そのノイズ混じりの華々しい宣言をラジオで聞きながら私はコンソールに指を這わせる。
かすかなコール音。墓石のように古びたラジオの電源を切り耳からイヤホーンを引き抜いた。
バラクーダの甲高いターボ音が急に大きくなる。急いでヘルバイザーを被り、呼び出しに応じた。
『レイヴン、聞こえますか』
「ええ、まあ、結構早かったね」
『これが最後のイミネント・ストームの残党です』
イムネント・ストーム――旧クロームの実質的な下部組織のテロリスト集団だった。
下部組織といっても統制などとれてはいない。
かなりの入り組んだ派閥に分かれただただ己に秘める暴力の求める方向へひた走るのみ。
クロームが崩壊した後各派閥ごと別の企業下に吸収されて多少は沈静化したのだが、
元々武闘派組織だ。大深度戦争が勃発し、
彼らの力を存分に振るえるようになったからには最早歯止めなど効かない。
まるで巨大な実験場の様相を見せるアイザックのみならず、ハイブ全域に転移し拡大して行った。
地球暦0186。
地下世界停戦委員会が正立しアイザック条約が締結され、新たな統治機構:地球政府が樹立。
大深度戦争が完全に終結したのだ。
『アイザック条約が採択され、全ての権力は地上に戻ります。
昨日までは我々は名の無い只の無力な集まりでした。ですが、今日からは違うのです』
「でも……私でよかったのかしら」
私の手は震えていた。メーンディスプレイに解除キー待ちのアンダーバーがチカチカと光っている。
『これを以てあなたをレイヴンとして登録します。そう、あなたをこの新しい世界で最初のレイヴンとして』
「失敗したら……」
『死ぬまでです。そもそもこれは全世界に発信するデモンストレーションです。
実質的な直轄部隊、また新米でさえ、これほどの力を持っているのだ、と誇示するのです。
我々を敵にまわすなれば相応の報いを受けてもらわねばなりません』
オペレータの口調がだんだんと熱くなってくる。私の方は冷や汗が止まらなかった。
ヘルバイザーを脱いでハンカチで汗をふく。黄色い、これは幸運のハンカチだ。
これを持っていたから私は無事にあそこから抜け出せてここまで生きて来れたのだ。
ぐっしょになったハンカチを私は胸ポケットにしまい、もう一度ヘルバイザーを被った。
オペレータはあれからもぐだぐだと演説をしていたようだ。が、その演説が急に途切れる
『バラクーダ、作戦領域に到達。ACを投下、離脱します』
進行方向逆向きの加速度がかかり、舌を少し噛んだ。バラクーダの後部ドアが開き、青い地平をのぞかせる。
私は一歩踏み出した。フットペダルに力を入れて、一気に外へ機体を蹴り出した。
重力に引かれ、私は落ちる。高度計がみるみるうちにマイナスされる。だが地上のそれはいつだって正だ。
私はプラズマ開放バルブを蹴り上げた。機体のブースタから眩い推進プラズマが噴出し、柔らかく私は接地した。
一つだったメーンディスプレイがいくつもに分かれ私を取り囲む。
コクピット自体が収縮、鎧のように私をまとう。お尻の下でブンブンジェネレータが唸っている。
ヘルバイザーに機体のチェックデータが羅列され、視線をソレに合わせるとそれぞれが展開される。
オールグリーン。物理的故障無し。破損データ無し。
コンデンサにエネルギーがチャージされる。赤から緑へ。
私の周りに展開された大勢の画面が私の一括を待っている。
仮想コンソールがヘルバイザーに投射される。ウエイトが掛かっている。
一つでは意味のない、アルファベット、視線で入力する。
一文字を丁寧に。最後の一文字を入力する。
確認→エンター。
《メインシステム 戦闘モード起動します》
FCSがアンロックされ、ロックサイトが出現する。操縦桿のスティックで操作し、感覚を確かめる。
VR訓練と一緒の感覚だ。だけどこれは実践だ。いよいよだ。これが私の初めてのミッションだ。
生きて帰らなければいけない。失敗すればその時は死ぬだけだ。
「私はミッションを完遂します」
『レイヴン、幸運を』
バラクーダが対空ジェットを回転させ、アクセル一気に吹かせ領域を離脱する。
同時にオペレータとの接続も切れた。離脱する際バラクーダがECMを投下したらしい。
ACも被害をうけるくらい強力な特殊ポッドを地面に打ち込んだようだ。
敵もそろそろ現れる頃だろう。赤い三角が点々と、レーダーグリッドに現れ始めた。
武装レボルバを回し、武装をミサイルに切り替える。ロックサイトを分割し、各中心をズームする。
三機のサガルマタの大きな装甲板に光が鈍く反射する。オリジナルでは無い。
更なる索敵用にジャヴェリンの胴体を追加連結し、レーダー頭が規則的にくるくる回転している。
だがこのECM濃度ではまともに機能するとは思えない。サガルマタは訓練でも苦戦させられた。
全身くまなく張られた装甲の表面にはアンテナ素子が埋め込まれた陸上のイージス艦であり、
データ送信を用いて部隊へ指示をだす中核的存在となる。
その他にはスティングバグを引き連れたスカーリーバーがブーストをかけてこちらに接近している。
彼らのブレードアンテナには来るべきはずの的確な指示が届かずさぞ困っていることであろう。
だが彼らは今の今まで生き残ってきたからにはそれなりの理由がある。油断は絶対の禁物だ。
私はブースタジャンプ。空中からロック済みのミサイルをばらまいた。
スカーリーバーたちはブーストからの勢いをつけたジャンプでそれを回避、
追随するスティングバグ隊は持ち前の装甲を生かして構わず前進する。
私は舌打ちをし、機体を後退させながらミサイルをばら撒き、少しづつ敵の装甲を削っていく。
だが徐々に私たちの距離は縮まって行く。そろそろアレを使うべきだ。
作戦領域ギリギリまで私は待った。
私にくっついてくる敵が作戦領域を抜けると、ECMは解除され各機のデータ連携が復帰してしまう。
彼らはそれを狙って私を領域外に押し出そうとする。
今だ。プラズマ開放バルブをめいっぱい蹴り上げ、スロットルレバーを倒した。
機体後部の装甲がめくれ上がり、巨大なロケットノズルが迫り出した。全身の冷却ダクトが燃える陽炎を吐き出し始める。
ノズルに直結されたジェネレータが爆発的に鼓動を早める。強烈なエネルギーを受けたコンデンサが火花を上げた。
白熱するロケットノズルが大きく展開され、沸騰するプラズマを純粋な推進エネルギーへと整流する。
暴れまわるエネルギーが私と機体を超音速の世界へと移行させた。視界がボヤケ、手足の感覚があやふやになる。
巨大な加速度が私を苦しめる。敵集団の中央を縦断した。加熱された破壊の残滓が彼らをバラバラに引き裂く。
目の前が真っ赤に染まる。ヘルバイザーが軋み、画像グラスにひびが入った。最後に残った三つの三角の塊へ私は飛び込んで行く。
愚鈍なサガルマタは私に銃を向けることは出来ない。後部機銃もECMで気が動転している。
焼け爛れた冷却ダクトから液体窒素が噴出し、装甲が元の位置へ戻る。
COMが自動操縦に切り替わり、機体は急旋回した。
メーンディスプレイに私は頭を打ち付けた。ディスプレイは大きく窪み、割れた画像クラスで頬を切る。意識が飛んでいた。
私の意思とは関係なく機体は戦闘を再開する。
盲撃ちのバルカンをカーブを描いて回避し左手にブレードを発振させ三機のサガルマタに急接近、
分厚い装甲版を貫いて、柔らかで繊細な電子の内臓を次々と焼ききった。
青い炎を上げるサガルマタの集団。彼らはもろとも爆散した。
私が意識を取り戻し、乾いた鼻血を袖口で拭った時には、私はもう戦場にはいなかった。
バラクーダの甲高いターボ音が聞こえる。
後部ドアが閉まる寸前、傾いたオレンジ色の太陽が見えた。
私は安堵の溜息を漏らし、もう一度意識の底にダイブした。
大人たちに押しとどめられながらなんとかトーラス特大輸送車の窓を開け首を乗り出すと、
痛いほど乾いた青い大気の奥で輝く太陽の眩しさに少女は目を細めさせられた。
栗色の柔らかい髪の毛が自然の速度でなびいた。
女が初めて見た外の世界は言葉に表せないものだった。
死んだ父に聞いていた、これから先誰もが住めぬ地獄とはまるで違っていた。
たしかにトーラスの巨体がときたまバウンドするようなごつごつとした礫砂漠の様な大地であっても、
少女にはそれが生命を育み、生み出す自然のやさしさを感じられた。
肺いっぱいに流れる外気を吸い込むと少しばかり喉の奥がイガイガした。
が、それが少女には暖かい太陽を吸い込んだような味に思えた!
大人たちに落ちれば危ないとその小さな身体を持ち上げられて窓からすっぽぬかれ、
少女と同じくらいの年かさの子供たちが押し込められてキャーキャー騒いでいる大部屋に放り込まれたときも、
少女は目に焼きついた新たな世界に目を潤ませながら、によによと笑っていた。
ワイワイガヤガヤと五月蝿い部屋の隅に一人縮こまる少年の姿――、
「僕は……どうなるんだろう……」
「なるようになるわよ! あなたがあきらめなければ、絶対に!」
少年に少女はそう言うと、彼の固く握ったこぶしを乱暴に解き手をつないで騒ぎ合う子供たちの喧騒に混じってしまった。
これから何という苦労や幾多の絶望が待っていようと、少女はその時見たまぶしい明るさを思い出し、負けることなく生き抜くであろう。
そして少女の意思は伝播する。それは人が『希望』と呼ぶ、心に輝く太陽のヒカリなのだから。
もう一度目を覚ますと、私は白い部屋に寝かされていた。
鼻の下を触ると粘土のある血が指についた。まだ鼻血が止まってなかった。
ベッドから腰を起こすと、隣の棚に一枚のプラスティックカードと封筒が置かれていた。
「所属機関:ナーヴス・コンコード
「アリーナ登録番号:XA-26483
「レイヴン登録番号:000000001
「氏名:……」
真新しい封筒の口を開いた。地球政府がよく使うフォントで文書が印刷されていた。
一目読んで私はこの手紙をビリビリに破いてばらまいた。重くて硬い紙吹雪が病室に散らばる。
私は消毒液の匂いがする布団をほっかぶって目をつぶった。
うっすらと目を開いた。布団の中は暗いが、これは本当の闇ではない。
私はもう暗闇に帰ることは無い……。この広い世界で私は……。
『お疲れ様でした。
『今回のミッションを完遂した貴方は当社:ナーヴス・コンコードに所属する初めてのレイヴンとして登録されました。
『実は今回のミッションはいわゆる合格テストだったのです。
『貴方の他に何名かをこれと同じような状況でテスト課しました。
『全て実戦です。残念ながら彼らの大体は死亡かそれに順ずる成果でした。
『テロリストの残党や我々を脅かす不穏分子はまだまだ多数存在します。
『これからもっと忙しくなるでしょう。
『御存知の通り当社は表向きはアリーナを運営する会社となっています。
『なので貴方には自身のアリーナへの参加を認めてもらわねばなりません。
『レイヴンとしての実力を以てアリーナへ勇んで出場してください。
『勿論懸金は破格です。その点はご承知のことを。
『遅れましたが、ようこそ新たなるレイヴン。
『私たちは貴方を歓迎します』
『追伸:
『貴方の機体に取り付けられた新機構:オーバード・ブーストの事についてです。
『少々の手違いで、貴方の機体だけに試作のパーツが組み込まれてしまったようです。
『この度はとんだご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした』
-おわり-
かすかなコール音。墓石のように古びたラジオの電源を切り耳からイヤホーンを引き抜いた。
バラクーダの甲高いターボ音が急に大きくなる。急いでヘルバイザーを被り、呼び出しに応じた。
『レイヴン、聞こえますか』
「ええ、まあ、結構早かったね」
『これが最後のイミネント・ストームの残党です』
イムネント・ストーム――旧クロームの実質的な下部組織のテロリスト集団だった。
下部組織といっても統制などとれてはいない。
かなりの入り組んだ派閥に分かれただただ己に秘める暴力の求める方向へひた走るのみ。
クロームが崩壊した後各派閥ごと別の企業下に吸収されて多少は沈静化したのだが、
元々武闘派組織だ。大深度戦争が勃発し、
彼らの力を存分に振るえるようになったからには最早歯止めなど効かない。
まるで巨大な実験場の様相を見せるアイザックのみならず、ハイブ全域に転移し拡大して行った。
地球暦0186。
地下世界停戦委員会が正立しアイザック条約が締結され、新たな統治機構:地球政府が樹立。
大深度戦争が完全に終結したのだ。
『アイザック条約が採択され、全ての権力は地上に戻ります。
昨日までは我々は名の無い只の無力な集まりでした。ですが、今日からは違うのです』
「でも……私でよかったのかしら」
私の手は震えていた。メーンディスプレイに解除キー待ちのアンダーバーがチカチカと光っている。
『これを以てあなたをレイヴンとして登録します。そう、あなたをこの新しい世界で最初のレイヴンとして』
「失敗したら……」
『死ぬまでです。そもそもこれは全世界に発信するデモンストレーションです。
実質的な直轄部隊、また新米でさえ、これほどの力を持っているのだ、と誇示するのです。
我々を敵にまわすなれば相応の報いを受けてもらわねばなりません』
オペレータの口調がだんだんと熱くなってくる。私の方は冷や汗が止まらなかった。
ヘルバイザーを脱いでハンカチで汗をふく。黄色い、これは幸運のハンカチだ。
これを持っていたから私は無事にあそこから抜け出せてここまで生きて来れたのだ。
ぐっしょになったハンカチを私は胸ポケットにしまい、もう一度ヘルバイザーを被った。
オペレータはあれからもぐだぐだと演説をしていたようだ。が、その演説が急に途切れる
『バラクーダ、作戦領域に到達。ACを投下、離脱します』
進行方向逆向きの加速度がかかり、舌を少し噛んだ。バラクーダの後部ドアが開き、青い地平をのぞかせる。
私は一歩踏み出した。フットペダルに力を入れて、一気に外へ機体を蹴り出した。
重力に引かれ、私は落ちる。高度計がみるみるうちにマイナスされる。だが地上のそれはいつだって正だ。
私はプラズマ開放バルブを蹴り上げた。機体のブースタから眩い推進プラズマが噴出し、柔らかく私は接地した。
一つだったメーンディスプレイがいくつもに分かれ私を取り囲む。
コクピット自体が収縮、鎧のように私をまとう。お尻の下でブンブンジェネレータが唸っている。
ヘルバイザーに機体のチェックデータが羅列され、視線をソレに合わせるとそれぞれが展開される。
オールグリーン。物理的故障無し。破損データ無し。
コンデンサにエネルギーがチャージされる。赤から緑へ。
私の周りに展開された大勢の画面が私の一括を待っている。
仮想コンソールがヘルバイザーに投射される。ウエイトが掛かっている。
一つでは意味のない、アルファベット、視線で入力する。
一文字を丁寧に。最後の一文字を入力する。
確認→エンター。
《メインシステム 戦闘モード起動します》
FCSがアンロックされ、ロックサイトが出現する。操縦桿のスティックで操作し、感覚を確かめる。
VR訓練と一緒の感覚だ。だけどこれは実践だ。いよいよだ。これが私の初めてのミッションだ。
生きて帰らなければいけない。失敗すればその時は死ぬだけだ。
「私はミッションを完遂します」
『レイヴン、幸運を』
バラクーダが対空ジェットを回転させ、アクセル一気に吹かせ領域を離脱する。
同時にオペレータとの接続も切れた。離脱する際バラクーダがECMを投下したらしい。
ACも被害をうけるくらい強力な特殊ポッドを地面に打ち込んだようだ。
敵もそろそろ現れる頃だろう。赤い三角が点々と、レーダーグリッドに現れ始めた。
武装レボルバを回し、武装をミサイルに切り替える。ロックサイトを分割し、各中心をズームする。
三機のサガルマタの大きな装甲板に光が鈍く反射する。オリジナルでは無い。
更なる索敵用にジャヴェリンの胴体を追加連結し、レーダー頭が規則的にくるくる回転している。
だがこのECM濃度ではまともに機能するとは思えない。サガルマタは訓練でも苦戦させられた。
全身くまなく張られた装甲の表面にはアンテナ素子が埋め込まれた陸上のイージス艦であり、
データ送信を用いて部隊へ指示をだす中核的存在となる。
その他にはスティングバグを引き連れたスカーリーバーがブーストをかけてこちらに接近している。
彼らのブレードアンテナには来るべきはずの的確な指示が届かずさぞ困っていることであろう。
だが彼らは今の今まで生き残ってきたからにはそれなりの理由がある。油断は絶対の禁物だ。
私はブースタジャンプ。空中からロック済みのミサイルをばらまいた。
スカーリーバーたちはブーストからの勢いをつけたジャンプでそれを回避、
追随するスティングバグ隊は持ち前の装甲を生かして構わず前進する。
私は舌打ちをし、機体を後退させながらミサイルをばら撒き、少しづつ敵の装甲を削っていく。
だが徐々に私たちの距離は縮まって行く。そろそろアレを使うべきだ。
作戦領域ギリギリまで私は待った。
私にくっついてくる敵が作戦領域を抜けると、ECMは解除され各機のデータ連携が復帰してしまう。
彼らはそれを狙って私を領域外に押し出そうとする。
今だ。プラズマ開放バルブをめいっぱい蹴り上げ、スロットルレバーを倒した。
機体後部の装甲がめくれ上がり、巨大なロケットノズルが迫り出した。全身の冷却ダクトが燃える陽炎を吐き出し始める。
ノズルに直結されたジェネレータが爆発的に鼓動を早める。強烈なエネルギーを受けたコンデンサが火花を上げた。
白熱するロケットノズルが大きく展開され、沸騰するプラズマを純粋な推進エネルギーへと整流する。
暴れまわるエネルギーが私と機体を超音速の世界へと移行させた。視界がボヤケ、手足の感覚があやふやになる。
巨大な加速度が私を苦しめる。敵集団の中央を縦断した。加熱された破壊の残滓が彼らをバラバラに引き裂く。
目の前が真っ赤に染まる。ヘルバイザーが軋み、画像グラスにひびが入った。最後に残った三つの三角の塊へ私は飛び込んで行く。
愚鈍なサガルマタは私に銃を向けることは出来ない。後部機銃もECMで気が動転している。
焼け爛れた冷却ダクトから液体窒素が噴出し、装甲が元の位置へ戻る。
COMが自動操縦に切り替わり、機体は急旋回した。
メーンディスプレイに私は頭を打ち付けた。ディスプレイは大きく窪み、割れた画像クラスで頬を切る。意識が飛んでいた。
私の意思とは関係なく機体は戦闘を再開する。
盲撃ちのバルカンをカーブを描いて回避し左手にブレードを発振させ三機のサガルマタに急接近、
分厚い装甲版を貫いて、柔らかで繊細な電子の内臓を次々と焼ききった。
青い炎を上げるサガルマタの集団。彼らはもろとも爆散した。
私が意識を取り戻し、乾いた鼻血を袖口で拭った時には、私はもう戦場にはいなかった。
バラクーダの甲高いターボ音が聞こえる。
後部ドアが閉まる寸前、傾いたオレンジ色の太陽が見えた。
私は安堵の溜息を漏らし、もう一度意識の底にダイブした。
大人たちに押しとどめられながらなんとかトーラス特大輸送車の窓を開け首を乗り出すと、
痛いほど乾いた青い大気の奥で輝く太陽の眩しさに少女は目を細めさせられた。
栗色の柔らかい髪の毛が自然の速度でなびいた。
女が初めて見た外の世界は言葉に表せないものだった。
死んだ父に聞いていた、これから先誰もが住めぬ地獄とはまるで違っていた。
たしかにトーラスの巨体がときたまバウンドするようなごつごつとした礫砂漠の様な大地であっても、
少女にはそれが生命を育み、生み出す自然のやさしさを感じられた。
肺いっぱいに流れる外気を吸い込むと少しばかり喉の奥がイガイガした。
が、それが少女には暖かい太陽を吸い込んだような味に思えた!
大人たちに落ちれば危ないとその小さな身体を持ち上げられて窓からすっぽぬかれ、
少女と同じくらいの年かさの子供たちが押し込められてキャーキャー騒いでいる大部屋に放り込まれたときも、
少女は目に焼きついた新たな世界に目を潤ませながら、によによと笑っていた。
ワイワイガヤガヤと五月蝿い部屋の隅に一人縮こまる少年の姿――、
「僕は……どうなるんだろう……」
「なるようになるわよ! あなたがあきらめなければ、絶対に!」
少年に少女はそう言うと、彼の固く握ったこぶしを乱暴に解き手をつないで騒ぎ合う子供たちの喧騒に混じってしまった。
これから何という苦労や幾多の絶望が待っていようと、少女はその時見たまぶしい明るさを思い出し、負けることなく生き抜くであろう。
そして少女の意思は伝播する。それは人が『希望』と呼ぶ、心に輝く太陽のヒカリなのだから。
もう一度目を覚ますと、私は白い部屋に寝かされていた。
鼻の下を触ると粘土のある血が指についた。まだ鼻血が止まってなかった。
ベッドから腰を起こすと、隣の棚に一枚のプラスティックカードと封筒が置かれていた。
「所属機関:ナーヴス・コンコード
「アリーナ登録番号:XA-26483
「レイヴン登録番号:000000001
「氏名:……」
真新しい封筒の口を開いた。地球政府がよく使うフォントで文書が印刷されていた。
一目読んで私はこの手紙をビリビリに破いてばらまいた。重くて硬い紙吹雪が病室に散らばる。
私は消毒液の匂いがする布団をほっかぶって目をつぶった。
うっすらと目を開いた。布団の中は暗いが、これは本当の闇ではない。
私はもう暗闇に帰ることは無い……。この広い世界で私は……。
『お疲れ様でした。
『今回のミッションを完遂した貴方は当社:ナーヴス・コンコードに所属する初めてのレイヴンとして登録されました。
『実は今回のミッションはいわゆる合格テストだったのです。
『貴方の他に何名かをこれと同じような状況でテスト課しました。
『全て実戦です。残念ながら彼らの大体は死亡かそれに順ずる成果でした。
『テロリストの残党や我々を脅かす不穏分子はまだまだ多数存在します。
『これからもっと忙しくなるでしょう。
『御存知の通り当社は表向きはアリーナを運営する会社となっています。
『なので貴方には自身のアリーナへの参加を認めてもらわねばなりません。
『レイヴンとしての実力を以てアリーナへ勇んで出場してください。
『勿論懸金は破格です。その点はご承知のことを。
『遅れましたが、ようこそ新たなるレイヴン。
『私たちは貴方を歓迎します』
『追伸:
『貴方の機体に取り付けられた新機構:オーバード・ブーストの事についてです。
『少々の手違いで、貴方の機体だけに試作のパーツが組み込まれてしまったようです。
『この度はとんだご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした』
-おわり-