出撃! 偉大な勇者 ◆nig7QPL25k
《……遅かったか!》
霊体化した鉄也が唸る。
先の作戦会議から、一夜明けた朝のことだ。
謎の音の主を求めて、特級住宅街へ訪れた、犬吠埼風達を待ち受けていたのは、野次馬と警察官の群れだった。
恐らくは夕べの段階で、何者かがこのエリアに侵入し、攻撃を仕掛けたのだろう。
自分達よりも大胆で、監視の目を物ともしない人間が、マスターの中にいたというわけだ。
《どうしよう、ライダー?》
《まだ分からねぇことが多すぎる。奴さんが死んだのか、逃げ延びたのかも含めてな》
《ってことは、情報収集ってわけね》
《そういうことだ。せっかく来たからには、ギリギリまで足掻くぞ》
鉄也からの念話に頷き、風は特級住宅街へと乗り込む。
ターゲットが敗北したのなら、ここにはもはや何の意味もない。
だが、もしも生きていたのだとしたら、無意味で片付けて離れれば、手がかりを見失ってしまう。
であればここは行くべきだ。引き下がるのはもっと後だ。
なるべく警官の目を避けながら、風は廃墟の奥へと消えていった。
◆
「これは……」
三位一体の合体攻撃と、黄金の宝具・『偉大なる金牛の驀進(グレートホーン)』。
それらの正面衝突の結果を、立花響は知らずにいた。
巻き起こった爆発の瞬間、魔力を消耗しすぎた彼女は、その場で意識を失っていたからだ。
故に、特級住宅街を進む響は、自らの引き起こした惨状に、しばし息を呑んだ。
《仕方なかったとはいっても……やっぱり、やりきれないね》
傍らのスバルが、念話で言う。
既に火の手は消えているが、残されたおびただしい瓦礫は、未だ撤去されていない。
崩れた家屋、えぐられた石畳。煤で汚れ、無惨に砕け、積み重ねられた残骸の数々。
これらは全て、自分達が関わった、夕べの戦闘によって引き起こされたものだ。
スバルとなのはの性格を考えれば、ほとんどは相対したあの敵――黄金のサーヴァントによるものだろう。
それでも、最後の一撃のことを思えば、無関係を気取ることはできない。
「ここに暮らしてる人のほとんどは、コンピューターに作られたNPC……」
《だけど、聖杯戦争の予選に参加できず、記憶をなくしたままの人間も、いた可能性は否定できない》
「巻き込んじゃった可能性も、否定できないってことですよね」
響の問いかけを、スバルは無言で肯定する。
ここは仮想空間ではあるが、犠牲が全く出なかったと、断言することはできないのだ。
作り物の人間の中に、本物の人間が何名か、紛れ込んでいた可能性もある。
そうでなくても、このような光景を見せられて、平気な顔をしていられるほど、両者は冷酷な人間ではなかった。
《……そろそろかな。確か、この辺りだったと思うけど》
やがて主戦場から遠ざかり、瓦礫も少なくなってきた頃。
スバルは周囲を見渡しながら、目的の建造物を探る。
この特級住宅街に来たのは、被害の程を確かめるためではない。
この戦闘のもう一組の当事者――ルイズとなのはのペアを探し、合流することが目的だ。
そのために、彼女らは、この近くに存在するという、ある建物を探していた。
それこそ、ルイズが暮らしているという家――ラ・ヴァリエールの邸宅である。
◆
貴族の娘・ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
そのステータスは、この魔術都市ユグドラシルにおいても、変わらず存在していたらしい。
発見した彼女の自宅は、特級住宅街の家々の中でも、ひときわ目を引く豪邸だった。
この家の当主は、代々魔術回路を受け継ぎ、洗練させてきた、由緒正しき魔術師であるそうだ。
そんな家を訪問し、豪奢な客間へと通された響は、いかにも落ち着かないといった様子で、そわそわと周囲を見回していた。
《すっごいですね、これ》
《貴族っていうのは、ホントだったんだね》
本でしか見たことがないような、動物の頭の剥製飾り。
中世の城か何かのような、美しさとシックさが共存した内装。
腰を下ろしているソファも、ふかふかで非常に座り心地がいい。
学生寮に住み込んで、サーヴァントと交代で自炊しているような、自分達の暮らしとは大違いだ。
もっとも、ルイズはこんな家に住んでいながら、あんなきゃんきゃんと吠えるような口調になったのかと、少々気がかりにはなったが。
「待たせたわね」
そこへ、声がかけられる。
観音開きの大きな扉を、開いて廊下から現れたのは、金髪と眼鏡が特徴的な女性だ。
年齢はスバルの外見よりも、少し上といったところか。三角形のレンズの奥では、釣り上がった瞳が光っていた。
召使いだらけの屋敷の中では、目立って尊大な態度だ。であればこの女性は、家を取り仕切る、ヴァリエールの血を引く者か。
「エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。ルイズの姉よ」
「あ……どうも、初めまして。ルイズちゃんの友達の、立花響です」
「ええ、そう聞いているわ」
エレオノールの名乗りに対し、立ち上がって礼をする響。
一方スバルは、霊体化しながら、その様子を冷ややかな目で見つめていた。
(ルイズに会いに来たのに、本人が来なかった……むしろ、来られなかった?)
表の人間には、響は確かに、ルイズを訪ねて来たと伝えていた。
しかしそこに現れたのは、覚えにくい名前を持つ、ルイズの姉の方だった。
ルイズ自身が出てきたのでも、下の者が身代わりとなって、用件だけを聞いたのでもない。
より立場が上の人間が、わざわざ出張ってきたというのは、少々妙な光景だ。
そうしなければならない事情が、今のルイズにはあるということか。
「ごめんなさいね。ルイズは今外出していて、ここにはいないの」
「そう、なんですか?」
「そのかわり、あの子から貴方にと、手紙を預かっているわ」
そう言うと、エレオノールは響へと、封筒に入った手紙を手渡す。
これもまた妙な光景だ。来るのが分かっていたならば、こんな書き置きなど渡さず、家で待っていればいい。
現状を考えれば、無理に外に出る理由などなく、むしろ籠城する方が安全なはずだ。
間違いない。ルイズの身に、何か起きている。
《ちょっと家を調べてくる。何かあったら、念話であたしを呼んで》
そう言い残すと、スバルは響のもとを離れ、扉に向かって歩き出した。
霊体化したサーヴァントの姿は、ただの人間の目には映らない。結界が施されていない限り、壁であろうとすり抜けられる。
響を一人にするのは少々心配だったが、ここはその特色を活かして、状況を確かめることの方が急務だ。
そう考えたスバルは、不可視の密偵として、家を調べることを選んだのだった。
◆
あんたがこの手紙を読んでいる時には、もう私はここにいないと思う。
悔しいけど、あの戦いの後、メンターがやられてしまったの。
「そんな……ッ!」
受け取った手紙に書かれていたのは、絶望的な書き出しだった。
お茶を出させるとエレオノールが言って、部屋から姿を消した後。
自らの敗北を綴った、ルイズの置き手紙を前に、響は目を見開き、絶句していた。
あの戦いが終わった後、ルイズは乱入してきた何者かによって、サーヴァントを倒されてしまっていたのだ。
当然その時から既に、数時間もの時が経過している。手駒を失ったマスターが、ここに残っているはずもない。
「ルイズちゃん……ッ!」
読み終えた手紙を胸に抱え、響は悲痛な声を上げた。
守れなかった。
勇んで飛び込んでいっても、偉そうな大口を叩いても、ルイズを助けることができなかった。
自分が戦列に加われず、その上気を失ったばかりに、最後まで面倒を見ることができなかったのだ。
あそこで倒れていなければ、家まで撤退することもなく、スバルにルイズ捜索を頼めただろう。
それができなかった。つまりこれは、己の無力が招いたミスだ。
そのために高町なのはは倒され、ルイズもまた、聖杯戦争から脱落してしまったのだ。
ルールの文面を信じるならば、サーヴァントを失った場合、マスターが命を落とすことはない。
それでも、不甲斐ない己自身に対する、自責の念が薄れることはない。
《……キャスターさん、聞こえますか》
姿を消したスバルへ、念話を送った。
辛くとも自分自身の口から、伝えなければならないことだ。
《ここに、ルイズちゃんはいません。メンターさんが、他のマスターにやられて……ルイズちゃんは、脱落しました》
◆
《!》
なのはが敗れた。
それはスバル・ナカジマにとって、少なからぬ衝撃となった。
あれはサーヴァントだ。既に天寿を全うした命だ。
ここで命を落としたから、どうなるというものでもない。あるべき英霊の座へと戻るだけだ。
《……そう》
それでも、それは理屈でしかない。恩人が殺されたという事実に、心が動かぬはずもない。
故に、一拍遅れた彼女の返事は、暗い響きを宿していた。
(待った)
しかし。
次の瞬間、彼女に襲いかかったのは、違和感だ。
ルイズがいないのだとしたら、なお話はおかしくなってくる。
響から伝えられた文面からして、ルイズが会場から排除されたのは、夜中から明け方にかけての頃のはずだ。
つまり、家の者が目を覚ました時、帰ってきたはずのルイズが、何故か姿を消していたということになる。
なのに何故、ここの連中は、騒ぎ立てる様子もなく、当然のように受け止めているのか。
(ひょっとしたら、ここの人達は、ルイズの敗退を知っていた……?)
頭脳労働は嫌いだが、全くできないわけではない。
むしろ訓練校の成績は、座学も含めて主席だった。
そもそもきちんとした思考力がなければ、災害現場での単独行動など、到底できるはずもない。
故にスバルの思考回路は、脳内で素早く回転する。
NPCの人格を、高度に形成する理由はない。
故にルイズ消失についても、聖杯戦争の主催者側が、適当に納得するよう処理していたとしてもおかしくない。
それ以外にも、既にラ・ヴァリエール邸が敵魔術師の手に落ちて、何らかの洗脳を施されているという可能性がある。
(前もって手紙の中身を見たなら、あたし達がここに来ることを、察知することはできる)
何も知らずにやって来る、立花響を家に閉じ込め、始末するという可能性。
それも考えられなくもない。魔法社会で生きてきて、前線での戦闘経験もあるスバルには、そういう状況も想像できる。
その可能性がゼロでない以上、これ以上この屋敷に留まるのは危険だ。
今すぐ響と共に、何かしら適当な理由をつけて、ラ・ヴァリエール邸から立ち去るべきか。
(……これは?)
そこまで考えた、その時だ。
不意に、おかしな気配を、足元から感じ取ったのは。
魔術実験に使うためだろう。この家は響の寮よりも、強い霊脈の上に建っている。
そのため普通にしていても、足元から魔力の気配が、僅かに感じられていた。
その魔力がうねっている。先ほどまでよりも強く、大きな魔力を感じている。
何かの実験を行うために、魔力を引き出しているのか。いや、それにしては、これは少々、魔力の動きが不安定ではないのか。
「……!」
最悪の可能性を想像した。
響を閉じ込め始末するという、先ほどの仮説にも合致する線だ。
これはまずい。普通に動いていたのでは遅い。
一歩でも行動が遅れれば、全てまとめてお陀仏になる。
《響! 今すぐ令呪を使って、あたしをそこに呼び戻して!》
自身も部屋へと走りながら、スバルは響へと念話を飛ばした。
訪れる最悪の結末を、なんとしてでも回避するために。
◆
囁く。
祈る。
唱える。
念じる。
紡いだ詠唱の呪文が、彼女の足元で渦を巻く。
光り輝く魔法の陣が、危険な色に染まり始める。
何人かの使用人達は、家の外へと退去させた。彼らなら街をうろついていても、さほど悪目立ちはしないはずだ。
錬金魔法にて生成した武器も、他者に見咎められることのないよう、工夫して外へと持ち出させている。
これで準備は万端だ。後は気づかれないように、この工程を完了すればいい。
どの道ヴァリエールの人間は、あまりにも目立ちすぎる有名人だ。
新聞で顔が出回るだろうし、そんな人間が街中にいれば、他のマスターにも見咎められるだろう。
ならばこの身は諸共に、地獄へと消えることにしよう。あの不審な少女を道連れに、業火に焼かれて果てるとしよう。
「任務完了ですわ――母さん」
それが最期の言葉だった。
言いつけられた役割を、己は無事に全うした。
そう宣言して、エレオノールは、光と熱の中へと消えた。
◆
爆音が轟く。
火と煙が弾ける。
巨大な世界樹であっても、衝撃があれば揺れるのか。地鳴りが振動を伴って、風の足元へと襲いかかった。
「なっ、何!?」
音のする方に見えたのは、猛然と立ち上る爆炎だ。
恐らくあそこで何かがあって、あの爆発が起きたのだろう。
「どうやらドンピシャだったらしいな! 行くぞ、マスター!」
「分かった!」
驚愕を即座にリセットし、戦闘モードへと移行。
実体化した鉄也の声に応じて、爆発のあった方へと駆け出す。
あんな現象が起きたのだ。であれば、聖杯戦争の参加者同士が、あそこで戦闘を行っているはずだ。
今度こそ乗り遅れるわけにはいかない。噂の主であるのなら、逃げられる前に決着をつける。
「やったろうじゃないの!」
自らを鼓舞するように、叫んだ。
他人の願いを踏みにじるという、己が蛮行への後ろめたさを、大声に乗せて振り払った。
取り出したスマートフォンが光を放つ。電波の通じない魔術都市でも、使用できる機能はある。
それは勇者・犬吠埼風にとっては、通話以上に重要なアプリだ。
神によって与えられた、護国の戦士の力と姿を、解き放ちその身に纏うことだ。
「はっ!」
跳躍する。地を蹴り跳び上がる。
その距離は既に、恋に恋する、15歳の少女のそれではない。
一飛びで家の屋根に着陸したのは、尋常ならざる超人の業だ。
輝く心――それはオキザリスの花言葉だったか。
弾けるようなカラーリングは、まさに咲き誇る花のそれだ。黄色と白を貴重とした、煌めくような彩りが、風の体を覆っていた。
されども華やかな衣装は、舞踏会の装束ではない。肩に担いだ鋼鉄の光が、それを雄弁に物語る。
身の丈にすらも迫る大剣を、何食わぬ顔で備えながら。
人の域を超えた風は、戦場へとまっすぐに疾走した。
犬吠埼風は勇者である。
この姿と力こそ、勇者と呼ばれる所以なのである。
「あれは……!?」
自らのサーヴァントである鉄也が、ブレーンコンドルを飛び立たせるまでには、今しばらくの時間がかかる。
故にそれを先に捉えたのは、マスターである風の方だった。
巻き起こる煙のその奥に、彼女は二つの人影を見た。
片方が片方をその身に抱え、奇しくも風と同じような、大跳躍を果たす様を見た。
「――響さん!」
そして抱えられている方は、風にも見覚えのある顔だった。
故に犬吠埼風は叫ぶ。絶叫と共に人影に駆け寄る。
それはさながら、目の前の光景を、否定したいかのようでもあった。
それでも受け入れねばならないと、己を律しているようでもあった。
迫るその先に降り立ったのは、つい昨日同じ店に入り、並んで食事を取った少女だったのだから。
◆
襲い来る凄まじい煙と熱風。
それを背後に感じながら、響は眼下の炎を見る。
「一体、何が起きたんですか……ッ!?」
「多分、あの眼鏡の人だと思うんだけどね。魔術師が霊脈を暴走させて、家ごと爆発させたの」
令呪でサーヴァントを転移させた瞬間、猛烈な音が立て続けに鳴った。
同時にスバルは響を抱き上げ、足元から噴き上がる炎を掻き分け、窓ガラスをぶち破り脱出した。
庭の爆発からも逃れながら、跳び上がり宙を舞ったのが、現在の彼女らの状況だ。
「ルイズちゃんのお姉さんが、私達を殺そうとッ!?」
「多分どこかのタイミングで、あの家が敵に乗っ取られてたんだよ。人を操る魔法を使えば、そういうこともできるから」
バリアジャケットとデバイスを纏った、スバルが響の問いに答える。
それはルイズが書き残した、バーサーカーを使うマスターかもしれない。
あるいはスバルと同じキャスターに、そういうことをさせたマスターがいたのかもしれない。
いずれにせよ、強力な洗脳魔法を使える者がいれば、家一つを乗っ取ることも可能だ。
操られた人間が、ルイズの手紙を盗み見れば、こういうことにもなるだろう。
「――響さん!」
その時だ。
不意に眼下から、声が聞こえてきたのは。
見下ろしたのは街の方。無数の家屋の屋根の一つに、一つの人影が乗っかっている。
白と黄色が特徴的な、まるでコスプレのような格好だ。
そしてその装束を纏っていたのは、響がつい一日前に、出会ったばかりの顔だった。
「あれは、確か……風……ちゃん……?」
困惑する響を抱えながら、スバルは屋根上に着地する。
奇しくもその場所は、今まさに犬吠埼風が立っている、家の屋根の上だった。
「その姿、ひょっとして風ちゃんは……」
まるでサーヴァントのような装束だ。
現実離れした服装を見ながら、響はそんな感想を浮かべる。
それは背中に担いでいる、幅広の大剣があるからこそ、そのようにも思えるのだろう。
恐らくはシンフォギアと同じか、あるいはそれに類する異能か。
しかし、彼女はサーヴァントではない。その証拠にあの料理屋で、スバルが反応を示していない。
であれば、このような異様な存在が、この場にいる理由はただ一つ。
「ええ……響さんと同じ、聖杯戦争のマスターです」
左の太腿を隠す、ガーターベルトをずらしながら、風は響へと返した。
そこには響のものと同じ、赤い令呪が刻まれている。
間違いない。マスターの印だ。でなければこんな人間が、NPCとして出歩いているはずもない。
「まさか、風ちゃんが……」
「あたしも驚いてます。まさか、響さんと、戦わなくちゃならないなんて」
スバルの手元から降りる響に、風が巨大な刃を向けた。
剣を使う戦士というのは、防人・風鳴翼の例もある。
しかし技を使うこともなく、最初から大剣を使うというのは、彼女にはなかった特徴だ。
恐らくは戦い方も変わってくるだろう。同じようには捉えられない。
そしてできれば、そんな目で、あの明朗快活な少女を見たくはない。
「どうしても、戦わないといけないのかな」
「ええ。多分、どうしても」
返す風の表情は、暗い。
同じ葛藤を抱いているのだ。そう思わずにはいられなかった。
「ひょっとしたら、話し合えば――」
「――あたしにも願いがあるんです! それはきっと、聖杯がなくちゃ叶わない……!」
それでも、風は否定した。
どの道聖杯を手に入れなければ、自分の目的は果たせない。
であれば、結論を先延ばしにしても、何の解決にもならないのだと。
他のマスターと戦い、全てを倒さない限り、望む答えには辿りつけないのだと。
『ボーッと突っ立ってんじゃねえマスター! やるなら戦る! そう決めたんだろ!』
その時、野太い声が響いた。
スピーカー越しの絶叫は、彼方から飛来する戦闘機からの声だ。
驚くべきことに、戦闘機である。赤とオレンジで塗装された、鋭角的な飛行機が、こちらに突っ込んできたのだ。
それを言うなら、スバルの宝具も、機械仕掛けの『進化せし鋼鉄の走者(マッハキャリバーAX)』だ。
ファンタジー要素へのこだわりなど、野暮なものなのかもしれない。
「!」
危険を察知したスバルが、再び響を引き寄せる。
「あたしも人は殺さない。その一線だけは超えたくない」
そこは多分、響さんと、同じ考えでいるつもりだと。
巨大な剣を構えながら、風は響に向かって言う。
「だけど、この戦いには――絶対に勝つつもりでいますから!」
叫びを上げた。
鬨の声だ。
迫り来る戦闘機に飛び乗り、響を見下ろす高みに至ると、犬吠埼風はそう宣言した。
◆
赤い猛禽が唸りを上げる。
煙を噴かすミサイルが、こちらを睨んで殺到してくる。
マスターを殺さないと言う割には、随分と物騒な初撃だ。どうやらサーヴァントの方はマスターと違って、随分とガサツな人間らしい。
「リボルバーシュート!」
当然黙ってやられるようなら、英霊など名乗れるはずもない。
地味でもサーヴァントはサーヴァントだ。ならば仕事をするまでだ。
すぐさまスバルはカートリッジをロードし、魔力の弾丸を二連発した。
合計二発のミサイルが、空中で弾丸と衝突し、爆散。
その煙に紛れるようにして、現在地から飛び退ると、響を物陰へと隠す。
「相手はあたしだけを狙ってる! 響はここでじっとしてて!」
「待ってくださいッ! まだ風ちゃんとの話が……ッ!」
「ごめん……メンターさんがやられた時点で、もうそういう段階じゃなくなったんだ」
他のマスターと戦うことなく、響を治療する手段は、なのはの死によって喪われた。
故に自分も、風と同じく、聖杯を望むしか手がなくなった。
響を救う。そのために当初の予定通り、聖杯戦争に勝利する。
あの鋼鉄の翼を落とし、全てのサーヴァントを撃破して、聖杯を響のために使う。
「だからここは、あたしも打って出る!」
「スバルさんッ!」
絶叫を背後に置き去りにしながら、スバルは再び戦場へと戻る。
『進化せし鋼鉄の走者(マッハキャリバーAX)』が、魔力エンジンを稼働させ、唸りと共に石畳を駆ける。
敵は空飛ぶサーヴァントだ。乗り物に乗っているからには、恐らくライダークラスなのだろう。
あれと真正面からやり合うのなら、やはりウイングロードを使うべきか。
そこまで考えこそしたものの、やはり敵もそれなりの手練だ。行動に移す間まではくれなかった。
「くっ……!」
降り注ぐレーザーを、防御魔法で防ぐ。
右手から生じたプロテクションが、熱量を受け止め遮断する。
「おりゃあああっ!」
その背後から飛びかかったのが、雄叫びを上げる黄色の刃だ。
どのタイミングであの飛行機から、飛び降り地上へ身を隠したのか。
家の影から飛び出してきたのは、あの犬吠埼風という少女だ。
先ほどの二倍に膨れ上がった、鉄色の大剣が空気を切り裂く。
轟然と唸りを上げながら、巨大な鉄塊が襲いかかる。
「ソード――」
かざしたのは左手のグローブだ。
いかな超常の装備といえど、所詮は人間の扱う武具。
夕べのサーヴァントが纏っていた、あの黄金の甲冑のような、英霊の宝具とは格が違う。
であれば、通る。人の武器程度であるのなら、問題なく粉砕することができる。
「――ブレイクッ!」
CW-AEC07X・ソードブレイカー。
カレドヴルフ・テクニクス社が開発した、近代ベルカ式魔導師用の防御兵装だ。
スバルが装備しているものは、彼女の特性に合わせた特注品だ。
戦闘機人スバル・ナカジマが、その身に備えた特殊能力――インヒューレントスキル・振動破砕。
彼女の左手を包む手袋は、その機能をサポートし、必殺の鉄甲へと変わる。
「なっ!?」
ばきん――と響いた音と共に、風の顔が驚愕に染まった。
大質量を有した剣が、粉々に握り潰されたのだ。
振動破砕の能力は、ゼロ距離から超振動を浴びせることで、対象を破壊するというもの。
四肢が触れなければ通用しないが、こと無機物相手に限れば、文字通り必殺の破壊力と化す。
「はぁっ!」
「ぐっ!」
呆ける少女を、蹴り飛ばした。
鋼鉄の具足の一撃が、立ち尽くした犬吠埼風を、遠く彼方へと吹き飛ばした。
手加減はしたつもりだ。彼女もできることならば、人間を殺したくはない。
故にこちらもターゲットは、サーヴァントに限られている。
我が物顔で飛び回る、あの赤い翼を叩き落とす。それがスバルの勝利条件だ。
「ウイングロード!」
拳で地面を打ちながら、叫んだ。
ナカジマ家に代々伝わる、限定空戦魔法・ウイングロード。
それは魔力を空中で固め、文字通り空飛ぶ道を作り、その上を走るという技だ。
陸戦機動力に特化した、ローラーブレード型デバイスも、相性がいいことこの上ない。
『面白ぇ。俺のブレーンコンドルに、空中戦を挑んでくるか!』
拡声器越しの声と共に、敵の戦闘機が加速した。
この速さについてこられるか――挑発的な声が聞こえてくるようだ。
全く、嘗めた真似をしてくれる。
こちらとて空中戦は本分ではない。されど宝具ですらもない、ただの戦闘機相手に、遅れを取るつもりは毛頭ない。
「うぉおおおっ!」
雄叫びと共に、加速した。
『進化せし鋼鉄の走者(マッハキャリバーAX)』の速度を、限界ギリギリまで高めた。
フルドライブモードを使わない限り、これが出せるだけの最高速。
それでも、敵の速度を考えれば、どうにか追いつくことはできる。
「はっ!」
牽制にリボルバーシュートを放った。
空色に輝く流星が、太陽の浮かぶ空を駆けた。
一撃目はギリギリ翼を掠め、二撃目は軽くかわされる。それでも余分に動いてくれれば、その分直線速度にブレーキがかかる。
『調子に乗るなよッ!』
空中で飛行機がターンした。
なるほど、コンドルとは言い得て妙だ。まさに鳥のように柔軟な動きだ。
あっという間に赤い翼は、スバルの背後へと回り込み、近距離からミサイルを叩き込んでくる。
片方を魔力弾で撃ち落とし、もう片方をバリアで防いだ。
すぐさまスバルの視界は、灰色の煙で満たされる。
あの刃のように鋭利な羽だ。この煙幕に乗じて突っ込み、体当たりを仕掛ける気だろう。
自分が戦闘機に乗っていて、相手が生身の人間だったなら、自分も恐らくそういう手を使う。
だが、生身と侮ったのが運の尽きだ。『進化せし鋼鉄の走者(マッハキャリバーAX)』は、レーダーとしての役割も担っている。
あれほど巨大な標的が、爆音と共に迫ってくるなら、対処することは十分に可能だ。
「そこだぁっ!」
ウイングロードから跳び上がる。
紅の翼を回避して、逆にその上へと飛び乗る。
グレーの闇を突き抜けた、ブレーンコンドルの機体には、スバル・ナカジマが取り付いていた。
『こいつ!』
となると、敵の行動は一つだ。しがみついたスバルの体を、機体から引き剥がすことだけだ。
正念場はむしろここからだった。
戦闘機は猛然と唸りながら、機体を高速でスピンさせる。
ぎゅんぎゅんと爆音を奏でるその回転は、少しでも何かを間違えれば、諸共に墜落しそうな無茶な操縦だ。
それを一切のトラブルもなく、平然とやってのける技量は、驚嘆に値するほどだった。
「くっ、ぅう……!」
もっともスバルからすれば、そんな暢気な感想など、口にしている余裕はないのだが。
猛烈な衝撃と風圧は、容赦なくスバルを殴りつけ、握力と思考力を奪う。
幸い、頑丈にできた体だ。これくらいのダメージでは、それこそ夕べそうなったように、脳震盪を起こすことはない。
だがこのまま涼しい顔で、しがみついていられるわけでもない。とどめを刺すなら早くしなければ、逆に振り落とされてお陀仏だ。
「このぉおおおっ!」
能力解放。振動発動。
振動拳の一撃を、ソードブレイカー越しに浴びせる。
この能力はあくまでもスキルだ。格別の神秘を備えた宝具などには、正常に通用するかどうかは怪しい。
それでも恐らくこの戦闘機は、宝具ではないただの乗り物。
であればそのスキルの一撃も、叩き込むだけの価値はある。
上手く決まればこの程度なら、一撃で叩き落とすこともできる。
人体への危険性を考え、迎撃のみに使ってきた拳だが、この場でそんな理屈は通用しない――そこは既に、割り切った。
『ぬぉおおっ!?』
目論見は見事成功した。
びきびきと砕ける音が鳴り、ばちばちとスパークが駆け抜けた。
スバルのしがみついた装甲は、見る見るうちに亀裂を刻み、ダメージを全身へと走らせていく。
これだけ浴びせれば十分だ。コントローの勢いを失い、目に見えて回転速度の落ちた機体から、両手を離して飛び降りた。
敵サーヴァントを乗せた飛行機は、煙と炎を上げながら、空中で爆発四散した。
(これで、勝ったか……)
サーヴァントが脱出する気配はない。
白兵戦を苦手とするタイプだったか。どうやら戦闘機諸共に、爆発に飲まれて消えたらしい。
石畳へと着地しながら、スバルは上空の炎を見上げる。
切実な願いを持っていた、風には悪いとは思うが、これでめでたくゲームセットだ。
こちらの悲願へと向かって、一歩前進したと言えるだろう。
『――まだ、終わりじゃねぇっ!』
その、はずだった。
頭上から稲妻のように突き刺さる、その絶叫を聞くまでは。
「そんな、まさか!?」
声がするのは後方からだ。
振り返ったその方向では、撃墜したはずのブレーンコンドルが、新品同然の光を放っていた。
戦いはまだ終わっていない。どうやったのかは知らないが、敵も戦闘機もまだ生きている。
『マジィィィ――ン・ゴォッ!!』
そしてそれだけの認識ですら、まだまだ不足だったということを、スバルはすぐ思い知ることになる。
「これは……!?」
ぐらぐらと大地が揺れ始めた。ヴァリエール家崩壊の時とは、桁も様子も違う大振動だ。
そしてその震源地は、奇しくも瓦礫の山と化した、そのラ・ヴァリエール邸にこそあった。
間違いない。あそこから何かが来る。
あの瓦礫の隙間から、煌々と覗いている光が見える。
恐らくこれこそが奴の本命。これまでのブレーンコンドルとは、明らかに格の違う切り札だ。
犬吠埼風のサーヴァント。そのワイルドカードたる宝具が、今まさに地の底から姿を現す!
「えっ……ええ……!?」
もっともそうして現れた宝具は、スバル・ナカジマの想像から、若干斜め方向に飛んだ――とんでもない姿をしていたのだが。
◆
既に宝具の使用許可は、散り際に前の鉄也が取っている。
ブレーンコンドルを破壊した、例の振動兵器の前では、並の武器では焼け石に水だ。
《分かってるわね、ライダー!》
《おう! マスターこそ大人しくしてろよ! 俺とグレートの全力を、引き出して欲しいんだったらな!》
戦う力を持っているとはいえ、風との連携は望めない。
魔力の余計な無駄遣いは、むしろ鉄也の宝具には邪魔だ。
そうだ。こいつは並ではない。
それ故に解放すると決めたからには、一撃必殺が求められる。
勝負を無駄に長引かせることなく、すぐさま敵のサーヴァントを、あの世に送り返す覚悟だ。
「マジィィィ――ン・ゴォッ!!」
問題ない。自分なら実行可能だ。
剣鉄也は迷うことなく、召喚の呪文を高らかに叫んだ。
不利な条件のついた戦いなど、何度経験してきたか知らない。
プロの戦いとはそういうものだ。まるきり都合のいい戦いになど、そうそう巡り会えるものか。
そしてそうしたハードルを、真っ向から飛び越えてみせてこそ、戦闘のプロを名乗れるのだ。
「ファイヤー・オンッ!!」
湧き上がる光へと飛び込む。
瓦礫の山を吹き飛ばし、地面の底からせり上がる、己が宝具の姿を目指す。
ブレーンコンドルの真髄は、自ら戦うことにはない。
剣鉄也の宝具を操る、コックピットになることにこそあった。
ドッキングしたその先は、西洋騎士の巨大な兜だ。神話の大魔神のような、雄々しくも恐ろしい顔だ。
そして頭が転がっているだけでは、魔神と呼ぶには程遠い。
天地を揺るがすアトラスには、相応の体が必要だ。
「さぁ、覚悟しな! 俺の宝具――グレートマジンガーは、ちっとばかり荒っぽいぜ!!」
全長25メートル、総重量32トン。
くろがねの光をその身に纏う、全身装甲の大魔神。
魔術都市ユグドラシルに集められた、ほぼ全ての英霊を凌駕する、天を貫くほどの巨体。
紅蓮の翼を広げる姿が、剣鉄也の持つ宝具だ。
偉大な勇者の二つ名を冠する、地上最強のスーパーロボットだ。
その名はグレート。
まさしくグレート。
大地を揺るがし雷を呼ぶ、魔神・『偉大な勇者(グレートマジンガー)』。
先の予選での戦いを経て、再び姿を現した勇者は、命を燃やして闇を切り裂く。
請け負った任務を果たすために。
託された願いを叶えるために。
同じ勇者の名を授けられた、犬吠埼風と仲間の未来を、その手と力で切り拓くために。
◆
「「……ええ……?」」
【G-3/特級住宅街・ラ・ヴァリエール邸近く/一日目 午前】
【立花響@戦姫絶唱シンフォギアG】
[状態]魔力残量9割、呆然
[令呪]残り二画
[装備]ガングニール(肉体と同化)
[道具]学校カバン
[所持金]やや貧乏(学生のお小遣い程度)
[思考・状況]
基本行動方針:ガングニールの過剰融合を抑える方法を探す
0.ええ……?
1.風とそのサーヴァント(=剣鉄也)に対処する
2.両備の復讐を止めたい
3.出会ったマスターと戦闘になってしまった時は、まずは理由を聞く。いざとなれば戦う覚悟はある
4.スバルの教えを無駄にしない。自分を粗末には扱わない
[備考]
※E-4にある、高校生用の学生寮で暮らしています
※ルイズ・なのは組が脱落したことを知りました
※高町なのはを殺害した犯人(=忌夢および呀)の、外見特徴を把握しました
※シンフォギアを纏わない限り、ガングニール過剰融合の症状は進行しないと思われます。
なのはとスバルの見立てでは、変身できるのは残り2回(予想)です。
特に絶唱を使ったため、この回数は減少している可能性もあります。
【キャスター(スバル・ナカジマ)@魔法戦記リリカルなのはForce】
[状態]脇腹ダメージ(小・回復中)、呆然
[装備]『進化せし鋼鉄の走者(マッハキャリバーAX)』、包帯
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れて、響を元の世界へ帰す
0.ええ……?
1.風のサーヴァント(=剣鉄也)を倒す
2.金色のサーヴァント(=ハービンジャー)を警戒
3.戦闘時にはマスターは前線に出さず、自分が戦う
[備考]
※4つの塔を覆う、結界の存在を知りました
※予選敗退後に街に取り残された人物が現れ、目の前で戦いに巻き込まれた際、何らかの動きがあるかもしれません
※ルイズ・なのは組が脱落したことを知りました
※高町なのはを殺害した犯人(=忌夢および呀)の、外見特徴を把握しました
【犬吠埼風@結城友奈は勇者である】
[状態]魔力残量7割
[令呪]残り三画
[装備]勇者の装束
[道具]スマートフォン、財布
[所持金]やや貧乏(学生の小遣い程度)
[思考・状況]
基本行動方針:優勝し、聖杯を手に入れる
1.響のサーヴァント(=スバル・ナカジマ)を倒す
2.人と戦うことには若干の迷い。なるべくなら、サーヴァントのみを狙いたい
3.魔力消費を抑えるため、『偉大な勇者(グレートマジンガー)』発動時は、戦闘は鉄也に一任する
4.鉄也の切り札を使うためにも、令呪は温存しておく
[備考]
※D-3にある一軒家に暮らしています
※『魔術礼装を持った通り魔(=鯨木かさね)』『姿の見えない戦闘音(=高町なのは)』の噂を聞きました
※『姿の見えない戦闘音』の正体が、特級住宅街に居を構えていると考えています。既に脱落していることには気付いていません
【ライダー(剣鉄也)@真マジンガーZERO VS 暗黒大将軍】
[状態]健康
[装備]『偉大な勇者(グレートマジンガー)』
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:サーヴァントという仕事を果たす
1.響のサーヴァント(=スバル・ナカジマ)を倒す
2.グレートマジンカイザー顕現のためにも、令呪は温存させる
[備考]
※『魔術礼装を持った通り魔(=鯨木かさね)』『姿の見えない戦闘音(=高町なのは)』の噂を聞きました
※『姿の見えない戦闘音』の正体が、特級住宅街に居を構えていると考えています。既に脱落していることには気付いていません
[全体の備考]
※G-3に存在する、ラ・ヴァリエール邸が爆発しました。
これによりラ・ヴァリエール卿@ゼロの使い魔、
エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール@ゼロの使い魔、
および数名の使用人が死亡しました。
残りの使用人達は、錬金術で制作された刀剣を確保しつつ街に散らばり、鯨木かさねの命令を待っています。
※剣鉄也が宝具『偉大な勇者(グレートマジンガー)』を発動しました。
尋常でないほどに目立つので、周囲の人間に姿を見られ、噂を立てられるかもしれません。
最終更新:2016年07月27日 21:48