「鴉乃巣」は報酬さえ払えば如何なる汚れ仕事も請け負う浪人「鴉」を管轄する機関であった。
あるとき、商人の一人息子は鴉によって何の罪もない両親を殺され、
自らも重傷を負いながらも「羅名(らな)」と名乗る女性に助けられ一命を取り留める。
少年は両親を斬った張本人、「第九破戒僧(ナインボーズ)」に復讐したいと羅名に告げる。
羅名は少年に「ならばお前も鴉となれ」と助言し、少年が鴉になれるように鴉乃巣にとりなしてくれる。
こうして少年は「倉院」と名乗り、第九破戒僧に復讐するため鴉として生きる。
そして――
江蘭から届いた文にはこう書かれていた。
「あの時、倉院殿は確かに第九破戒僧を切り捨てられました。
それにも関わらず、第九破戒僧は依然として番付に名を連ね、未だ最強の鴉として君臨しております。
これは一体どういうことなのでしょうか」
「……ふむ」
そう、確かに両親の敵である第九破戒僧は、この私が自ら風呂具屋にて斬り捨てた。
首を飛ばしたのだ。生きているはずがあるまい。
しかし、現に奴は生きており、こうして鴉としての活動も続けている。
「まさか……」
ある考えが脳裏をよぎったとき、障子を破って部屋の柱に何かが突き刺さった。
驚いて見るとそこには文が括りつけられた矢が突き刺さっていた。
「何奴!?」
障子を開け外を見渡すが誰もいない。急いで振り返り、矢から文をほどいて開く。
差出人は、なんとあの羅名だった。彼女が自分を見限って久しい。
文の内容によっては懐かしさを感じたかも知れないが、そうはいかなかった。
「久しぶりだ、番付二番、おめでとう。
お前は私の思惑を遥かに越える力を身につけた。十分すぎるほどに。
藍座区近郊に、その存在すら知る者のないタタラ場がある。そこで私は待っている。
襲われる学者、狙われる鴉。倒しても消えない番付の長。
お前はすでに答えを得ているはずだ。それを確かめにくるといい」
読み終わった後、文を持つ両手が小刻みに震えていることに気づいた。
第九破戒僧。その正体については大方の予想がついていた。
しかし、この文からは、羅名が第九破戒僧側のようにとれる。
あの羅名が?私を命の恩人であり、母親代わりでもあった羅名が?
「そんなことが……あるはずがないっ!」
文を破り捨て、立ちあがる。もう夜も更けているが、関係のないことだ。
一刻も早く、確かめねばならぬ。第九破戒僧と、彼女の関係を。
私は、夜の藍座区を走った。
「なんと……」
夜中にも関わらず、タタラ場は明々と灯をともしていた。
巨大な広間には何もなく、向こう側に二枚の戸が見えるだけだ。そしてその前にいるのは――
「……うぬらは、何故現れる」
「何故、邪魔をする」
第九破戒僧だった。それも二人。
彼らはたった今、青白く燃える鬼火の中より現れ、戸を守る仁王像のように立ちはだかっている。
さらに驚くべきは、その二人が、羅名の声を口から発したということだった。
「問屋、鴉、そして、鴉乃巣」
「全ては、我が創りしもの」
二人の第九破戒僧は、交互に口を開く。
「荒廃せし天下を、人の世を再生する」
「それが、我の使命」
ここで倉院はある違和感に気付く。第九破戒僧から発せられる声に、僅かに元の第九破戒僧の声が重なり始めたのだ。
「力を持ちすぎた者」
「秩序を破壊する者」
二人の第九破戒僧は一歩、前に歩み出る。場の空気が変わった。
「「太平の世には、不要だ」」
二人が同時に、刀を抜いた。それに反応し、倉院も即座に抜刀する。
刀匠、初代月光の鍛えし蒼き直刃の名刀、如来切月光(にょらいぎりげっこう)がその姿を現す。
「道を開けよ、第九破戒僧!」
~~都合により省略いたす~~
二人目が膝を折る。それでもなお、第九破戒僧は口を開く。
「我は守るが為生み出された。我が使命を守り、この天下を守る」
そう言うと第九破戒僧はどさりとうつぶせに倒れ込み、それきり動かなくなった。
「……あの向こうに」
第九破戒僧が守っていた、二枚の戸。あの向こうに、羅名が。
「よくぞ参った」
羅名はそこにいた。
見慣れた赤と黒の着物を纏い、部屋の中央に佇んでいる。しかし口から発せられる声は、
羅名の声と第九破戒僧の声が重なったものだった。まるで二人の人物が同時に話しているように聞こえる。
「羅名……お前は」
「我は、羅名という名ではない」
切れ長の眼で倉院を見つめたまま、羅名は続ける。
「羅名とは名を連ねる者。鴉乃巣を守護する者達。そこに名を連ねる、一人の破戒僧にすぎぬ」
羅名は纏っていた着物をはだけ、床に落とした。白い裸体が露わになる。
「我が名は世羅府。現世と異世を連ねる役目を果たす者」
世羅府が右手を頭上に掲げると光が生まれ、そこから一本の槍が姿を現した。
それと同時に、世羅府の体が黄金の装飾に包まれる。その姿は、どこまでも神々しかった。
「倉院。うぬがこれほどの力を得るとは予想外だった。この事態を招いた責任は我にある。
よって、この世羅府が直々に、うぬを無に帰すこととする。さらばだ」
「羅名……」
~~省略いたす~~
「がはっ……!」
世羅府を覆っていた装飾具が砕け散る。黄金の槍も床に落ち、粉々に砕け散った。
どさりと床に落ちた世羅府は、どこからともなく発生した炎に包まれたかと思うと、そのまま灰も残さずに消えてしまった。
「羅名……」
一人の鴉が敵を討ち、復讐を果たした。鴉はその日のうちに巣を離れ、藍座区を後にした。
彼の行方を知る者は、誰もいない。
あるとき、商人の一人息子は鴉によって何の罪もない両親を殺され、
自らも重傷を負いながらも「羅名(らな)」と名乗る女性に助けられ一命を取り留める。
少年は両親を斬った張本人、「第九破戒僧(ナインボーズ)」に復讐したいと羅名に告げる。
羅名は少年に「ならばお前も鴉となれ」と助言し、少年が鴉になれるように鴉乃巣にとりなしてくれる。
こうして少年は「倉院」と名乗り、第九破戒僧に復讐するため鴉として生きる。
そして――
江蘭から届いた文にはこう書かれていた。
「あの時、倉院殿は確かに第九破戒僧を切り捨てられました。
それにも関わらず、第九破戒僧は依然として番付に名を連ね、未だ最強の鴉として君臨しております。
これは一体どういうことなのでしょうか」
「……ふむ」
そう、確かに両親の敵である第九破戒僧は、この私が自ら風呂具屋にて斬り捨てた。
首を飛ばしたのだ。生きているはずがあるまい。
しかし、現に奴は生きており、こうして鴉としての活動も続けている。
「まさか……」
ある考えが脳裏をよぎったとき、障子を破って部屋の柱に何かが突き刺さった。
驚いて見るとそこには文が括りつけられた矢が突き刺さっていた。
「何奴!?」
障子を開け外を見渡すが誰もいない。急いで振り返り、矢から文をほどいて開く。
差出人は、なんとあの羅名だった。彼女が自分を見限って久しい。
文の内容によっては懐かしさを感じたかも知れないが、そうはいかなかった。
「久しぶりだ、番付二番、おめでとう。
お前は私の思惑を遥かに越える力を身につけた。十分すぎるほどに。
藍座区近郊に、その存在すら知る者のないタタラ場がある。そこで私は待っている。
襲われる学者、狙われる鴉。倒しても消えない番付の長。
お前はすでに答えを得ているはずだ。それを確かめにくるといい」
読み終わった後、文を持つ両手が小刻みに震えていることに気づいた。
第九破戒僧。その正体については大方の予想がついていた。
しかし、この文からは、羅名が第九破戒僧側のようにとれる。
あの羅名が?私を命の恩人であり、母親代わりでもあった羅名が?
「そんなことが……あるはずがないっ!」
文を破り捨て、立ちあがる。もう夜も更けているが、関係のないことだ。
一刻も早く、確かめねばならぬ。第九破戒僧と、彼女の関係を。
私は、夜の藍座区を走った。
「なんと……」
夜中にも関わらず、タタラ場は明々と灯をともしていた。
巨大な広間には何もなく、向こう側に二枚の戸が見えるだけだ。そしてその前にいるのは――
「……うぬらは、何故現れる」
「何故、邪魔をする」
第九破戒僧だった。それも二人。
彼らはたった今、青白く燃える鬼火の中より現れ、戸を守る仁王像のように立ちはだかっている。
さらに驚くべきは、その二人が、羅名の声を口から発したということだった。
「問屋、鴉、そして、鴉乃巣」
「全ては、我が創りしもの」
二人の第九破戒僧は、交互に口を開く。
「荒廃せし天下を、人の世を再生する」
「それが、我の使命」
ここで倉院はある違和感に気付く。第九破戒僧から発せられる声に、僅かに元の第九破戒僧の声が重なり始めたのだ。
「力を持ちすぎた者」
「秩序を破壊する者」
二人の第九破戒僧は一歩、前に歩み出る。場の空気が変わった。
「「太平の世には、不要だ」」
二人が同時に、刀を抜いた。それに反応し、倉院も即座に抜刀する。
刀匠、初代月光の鍛えし蒼き直刃の名刀、如来切月光(にょらいぎりげっこう)がその姿を現す。
「道を開けよ、第九破戒僧!」
~~都合により省略いたす~~
二人目が膝を折る。それでもなお、第九破戒僧は口を開く。
「我は守るが為生み出された。我が使命を守り、この天下を守る」
そう言うと第九破戒僧はどさりとうつぶせに倒れ込み、それきり動かなくなった。
「……あの向こうに」
第九破戒僧が守っていた、二枚の戸。あの向こうに、羅名が。
「よくぞ参った」
羅名はそこにいた。
見慣れた赤と黒の着物を纏い、部屋の中央に佇んでいる。しかし口から発せられる声は、
羅名の声と第九破戒僧の声が重なったものだった。まるで二人の人物が同時に話しているように聞こえる。
「羅名……お前は」
「我は、羅名という名ではない」
切れ長の眼で倉院を見つめたまま、羅名は続ける。
「羅名とは名を連ねる者。鴉乃巣を守護する者達。そこに名を連ねる、一人の破戒僧にすぎぬ」
羅名は纏っていた着物をはだけ、床に落とした。白い裸体が露わになる。
「我が名は世羅府。現世と異世を連ねる役目を果たす者」
世羅府が右手を頭上に掲げると光が生まれ、そこから一本の槍が姿を現した。
それと同時に、世羅府の体が黄金の装飾に包まれる。その姿は、どこまでも神々しかった。
「倉院。うぬがこれほどの力を得るとは予想外だった。この事態を招いた責任は我にある。
よって、この世羅府が直々に、うぬを無に帰すこととする。さらばだ」
「羅名……」
~~省略いたす~~
「がはっ……!」
世羅府を覆っていた装飾具が砕け散る。黄金の槍も床に落ち、粉々に砕け散った。
どさりと床に落ちた世羅府は、どこからともなく発生した炎に包まれたかと思うと、そのまま灰も残さずに消えてしまった。
「羅名……」
一人の鴉が敵を討ち、復讐を果たした。鴉はその日のうちに巣を離れ、藍座区を後にした。
彼の行方を知る者は、誰もいない。