管理局に入局してからは忙しい毎日が続いています。入局前から魔法の特訓はしていましたが、それはあくまで日常の
延長。けれど入局してからは休日は毎日。平日は学校がありますが、それでも放課後には向こうに出向く日も多く、すず
かちゃんやアリサちゃんとはあまり遊ぶための時間が取れません。やりたいと自らが望んだことですが、やっぱり寂しさ
も感じるわけで。
そんな中、こちらと向こうの休暇が偶然重なった二連休がやってきました。その初日の今日は、すずかちゃんの家に遊
びに行くことになっています。昨日の仕事が夜中まで長引いたせいで眠いのですが、前から決めていたことなので変更は
ありません。支度を終えて、お兄ちゃんにその旨を伝えます。
「それじゃあ行こうか」
お兄ちゃんも車の免許をとって、今では立派なドライバーです。お父さん達が『外食先でお酒が飲めないから取れ』と
いう理由で取らされたのですが、本人も割りと運転を楽しんでいるようです。
ただお父さんよりは運転が下手かなって感じがします。一度その話をしたところ、実はお父さんは大型バイクからトラ
ック、果てはヘリまで操縦できる万能運転手なのだと聞かされました。何でも、昔のボディーガード時代に必要だったと
か。
「着いたぞ」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
広い駐車場に車を停めて、月村家の御邸の門まで歩きます。初めは駐車場があるなんて知らなかったのですが、以前は
パーティを開いたりもしていたそうなのを聞いて成る程と納得しました。
インターホンで来客を告げてから、門を潜ります。これを忘れると大変なことになるので気をつけます。以前、それを
すっかり忘れて入ってしまったことがあり、警備システムが作動して大変な目に会ったことがあります。前後左右から次
々と仕掛けられる波状攻撃に、当時一緒だったユーノ君と共に多大な恐怖を感じました。それ以来、この門を潜るのに少
し緊張感を覚えるようになってしまいました。
「また罠が増えてるな……」
「にゃっ!?」
物騒な言葉につい声を上げてしまいました。釣られて辺りを見回しますが、正面に二つ監視カメラがあるのがわかるく
らいです。曰く、アレは囮でわざと判るようにしているのだとか。いわれた方向を見たのですが、さっぱり判りません。
「む……」
そんな声を上げて、お兄ちゃんがいきなり立ち止まりました。釣られて私も立ち止まります。やがてお兄ちゃんが険しい表情を向ける方向から、黒いリボンを着けた黒猫さんが姿を現しました。
「見たこと無い猫さんだね」
猫屋敷とはいかなくても、相当の数の猫がこの御邸には住んでいます。ただ、首輪を着けた猫は見たことがありますが、この子のようにリボンを着けた猫は初めて見ます。
その黒猫は私達の前まで来て、お兄ちゃんがお土産に持ってきた翠屋のケーキの入った箱をじっと眺めています。そうやってしばらく互いを眺めていたのですが、突然玄関の扉が開いた音に驚いたのか木々の中に逃げていきました。
「ようこそおいでくださいました」
「こんにちは、ノエル」
「こんにちは、ノエルさん」
知らない仲では無いノエルさんだけど、御邸にいる時はお客さんに対する言葉遣いになります。今でもくすぐったいのだけど、何度言っても譲れない一線らしいです。
「どうかなされましたか?」
「ああ、見たことの無い黒猫がいてな。なんというか、不思議な感じの猫だった」
「黒猫……ですか」
ノエルさんも思い当たる猫がいないのか、首をかしげている。どうやら新入りの猫だったらしいです。リボンを着けてたし、迷い猫かな?
「とりあえず入ろうか。すずかちゃん達を待たせるのもいけないだろう」
「そうですね。どうぞ」
お兄ちゃんの言うとおりなので、そのままノエルさんにすずかちゃん達のいるテラスまで案内してもらいました。
「なのはちゃん、いらっしゃい。恭也さんも」
「こんにちは、なのは」
「こんにちは、すずかちゃん、アリサちゃん」
既に来ていたアリサちゃんは既に寛ぎモード。すずかちゃんも猫を膝に乗せて同じくゆったりモード。お兄ちゃんは挨拶だけしてノエルさんと一緒に歩いていった。忍さんの部屋に行くんだと思う。
「さて、なのはも来たことだし恒例の近況から聞いてみましょうか」
「そうだね。私も気になるし」
「うん、お仕事の話だね?」
「「違う(わ)よ」」
「え?」
「ユーノの話に決まってるでしょうが」
「ユーノ君? 最近は会ってないよ?」
二人ががっくりと肩を落とした。ユーノ君のフェレットモードで遊びたかったのかな?
そういえば最近は会ってないので、少し寂しいかも。ユーノ君、無限書庫に缶詰らしいから気軽に会えないんだよね。
そうやってしばらくお話していたら、ファリンちゃんがケーキと紅茶を淹れてきてくれました。
「ショートケーキかあ。やっぱり正統派はたまに食べたくなるわよね」
「そうだね。あれ?」
すずかちゃんが首を向けた方向には、先ほどの黒猫さん。
「あ、さっきの猫さんだ」
「見たことない子ね。新入りかな?」
「ほんとだ、私も見たことないよ。リボン着いてるけど、飼い猫さんかな?」
その黒猫さんの視線は、ショートケーキに注がれている。
「なんか凄く見てるね」
「そうだね。食べるのかな?」
「そりゃないんじゃ……」
アリサちゃんはそう言ったけど、すずかちゃんは自分のケーキを芝生の上に置いた。
黒猫さんはしばらく様子を見ていたけど、やがて遠慮がちに一口。それからもう一口。
その後はだんだん食べるペースが上がっていきます。
「……さすが翠屋ってとこかしら」
「あはは、凄くおいしそうに食べるね。私達も食べよう?」
「そうだね」
ファリンちゃんがもう一個ケーキを持ってきてくれて、三人と一匹でちょっと変わったティータイムになりました。
「なのは? 完全に寝ちゃったわね」
「仕方ないよ。昨日も遅くまで起きてたみたいだし」
「そっか。まあ可愛い寝顔してるし、起こすのも気が引けるわね」
「そうだね」
「……なんか悶えだしたわよ?」
「あれ、暑いのかな?」
「なんか違うような……」
「ユーノくん、駄目だって、駄目だってばぁ。ああん……」
「「…………どんな夢見てるのか(しら)な」」
あれ、何か頭がぼんやり。凄くいい夢を見てたような……。
「……夢!?」
急に目が覚めた。まだ太陽は昇っているが、かなり眠っていたのは確かみたい。
「あ、おはよなのは」
「おはよう、なのはちゃん」
「ご、ご、ごめんね。なんか寝ちゃってたみたいで」
「いいわよ。そ れ よ り !」
アリサちゃんがもの凄く顔を近づけてきた。
その熱気に思わず後ずさります。
「夢の中でユーノと何やってたの?」
「え?」
ユーノ君……?
えっと、確かフェレットモードのユーノ君と野原を駆け回ってて。
それから、私の肩に乗ってペロって頬をなめてくれて。そのあとは…………?!?
えっ、嘘、え? ええっ!? ええええええっ!?
そんなっ!?
えっとえっと、とにかく何か話さないと怪しまれちゃう。
「…………えっと、なんのことかな?」
「なのはちゃん、寝言でユーノ君のこと呼んでたよ?」
あう。
顔が熱い。
け、けど言えない。あんな夢見たなんて言えないんだから!
「ち、違うよ。ユーノ君はお友達なんだからっ」
「「そんなこと聞いてない(わ)よ?」」
「あうぅ~……」
にゃあ。
それまで一度も鳴かずに静かだった黒猫さんが声を上げた。
それはあまりに突然だったので私達はその黒猫さんを見ます。
けれどそれっきりで、黒猫さんは草むらへ入っていってしまいました。
「お別れの挨拶かな?」
「そうかもね。……なのは?」
「え? う、ううん。なんでもないよ」
そんなことは無いと思うんだけど。
黒猫さんは、いい夢見れた? と言った気がした。
念話かとも思ったけど、この世界には魔法はないんだよね?
「まあいいわ。まだまだ時間はあるから、きりきり吐いてもらうわよ」
「だ、だからそんなんじゃないんだってば~」
――――そうだ。
近いうちに、ユーノ君に今日のことを聞いてみよう。
最終更新:2008年05月10日 12:55