親が死亡した後、一年で最低限の戦力を纏め上げ、レジスタンス主力たる傭兵の補佐を行い、かのシティ騒動を生き延びていた。シティを脱出した後はその周辺地域を放浪し、ようやく旧鉱山地区に安住の地を見つけると物資調達と他の敵対集団の牽制の為その身を費やす日々である。
「――どうかご無事で」
無線越しで彼にそう言うだけで精一杯だった。気がきく言葉でもかけられてあげると良いとつい思ってしまう。だけど、その言葉は無責任で自己満足だ。
ヘリコプターの乗員二人は目視でそれを確認すると海洋側へ離脱する。無駄にとどまり、飛行兵器から撃墜されても困る訳だから、これまでと変わらないルーチンワークだった。
結局、シティ騒動の時も今も自分は安全圏に居て、実際に戦って精神をすり減らしているのは彼のような戦士だ。それが仕事だとしても、戦場というのは恐ろしい。レジスタンス時代、いくつかの修羅場をくぐったがひたすら待つことには未だ慣れないでいる。彼の戦闘能力は信じているし、相棒の女武器商人の様に、もうちょっと楽観的になれるといいのだが、臆病な性分とネガティブ思考は相変わらずだ。思えば、レジスタンスのリーダーに祭り上げられた時、甘ちゃんと回りから揶揄されることに最初の頃は憤慨したが、今では納得できるし、その合点がいく。レジスタンスリーダーとしての覚悟も度量もが足らなかったのだと思う。レオンにおんぶに抱っこだった訳だから。
フランは無線のスイッチを切ると、いつものようにACの後ろ姿が消えるまでその動きを目で追いながら軽く十字を切った。この世界に神などいないし、宗教というものはとっくに廃れきってもう誰も理解できないものだ。
「あんたも相変わらずねぇ。前よりちょっとはマシになったけど、そーゆー所は変わらないわ」
前の座席で操縦桿を握るロザリィはバイザー越しの流し眼でフランを見つめながらあっけからんと口を開いた。
「……いけませんか?」
「いーや、貴女個人ではいいんじゃない?少なくとも、あのアホは充分過ぎるほどに勇気づけられていると思うわ。でも、リーダーとしては駄目ね。あの時も言ったけど上の人間はどっしりと構えているべきなのよ。下の人間がヘマやらかしても上の人間がきちんと対処できるけど、上の人間が駄目だったら下の人間もいずれ駄目になる。そんなこと、一々言われなくともわかるでしょ?でも、元レジスタンスはどいつこいつもお人好しだから駄目な貴女に従って、楽園とは言えなくても最低限の文化的の生活をしている。これは一種の奇跡ね」
「ですが、その奇跡を起こすには彼の力は必須となってしまった。ルーキーと言われた頃から雇い続けてもう二年近く経ちますが彼の代わりは見つかりません。彼のおかげで私たちは生き続けていられるんです。感謝こそ――」
「だーかーらー、たかだか傭兵一人にそこまで気にかけるのが駄目って言ってるのよ。傭兵はお金がメインなんだからさ。前金貰ってヤバくなったらトンズラこくし、クライアント替えなんて当たり前、と思ってなきゃ。だから、私も好きで守銭奴やってた訳じゃないし、そういう時の為の資金は常に用意してるわ」
フランは自覚があったんですねと呟くと前からロザリイは無自覚に壁面を叩いた。
「ごめんなさい。でも、ロザリイさんがそういうなら何か方法はあるんでしょうか?」
「簡単よ。雇い主と傭兵という垣根を取っ払えばいいわ」
「ど、どうやって――」
「アタシにそこまで言わせる気?あの子と寝たらいいのよ。それで解決するわ。……多分ね」
「――!?どうしてそうなるんですか!冗談はやめてください!」
「低コストかつ確実と思うから案外冗談じゃないわよ?あいつは妙に義理高いって所があるし良い奴だし?……まぁ、貴女が変な病気を持ってなければ、の話だけど」
持っていない。というより、性病なんて持つ機会が無かったといった方が正しい。この数年、人を愛する、愛される暇などなかった。が、彼女の言い分にも一定の理解はある。コミュニティでも売春婦がいない訳ではない。だから、女性という武器を行使するのは、この時代において当然である。そして何より元手が掛からない。女の意思次第だ。でも、彼が受け入れてくれるか、ということには自信がない。私より、若い娘はコミュニティに多くいるし、そして何より私は雇用主だ。傭兵は骨抜きにされるのを嫌うだろう。
一度のみならず何度も、感情が激発した暴漢に寝込みを襲われることはある。レジスタンス時代はレオンが、今では彼がその場で即射殺する、ということが年に数回はあった。レジスタンス時代からプライベートがある程度確保されている上等な部屋は気が引けたが、上の立場が謙ってどうするとレオンやロザリィ、彼と他数人に諭され、今でも一番マシな部屋で寝起きしている。彼はその隣のサブルームで、普段の警備も兼ねている。
「そんな……色事に費やす暇はありません。それに彼も無駄な干渉を望まない、と思います」
「……まぁ、そう……かもね。あいつが自分を慰めてるってのも、女を買い漁ってるっていうのも聞かないし、ヒトの三大欲求をファックしてるわ」
「その喩えは下品ですよ、ロザリィさん」
あっはっはとロザリィは笑う。つられて、つい私も笑ってしまった。
笑っているなか、突然身体を揺らすほどの衝撃と機体の揺れに私は全意識をコンソールに集中させる。数コンマ遅れて単射の発砲音。更に遅れて金属音と爆発音がイヤープロテクターを兼ねるヘッドセット越しの鼓膜を振動させた。外に目を向けると巨大な球型の燃料タンクが爆発し、黒煙がモクモクと浮かべている。炎上した施設を見たロザリィは眉間に皺をよせ、怒気を露わにする。
「あの馬鹿ぁ!燃料の被弾は厳禁って言っといたのに!」
ロザリィはパネルの無線スイッチを押すとインカムに向けて盛大に罵詈雑言を言い放った。その怒鳴り声と彼の言い訳は私の耳にも入ってくる。――曰く、ライフル弾で弾け飛んだ敵の装甲が飛行戦闘メカの主翼に突き刺さり、制御を失った飛行戦闘メカが突っ込んだので、自分に過失はない、とのことである。脇の数分前に無線封鎖と言ったばかりなのに、戦闘が始まるとロザリィはすぐに彼を罵倒するのが恒例となっていた。そして最後には必ず、減俸は覚悟しなさいよ!と締め括るのだった。が、実際にはAC機体の整備費や弾薬費請求による赤字を除いて、減俸などはしたことはほとんどない。彼もそれは分かっているはずだが、デフリーディングで申し訳なそうにシュンとする姿を毎回見て内心、ほくそ笑んでしまう。
ひとしきり、ロザリィは彼に苦言を言うと、こちらを向き、いつものような声で「始まったわね。あいつの補佐がんばんなさい」と言った。
「了解です」と私はそう返す。
「――どうかご無事で」
無線越しで彼にそう言うだけで精一杯だった。気がきく言葉でもかけられてあげると良いとつい思ってしまう。だけど、その言葉は無責任で自己満足だ。
ヘリコプターの乗員二人は目視でそれを確認すると海洋側へ離脱する。無駄にとどまり、飛行兵器から撃墜されても困る訳だから、これまでと変わらないルーチンワークだった。
結局、シティ騒動の時も今も自分は安全圏に居て、実際に戦って精神をすり減らしているのは彼のような戦士だ。それが仕事だとしても、戦場というのは恐ろしい。レジスタンス時代、いくつかの修羅場をくぐったがひたすら待つことには未だ慣れないでいる。彼の戦闘能力は信じているし、相棒の女武器商人の様に、もうちょっと楽観的になれるといいのだが、臆病な性分とネガティブ思考は相変わらずだ。思えば、レジスタンスのリーダーに祭り上げられた時、甘ちゃんと回りから揶揄されることに最初の頃は憤慨したが、今では納得できるし、その合点がいく。レジスタンスリーダーとしての覚悟も度量もが足らなかったのだと思う。レオンにおんぶに抱っこだった訳だから。
フランは無線のスイッチを切ると、いつものようにACの後ろ姿が消えるまでその動きを目で追いながら軽く十字を切った。この世界に神などいないし、宗教というものはとっくに廃れきってもう誰も理解できないものだ。
「あんたも相変わらずねぇ。前よりちょっとはマシになったけど、そーゆー所は変わらないわ」
前の座席で操縦桿を握るロザリィはバイザー越しの流し眼でフランを見つめながらあっけからんと口を開いた。
「……いけませんか?」
「いーや、貴女個人ではいいんじゃない?少なくとも、あのアホは充分過ぎるほどに勇気づけられていると思うわ。でも、リーダーとしては駄目ね。あの時も言ったけど上の人間はどっしりと構えているべきなのよ。下の人間がヘマやらかしても上の人間がきちんと対処できるけど、上の人間が駄目だったら下の人間もいずれ駄目になる。そんなこと、一々言われなくともわかるでしょ?でも、元レジスタンスはどいつこいつもお人好しだから駄目な貴女に従って、楽園とは言えなくても最低限の文化的の生活をしている。これは一種の奇跡ね」
「ですが、その奇跡を起こすには彼の力は必須となってしまった。ルーキーと言われた頃から雇い続けてもう二年近く経ちますが彼の代わりは見つかりません。彼のおかげで私たちは生き続けていられるんです。感謝こそ――」
「だーかーらー、たかだか傭兵一人にそこまで気にかけるのが駄目って言ってるのよ。傭兵はお金がメインなんだからさ。前金貰ってヤバくなったらトンズラこくし、クライアント替えなんて当たり前、と思ってなきゃ。だから、私も好きで守銭奴やってた訳じゃないし、そういう時の為の資金は常に用意してるわ」
フランは自覚があったんですねと呟くと前からロザリイは無自覚に壁面を叩いた。
「ごめんなさい。でも、ロザリイさんがそういうなら何か方法はあるんでしょうか?」
「簡単よ。雇い主と傭兵という垣根を取っ払えばいいわ」
「ど、どうやって――」
「アタシにそこまで言わせる気?あの子と寝たらいいのよ。それで解決するわ。……多分ね」
「――!?どうしてそうなるんですか!冗談はやめてください!」
「低コストかつ確実と思うから案外冗談じゃないわよ?あいつは妙に義理高いって所があるし良い奴だし?……まぁ、貴女が変な病気を持ってなければ、の話だけど」
持っていない。というより、性病なんて持つ機会が無かったといった方が正しい。この数年、人を愛する、愛される暇などなかった。が、彼女の言い分にも一定の理解はある。コミュニティでも売春婦がいない訳ではない。だから、女性という武器を行使するのは、この時代において当然である。そして何より元手が掛からない。女の意思次第だ。でも、彼が受け入れてくれるか、ということには自信がない。私より、若い娘はコミュニティに多くいるし、そして何より私は雇用主だ。傭兵は骨抜きにされるのを嫌うだろう。
一度のみならず何度も、感情が激発した暴漢に寝込みを襲われることはある。レジスタンス時代はレオンが、今では彼がその場で即射殺する、ということが年に数回はあった。レジスタンス時代からプライベートがある程度確保されている上等な部屋は気が引けたが、上の立場が謙ってどうするとレオンやロザリィ、彼と他数人に諭され、今でも一番マシな部屋で寝起きしている。彼はその隣のサブルームで、普段の警備も兼ねている。
「そんな……色事に費やす暇はありません。それに彼も無駄な干渉を望まない、と思います」
「……まぁ、そう……かもね。あいつが自分を慰めてるってのも、女を買い漁ってるっていうのも聞かないし、ヒトの三大欲求をファックしてるわ」
「その喩えは下品ですよ、ロザリィさん」
あっはっはとロザリィは笑う。つられて、つい私も笑ってしまった。
笑っているなか、突然身体を揺らすほどの衝撃と機体の揺れに私は全意識をコンソールに集中させる。数コンマ遅れて単射の発砲音。更に遅れて金属音と爆発音がイヤープロテクターを兼ねるヘッドセット越しの鼓膜を振動させた。外に目を向けると巨大な球型の燃料タンクが爆発し、黒煙がモクモクと浮かべている。炎上した施設を見たロザリィは眉間に皺をよせ、怒気を露わにする。
「あの馬鹿ぁ!燃料の被弾は厳禁って言っといたのに!」
ロザリィはパネルの無線スイッチを押すとインカムに向けて盛大に罵詈雑言を言い放った。その怒鳴り声と彼の言い訳は私の耳にも入ってくる。――曰く、ライフル弾で弾け飛んだ敵の装甲が飛行戦闘メカの主翼に突き刺さり、制御を失った飛行戦闘メカが突っ込んだので、自分に過失はない、とのことである。脇の数分前に無線封鎖と言ったばかりなのに、戦闘が始まるとロザリィはすぐに彼を罵倒するのが恒例となっていた。そして最後には必ず、減俸は覚悟しなさいよ!と締め括るのだった。が、実際にはAC機体の整備費や弾薬費請求による赤字を除いて、減俸などはしたことはほとんどない。彼もそれは分かっているはずだが、デフリーディングで申し訳なそうにシュンとする姿を毎回見て内心、ほくそ笑んでしまう。
ひとしきり、ロザリィは彼に苦言を言うと、こちらを向き、いつものような声で「始まったわね。あいつの補佐がんばんなさい」と言った。
「了解です」と私はそう返す。
- ・ ・
25ミリ対物機銃は暴力の雨と称するに足る銃弾を吐き出した。軽戦車とも言うべき重装甲車の乗員は突然現れた機械仕掛けの巨人に恐怖を隠せない。
レーダー範囲外の低空突入から即離脱。ヘリとACはどうやらこの戦術に慣れているようだった。当然、配置している小銃携行の歩兵程度では追い返せる訳もなく、ACの侵入を許していた。
「ACが出張ってくる施設なんて聞いてねえぞ!」警備隊長が怒鳴る。そうだ、ここはちんけな補給基地だったはずだ。備蓄している化石燃料もさほど大した量ではない。それよりも天然ガスの備蓄の方が多かったはずだ。化石燃料とは違い、天然ガスは携行には向かない。容器自体が巨大であるし、なによりその取扱いが難しいからである。
「サジタリウス(対AC誘導弾)は!?」
「一門あります!」
「ジャック!貴様が狙え、着地と同時に撃ち込め!」
警備塔からブースターの発光が強まり、ACは段々と落下速度を落として行くのがはっきりと解った。ACが落下速度を落とすのは落下硬直を防ぐためである。前後左右に跳躍こそできるものの、落下に脚部がある一定以上の圧力が加えられると姿勢保持のためにバランサーが働き数瞬、硬直してしまうためだ。そのコンマ数秒は戦場において、まさに命取りになるものである。数発のロケット弾で無力化できるだろう。
「今だ!撃てぇ!!」
ACは着地後、そのまま横に跳躍し傍にあった廃ビルの壁面を蹴り上げて上昇した。脚部の1m下をロケット弾が通り抜け壁面に接触する。二次元機動のままなら誘導されコア部に直撃したはずだった。突然の脅威に驚いたのか港に不自然な人工物の塊であるACは光を反射するアイカメラをズーミング、フォーカスを合わせる。発射煙から、こちらの位置を掴んだのだろう。また、壁面に蹴ってブースター炎を吐きだし、出力を上げる。
「こっちにくるぞ!」
一人の歩兵は銃座に備え付けられた重機銃に初弾を装填し、碌な狙いもつけずに引き金を絞った。20ミリですら豆鉄砲以下である。コア中心は論外として、それよりも脚部や武装、特に爆薬などを使用する物に当たれば御の字である。しかし、アーマードコアは人体の構造を模している為、構造的に欠陥が存在する。特に脚部パーツのカテゴリーの内、二脚部はその傾向が強い。片方の脚部を破損させればACの三次元機動は抑制され、戦闘能力は大幅に低下を招くからだ。対戦車ロケット弾を用いてコクピット部に直撃させ、パイロットを殺害し無力化すれば良いのだ。対AC戦闘では常套手段であるが、前後左右に加え上下に移動するACに対しその手段を実行できた者は極めて少ない。実行できれば、英雄扱いされるだろう。
ACが人間に当たる手の部分で接続された60ミリライフルの砲口が炎を吐き出すと、その直線上付近にいた人間は、運動エネルギーの嵐によって形を保てなかった。銃弾が、というより、音速を超えた衝撃波は容易に身体を破壊する。砲弾は防衛用メカを掠って兆弾しアスファルトを陥没させた。前面装甲の一部は弾け飛び、航空戦闘メカに直撃し、航空メカはそのまま燃料タンクに激突、爆発し一個歩兵分隊と二機の航空戦闘メカを巻き込んだ。
レーダー範囲外の低空突入から即離脱。ヘリとACはどうやらこの戦術に慣れているようだった。当然、配置している小銃携行の歩兵程度では追い返せる訳もなく、ACの侵入を許していた。
「ACが出張ってくる施設なんて聞いてねえぞ!」警備隊長が怒鳴る。そうだ、ここはちんけな補給基地だったはずだ。備蓄している化石燃料もさほど大した量ではない。それよりも天然ガスの備蓄の方が多かったはずだ。化石燃料とは違い、天然ガスは携行には向かない。容器自体が巨大であるし、なによりその取扱いが難しいからである。
「サジタリウス(対AC誘導弾)は!?」
「一門あります!」
「ジャック!貴様が狙え、着地と同時に撃ち込め!」
警備塔からブースターの発光が強まり、ACは段々と落下速度を落として行くのがはっきりと解った。ACが落下速度を落とすのは落下硬直を防ぐためである。前後左右に跳躍こそできるものの、落下に脚部がある一定以上の圧力が加えられると姿勢保持のためにバランサーが働き数瞬、硬直してしまうためだ。そのコンマ数秒は戦場において、まさに命取りになるものである。数発のロケット弾で無力化できるだろう。
「今だ!撃てぇ!!」
ACは着地後、そのまま横に跳躍し傍にあった廃ビルの壁面を蹴り上げて上昇した。脚部の1m下をロケット弾が通り抜け壁面に接触する。二次元機動のままなら誘導されコア部に直撃したはずだった。突然の脅威に驚いたのか港に不自然な人工物の塊であるACは光を反射するアイカメラをズーミング、フォーカスを合わせる。発射煙から、こちらの位置を掴んだのだろう。また、壁面に蹴ってブースター炎を吐きだし、出力を上げる。
「こっちにくるぞ!」
一人の歩兵は銃座に備え付けられた重機銃に初弾を装填し、碌な狙いもつけずに引き金を絞った。20ミリですら豆鉄砲以下である。コア中心は論外として、それよりも脚部や武装、特に爆薬などを使用する物に当たれば御の字である。しかし、アーマードコアは人体の構造を模している為、構造的に欠陥が存在する。特に脚部パーツのカテゴリーの内、二脚部はその傾向が強い。片方の脚部を破損させればACの三次元機動は抑制され、戦闘能力は大幅に低下を招くからだ。対戦車ロケット弾を用いてコクピット部に直撃させ、パイロットを殺害し無力化すれば良いのだ。対AC戦闘では常套手段であるが、前後左右に加え上下に移動するACに対しその手段を実行できた者は極めて少ない。実行できれば、英雄扱いされるだろう。
ACが人間に当たる手の部分で接続された60ミリライフルの砲口が炎を吐き出すと、その直線上付近にいた人間は、運動エネルギーの嵐によって形を保てなかった。銃弾が、というより、音速を超えた衝撃波は容易に身体を破壊する。砲弾は防衛用メカを掠って兆弾しアスファルトを陥没させた。前面装甲の一部は弾け飛び、航空戦闘メカに直撃し、航空メカはそのまま燃料タンクに激突、爆発し一個歩兵分隊と二機の航空戦闘メカを巻き込んだ。
- ・ ・
数秒遅れて、女のヒステリー気味な罵倒が鼓膜を通り越して耳小骨を鳴らした。彼女が罵詈雑言を放つのは今までの作戦行動において、もはや恒例ですらある。金に汚い禿鷹の小言は雇用主の意見として耳に入れておかねばならなかった・
AIからのアラートがモニタ全体に表示された。
<ガス濃度急速上昇中。緊急退避を強く推奨>
赤字で激しく点滅し、更には機械音声(COMボイス)での警告にミグラントは僅かに苦笑した。
ミグラントは地上に脚が着地していることを感謝しつつグライド・ブーストで後退する。瞬間的に上昇するGに肺が潰されかけるような痛みが襲いかかった。
爆煙の中、タンク型防衛メカの黒い影が巨大なグレネード砲身で照準しつつある。
「――っ!」
一次偏差照準のまま操縦桿のトリガーを絞る。続いて、回避機動。ハイブースト――装備しているブースターを瞬間的に最大出力で稼働し、超短距離機動させる――で大雑把な、かつパイロットなど考慮せず、強引に機体を右方向に跳躍させた。敵の射軸を僅かでも自機より離し被弾を最小限に、かつフレームの修繕費を安く挙げるためだ。ブーストが瞬間的に機体を振り回す。発射された榴弾は山なりに飛翔しビル壁に直撃し、壁の一部が崩壊する。
Gのベクトルが急激に変わったため、胃液が口腔寸前まで逆流する。ヘルメットに戻すのはまずい、吐瀉物が酸素チューブに入り込むと戦闘中にそれを取り除くのは現実的に不可能であるからだ。ミグラントは嘔吐をなんとか飲み込み、衝撃に備え、ブラックアウト寸前の意識を辛うじてつなぎ止め、更に数発発砲する。
大雑把に照準した割に60ミリライフル弾は敵機に命中した。数秒でも足止めできたのは幸いだ。ミグラントは敵機を二次偏差照準していることを再確認して、親指でセーフティを外しミサイル発射ボタンを押し込んだ。AC肩部からミサイルランチャーがせり出し、短距離ミサイルを二本同時発射。二本のミサイルはモーターで射出され、固形燃料に着火しシーカー作動。僅かに上昇し速度を上げて敵機へ猛追する。タンク型は離帯を機動させ後退し回避運動を行った。遮蔽物に身を隠そうとする。が、大きく回り込んだミサイルは実に90度もの角度で旋回し頭部とコア部に直撃、信管が作動し爆発。コアが凹み動かなくなったことをミグラントは流し眼に確認する。一機のタンク型防衛メカを戦闘不能にさせ、そのまま戦闘を続行。機動している間にばら撒いたリコンユニットが次の敵機も察知し、ACに伝達される。70メートル先にタンク型1、更に150メートル先に一個小隊の航空戦闘メカが急行中。ACは燃料タンクを除いた建築物を蹴りあげて、一気に彼我の距離を詰め、目視確認した後、上昇機動。タンク型は突然の上空からの襲来に驚いたようで、慌てて主砲を動かしている様がモニターに映る。着地と同時に横にブーストをかけタンク型の真後ろに回り込み、少々の距離を開けて、ハイブーストを発動させ蹴り込み(ブーストチャージ)、タンク型の盾を潰すと左腕部に装備したレーザーブレードでタンク型の右腕部を切断し、オマケのライフル弾をでコクピット部に二発発砲。砲弾はコア部にめり込み、貫通しなかった。弾痕からオイルが漏れ出していく。タンク型の乗員はヒトの原型を留めていないだろう。あるいは、死んだことすら気が付けなかったかもしれない。
肩部を赤く染めたACは小規模の防衛部隊を索敵し、照準し、砲撃した。結局、撃墜した敵機動兵器は三機のタンク型防衛メカと二個小隊の航空戦闘メカのみで、後は撤退したか、それともこの基地の警備部隊全機からか定かではないが、弾薬をさほど消費せず、対人火器など搭載していないACは、残りの歩兵らを文字通り虐殺すると、この燃料基地を制圧した。
AIからのアラートがモニタ全体に表示された。
<ガス濃度急速上昇中。緊急退避を強く推奨>
赤字で激しく点滅し、更には機械音声(COMボイス)での警告にミグラントは僅かに苦笑した。
ミグラントは地上に脚が着地していることを感謝しつつグライド・ブーストで後退する。瞬間的に上昇するGに肺が潰されかけるような痛みが襲いかかった。
爆煙の中、タンク型防衛メカの黒い影が巨大なグレネード砲身で照準しつつある。
「――っ!」
一次偏差照準のまま操縦桿のトリガーを絞る。続いて、回避機動。ハイブースト――装備しているブースターを瞬間的に最大出力で稼働し、超短距離機動させる――で大雑把な、かつパイロットなど考慮せず、強引に機体を右方向に跳躍させた。敵の射軸を僅かでも自機より離し被弾を最小限に、かつフレームの修繕費を安く挙げるためだ。ブーストが瞬間的に機体を振り回す。発射された榴弾は山なりに飛翔しビル壁に直撃し、壁の一部が崩壊する。
Gのベクトルが急激に変わったため、胃液が口腔寸前まで逆流する。ヘルメットに戻すのはまずい、吐瀉物が酸素チューブに入り込むと戦闘中にそれを取り除くのは現実的に不可能であるからだ。ミグラントは嘔吐をなんとか飲み込み、衝撃に備え、ブラックアウト寸前の意識を辛うじてつなぎ止め、更に数発発砲する。
大雑把に照準した割に60ミリライフル弾は敵機に命中した。数秒でも足止めできたのは幸いだ。ミグラントは敵機を二次偏差照準していることを再確認して、親指でセーフティを外しミサイル発射ボタンを押し込んだ。AC肩部からミサイルランチャーがせり出し、短距離ミサイルを二本同時発射。二本のミサイルはモーターで射出され、固形燃料に着火しシーカー作動。僅かに上昇し速度を上げて敵機へ猛追する。タンク型は離帯を機動させ後退し回避運動を行った。遮蔽物に身を隠そうとする。が、大きく回り込んだミサイルは実に90度もの角度で旋回し頭部とコア部に直撃、信管が作動し爆発。コアが凹み動かなくなったことをミグラントは流し眼に確認する。一機のタンク型防衛メカを戦闘不能にさせ、そのまま戦闘を続行。機動している間にばら撒いたリコンユニットが次の敵機も察知し、ACに伝達される。70メートル先にタンク型1、更に150メートル先に一個小隊の航空戦闘メカが急行中。ACは燃料タンクを除いた建築物を蹴りあげて、一気に彼我の距離を詰め、目視確認した後、上昇機動。タンク型は突然の上空からの襲来に驚いたようで、慌てて主砲を動かしている様がモニターに映る。着地と同時に横にブーストをかけタンク型の真後ろに回り込み、少々の距離を開けて、ハイブーストを発動させ蹴り込み(ブーストチャージ)、タンク型の盾を潰すと左腕部に装備したレーザーブレードでタンク型の右腕部を切断し、オマケのライフル弾をでコクピット部に二発発砲。砲弾はコア部にめり込み、貫通しなかった。弾痕からオイルが漏れ出していく。タンク型の乗員はヒトの原型を留めていないだろう。あるいは、死んだことすら気が付けなかったかもしれない。
肩部を赤く染めたACは小規模の防衛部隊を索敵し、照準し、砲撃した。結局、撃墜した敵機動兵器は三機のタンク型防衛メカと二個小隊の航空戦闘メカのみで、後は撤退したか、それともこの基地の警備部隊全機からか定かではないが、弾薬をさほど消費せず、対人火器など搭載していないACは、残りの歩兵らを文字通り虐殺すると、この燃料基地を制圧した。
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元レジスタンス集団は沿岸部にある一基の燃料タンクの炎上以外、主要部分をほぼ無傷で手に入れたことになる。豊富とは言えないが、一定の備蓄燃料はこの時代どの集団であろうとも、貴重な事に違いなかった。間もなく冬に差し掛かる。凍死者を一人でも少なくすることは可能だろう。
「機動兵器反応なし。ロザリィ、回収してくれ」
若いミグラントは無線スイッチを入れて、味方のヘリコプターに無線を送った。
『了解。お疲れさま。あのさ~、フランがあんたに話があるみたいなのよ。あんた、デブリーフィングの後、フランの部屋で待ってなさいよ!』
『ちょっと、ロザリィさん!?いきなり何を――、あ、お疲れ様。回収ポイント送信します。待機してください』
『坊やをそろそろ卒業するのよー。あ、そうそう。もし必要ならゴ――』
無線は一方的に打ち切られ、それから応答はなかった。数分後、ロザリィから回収ポイント座標が送信され、ミグラントは首を傾げつつ回収ポイントに向かった。ポイント付近に到着した時、女二人はなにやら口論しているように見えたが、音声は拾えなかった。二人とも遠目にACを見た瞬間に口を閉じて、AC連結作業に入ったからである。
フランは作業中チラチラとミグラントに視線を送り、その顔は赤面しているようだった。ロザリィは叩かれた顔を擦りながら、その様子に口角を釣り上げ、ミグラントはその様子に気づかず、黙々と連結作業を進めた。
<了>
「機動兵器反応なし。ロザリィ、回収してくれ」
若いミグラントは無線スイッチを入れて、味方のヘリコプターに無線を送った。
『了解。お疲れさま。あのさ~、フランがあんたに話があるみたいなのよ。あんた、デブリーフィングの後、フランの部屋で待ってなさいよ!』
『ちょっと、ロザリィさん!?いきなり何を――、あ、お疲れ様。回収ポイント送信します。待機してください』
『坊やをそろそろ卒業するのよー。あ、そうそう。もし必要ならゴ――』
無線は一方的に打ち切られ、それから応答はなかった。数分後、ロザリィから回収ポイント座標が送信され、ミグラントは首を傾げつつ回収ポイントに向かった。ポイント付近に到着した時、女二人はなにやら口論しているように見えたが、音声は拾えなかった。二人とも遠目にACを見た瞬間に口を閉じて、AC連結作業に入ったからである。
フランは作業中チラチラとミグラントに視線を送り、その顔は赤面しているようだった。ロザリィは叩かれた顔を擦りながら、その様子に口角を釣り上げ、ミグラントはその様子に気づかず、黙々と連結作業を進めた。
<了>