傷も癒え、ジャックはガレージでの作業を眺めている。
ネクスト、とはよく言ったものだ。
腕、足、コア、頭部、マニピュレーターに至るまで、全てがジャックの知るACを凌駕していた。
次なる世代と呼ぶに相応しい、戦闘のための芸術品だ。
「私は、嫌いです」
「イェルネフェルト君、だったかな」
組上げ中の自分のネクストを眺めるジャックの後に、彼女が立っていた。
フィオナで結構です。返ってきたのは無愛想、いやむしろ事務的な返事だった。
何故?先日の様子から理由は分かりきっているものの、ジャックは尋ねた。
「彼の身体は既に戦場で立ち続けるのは無理なんです。」
それなのに・・・口を濁す。
あの白いネクストが彼を戦場に縛っているのだろうか。それよりも
「彼にとって、君と同じくらいあの機体に愛着があるように思えるのだが」
フィオナがジャックの目を見た。冗談で言っているのではないと悟ってくれるだろうか。
心あたる節があるのだろう、フィオナは俯いて言葉を紡ぐ。
男は戦った、国の為に
男は戦った、生きる為に
男は戦った、自らの居場所の為に
男は戦った、守る為に
男は失った、自由を
男は失った、平穏を
男は失った、身体を
男は失った、友、好敵手を
「あのネクストは、彼と私の友人との遺品です」
形を変え、武器を変え、細部に至るまで原型は残ってもいない。
「それでも―――」
あの機体には、ジョシュアの魂が宿っているのだと。
懐かしさ、儚さ、憂い、そのどれともつかない、あるいは混ざり合った瞳に「彼」の機体が映し出された。
つられてジャックも「彼」の機体を見る。
全身に渡る傷跡が「彼」の生き様を物語っていた。
それでも1箇所、エンブレムがついてある肩にだけは傷がひとつも無い。
エンブレムの眼を見る。あのエンブレムは邪悪を打ち払うお守りと聞いた。
ジョシュアという男の、全てがあのエンブレムに詰まっている気がした。
『そして最後に凶行に走るものの、友の手によって幕を下ろされた』
「彼」の機体、ホワイトグリントのすぐ足元に「彼」がいた。
かつて企業を単機で陥落させた、遅れてきた天才。ジョシュア・O・ブライエン
『君と同じ名だな、ジャック・O・ブライエン――』
「フルネームを名乗った記憶は無かったのだがな」
フフ、と「彼」は微笑む。
『ネクスト製作にあたって、君のノーマルからデータをサルベージさせてもらったよ』
戦闘履歴から何から筒抜け、というワケか。
「ジョシュアは、故郷を守るために企業の尖兵となりました。」
だから私は企業と敵対する。
フィオナと「彼」を戦場に縛り付ける因子を明確に理解できた。
気まずい沈黙が幾分か過ぎ、「彼」が口を開く。
『君は、ジョシュアとよく似ている。経歴も、人柄も、そして背負ってきた物の重さも』
何から何まで筒抜けのようだ、この世界の解析技術を甘く見ていたのかもしれない。
ガレージを後にし、自室に戻ったジャックは煙草に火をつけ思い出す。
「ンジャムジ・・・・ライウン・・・」
かつて裏切った友のことを思い出す。
「恨めよ・・・。」
『人類の為。辛い選択だったろう。』
失礼させてもらうよと「彼」が入ってきた。
『君の思いつめた顔が気になってね。』
ジャックはそんな顔をしたつもりはなかったが、どことなく感じ取れたのだろう。
何から何まで話したくなった。感傷的になる心なぞ残っていると思ってもいなかった。
――ああそうか、「彼」はあの二人に似ているんだ。
「聞いてくれるか、私の話を。」
ああ、と彼は応えた。
その前にジャックはどうしても聞きたいことがあった。
「今更で悪いんだが」
バツの悪そうにジャックがボソボソと言う。名前を教えてくれないかと
『俺の名前、か。』
そして「彼」は名乗った。
ARETH―――アレスだ、と。