士郎が走り寄った時、間桐慎二と胸元のネームプレートに研修中、
黒野と下げた従業員の青年の空気は険悪になりつつあった。
すでに罵詈雑言を言い放つ慎二に青年も耐えきれなくなってきているようで
口元を震わせている。
冷静そうな外見とは裏腹に意外と沸点は低そうな人だな、と士郎は感じた。

「慎二、やめたらどうだ。その人困ってるぞ」

嫌いだが無視できない声にはたと青年への暴言を止め、振り向く慎二。

「あ?衛宮かよ。なんだって?」
「士郎はそのつまんねぇ口を閉じろっつたんだよ慎二」

慎二はヴィータの姿を認めると口を歪ませた。

「ちっ、怪力チビもいるのかよ。おい、みんな、
こんな駄目社員とロリコンはほっといて向こうの波のプールにいこうぜ」

嫌そうな顔を、振り返ると同時に入れ替え
後輩の女子弓道部員達に笑顔を振りまく。

ええーロリコン!?いやー!変態なの?
と、去り際に次々巻き起こる無自覚の精神攻撃。

「おい!好き勝手言ってんじゃ、…むぐっ!?」

ヴィータの口を塞いだのは士郎の手。

「…っぷっは!なにすんだよ!」
「いいんだ。俺はロリコンなんて言われても別に気にしないから」

一瞬の間…

「……それを、笑顔で言うのは辞めろよ…なんか、本物っぽいから…」
「ん?そうか?」

そこではじめて士郎は、先程の青年が未だに佇み、会話の機会を伺っているのに気づいた。

「あ~なんだ。とりあえず助けてもらってすまない。
正直もうすぐで口なり手なりが出そうだったんでな」
「友人が迷惑かけたようですいません。あいつも限度は知ってる奴なんですけど」

黒野従業員はその士郎の言葉に呆れ顔とならざるを得ない。

「君は、人を見る目がないのか、相当なお人好しなのかどちらかだな。
と、あんまり時間を潰していると気難しい上司にチクチク
やられるんで失礼するよ。士郎君だったか、君ら午後もまだここにいるかい?」
「ええ、三時くらいまではいる予定ですが」
「なら、いい。じゃあ、また」

背を向けると黒野従業員は規則正しい足取りで士郎達から遠ざかっていった。

「なんか気に食わねぇ奴だ…昔知った匂いがしやがる」
「地球以外の世界の話か?」
「そうだ。あれはきっとあたし達の敵だ。気を許すなよ」

黒野従業員の背中を怨敵を見るかのようにヴィータは睨みつけていた。

「でも、悪い人には見えなかったけどな」
「て・き・だ」

士郎の顔など見ずただ、去り行く背中を凝視し続けながら
間髪入れず返される答え。

「………わかった。ヴィータは頑固だしな」

ヴィータはそう言うが自分の周りに異世界人兼、宇宙人や未来人が
そうほいほい現れるもんだろうか、と士郎は話半分に聞いていた。
そんな空気は、隣の娘にすぐに伝わる。

「てめぇ、あたしの言うことちゃんと聞く気ねぇだろ」

軽いのりと宥めんとするような笑顔の士郎をジト目で見上げるヴィータ。

「あたしなんかよりお前のがきっと、頑固なのによ」

ちぇっと、少し拗ねた風な少女の気を変えるならば、やっぱり
彼女の大好きな人を話題を出してやるのが一番、と士郎は知っている。

「はいはい、ヴィータ。はやて達のとこに戻ろう。買ってもらった水着、
ちゃんと着てやらないとはやてだってがっかりするぞ」
「なんだよ、そんなの当たり前だろ。あたしはお前と違って
はやてを失望させるようなことはしないんだ」
「―――――っ!?」

いつもの軽口のはずの言葉に士郎は動きをピタリと止める。

「お、おい!?どうしたんだよ?」
「いや――なんでも、ない。行こうか」
「あ、ああ…」

ヴィータが見た士郎は僅かばかりの間、感情のない機械のような顔をしていた。


時間は前後するが人目の無い暗がり…わくわくざぶーんの死角といえる場所で
ザフィーラは佇立していた。眼前に白髪の男を前にし。
目の前の男はサーヴァントと呼ばれる神秘に編まれし奇跡。
ザフィーラを探るように、見下すようにサーヴァントは腕を組みつつ口を開く。

「黙りか。犬と思っていたら人型になったのでもしや
と思ったが、やはり人語は操れない犬というわけか」

挑発的な言動はザフィーラの心をざわつかせる。

「犬…ではない。力あるものよ。この身は守護獣。犬では…ない」
「人型になれ、人語を話せてもまだ自分を獣と名乗るのか。律儀だな」

鼻で笑うような男の態度にザフィーラは苛立ちを覚えないこともなかったが
そんな感情を御するのも慣れたものである。

「何用だ、立ち話と皮肉を言いに来ただけなら付き合う気はない」

ザフィーラの言葉に男は腕組みを解き問う。

「なに、セイバーを一目見ようかとな。喚んだのだろう?衛宮士郎は」

見透かすような視線をザフィーラは泰然と受け止めた。

「何のことかわからん。我らは休日を楽しみに来た。それだけのこと」
「ほう、では何故、私を遮るように先程から動き回っていたのかな?」
「それこそ知れたこと。貴様のような者を主に近づけさせる訳がなかろう」

そこで男は幾ばくもなく目を閉じるとゆっくりと開けた。

「衛宮はやて、と言ったか。貴様らの飼い主は。
知らぬ名だな。興味がある、お前らの主に会いたいと言ったら、どうする?」
「…主に害を為すと言うならば、例え、日中のこの場であっても…排除するまで」

依然、不敵な笑みを絶やさない男をザフィーラは改めて警戒の対象と認識した。

「貴様がそういう態度なら、まぁいい。急ぐことでもない。
どうせ、その内会うことになるだろうからな。
さて、こちらの主もなかなかに慎重な方でな。
日中に犬に噛まれたため戦闘しました。と、言って納得してくれるかわからん。
サーヴァントでもない相手との戦闘に付き合うほど私も暇ではない」

赤き外套をはためかせ、一見隙だらけに見える背をザフィーラに晒し
男は跳躍しようとする。

「まて、サーヴァントよ。我は衛宮はやてが守護獣、ザフィーラ
お前の名を聞きたい」
「…名は記憶の障害で思い出せん。
が、アーチャーとだけ覚えておけ。
セイバー、衛宮士郎、衛宮はやてに宜しくな。守護獣」

飛ぶように消える男は最後まで余裕を崩さなかった。

「人を食った男だ」

ザフィーラは緊張を解きつつ呟く。その鼻はどこか親しき空気を感じ取っていた。

一成が見たもの。それは結った髪をほどき、髪を下ろした少女の姿だった。
凛々しさの代わりに

「かわいい…」

というスキルをもう、目一杯周囲に撒き散らす。

「感じが全然ちゃうなぁ。それに照れてるセイバーさん
ほんとかわええよ」

確かにな、とか、でしょう?とか、かわいいですね~とか反応は上々。
そんな中、顔を横に背けたままの一成に気づき、
セイバーは両の指を胸元で合わせ 不安そうに聞く。

「い、一成どうなのですか?私自身では良くわからないのですが?」

ヴォルケンリッターを除く女性陣からの
異様(嫉妬)な視線から逃れるように、
救いを求めるようにセイバーの視線は一成を捕らえていた。

(こ、これは衛宮の陰謀か?こんな美し可愛し女人を俺に見せ付け仏道の道から堕落させる気か?
それともタヌ、いや副会長の、俺を衛宮から遠ざけるための策略か?わ、わからん!!)

「一成く~ん。セイバーちゃん、不安そうじゃない?答えてあげたら?」

ニンマリとした顔のシャマルの言葉に一成はセイバーを正面から見つめてしまう。

恥じらいを隠せない少女を一成は素直に可愛らしいと感じていた。
その不安そうな顔を前に心の中、もやとしたものが形のある何かに成っていく。
それは1つの思い。
仏が目の前の少女を道に外れる邪悪と断じるなら、仏の道など捨ててしまえ。
美を美と、麗を麗と理解できぬならばこの世に仏など不要。
ならば、柳洞一成は1人の人として答えよう。答えはすでにこの胸にあるのだから。

「セイバー殿、いやセイバーさん、俺はあなたを今まで見た誰よりも美しく可憐であると思う。
それはきっとあなたの心根から溢れるものであろう。
透き通っていて清らかな風。そういったものがあなたの存在を
高貴に、美しく、また愛らしくも見せているに違いない」

真摯に真っ直ぐに淀みなく告げられた一成の言葉は
ほう、と感心させるものではあった。ただ、一言多かったかもしれない。
今まで見た誰より、という言葉は3人ほどのプライドにちょこっと敗北感を与えた。

「…ありがとう、一成。あなたの言葉、素直に受け取っておきます」

はにかんだ、少女の笑顔は眩しかった。

士郎とヴィータが先程の店の側まで戻ってくると
談笑している残りの面子が視界に入った。
その中には穏やかに微笑むセイバーの姿もあった。

「へぇ、あいつも笑うんだ。あたしはてっきり戦いにしか興味ねぇ
戦闘狂だと思ってたけど」
「セイバーが笑ってくれるなら家の中も明るくなっていいだろ?」
「これ以上明るくなられると頭痛がしそうなんだけど…」
「はは、かもな。…セイバー、髪、下ろしたんだ。
あの方が女の子らしくていいんじゃないかと思う」
「…かもな」


セイバーを中心に少しずつ打ち解け8人は新しい関係を作っていく。
そして、合流した8人はそれぞれに更衣室へと向かった。

――男子更衣室

「衛宮、よい勉強となった。感謝する」
「はぁ…?」
「色欲を超えて良いものいいと言える―――それを学んだように思えるのだ。
今は煩悩を絶つよりも受け入れかつ、流されないことこそが仏道なのでは、
と感じている。これもセイバーさんに会えたればこそ気づけた理だな」

いつも以上に熱く語り出す、一成の話を士郎は苦笑いで聞いた。


――女子更衣室

「こ~の、そーれ!」
「なっ!?何をするんです?は、はやて!?」

小さくも張りのあるそれをいやらしい顔つきで背後から掴むはやて。

「はやて先輩はセクハラオヤジなんです、セイバーさん。私も良く揉まれるほうですが、
今日はなんだか揉んでやりたい気分です」
「おお~気い合うな、桜ちゃん。そっち掴んどいて」
「はい、はやて先輩」

わっきゃっきゃっと戯れる3人がいれば生暖かい目で見つめるのも3人。

「シャマルお前は参加しないのか?一番参加したい性格な気がするが」
「わかってないわね、シグナム。こういう若い子の絡みを眺めるだけってのも乙なものよ」
「ほう…知らなかったな」
「知ってたまるか、アホらしい」
「あら、ヴィータだってはやてちゃんに色々されるの好きじゃない?」
「色々ってなんだ!あたしはただ、一緒に寝てく……」
「ん~最後まで聞き取れないわよ?さぁ、おっきな声で言って…」
「いい加減にしなさいっ!!破廉恥な!!」

と、ヴィータとは逆の方から起こったほうこうは瞬時にはやて、桜を薙ぎ倒していた。

「もう、しま…せん…堪忍や…」
「す…い…ません…」

水着。若い男なら女性のそれを嫌う者はそうはいないだろう。
衛宮士郎と、柳洞一成は性格的に普通とは言い難いが、こと3欲については人並みに備わっている。

美、女と少女ついでに幼女が計6人もいれば嬉しい反面どうしても
居心地の悪さを覚えてしまうのはまだ、彼らが純である証拠でもあろう。

(セイバーはさっきの黒いビキニ。はやては水色のワンピース、桜はピンクのビキニ、
シグナムは意外と普通のツーピースか、シャマルは…際どすぎる。ヴィータは…いい。
いや、ヴィータが悪いとかじゃなく反応するのは人としてどうかと思うしな)
(何を衛宮、煩悩を受け入れてかつ流されないことだとさっき俺が言ったではないか!)
(少し…頭、冷やそうか、一成…)
(……すまぬ。煩悩に流されかけていたようだ…喝)

などとボソボソと女性陣を見て言い合っていた2人だったが
しばらく経った今では一成はしっかりと混ざっている。
彼は大人の階段を一歩登ったのかもしれない。
士郎はといえば、ビーチで1人ドリンクを煽っていた。

士郎は藤村大河とザフィーラがいないことを残念に思いつつも、
水辺で戯れる皆を見て満足していた。

――ああ、皆、幸せそうだ。なら、俺が出る幕はない――

そんな独り心地の士郎の頭に突如冷水が浴びせられる。
数時間前に出会った男の声。
それは意外にも頭の中で響いた。

(衛宮、士郎君。君と話がしたい。いいか?)
(念話!?)
(驚かせて済まない。できれば2人で話したかったんでね)
(黒野!やっぱりあんたは俺らの敵だったのか!)
(落ち着いてくれ。僕はヴォルケンリッター達の知る世界の人間ではあるが
君の敵ではないつもりだ)
(何を根拠に信じろってんだ?俺は家族を信じるぞ!)
(…根拠は示せないが君に聖杯戦争の情報を提供することはできる。
代わりにこちらの条件を呑んで欲しい。それが用件だ)
(なんだって!?条件ってのはなんだ?)

その時、士郎の背後から伸びる手が。

「おお!?」

士郎の胸を弄った。

「あっはは。えらい驚きようやね。黄昏すぎ」
「気持ち悪いことすんな、バカ野郎。は・な・せ」

胸に伸びた腕を振りほどき、振り返ればはやてがそこにいた。

「遊び尽くしたとはこのことや。もうプールにはしばらくこんでええな」
「本当か?」
「ほんま」
「そうか…」

クロノ・ハラオウンが提示した条件。それは
(衛宮はやてを引き渡してもらいたい)

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最終更新:2008年07月30日 08:57