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 一人の大胆な神が水を飲みに泉にやって来て、永遠の叡智を得た代償に片方の目を差し出しました。

 そして世界樹のトネリコの木から枝を一本折り、その枝から槍の柄を作りました。

 長い年月とともにその枝の傷は、森のような大樹を弱らせました。

 葉が黄ばんで落ち、木はついに枯れてしまいました。



                                         ――ワーグナー「ニーベルングの指輪」より



 人間にとっての自然とは、人智を超えたものとして、特別視の対象となっていた。
 それが克服すべきものであったとしても、共存すべきものであったとしても。
 どちらにしても自然とは、神秘であることには変わりなく、しばし神格化の対象となった。

 特に大きなものとあれば、それはより顕著となった。
 海や山にまつわる神話は、世界に数多遺されている。
 それは不死の霊峰しかり。
 巨神の住まう海しかりだ。

 そしてそれらと共に、度々神話に現れるのが、木だ。
 樹木はある意味人間にとって、山や海よりも身近なものだった。
 神話が綴られた時代には、人が住める場所であれば、どこにでも見かけることができた。
 そしてなればこそ、長い年月を経て成長した木を、並外れた巨躯を有した木を、人は特別なものとして崇めた。
 霊樹。
 神木。
 生命の樹。
 あるいは世界そのものの縮図を、樹木というモチーフに投影し、異世界を構築した例すらあった。

 だからこれより始まる神話は、世界を表す木の物語。
 伝承の英霊達が集うのは、神なる樹木の物語。

 神話世界の縮図たる、此度の聖杯戦争は、世界樹の頂にて繰り広げられる――。


 魔術都市ユグドラシル。
 莫大な魔力をその身に宿した、山ほどの大きさの霊樹の上に、建造された都市である。
 ウルズと名付けられた泉の水と、霊樹そのものから湧き出る魔力により、その街は魔術の都となった。
 豊富な魔力を糧として、魔術師達は研究に励み、それぞれに根源を目指さんとした。
 そういう設定の街だった。
 月の巨大コンピューター――ムーンセルが、そうした設定を構築し、自らの内に生み出した街が、巨大な世界樹の街だった。

 旧態の魔術が滅んだ世界で、何ゆえ旧態の魔術文化を元にし、戦いの舞台を築き上げたのか。
 これまでになかった選択肢を、何ゆえにムーンセルが選んだのかは、第三者には知るよしもない。
 確かに言えるのは、この仮想の街並みが、此度の聖杯戦争の戦場であること。
 この異形の世界樹が、万能の願望機・聖杯の降り立つ場所であり、それを奪い合う場所であるということだけだ。

 聖杯戦争。
 あらゆる願いを叶える聖杯を賭け、使い魔・サーヴァントを操る魔術師達が、最後の一人になるまで戦う儀式。
 神話の英霊達を現世に降ろし、互いに使役し戦い合わせることで、神話の聖遺物を奪い合う戦場。
 地球人類の観測の一端として、ムーンセルが模倣し実施した、失われた魔術儀式の復元である。

 多くの疑問を孕みながらも、聖杯戦争の舞台は整えられた。
 場所/時代/世界すらも超え、参加資格を得たマスター達が、あらゆる環境から呼び寄せられた。
 偽りの記憶を植え付けられ、偽りの役割を得て暮らしていたマスター達は、それぞれの記憶を取り戻した。
 そうして最初の選別を終えた参加者の数は、延べ数十人にも及んでいた。

 しかし、まだだ。
 これは一次予選に過ぎない。
 本来の自分自身の記憶と、聖杯戦争の情報を与えられたマスターには、同時に更なる選別の通知が届けられた。

「これより最終予選を行う。一次予選を通過したマスターには、その数が半分になるまで戦ってもらう」
「必ずしも他のマスターを倒さなければならないという決まりはない。逆に定員が満たされるまでは、何人のマスターを倒しても構わない」
「最終予選通過者の中で、最も多くのマスターを倒した者には、本戦を有利に運ぶための特典が用意される」

 月に宿された神秘を賭けて、空に程近い世界樹で展開される、魔術師の戦線――聖杯戦争。
 その戦いは、未だ入り口を開けたばかりだ。

「さぁ見せてくれ。命の輝きというものを。この箱庭の中で魅せる、お前達の存在の証を」

 誰かが口にした言葉は、誰の耳にも届くことはなかった。



【聖杯戦争異伝・世界樹戦線―――最終予選、開始】