184 :人間と吸血鬼と機械たちの鎮魂歌 ◆dCpQER4pT6 :2008/05/29(木) 22:22:29 ID:JGfWqt/D
人間と吸血鬼と機械たちの鎮魂歌・プロローグ



月が出ていた……
真円に縁取られた月が……赤く、紅く、朱く、染まった月が……
あらゆる存在を真紅に照らす月は、世界の何処にもいなかったモノすらも照らし出す……


人だった。普通の人だった。平凡でありふれた、何処にでもいるただの学生だった。
何の変哲も無い両親がいて、ごく普通の家庭で育ち、学校へ行って、友達と笑いあって、好きな人の前では緊張して、嫉妬もして……
もう何処にもいない。何処にもない。両親も友達も好きな人も嫉妬した人も、学校も自分の家も……
変わったのは世界じゃない。変わったのは周りじゃない。変わったのは自分だ。自分は……人じゃなくなった。

……そして人である事を失った彼女は、自分の世界すら失った……


「姉さん、幾らなんでも買いすぎだよ。ごめんねノエル、ファリン」
「いえ、問題ありません。お嬢様」
「そうですよー。全然大丈夫です。ねーお姉さま」
「もういいじゃない。せっかく恭也が私の手料理を食べに来てくれるのよ。満漢全席も真っ青なほど豪華にしないと! 」
「まったく……。中華にするの? 何か洋食っぽい材料だけど」
「ううん。洋食だよ。何で中華? 」
「だって満漢全席って……」
「だって豪華って言ったら満漢全席じゃない」
「はぁ……」

姉妹だろうか。紫に近い髪の色をした歳の離れた女性が二人、それと一部地域以外では滅多に見る事のないメイド姿の女性が二人。
恐らく姉であろう。大学生くらいの年齢の女性は忍といった。どうやら近々恋人を手料理でもてなすらしい。
もう一人の妹らしき、メイドに“お嬢様”と言われた女性はすずかという。どこか姉に呆れた表情だ。
なるほど、たしかに姉妹だ。髪の色はもとより、顔立ちが非常によく似ている。
メイドの二人は非常に対称的だ。ノエルと呼ばれた、物静かで冷静な印象を受ける比較的長身の女性。
ファリンと呼ばれた、どこか天然で目が離せないような小動物的な女性。
この少し変わった集団の共通点は、全員両手に男性でもきつそうなほど大荷物を持っていることだ。見ると全て食材だ。
そしてもう一つ……どこか人間離れした雰囲気を持っている。一人はちょっと天然っぽいが。

「もうこんな時間になってしまいましたねー。ちょっと怖いです」
「転ばないでね。一応ファリンのは割れ物は無いけど、心配だから」
「お嬢様、酷いです。こんな平坦な道で転びませんよー」
「それに何だか明るいわね。今日は満月じゃ無かったと思うけど……」

忍が夜の空を仰ぐと、そこには雲の間から赤く染まった満月が顔を覗かせていた。

「……なんか気味が悪いわね、紅い月なんて。それに今日は満月じゃないはずなのに」
「姉さん、ちょっと怖い」
「お嬢様ー、早く帰りましょうよー」
「忍様、お嬢様、お体の方は大丈夫でしょうか? 」
「ん、別になんとも無いわ。ありがとうノエル」
「わたしも大丈夫。早く帰りましょう」
「そうね。はやく材料の仕込みもしたいしね……ん? ねぇ、あれって何? 」
「どうなされましたか? 」
「あそこに何か倒れてる。あれって……人!? 」


185 :人間と吸血鬼と機械たちの鎮魂歌 ◆dCpQER4pT6 :2008/05/29(木) 22:24:33 ID:JGfWqt/D
駆け寄ると、確かに人が倒れている。その人物を見た4人は一瞬硬直した。その表情は驚きと困惑だ。
高校生であろうか、学生服を着ている。完全に気を失っているようだが、驚きと困惑の原因は別にある。
返り血でも浴びたかのように、所々服が赤く染まっている。

「ここここ、この人大変ですー!? すぐ救急車です! 病院です! 」
「待ちなさい、ファリン! この子の身体は大丈夫よ。外傷はないみたいね。それよりも……」
「ででででででもー、いっぱい血とかついちゃってますよー」
「落ち着いて、ファリン!」

「うぅ……」
「忍様、意識が戻られそうです」
「……にたくない」
「しっかりして! 大丈夫なの!?」
「死にたくない……死にたくないよ、遠野くん……」
「やっぱりこの子、私たちと同じ……」
「姉さん……」
「忍様……」



それはまるで螺旋のようだった。長く永く伸びていく蛇のようなモノと、多くの何かがざわめく様に蠢く混沌としたモノ。
それは、紅く染まった月へと昇っていき、赤く染まった月より堕ちていく。
それはまるで、死に際の人が流す最後の涙のように……



普段は使用されることの少ない、その組織に属する者たちのほとんどは存在すら知らない会議室で。その会談は話されていた。
「管理外世界で次元が歪みを確認しただと? 」
「次元振動か? 」
「いえ、違います。非常に小規模で一瞬の事でしたが、次元振動とは全く異なります。詳細は不明です」
「何処の次元世界だ? 」
「第97管理外世界です」
「ジュエルシードや闇の書か? 」
「関連は不明です。 」

「吸血鬼です」

唐突に声が響く。軍の礼装にも似た服の者たちの中で、その声の主だけは別の服装だった。まるで修道服のような、そんな服だ。

「吸血鬼ですよ、既に駆逐したはずの吸血鬼が再び現れたのです」
「しかし、あれは絶滅が確認されたはずだ! 」
「発生した世界も全て厳重に管理されている! 再発生など有り得ん! 」
「再発生ではありません。現れたのですよ。我々の知らない世界から」
「そんな馬鹿な……」
「吸血鬼は全て駆逐しなければいけません。あの化物共のために滅んだ世界がどれだけあるかはご存知でしょう? 」

修道服の女が笑う。まるで聖女のような笑みで、他者の滅びを口にする。


186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/29(木) 22:25:12 ID:JVcOdW4q
支援


187 :人間と吸血鬼と機械たちの鎮魂歌 ◆dCpQER4pT6 :2008/05/29(木) 22:26:00 ID:JGfWqt/D



吸血種と吸血鬼、先天と後天、生まれた時からそうだったものと他人にそうさせられたもの……
あり方・生まれ方こそ違えど、両者ともに望まざる状況で吸血するモノになってしまった者たち……
世界と世界が平行に重なったが故に起こった奇跡。誰かが望んだ人為的な偶然。

僅かに残っていた人の部分は失われ、完全な化物と化した吸血鬼……
過去の大災を再び招く事を防ぐために、全ての吸血鬼を滅ぼさんとする者たち……
その狭間で揺れ動き、翻弄され、友と使命の間で苦悩する少年少女……
機械の身体を持ち、人の心を宿す、鉄の落とし子たち……
ただ平穏に過ごす事だけを望む吸血種の少女……

世界の何かが変わるわけではない……家族を、日常を、大事な人を取り返すための戦い……
全ての始まりは紅い月の下だった。




あとがき
最後、半端なところですみません。投下終了です。2レスで収めようと思ったら、改行で引っかかりました。
投下ってのは色々緊張しますね。もう何度読み返した事か……。
文章構成や文体、その他なんでも問題がある点は指摘していただけるとありがたいです。必ず本編に反映しますので。
ストーリーの大筋やキャラの顛末などは出来上がってしまっているので、なかなか変えられませんが。
特に1話の長さとか気になるので、これ位でちょうどいいでしょうか? やっぱりもっと長くするべきでしょうか?

それでは完成後再び、お会いしましょう。願わくば紅い月の下で……。

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最終更新:2008年05月30日 10:31